眷属なき魔王、独りの玉座   作:一般通過アクシズ教徒

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第7話

八意の魔力反応が、都市防衛障壁の向こう側へと完全に消え去った。

それを広域索敵魔術による魔力波の残滓で確認したモモンガは、大樹の天蓋が月光を完全に遮る原生林の中心に一人佇んでいた。

 

 

 

周囲の空気は、数十年前のあの夜とは明らかに異なっていた。大気そのものが粘り気を持つように重く、そしてひどく血生臭い。ユグドラシルにおける高レベルのアンデッドとしての鋭敏な知覚が、周囲の空間から発せられる異質な殺意の波動を捉えて離さない。

 

 

 

ドサリ、ドサリと、前方から数人がかりでも抱えきれないほどの巨木が、強大な力でへし折られて倒れる音が連続して響いた。

 

 

 

暗視の視界が、闇の奥から迫る異形の質量を鮮明に描き出す。

そこにいたのは、一体だけではなかった。

 

 

 

先頭を突き進むのは、恐竜とも昆虫ともつかぬ、地上の生存競争の果てに肥大化した名もなき古代の大妖怪だった。身の丈は十メートルを超え、全身を無数の硬質な甲殻で覆い、百本の肉質な触手からは、触れた植物を一瞬で腐食させるどす黒い霧が噴き出している。さらにその背後からは、鋭い爪を持つ二足歩行の小型妖怪や、宙を不気味に滑空する羽虫の如き怪異の群れが、数十単位で攻めてきていた。

 

 

 

地上の生存競争のなかで培われた熱量と、この地に古くから巣食う縄張り意識。それらが神代の豊かな霊気と結びついて実体化した、まさに野生の妖怪たちの狂暴な集団。

 

 

 

『オオオオオオオオオオオ……ッ!!』

 

 

『ギギギ、キシャァァァァッ!!』

 

 

言葉にならない呪詛のような咆哮が重なり、森の空気を震わせる。大妖怪の頭部に並ぶ無数の血走った眼球、それにつられた木っ端妖怪の目が完全不可視化を維持しているはずのモモンガの座標を、正確に捉えてギラリと輝いた。

 

 

 

(なるほど。視覚や純粋な魔力探知ではなく、アンデッドという存在が放つ負のエネルギーそのものを、この世界の妖怪はある程度のレベルがあれば本能的に嗅ぎつけて集まってきているわけか。……それにしても、実に見栄えが悪いな。昔のイベントボスと、その取り巻きを思い出す)

 

 

 

モモンガは、手にしたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを静かに垂直に立てた。

鈴木悟としては、これほどおぞましい化け物の群れと深夜の森で対峙するなど、正気の沙汰ではないと今すぐ回れ右をして逃げ出したい心境だったが、強制的精神安定の冷たい光が、瞬時に彼の思考を最高位プレイヤーへと固定する。

 

 

 

(私の安全な拠点を脅かす不確定要素であり、何より私の纏う魔力に引き寄せられて排除しにきた野生の脅威だ。ここで徹底的に、跡形もなく消し去る。……少し本気をだそうか)

 

 

大妖怪が百本の触手を鞭のようにしならせ、無数の雑魚妖怪を引き連れて地響きを立てて突進してきた。その一撃一撃には、周囲の空間の因果を歪めるほどの濃厚な妖気が纏わされている。

 

 

 

「笑止。――『骸骨壁』」

 

 

 

モモンガが短く呟くと同時に、彼の前面に恐ろしい亡者の盾が展開された。

ズガガガガガアンッッッッ!!

大妖怪の猛烈な打撃と、雑魚妖怪たちの爪牙が防壁に炸裂し、森の木々が衝撃波でドミノ倒しのように吹き飛ぶ。しかし、レベル100の魔術職が万全に展開した防御は、かすかな火花を散らすだけで、その質量を完璧に弾き返し、ビクともしない。

 

 

 

「私の防壁を強引に叩き割ろうとは、少々計画性が足りないな。策のない突撃など、ただの徒労だ。――次はこれだ。――『魔法遅延化・千本骨槍』」

 

 

 

モモンガが骨の指先を鋭く振るう。

大妖怪、 そして前衛にいた数百の怪異たちの足元の空間が歪み、大気そのものを鋭利な刃とした、無数の白い骨の槍が地中から一斉に突き出した。

グシャリ、グシャリと肉を貫く鈍い音が連続して響き、妖怪たちの巨躯がまとめて宙へ縫い止められるように固定される。

 

 

 

『ギ、ギガァァァァァァッ!?』

 

 

『キシャァァッ!? ギャウッ!!』

 

 

「叫ぶのはまだ早いぞ。――『魔法最強化・重力圧壊』」

 

 

 

モモンガの追撃。骨の槍に拘束された妖怪たちの真上に、局所的な超重力の球体が、黒い太陽のように現れた。

目に見えない巨大な鉄槌が天から容赦なく振り下ろされたかのように、大妖怪の甲殻がパキパキと音を立てて砕け散り、周囲の雑魚妖怪たちは肉をすり潰される音を立てて地面の底へと叩きつけられる。凄使まじい質量圧に、周囲の地盤が広大なクレーター状に陥没した。

 

 

 

だが、大妖怪はなおも生き永らえていた。割れた甲殻の隙間からどす黒い血液を迸らせながら、その無数の眼球に、生存への凄絶な狂気を宿してモモンガを睨みつける。その傷口から、周囲の豊かな霊気を貪り吸い上げて、超高速で肉体を再生し始めていたのだ。

 

 

 

(ふむ、驚異的な再生能力だな。ユグドラシルにおけるトロール系やレイドボスの眷属に近い。ならば、中途半端な階位魔法による属性攻撃では、リソースを無駄に消費する泥沼の消耗戦になる。一瞬で、細胞の一片まで焼き尽くす必要があるな。業務の効率化というやつだ)

 

 

 

モモンガはスタッフを高々と天へと掲げた。杖の先端に嵌め込まれた、至高の宝石たちが一斉に不気味な、神々しい輝きを放ち始める。

 

 

 

「肉体の再生速度を、破壊の速度が上回ればどうなるか……少し強めの魔法をもって、その身に教育してやろう。――『魔法最強化・朱の新星』」

 

 

 

詠唱が完了した瞬間、鬱蒼とした大樹の天蓋が、上空から飛来した質量弾によって一瞬で消し飛んだ。

夜空の彼方から降り注いだのは、超高熱を帯びた、魔力の隕石。

 

 

 

ドガガガガガガガガガガガンッッッッ!!!!!

 

 

 

原始の森の一角が、白熱する爆発の光で埋め尽くされた。

広範囲の地形を消滅させる威力を秘めた極大魔法の、容赦のない一撃。大妖怪も、背後にいた数千の怪異も、悲鳴をあげる暇さえ与えられず、その圧倒的な光と熱の濁流のなかで、再生する端から肉体を分子レベルで融解され、蒸発していった。

 

 

 

やがて激しい轟音が収まり、もうもうと立ち込める白い煙が風にさらわれていく。

そこにあったのは、直径数百メートルにわたって完全に不毛の地と化し、ガラス状にドロドロに溶けた地面のクレーターだけだった。大妖怪の肉片どころか、その体内に渦巻いていたどす黒い妖気の残滓すら、完全に消滅している。

 

 

 

モモンガは静かにスタッフを下ろした。

 

 

 

(ふぅ……、やはり私のレベルであれば、地上の怪異が縄張り争いで挑んできたところで敵ではないな。しかし……)

 

 

 

仮面の奥の眼窩の赤光が、静かに細められる。

戦いは完全な勝利に終わったが、モモンガの胸に去来していたのは、八意の友人としての強い危機感だった。

これほど強力な個体と統率された群れが、何の前触れもなく庵のすぐ近くにまで発生している。

 

 

 

(これを超える規模の野生の怪異生まれてが、もし何かの拍子で、あの都市の方角へ向かったら……。いくら高度なテクノロジーがあるとはいえ、八意たちの防衛線は持つのか? いや、それ以上に、私自身がこの面倒な生存競争に巻き込まれるリスクが跳ね上がる……)

 

 

 

「やれやれ……。静かに暮らすのも、一苦労というわけか 」

 

 

 

モモンガは自嘲気味にぽつりと呟くと、再び完全不可視化をその身に纏い、静かに庵へと引き返していった。

 

 

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