異世界銭湯おっさん、転移勇者たちが凄い【戦闘スキル】なのになぜか俺だけ【銭湯スキル:せんとう】で追放された件~好きに銭湯ライフ楽しんでたら、身も心もとろけた美人聖騎士や聖女が連日押し寄せてくる~ 作:もちぎゅう
「ん……セウのシャンプーとリンス……きもちいい」
「ふふ~ん、王女さまのサラサラ金髪、セウ特製のモコモコ泡でピカピカにしちゃいますからねぇ~♪」
頭上でふわふわと弾ける泡の感覚と、耳元で響く心地よい水音。セウの小さな手が、ていねいに地肌をマッサージしてくれるのが指先を通じて伝わってくる。
桃や花のような、甘くて優しい香りが鼻腔をくすぐる。王城で使っていた最高級の香油とも違う、なんだかとても温かくて身も心もほぐれていくような不思議な香りだ。
「さわさわ~お首のうしろもキレイキレイしますよ~♪」
「ん……そこ、いい」
至福の泡に身を委ね温かいお湯で頭を流してもらう。頭から肩へと温もりが伝わっていくと同時に、身体の奥深く――腰のあたりに、じんわりとした鈍い痛みをかんじた。
さっきのゴーレム戦で、ちょっと調子に乗って力を使いすぎたせいだ。身体強化を急激にかけた代償が、ずっしりとした重みとなって骨の芯に残っている。
……いつからだろう。
温かい湯気に包まれながら、私はぼんやりと過去の記憶に意識を沈めていった。
小さな頃の記憶は、あまりはっきり覚えていない。でも、母様はよく言っていた。
『リアロッテは、本当によく笑う可愛らしい娘ね』と。
私はグリアルド王国の第三王女として生を受け、普通にお姫様としての教育を受けながら自由に育っていった。たったひとつのことを除いて。
私は生まれつき体内の魔力量が異常なほど多かった。王宮の鑑定士が驚愕し、宮廷魔導士たちが言葉を失うほどに。そしてその膨大な魔力は、成長とともにどこまでも増え続けていく。
でも……わたしは魔法が使えなかった。
父様は私に魔法が使えるようにと、王国中から高名な魔法使いや賢者と呼ばれる人たちを何人も呼び寄せてくれた。けれど、誰が教えようとどれだけ練習しようと、わたしは指先から小さな火種ひとつ出すことはできなかった。ただの初級魔法でさえ、なにひとつ発動できない。
魔力はあるのに、魔法としては外に出せない。それが他の人と決定的に違うことだった。
そして10歳の頃。ついに限界が訪れた。
体内で膨らみすぎた魔力が激しく暴走し、私は高熱を出してベッドに伏した 。意識は朦朧とし内臓も骨も熱さでドロドロに溶けてしまいそうな感覚。医者たちは匙を投げ、父様も母様も枕元で泣いていた。
死の淵を彷徨っていたあの時――わたしは無意識のうちに、生存本能で何かをしたのだと思う。
体内を破裂させようとする圧倒的なエネルギーをなんとかして外へ放出しようと、全身の皮膚と筋肉に無理やり巡らせた。奇跡だったのか、それとも生きようとする執念だったのかは分からない。
この行為によって、魔力の一部を外に出すことに成功した私は死なずにすんだ。
とにかく生き延びたわたしは、その壮絶な体験の過程で特殊な体質を宿すことになる。
体外へ放出できない莫大な魔力が、すべて『身体強化』という形へ変換されるようになったのだ。
「壊れちゃった」
「ひ、姫様……っ!?」
ある日ティーカップを持ち上げた瞬間、陶器が脆い砂のように崩れ去った。取っ手が取れたとかそういうレベルではない。原形がなくなり、粉々になった破片がテーブルに飛び散った。
悲鳴をあげる侍女に、私は慌てて謝った。
「ごめん」
「い、いえ……っ、すぐに、新しいカップをお持ちしますから……ッ!」
侍女の顔は恐怖で引きつっていた。 その後も、城の中のあらゆるものを壊しまくった。
ドアノブをひねれば金属がぐにゃりと歪み、手すりを掴めば木材がバキバキと砕ける。絨毯の上を走れば床板が突き抜けた。
「壊れちゃった」
この言葉を私は毎日、何度も何度も口にするようになった。抑えきれない力が内側から絶え間なく噴き出してくる。自分が自分でなくなっていくような恐怖と、誰にも触れない孤独感。
ある日、わたしは耐えきれなくなって城を抜け出した。
ドレスのまま無我夢中で走り出すと、信じられないことに景色が凄まじい速度で後ろへと吹き飛んでいく。
風を切り大地を蹴るたびに、身体が羽のように軽くなっていくような不思議な高揚感を覚えた。
これだ! こうして余剰魔力を発散させればいいんだ!
解決の糸口が見つかった私は夢中で走り続け、ふと立ち止まった時には王都を遠く飛び出して近隣の小さな村にまで辿り着いていた。
「そろそろ、引き返さなきゃ」
怒られるな、と思いながらくるりと回れ右をしようとした――その時だった。
「ひぃい……誰かぁ……」
村外れの草むらで、小さな子供が巨大な魔物に追い詰められていた。子供の顔は恐怖で引きつっており、腰が抜けて一歩も動けない様子。
どうしよう。今から王都に戻って騎士団を呼んでいては、絶対に間に合わない。
怖い。でも――なんだか、今のわたしならいけるような気がした。
クンッ、と強く地を蹴る。
一瞬で世界が加速し、魔物との距離を一気に詰めた。子供を小脇に抱え上げ、そのまま後方へと飛ぶ。
できた……!
無事に救出できたことに胸を撫でおろしたのも束の間、獲物を奪われた魔物は怒り狂い、恐ろしい咆哮をあげて猛烈な勢いでこちらへ突き進んできた。
怖い……でも、やるしかない。
わたしは迫りくる魔物に向かって、無我夢中で小さな拳を振るった。
ドカァアンッ!! と天地を揺るがすような凄まじい衝撃音が響き渡り、土煙が舞い散る。ふと気づくといつの間にか周囲には異音を聞きつけた村人たちが集まっており、遠巻きにこちらを見ていた。
みんなの視線に気づいた私の手から、スッと力が抜ける。
「あ……」
私の目の前に広がっていたのは、原形をとどめていない魔物の亡骸――というか、ただの肉片と血の海が広がっていた。
とにかく……なんとか窮地を脱することはできた。わたしは安心させようと、助けた子供の方へと視線を向ける。
子供の顔から、恐怖は消えていなかった。
声をかけていいのか、迷った。なぜならその顔は、魔物に襲われていた時よりもはるかに強く怯えていたからだ。怪物を見るような目だった。
それでも、わたしは勇気を振り絞って口を開く。
「大丈夫?」
「ひぃいいいっ!!」
子供はその場に崩れ落ち、大声をあげて泣き出す。
「…………」
わたしは何も言えなくなった。自分の手を見つめることしかできなかった。
それ以来、私は少しずつ王国騎士団の魔物討伐に同行するようになった。
「姫様、陛下より外出の許可が下りました。テイネ村付近に出没する中級魔物の討伐です。騎士団はすでに準備を終えております」
「ん……わかった」
あの村での出来事があってから、わたしは一拍置いて喋るようになった。自分の異常さで誰かを傷つけたり怯えさせたりしていないか確認の間を取るようになっていた。そしてそれは徐々に、わたしの抜け切らないクセになっていった。
あと、私は笑わなくなった……らしい。
それは母様に言われて気付いたことだから、自分ではよく分かっていない。
私の本当の力を初めて見た人は、例外なく引く。だからみんなを必要以上に不安にさせないよう表情を抑えて無感情を装っていたのが、いつの間にか元に戻らなくなってしまったのかもしれない。
だけど、私だって無敵の怪物じゃない。
騎士団に同行し強い魔物と対峙する機会が増えるにつれ、思いっきり戦う場面も多くなった。体内の魔力を無理やり極限まで絞り出し、身体を強引に駆動させる戦い方。
だから最近はいつも腰や関節が重く痛む。回復魔法で傷は癒えても、蓄積した反動と疲労は消えてくれないのだ。
そんな時だった。王都の周辺にどんな疲労も癒す『まぼろしの風呂屋』が出没しているという噂が耳に入ったのは。
さらにアヤノがその風呂屋を探しに行き、また聖女エリーナも絶賛していた。
「ヨシロウさんのお風呂は、本当に温かくて魔法のように身体が軽くなるのですよ」と。
「ん……いきたい」
最初は、ただの好奇心だった。あまり期待なんてせず、ただ温かいお湯に入ってほんの少しでもこの腰の痛みが楽になればいいな――そんな理由。
だけど今は違う。
セウから受けたシャンプーとリンスと呼ばれるもの。凄まじく気持ち良かった。
ってことは湯船も……
ヨシロウの銭湯は最高の予感がする。