異世界銭湯おっさん、転移勇者たちが凄い【戦闘スキル】なのになぜか俺だけ【銭湯スキル:せんとう】で追放された件~好きに銭湯ライフ楽しんでたら、身も心もとろけた美人聖騎士や聖女が連日押し寄せてくる~ 作:もちぎゅう
「ふぅ……デカい都市だな」
俺はワイシャツの袖で額の汗を拭い、目の前に広がる大パノラマを見下ろした。
王都の中心街をぶらりと歩いて、その後都市の全体像を把握するために郊外の小高い丘へと登ってきていた。ズボンのポケットには手切れ金としてもらった硬貨の袋がそこそこ重い。この世界の物価はまだわからないが、当面の生活費には困らないはずだ。
「まずは足で稼いで、その土地を知る……か。身体に染みついた古き営業マンの習性だな」
残業まみれのブラック企業で長年こき使われてきたせいで、見知らぬ街に来るとつい歩き回ってマップを頭に叩き込みたくなる。
まあ、これからこの世界で生き抜いていくんだ。王都の地理や雰囲気を知っておくに越したことはない。
丘の上からは、巨大な石造りの城壁に囲まれた王都が一望できた。中世ヨーロッパ風の家屋、網の目のように伸びる街道、そして中央にそびえる荘厳な王城。
ちなみに……
今のところ銭湯のような店舗は確認できていない。
みんな自宅風呂なのだろうか。それとも一般市民に風呂などなく布で拭くだけなのか、どこかに大衆浴場的なものが存在するのか。
まあ、時間はたっぷりある。
焦ることはないか。
……で、眼下の王都と反対側を向くと―――
そこに広がっていたのは広大な草原と、その奥に広がる森だった。 これはこれで凄いし気持ちいいなと、しばし見惚れていたその時。
「はぁあああッ!」
「「「グルゥウウウッ!」」」
不意に凄まじい怒号と野獣の咆哮が聞こえてきた。
「……ん?」
う~ん、おっさんの耳が加齢でダメになっていなければ、これってかなりマズい音じゃないか?
気になって現場付近までこっそりと近づいてみた。
「おいおい……マジかよ」
そこにいたのは、漆黒の毛並みを持った体長二メートルを超える巨大な狼の群れがいた。鋭い牙と爪を剥き出しにし、ギラギラとした赤い目で一人の人物を包囲している。
オオカミにしてはデカいな……ってことは魔物ってやつか。
包囲されているのは、白銀の甲冑をまとった一人の女騎士だった。
銀髪の長い髪を揺らし、長剣を構える姿は実に凛々しい。
だが、これは明らかに苦戦している感じだぞ。
俺が行ったところでどうにもならんが、そんなことを言ってる場合ではないと腹をくくったその瞬間だった。
「ブラックウルフごときに、遅れを取っている場合ではないのだ!
はぁあああッ――――――
女騎士の長剣が眩い銀色の光を放ち、横なぎに一閃された。
文字通り風を切る音とともに一瞬で空間が裂ける。そして次の瞬間、包囲していた狼魔物たちの上半身下半身が一瞬でふたつに離れた。
ドサドサと倒れ伏す魔物たち。勢い余ってまわりの樹木にまで斬撃痕がついている。
「こ、こっわ……なにあれ、人間わざじゃないだろ……」
俺は冷や汗をダラダラと流しながら絶句した。
さすが異世界。魔物も凄かったけど、現地の騎士様もとんでもない強さを持っているらしい。
魔物の返り血を全身に浴び、肩で息をする女騎士。とにかく危機は脱したようだなと胸を撫で下ろしたのも束の間。
ふらりと女騎士が足元を覚束なくさせながら、俺の方へと歩いてくるではないか。
ふ、ふわぁあ!?
こっちに来るんだが!?
血みどろの銀髪女騎士が、虚ろな目でこちらに近づいてくる。 さきほど魔物どもを容赦なく斬り刻んだ長剣をゆらりゆらりと揺らしながら。
おっさんは魔物じゃないぞ! ただの一般サラリーマンだぞ!
「おい……おまえ……」
「お、俺はゴブリンじゃない! ただの無害なおっさんだ!」
思わず手を挙げて降参ポーズを取った俺だったが……
「ぐ……っ」
女騎士はその言葉を最後まで紡ぐことなく、そのままこちらへ倒れ込んできた。
ズッシリとした重厚な金属の重みが俺の肩に直撃する。
「お、おい! 大丈夫か!?」
すこし揺さぶってみるが、返事はない。
横顔をよく見れば、顔色は真っ青で意識を失っているようだ。
「うぉお、どうする!? ヒール! ヒール!」
俺の中にある勝手な回復治癒系の魔法を唱えてみるも、当然のごとくなにも起こらん。
それもそのはず、俺には回復魔法も戦闘スキルもない。あるのは城で役立たずと判定された、あの謎スキルだけだ。
だが、本当にただぬるい水が出るだけのスキルなのか?
なんかないのか? 詠唱とかが必要とか、いやポーズの問題なのか? それとも神に祈りを捧げればいいのか?
俺は叫んだ。
「【銭湯】スキル、なんでもいいから出てこい!!」
すると―――
カポーンっ!
おいおい、この効果音って。
「は~い♪ お呼びですかぁ~~ご主人様~♪」
「うおっ!?」
カポーンっという銭湯で桶を置いた時のおきまり効果音が響いた直後、空中に眩い水色の光の粒子が集まり始め、一人の人物が姿を現したのだ。
「な、なに? だれ!?」
光の中から現れたのは、ちっこくて可憐な少女だった。
透き通るような淡い水色の髪に、吸い込まれそうな青い瞳。頭には「手ぬぐい」をハチマキのように巻き、そこからぴょんと一本の伸びたアホ毛が揺れている。
「は~い、どれどれ? ちょっと診てみますね~」
突如として現れた美少女は俺の肩にもたれかかっている女騎士に近づくと、その整った顔や首筋に小さな手を当て、ふむふむと頷いた。
「うん、大丈夫ですね~~急激に体力を使いすぎちゃったみたいです。スタミナがすっからかんで、ガス欠状態ですね~」
「そ、そうなのか……? いや、なんで触っただけでわかるんだ!?」
「えっへん! 身体のことなら触ればだいたいわかりますよ~! だってワタシ、番頭娘なんですから~!」
胸を張って威張る少女。いやいや、突っ込みどころが多すぎる。
「番頭娘だと。ってか、誰?」
「あ、ご挨拶が遅れましたね~~」
少女はピシッと姿勢を正すと、ニコッと満面の笑みを浮かべてポーズを決めた。
「ワタシ、【銭湯】スキルのガイド、番頭美少女セウちゃんで~す♪」
「セウちゃん……?」
「はいっ! ご主人様の【銭湯】スキルをサポートするために存在する、一級番頭ガイドですよ~」
「俺のスキルガイド……? まてまて、城で鑑定した時はそんなの出なかったぞ!? ぬるい水がピュッと出ただけだったんだが!」
俺が困惑して叫ぶと、セウという少女はあからさまに呆れた顔をしてじとーっと俺を見つめてきた。
「だって~~! ご主人様ったら~ワタシという番頭美少女(ガイド)を呼び出さずに、雑にスキルを使おうとするんだもん! そんなの出るわけないですよ~ダメダメです」
いや、知らんがな! おっちゃん、そんな設定微塵も聞いてないんだが。
と心の中で猛烈にツッコミを入れたが、今はそんなことを議論している場合ではない。
「にしても、命に別状はないとはいえ……この女性をこのまま放置ってわけにもいかないしな」
銀髪の女騎士は相変わらずぐったりとしたままだ。重い甲冑を着たままこんな野外に放置しておくのは流石にマズイ。魔物がまた現れるかもしれんし。
するとセウは頭の手ぬぐいをキュッと締め直し、ドヤ顔で言った。
「だったら~~~入りましょう!」
……はい?
「入るって、なにをだ?」
「決まってるじゃないですか~~ご主人様ができることっていったら……」
セウがビシッと俺の鼻先を指さす。
え?
そうんなん?
マジ……マジかあぁああっ!?
「はい! 銭湯ですね~~♪」
きたぁああ!
銭湯、銭湯ってか! 銭湯だぁぁあああッ!!
「本当に銭湯が作れるのか!?」
「もちろんですよ~~♪ 現状、ご主人様が使用できるスキルは【銭湯(通常)設置】のみですね~! 通常でも疲労回復の効果はバッチリついてますよ!」
「おおおっ! で、で、どうやって使うんだ!? どこを押せば出せる!? いや詠唱かなんかするんか! ポーズか舞いか!」
一気にテンションが爆上がりした俺は、セウの肩を掴んでズイっと詰め寄った。
「ちょ、ちょっと! 急にぐいぐい来ないでくださいよ~~落ち着いてくださいご主人様!」
「おっと……すまん。つい興奮してしまった」
俺はコホンと咳払いをして呼吸を整える。
「やり方は簡単ですよ~~ 頭の中に【銭湯】を強く思い浮かべてくださ~い」
「そんなんでいいのか?」
「チッチッチッ、甘く見ちゃダメですよ~? 【銭湯設置】はどれだけ鮮明にイメージできるかにかかってるんですから! 外見の建築様式はもちろん、脱衣所の匂い、浴室のタイルの模様、番台の位置、そして一番大事なお湯の温度や質感まで……想像が甘いと、ボロい小屋かただの風呂桶になっちゃいますからね~じっくり悩んで想像力を膨らませてくさ~い」
小悪魔的な笑みでニヤニヤしながら、凄まじい長文セリフでまくしたててくる番頭美少女セウ。
え? そんなん悩むまでもなかろう。
この子は何を言ってるんだ?
「イメージ、ね……」
俺は静かに目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、長年愛してきた日本の古き良き宮造り銭湯の姿。
「―――【銭湯(通常)設置】!!」
俺が強く念じ、右手を地面にかざした瞬間。
轟音が響き渡った。
――――――ドズゥゥゥンッ!!
地面が激しく揺れ、周囲の草むらから目もくらむような光が溢れ出す。
「きゃああっ!?」
セウが悲鳴を上げながらアホ毛を逆立てた。
光が収まった時、そこにあったのは―――。
広大な草原の真ん中に突如として現れた、威風堂々たる宮造りのザ銭湯だった。
立派な唐破風の屋根からは煙突がまっすぐに空へと伸び、白い湯煙をモクモクと吐き出している。
入口には「温井の湯」と書かれた清潔な紺色ののれんが風に揺れていた。
「え……ウソ……」
セウが口をぽっかりと開け、目の前の建造物と俺を交互に見つめていた。
(えっ……なにこのおっさん!? 初めてのスキル銭湯設置なんて、普通はベニヤ板の犬小屋か、よくて五右衛門風呂くらいしか出せないのに……! なんで初手で完璧な老舗レトロ銭湯が一棟丸ごと建ってるの!? 意味がわからないんだけど!?)
ブツブツと心の声が漏れ出ていることに気付かないほど驚愕している番頭少女に、俺は首を傾げた。
「ん? セウ、なんか言ったか?」
「い、いえっ! な、なんでもありませんご主人様! ま、まあまあな出来ですねっ! ふ、フフフ……」
変な奴だな。が……俺はもうそれどころではないのだ。自分の手で生み出した本物の銭湯を前に、身体中の血が沸き立つような感動に震えていた。
「すげぇぇぇええええッ!! マジで出た! 本物の銭湯だあぁあッ!!」
「ちょ、ご主人様、声が大きいです!」
「見てくれよこの屋根の反り具合! そしてあの煙突のフォルム! あぁ、早く中に入って富士山のペンキ絵を拝みたい……!」
「はいはい、はしゃぎすぎですご主人様!」
セウが呆れ果てたように俺の腰をバシバシと叩く。
「まずは、その肩に担いでる女性を運ぶのが先ですよ」
「おっと、いかんいかん! ついつい興奮して忘れていた!」
俺は深呼吸をした。
「よし……セウ、行くぞ!」
「はいは~い。「温井の湯」本日開店ですね~♪」
俺は高鳴る胸を押さえながらワクワクの暖簾をくぐったのだった。