異世界銭湯おっさん、転移勇者たちが凄い【戦闘スキル】なのになぜか俺だけ【銭湯スキル:せんとう】で追放された件~好きに銭湯ライフ楽しんでたら、身も心もとろけた美人聖騎士や聖女が連日押し寄せてくる~ 作:もちぎゅう
「よ、ヨシロウさん……」
震える声で俺の名前を呼ぶ彼女の瞳には、今にも溢れ出しそうな涙が溜まっていた。肩まで伸びた綺麗な黒髪は、連日の過酷な環境を物語るようにすっかりツヤを失い、傷んでいる。
この子は
あの日、俺と共に日本からこの異世界へ転移してきた三人の高校生勇者の一人だ。
「大丈夫か? アヤノさん」
「お、覚えていてくれたんですね……私のこと」
「そりゃそうだ。おっさん、これでも20年近く営業マンやってたんだからな。一度会ったお客さんの名前と顔を忘れたら失格だ」
「ふふ……20年……本当におっさんですね」
「ああ、生粋のおっさんだ」
俺が自虐混じりに微笑むと、緊張の糸が少しほぐれたのかアヤノさんも小さく口元を緩めてくれた。
「で、こんなところで一人で何をしてたんだ? 他のお友達はいないようだが」
俺の問いかけに対し、彼女はすぐには答えずぽつりと違う言葉を漏らした。
「私……魔物と戦うのがすごく怖くて……」
そう呟く声は小さく、頼りなく震えていた。
そうだろうな、と思う。
この子、もともと温和でおとなしそうな雰囲気の普通の女子高生だし。いくら異世界に来て強力な【勇者スキル】を与えられたからといって、精神までいきなり百戦錬磨の戦士になれるわけがない。
俺だって最初は魔物の前に立つだけで足が竦んだし、多少経験を重ねてスキルを使いこなせるようになった今だって、ぶっちゃけ戦闘はいつだって怖い。
「それは、すごく大事な感覚だと思うよ」
「そ、そうですか……? でも、私……勇者なのに」
「それはこの国が勝手に決めた都合だからな。君が自分を責める必要なんてどこにもない」
俺の答えに、アヤノさんほんの少しだけ目元を緩めた。
「今日はちょっと無理言って休暇をもらって、王城を出てきたんです」
「そうか。久々の休日ってわけだ」
「ヨシロウさんに会いたくて……」
「俺に?」
「はい、お話したくてずっと探してたんです。たまに休暇をもらっては外に出て」
なるほど、それでこんなところにまで来てたのか。
俺は住所不定の自由人だ。それを探し回るほどに何かを話したかったてことなんだろう。
「なにかあったのか?」
「はい、なんだか最近……友人二人の様子がおかしくて……」
彼女は言葉を詰まらせ、途切れ途切れに胸の内を吐き出していく。
「コウヤ君もリンナちゃんも、まるで別人みたいに目つきが変わっちゃって……私、誰にも相談できる人がいなくて……っ」
ふむ……さっき彼女は「覚えていてくれたんですね」と俺に言った。普通に考えたら少し変だ。召喚されたのはまだほんの数ヶ月前だし、異世界転移という人生最大の一大事に居合わせた人間の顔をそう簡単に忘れているなんて思うだろうか。
それは……この数か月で変になるほどのことが彼女の身に起こったのだろう。
「勇者なのに」という言葉が口から出るのも、王城の大人たちが毎日そうやって彼女たちの頭にプレッシャーを刷り込み続けている証拠だ。
「毎日毎日……おかしくなっていく友達と、それを考える余裕すら奪われるような厳しい訓練の日々で……私、どうしたらいいか……っ」
アヤノさんの目から、大きな涙の粒がポロポロと溢れ落ち乾燥した地面にシミを作った。
こりゃ、想像以上に追い詰められているな……。
王国にとって都合の良い兵器に仕立て上げるために思考を麻痺させているのか、それともあの宰相の独断なのか。詳細は分からないが……いずれにせよ、この子はもう心身ともに限界ギリギリだ。
よし。おっさんのやるべきことは決まっている。
「セウ、悪いが出勤だ。いけるか?」
「え……? しゅ、しゅっきん?」
俺が突然、誰もいない空間に向かって声をかけたものだから、アヤノさんが涙を浮かべたままぽかんと首を傾げた。
カポーンっ!
その場に響き渡る、心地よい桶の乾いた音。
「は~~い~お呼びですかぁ~~ご主人様ぁ~~♪」
風を切って光の粒子と共に現れたのは、お馴染みのハチマキ姿の番頭少女セウだ。
「え……なんか人がでてきた!?」
セウの登場にビックリするアヤノさん。
そうだった、彼女はまだセウとは初対面なの忘れてた……。
「びっくりさせてすまんアヤノさん。こいつは俺のスキルガイドで――」
「って、ああぁあああ! ご主人様が可愛い女子高生を泣かせてるぅうう!」
「いや待て、これには事情があってだな……」
「事情って……まさかご主人様、ついにやっちゃたんですか? 超えてはいけない一線を!? 警察! 異世界の警察呼ばないとーーーっ!」
「んなわけあるか! 勝手な冤罪をかけるな!!」
まあ、このノリはいつものセウだ。 涙を流していたアヤノさんも、俺たちのコントのようなやり取りが可笑しかったのか、「ふふっ」と涙を拭いながら微笑んでくれた。
いるかいらないかは微妙なコントが終わったところで。
「よし、んじゃ入るか」
「ですね! ご主人様!」
「え……っ? は、入るって……何をです?」
再び疑問符が頭によぎりはじめたアヤノさんを余所に、俺は胸を張り草原の開けた空間に向かって一気にスキルを発動させた。
「―――――【銭湯(レベル3)開店】!!」
――――――ドズゥゥゥンッ!!
開けた草原に、地鳴りのような重低音が轟き渡る。空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、そこに威風堂々たる銭湯がドカンと姿を現した。
「えっ……ええぇぇぇっ!? なんかでてきた!?」
「さあ入った入った。お疲れの女子高生さん、まずは銭湯で全部洗い流そうぜ!」
ぽか~んと開いた口が塞がらないアヤノさんの背中を優しく押し、俺たちは温井の湯の暖簾をくぐるのだった。