異世界銭湯おっさん、転移勇者たちが凄い【戦闘スキル】なのになぜか俺だけ【銭湯スキル:せんとう】で追放された件~好きに銭湯ライフ楽しんでたら、身も心もとろけた美人聖騎士や聖女が連日押し寄せてくる~ 作:もちぎゅう
美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、ロビーの休憩スペースでまったりと寛ぎ、さあそろそろ寝るかとなった頃。
「ん……ヨシロウ、あれなに?」
食後の冷たいお茶を飲んでいたリアが、休憩室の片隅に置かれた黒い箱を指さした。
「ああ、あれはテレビだな」
なるほど、銭湯レベルが4に上がったことで、マッサージチェアだけでなくロビーの娯楽設備としてテレビが追加されたらしい。と言っても最新の薄型液晶テレビではなく、奥行きのある懐かしいブラウン管テレビだが。
「てれび?」
「ちょっと待ってろ」
俺はテーブルの上に置かれていたリモコンを手に取り、電源ボタンを押してみた。ブツンという音と共にブラウン管の画面が明るくなり――
『ザーッ……』
画面一杯に白黒の砂嵐が映し出され、スピーカーから不快な雑音が響いた。
まあ、そりゃそうだな。いくら【銭湯】スキルでテレビを設置したとしても、この異世界に電波を飛ばしているテレビ放送局なんて存在するわけがない。
俺が「ダメか」と電源を切ろうとすると。
「あ、リアちゃん。放送は無理でも、これがいけるかも!」
本棚を漁っていたアヤノが、嬉しそうな声をあげて何かを持って駆け寄ってきた。
「ん……これなに?」
アヤノが手にしていたのは、長方形のプラスチック製の箱だ。表面には鮮やかなイラストが描かれたカラフルなジャケットが貼られている。
なるほど、これならいけるな。
「えっと……たしか」
言葉につまるアヤノ。無理もない、16歳の若い彼女にとってはなんとなく見たことがある程度のものだろうからな。
俺は苦笑いしながら、アヤノに代わって答えた。
「そいつはビデオテープだ」
そう、かつて家庭用映像メディアの王様として君臨していた懐かしのVHSビデオテープである。棚を覗き込むと、そこにはかつて俺が少年時代に死ぬほどハマっていたバトルアニメのビデオが、全巻セットでズラリと並んでいた。
「ん……びでお?」
首を傾げるリア。
そりゃそういう反応になるわな。
「アヤノ、テレビの下にあるビデオデッキにそのテープを差し込んでみてくれ」
「あ、はい。えっと……向きはこっちかな?」
アヤノがビデオデッキの挿入口にテープを押し込むと、ウィーン、ガチャンと機械がテープを吸い込んだ。そしてアヤノが再生ボタンを押すと――。
カチッ。
画面が切り替わり威勢の良いBGMと共に、熱血主人公が激しく動き回るアニメーション映像が映し出される。おおぉ……懐かしぃ~これこれ。
「んんっ……!? 箱のなかに人がいる!」
「ふあっ、ヨシロウ! 侵入者か!?」
「ヨシロウさん、結界をはります!」
画面に映った動くキャラクターと音に驚き、リリシアが「くっ!」と素早く腰の剣の柄に手をかけ、聖女エリーナが結界を展開しようとする。
「ちがうちがう、落ち着けみんな。これは敵じゃない、まあ動く絵本みたいなもんだ」
「え、絵なのか……? 人が閉じ込められているわけではないのか……?」
「う、うごくとは? なかで誰かが動かしているのですか?」
「ん……箱から出てこれない?」
「ああ、出てこないぞ。安心しろ、これは娯楽作品だよ」
俺は剣を抜こうとするリリシアを宥めて、リアたちにざっくりとした説明をする。
「ん……ようは、絵本の人が動いて喋ってるってこと?」
「まあ、そういう理解で合ってるよ」
「ん……すごい」
リアは金色の瞳を丸くして、画面の中で滑らかに動くキャラクターたちを食い入るように見つめ始めた。
と、ここでアヤノが困った顔で首を傾げた。
「ヨシロウさん、これ……なんか途中から始まってるみたいですよ?」
画面に映っているのは、いきなりの激しい戦闘シーンだった。
「ああ、巻き戻ししてないんだな」
「まきもどし……?」
アヤノが素でポカンとしている。
ああ、そうだった。アヤノは令和の高校生だ。生まれた時からDVDやブルーレイ、いやそれどころか配信サブスクで動画を見るのが当たり前の世代。ボタン一つで頭出しができる世代にとって、「テープを物理的に最初まで巻き戻す」という概念自体が馴染みのないものなのだろう。
ううむ……こんな異世界にきてまで、おっさん圧倒的な世代間ギャップを感じさせられるとはな。
「ちょっと貸してみろ」
俺はデッキの「停止」ボタンを押し、続いて「巻き戻し」ボタンを押し込んだ。
ウィーーーン……!
デッキの内部から、高速でテープが回転する懐かしい機械音が響き渡る。
「わ……なんか中でウイーンって言ってます!」
「テープを物理的に最初の位置まで戻してるんだよ」
ガチャコンッ。
巻き戻しが完了し、再び「再生」ボタンを押す。
画面が暗転し、静かなイントロと共に第1話のオープニングテーマが流れ始めた。
「ん……最初から始まった!」
リアが感動したように声をあげる。
畳の上にちょこんと座ったリアは、完全にテレビの画面に目を奪われていた。色鮮やかなアニメーション、大迫力のBGM、展開される主人公たちの熱い冒険ドラマ。
「ん……すごい。かっこいい……」
普段はほとんど表情を変えないリアが、画面の展開に合わせて「あ……」「危ない……!」「やった……!」と、小さく一喜一憂している。すっかりアニメの魅力にドハマりしてしまったようだ。
そしてリアの隣でリリシアも「ぬおぉっ! これは魔法か? いや違う……凄まじいな……!」と拳を握り締めて興奮している。
外は悪環境の危険が潜むダンジョンの内部。だが、ここ「温井の湯」のロビーには、湯上がりの温かい空気と香ばしいお茶の匂い、そしてテレビから流れる賑やかなアニメの声が満ちていた。
ダンジョン初野営の夜は、こうして賑やかなアニメ鑑賞会となったのだった。
◇◇◇
その後も、ダンジョンを突き進む俺たち。
道中で怪しげなミミックっぽい宝箱を発見することも度々あったのだが、序盤のやらかしに懲りた俺はスルーした。一度痛い目を見れば学習するのが大人というものだ。
さらに階層を奥へと進めると猛烈に寒い極寒エリアにぶち当たったりもした。だが、凍えた身体は【銭湯】の熱々湯船やサウナで芯まで温まり直し、冷えた身体を完璧にリセットすることができた。
そうしてダンジョンに潜り続けること、およそ二十日。
「ふぅ……」
俺たちはついに、魔王が眠るとされる最下層――その直前の階層まで到達していた。
「なんだかんだで、最下層にまできてしまいましたね」
エリーナがどこか感慨深そうに呟く。
「とてもダンジョンの野営とは思えないくらい快適だったぞ。あたしの力も、日に日に上がっていくような感覚だ」
リリシアが自分の両手を握り締めながら、頼もしい笑みを浮かべる。実際、毎日お風呂でデトックスしてマッサージチェアでコリをほぐし、セウの美味い飯を食べ続けた彼女たちのコンディションは完全にととのっている。
「ん……せんとうさいこう」
リアも満足そうに頷いた。今や彼女もすっかり銭湯とサ飯、そして夜のアニメ鑑賞の虜である。
「ハハ、そりゃよかった。サポート要員としてついてきた甲斐があるってもんだよ。んじゃ、今日はここで野営だな!」
「ん……野営(銭湯)たのしみ」
「そうですね、私も楽しみです。今夜は何のお風呂に入りましょうか」
エリーナも嬉しそうに微笑み、アヤノやロイノさんたちも「サ飯は何にしようかな」と楽しげに声を弾ませている。本来なら緊迫感に包まれるはずの最下層前だというのに、俺たちの空気はまるで温泉旅行の夜のようだった。
◇◇◇
俺たちが最高に贅沢で快適な銭湯ライフを満喫しながら、破竹の勢いでダンジョンを下っていたその頃。
時は遡ること、およそ十日ほど前。
俺たちが足を踏み入れたのと同じダンジョンの入り口にて――
「さぁ~~いきますわよ~~! 聖女エリーナを蹴散らして魔王討伐ですわ~~オホホ♪」
高笑いと共に、自信満々の笑みを浮かべた聖女ララリンの声がダンジョンに響き渡っていたのだった。