異世界銭湯おっさん、転移勇者たちが凄い【戦闘スキル】なのになぜか俺だけ【銭湯スキル:せんとう】で追放された件~好きに銭湯ライフ楽しんでたら、身も心もとろけた美人聖騎士や聖女が連日押し寄せてくる~ 作:もちぎゅう
「おお、こんなところに銭湯が……見逃していたぜ」
夕暮れ時。アパートと雑居ビルの隙間にひっそりと佇む煙突を見上げ、俺は思わず足を止めた。
年季の入った看板には「峰の湯」の文字。入口には少し色あせた紺色ののれんが揺れている。かすかに感じるお湯の匂い、ほのかに漂う石鹸の香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「うぉ~~早速暖簾をくぐるぞぉぉ~」
無意識に暖簾をくぐろうとした身体が止まる。
ぬぅううう……入りたい入りたい入りたいぃいいい!
……だが。
断腸の思いで、踏み出しそうな身体を回れ右させる俺。
なんで、銭湯に入ってざばぁ~んと温かい湯につからないんだ?と思うだろう。
なぜなら、いまは絶賛仕事中だからだ。
俺の名前は
しかし、近頃はその唯一の趣味すら奪われつつある。
勤め先はいわゆるサービス残業まみれのブラック企業。連日の超過勤務と休日出勤で、心身ともにボロボロだ。今日も朝から営業の外回りで駆けずり回り、時刻はすでに夕方の六時を回っている。
「はぁ……こりゃ会社に戻って、事務作業が終わった頃には終電だな……」
ため息が口をついて出る。新たに見つけた未知の銭湯を前にしながら、指をくわえて通り過ぎるしかないこの絶望感。社会人の世知辛さが身にしみるぜ。
トボトボと歩き出した俺の前を、楽しそうな会話を交わしながら歩く三人組がいた。制服姿の高校生たちか。
「幸也、今日の実力テストどうだった?」
「まあまあかな。凛奈は?」
「完璧。絢乃は緊張しすぎてマークシートズレてなきゃいいけど」
「ちょっと凛奈ちゃん! そ、そんなミスしないよぅ!」
「んなことよりさ。はやくカラオケ行こうぜ!」
「もう……幸也ったら」
「ふふ、幸也君朝からずっとそれ言ってたもんね」
青春だなあ、と俺は目を細めた。長身で爽やかなイケメン男子生徒と、凛としたショートヘアの美少女、そして黒髪ロングで小柄な可憐な女子高校生。まるでドラマのワンシーンみたいなキラキラした光景だ。おっさんの荒んだ心にはまぶしすぎる。
ってあれ?
本当に眩しいんだが……!?
今の高校生ってガチで光るんか!?
突如として、あたりの視界がぐにゃりと歪んだ。
夕焼けに染まっていた空が、徐々に紫色の闇に包まれる。それと同時に足元のコンクリートに、見たこともない複雑な紋様が青白く浮かび上がった。
「え……!? なにこれ!?」
「地震……!? いや、地面が光って―――」
高校生たちが悲鳴を上げた次の瞬間、ドォン!! という耳をつんざく爆音が響き渡った。一筋の激しい落雷が、高校生たちのすぐ脇にある電柱に直撃したのだ。
バチバチと火花を散らし、メキメキと嫌な音を立てて倒れてくる巨大なコンクリート柱。
男子生徒とショートヘアの女子生徒は、あまりのショックに尻もちをついて動けない。そして、倒れてくる電柱の真下にいたのは―――あの小柄な黒髪ロングの女子生徒だった。
「ひ……っ!?」
彼女が顔を跳ね上げ、恐怖に目を見開く。
考えるより先に、身体が動いていた。
39歳、外回りのみで微妙に鍛えられた社畜の体が、人生で一番のキレで見知らぬ女子高生に向かって跳躍する。
俺がいったところでどうこうなるなんて、これっぽっちも思っちゃいない。だが、目の前で若い命が散るのを見過ごせるほど、俺は割り切れた大人になれなかった。
「危ねえっ!!」
俺は無我夢中に彼女の細い身体を抱き寄せ、力任せに横へと転がした。 直後、ズガァン! という凄まじい衝撃音が響く。真横に電柱が叩きつけられた光景を視界の端にとらえた瞬間、俺の意識は深い闇へと落ちていった。
◇◇◇
「……だ、大丈夫ですか?」
俺は頭を揺さぶられる感覚と、ざわめく人の声で目が覚めた。重い瞼を開けると、そこは会社の天井でも病院の集中治療室でもなかった。
高い天井、壮麗なステンドグラスに彫刻が施された巨大な石造りの柱。まるで中世ヨーロッパの大聖堂のような巨大な広間に、俺は横たわっていた。
「あ、おじさん! よ、よかった、気がついた……!」
俺の顔を覗き込んできたのは、さっき助けた黒髪ロングの女子高生だった。とりあえず大きな怪我はしていない様子なのでよかった。周囲を見渡すと、男子生徒とショートヘアの女子生徒も困惑した様子で立ち尽くしている。
「ここ……どこだ?」
「わかりません。私たちも気づいたらここにいて……」
困惑する俺たちの前に、カツカツと足音が近づいてきた。神官ぽい男に冷徹そうな目つきをした身分の高そうな男。その後ろには重装備の騎士たちがズラリと立ち並ぶ。
「異世界の勇者たちよ。ようこそ我らがグリアルド王国へ! 私は王国宰相のガストールである」
異世界だと?
「我らは天啓に従い、魔王討伐のために諸君らをこの世界へと召喚した!」
「え……異世界? 魔王……討伐……?」
男子生徒が呆然と呟く。宰相は頷き、神妙な面持ちで言葉を続けた。
「ふむ、魔王が蘇ったとの天啓が下ったのだ。魔王生まれし時、また勇者も生まれる。よって王国の習わしにより勇者召喚の儀を執り行った」
宰相とやらの話によると、この世界には不定期に魔王が生まれるらしい。人類の敵である魔王を倒すには勇者の力が必要で、魔王が蘇ると勇者を召喚するという歴史を延々と繰り返しているらしい。
今回は100年ぶりの魔王復活だとか。
ようするに俺たちは剣と魔法のファンタジー世界に強制転移させられたってことだ。
「そ、そんな! 私達はただの学生です!」
「そうです、元の世界に返してください……」
高校生たちが抗議するが、宰相と呼ばれた男が冷ややかに首を振った。
「残念ながら勇者召喚は召喚のみの儀式。元の世界へ戻る手立ては、魔王を討ち果たした際にしか開かれんと伝えられておる。世界を救わぬ限り、戻ることはできぬ」
「「そんな……」」
「すげぇ……これ、マジで異世界召喚ってやつじゃん……やるしかないんじゃないか」
女子高校生2人が落胆の声を落とすのとは反対に、男子高校生は興奮を瞳に宿らせている様子だ。
う~~ん。
今までの宰相の話と態度から見て、ぶっちゃけ胡散臭さしかない。
ただ、現状帰還方法が分らんというのも確かだ。
召喚主の圧倒的な態度に加えて、居並ぶ騎士たちの無言の圧力。拒否権がないことを悟り、広間に重苦しい雰囲気が漂う。
すると宰相の後ろにいた神官が、空気を変えるようにパンと手を叩いた。
「では皆様! まずは勇者様たちがこの世界で授けられた【スキル】の確認を行いたいと存じます。こちらの水晶に手をかざしてください」
神官が差し出したのは、台座に乗った巨大な透明な水晶玉だった。
【スキル】とは、この世界における特別な能力のようなものらしく、誰もが持っているわけではないという。
「では1人目の方からこちらへ」
最初に歩み出たのは男子高校生だった。彼が緊張と興奮した面持ちで水晶に手を乗せる。瞬間、水晶が眩い光を放ち、表面になにか文字が浮かび上がった。
神官が目を見開き、感極まった声で結果を読み上げる。
「
スキル――――――【
「おお~~! 聖武具のスキル、やはり勇者様だ!」
「しかも【天輝の聖剣】だと!? かつて魔王を打倒した伝説の勇者と同じ戦闘スキルではないか!」
まわりの神官たちから大歓声が上がる。なるほど、聖武具のスキルはこの世界において最高峰の「勇者専用スキル」らしい。
長身でイケメンの彼は、周囲からの賞賛の嵐に一瞬照れつつも、誇らしげに胸を張った。
「
スキル――――――【
ショートヘアの女子高生が水晶から手を離す。 端正に整った顔立ちと、クールで綺麗な瞳から発せられる眼力がすごい。この子、どこぞの道場の娘なのか? 立ち姿が様になっている。
「素晴らしい! またも勇者様の戦闘スキルとは!」
「すごいぞ! 再び伝説級の戦闘スキル! まさに救世主様だ!」
再び巻き起こる熱烈な歓喜。本当にすごい戦闘スキルなんだろうけど、まわりの大人たちちょっと興奮しすぎだろ。
二人は誇らしげに顔を見合わせている。まあ、これだけ持ち上げられれば気分は悪くないはずだ。
そして次は―――あの子だ。
電柱に押しつぶされそうになった女の子だ。
すでに鑑定を終えた二人は堂々としているが、彼女はガチガチに緊張している。
小さく整った顔に琥珀色の瞳を揺らし、恐る恐る水晶に手を置いた。
直後、バチッと光が弾け、「ふぇ!?」 と、なんとも可愛らしい抜けた声を上げた。そして発表された結果は―――
「
スキル――――――【
「な、なんと! 3人続けて勇者様の戦闘スキルとは!?」
「これはとんでもないぞ!!」
三度起こった大絶賛。
みごとに三人揃って勇者系戦闘スキルか。高校生三人組、マジで凄いわ。若さと輝きに満ちている。
さてと……いよいよ、俺の番だな。
残された俺は、周囲の微妙な視線を浴びながら前へ出た。まあ、スーツ姿の疲れたおっさんが混ざってるんだから当然か。
だが、そんなものは慣れっこだ。おっさんの社畜人生で得た強力な精神耐性は伊達じゃない。
俺は水晶にそっと手を当てる。
「
うむ、まごうことなきアラフォーおっさんの年齢が厳かに告げられた。いや、別に前の世界でも隠してなかったからいいんだけどさ。
神官が水晶を覗き込む。だが次の瞬間、彼の表情がぴたりと固まった。
「す、スキル―――? え、えっ……」
んん? どうした?
もしかして俺だけスキルがないとか、そういうオチか?
神官は何度も目をこすったのち、困惑と失望が入り混じった声でぽつりと呟いた。
「ええぇと……スキル
はい?
俺だけルビが「ひらがな」なんだが!?
いや、そこじゃなかった……
なんだそれ?
【戦闘スキル】じゃなくて、【銭湯スキル】??
「【銭湯】? なんだそれは?」
宰相の問いかけに神官が首を傾げる。
いや、俺だってよく分らんのだが。
とりあえずどんな能力か見せてみろと言われ、俺は半信半疑で右手を前に突き出してみた。
「――――――【銭湯】!!」
念じてみると、俺の手のひらから―――
ピゅっ。
「……あ」
ささやかな音とともにぬるい水がひとすじ、チョンと垂れた。地面に小さな水たまりを作って、それでおしまいである。
広間に、痛々しいまでの静寂が広がった。
◇◇◇
現在、大広間は輝かしい未来を期待された高校生勇者たちを中心に、大盛り上がりを見せている。
「コウヤ様!」「リンナ様!」「アヤノ様!」と、上級ぽい貴族や神官たちが群がり、まるでスター扱いだ。そりゃあそうだ、世界を救う伝説のスキルを持つ若者たちなんだから。
一方俺の周りには……だ~~れも来ない。完全に見えない空気扱いである。
みんなすごい【戦闘スキル】をもらっていたのに、なぜか俺だけ【銭湯スキル】だったからなぁ。
だが、そんな俺の方へ冷ややかな視線を向けている人物が二人いた。あの宰相と神官だ。彼らはなにやら話し合っている。
「あの者は勇者ではないのか?」
「なぜか巻き込まれて召喚されたようでして、宰相様。……勇者様の従者でしょうか」
むぅ……バッチリ聞こえてるんだが。隠す気がないのか、それともおっさんを舐めているのか。
「従者? あんな冴えないおっさんが勇者の従者なわけなかろう。たまたま居合わせた貧民ではないのか?」
おいこら。冴えないおっさんバカにするんじゃない。
こちとら毎日、地獄の超過勤務とパワハラを生き抜いてきた百戦錬磨の社畜だぞ。
「ぬぅ……とんだ手違いではないか。この件は一切口外してはならん。勇者の、ひいては王国の威信に関わる。早々に対処するぞ」
「ですがガストール様、おっさんとはいえ異世界より転移して来た者。粗雑に扱って敵に回さぬ方が良いかと……」
「何を言っておる。先程のスキルを見ただろう。下位の水魔法……いや、生活魔法程度しか使えぬ雑魚ではないか。戦力にもならん」
「せめて、陛下の謁見が終わってからでも判断されては……」
「馬鹿者が。こんな失態を陛下に見せられるか! 多少の路銀くらいは与えてやる。それで手打ちにして城から叩き出せ!」
……。
どうやら俺、追放確定のようだな。
まあ、正直ホッとした部分もある。魔王討伐なんて命がいくつあっても足りないような大冒険、勇者の戦闘スキルもないおっさんに務まるとは思えん。手切れ金をもらえるなら良しとしよう。
城の兵士に促され、裏門からコソコソと追い出されそうになったその時。
「あ、あの……!」
後ろからパタパタと駆け寄ってくる足音が聞こえた。
振り返ると、あの黒髪ロングの女子高生……たしかアヤノさんだ。彼女は不安そうに俺を見つめていた。
「ヨシロウさん……大丈夫ですか? 私、さっき助けてもらったのにお礼も言えてなくて……」
「ああ、アヤノさんか、俺なら大丈夫だよ。怪我はなかったか?」
「はい……おかげで、かすり傷ひとつありません。でも、ヨシロウさんだけどこかへ連れていかれるみたいだったから……」
彼女は申し訳なさそうに視線を落とす。心優しい子だな。自分の置かれた状況だって相当恐ろしいはずなのに、見知らぬおっさんの心配をしてくれるなんて。
俺は自分の頭を掻いて笑ってみせた。
「気にしないでいいよ。俺はただのオマケでついてきちゃっただけだからさ。追い出されるっていってもちゃんとお金はもらったし、気ままに暮らすよ。それより……君こそ、勇者に選ばれたからって無理すんなよ」
「……はい。でも、私……戦うなんて自信なくて……」
「友達の二人も頼もしそうだし、危なくなったら逃げたっていいんだからな。自分の命を一番に考えて行動した方がいい」
俺がそう言うと、アヤノさんは琥珀色の瞳を潤ませながら、小さく、だがしっかりと頷いた。
「……ありがとうございます、ヨシロウさんも、元気でいてくださいね」
「おう、元気でな」
手を振る彼女に見送られ、俺は重厚な城門をくぐり、異世界の街へと踏み出した。
「さて……これからどうするかねえ」
俺は自分の右手を見つめた。
【銭湯】スキル。
さっきは水鉄砲みたいな水しか出なかった。だが……俺の「銭湯マニア」としての長年の勘が、脳内で何かを感じ取っている。
まさか……ただ水がチョロッと出るだけのスキルなわけがないよな?
城を追い出された失意の男であるはずの俺の胸は、何年ぶりだろうかというほどの強烈な高揚感で、熱く湧き立っていた。