異世界銭湯おっさん、転移勇者たちが凄い【戦闘スキル】なのになぜか俺だけ【銭湯スキル:せんとう】で追放された件~好きに銭湯ライフ楽しんでたら、身も心もとろけた美人聖騎士や聖女が連日押し寄せてくる~ 作:もちぎゅう
「軽い……信じられないほど身体が軽い……っ!」
ブラックウルフを一瞬で斬り伏せた後の自分の両手を見つめ、あたしは震えるような感動に包まれていた。筋肉の奥にしつこく残っていた重苦しいコリがすっきりと消え去り、視界はどこまでもクリアで集中力が研ぎ澄まされている。
すごいな……ヨシロウの銭湯は本当にすごい。
昨日、泥と返り血に塗れた身体をあのお湯に沈めた時のあの幸福感。それだけで満たされたと思っていたのに、まさか一晩明けてこれほどの効果があるなんて。これなら……
あたしも聖女様の騎士に……
思考の奥底で、一人の少女の姿が浮かび上がる。
聖女エリーナ様。
あたしの命の恩人であり、この世界で誰よりも尊く、誰よりもお守りしたいと心から願うお方だ。
◇◇◇
あたしは王都から遠く離れた小さな田舎村で生まれ育った、ごくごく普通の村娘だった。
父と母の温かな愛情に包まれ、のんびりとした時間が流れる平和な日々。だが、突如としてその静寂は打ち砕かれた。あたしが13歳の時だ。
「グヌゥウウウウゥ―――――!!」
この世のものとは思えない、大気を揺るがす恐ろしい咆哮が村に響き渡った。
現れたのは、身の丈ほどの巨大なこん棒を振り回す一ツ目の巨人――上位魔物サイクロプス。平和だった村は、瞬く間に絶望と血に染まる地獄絵図へと変わった。家々は踏み荒らされ、人々が悲鳴を上げて逃げまどう。
「リリシア! 振り返るな、走りなさい!」
父と母があたしを逃がすため、サイクロプスの前に立ち塞がった。うしろから聞こえてくる大好きな二人の悲鳴が、耳の奥に焼き付いて離れなかった。
必死に逃げた。涙で視界がぐしゃぐしゃになり、何度も転びながらただ前だけを見て走った。父と母が命をかけて守ってくれた命なのだ。何としても生き延びなければならない。
だが凶悪すぎるサイクロプスは、村人を誰一人として逃がす気などなかった。 ズン、ズンと地面を揺らす巨大な足音が背後から急速に近づいてくる。圧倒的な巨体から放たれる殺気に気圧され、ついにあたしは足をもつれさせて地面に倒れ込んだ。
見上げると、あたしを見下ろす醜悪な一ツ目と振り上げられた巨大なこん棒。
ああ、あたしも両親のもとへ行くのね……
死を覚悟し、ぎゅっと目をつぶると同時に、ズンッ!という重い音が頭上で響く。
――だが、いつまで経っても凄まじい衝撃は訪れなかった。
「……っ、潰されてない……?」
恐る恐る目を開けると、あたしの頭上には透き通るような美しい光の膜が広がっていた。あたしを守るように覆う透明な優しい盾。
そして、あたしの前には歳も近そうな小さな少女が膜の中心で輝いていた。
「安心してください。私の【結界】は絶対にあなたを守りますからっ!」
そこにいたのは聖女様。
「グヌゥウ!?」
苛立ったサイクロプスがなんども大きなこん棒を振り下ろすが、その優しい盾は決して壊れない。
その後、遅れて到着した聖騎士団によってサイクロプスは討伐されたらしい。けれど、あたしにはその場の記憶がほとんど残っていない。両親を失い生まれ育った家も故郷も奪われ、あまりのショックに幼いあたしの精神は崩壊寸前だったのだ。
そんな茫然自失で震えていたあたしを、そっと優しく抱きしめてくれた人がいた。
「ごめんなさい……もっと早く助けに来られていれば……辛かったですね」
あたしと歳もそれほど変わらない小さな少女が、自分以上にボロボロと涙を流しながらあたしを温かく包み込んでくれた。それが、聖女エリーナ様だった。
あの温もりがなければ、あたしの心は壊れて死んでいたと思う。それほどまでに彼女の抱擁は温かく、優しかった。
孤児となったあたしは、王都の教会へ引き取られた。そこにはあたしと同じように魔物によって身寄りをなくした孤児もたくさんいて、その多くがエリーナ様に救われた子たちだった。
後から聞いた話だが、彼女は自らの危険を顧みず聖騎士団より早く現場に急行したのだそうだ。王国にいる聖女様は一人ではない。だがエリーナ様はどの聖女様よりも素早く行動する少女として知られていた。
たしか歳はあたしよりひとつしたの12歳……
エリーナ様は10歳の時に聖女にしか発現しない「聖属性魔力」が発現したという。それからわずかな期間で多くの命を救ってきたのだ。
周りの子たちが将来シスターや一般職を目指す中、あたしの胸の中で芽生えた想いはただ一つ。
あたしは……聖騎士になる。
そしてエリーナ様の護衛騎士に。
大恩ある聖女様を、今度はあたしの手でお守りする存在になりたい。
それからの日々は、まさに血の滲むような鍛錬の連続だった。教会から与えられる仕事をこなし、それ以外のすべての時間を剣の鍛錬に捧げた。手にできた豆が刷り潰れてその上にまた豆ができる。何度も何度も木剣を振り続けた。
そして3年後、15歳で聖騎士見習いとして入団を果たした。あらゆる雑用や泥臭い仕事をこなしながら、必死に魔物を狩り続け18歳になった今年――あたしはついに、正式な聖騎士として認められたのだ。
やった、これでついにエリーナ様の護衛になれる……!
そう歓喜したのも束の間、現実は甘くはなかった。憧れの聖女護衛騎士を決める選抜試験で、あたしはいつも空回りし、思うような結果が出せない。
「心が乱れておる。それでは聖女様の護衛聖騎士は務まらない。もっと鍛錬を重ねるように」
先月、三回目の試験に落ちた時の試験官の言葉が、今も耳から離れない。
なぜだ! なぜなんだ!?
あたしは誰よりも鍛錬を重ねているのに! 誰よりも聖女様をお守りしたいと願っているのに!
そんな焦りに輪をかけるように、不吉な噂が耳に入って来た。
聖女エリーナ様の聖なる力が弱まっており、得意とされていた結界の強度が落ちてきている。と。
エリーナ様は常に自ら戦場の最前線へ出向いて結界を張り、人々を救い続けている。他にも聖女はいるが、エリーナ様ほどの負担を背負っている者はいない。
早く……早くあたしが強くなって、エリーナ様をお助けしなければならないのに!
魔物を狩って、狩って、狩りまくって。エリーナ様の負担を減らすんだ。
そのためには――
もっと、もっと鍛錬が必要だ――。
◇◇◇
くっ……どうしても力がはいりすぎてしまう……
自分のこのやりすぎてしてしまう性格が試験の結果に響いていることは、なんとなく気付いている。
でも、この闘志があるからこそ、今までの鍛錬のこなしてこれたんだ。
ただひたすらに前を向く。
そうでなければ、乗り越えられなかった。
だが、今日のあたしはいつもと違う。ヨシロウの銭湯のおかげで、身体のコンディションは今までで最高と言っていいほどに整っている。
今なら……今ならもっと強くなれるはずだ!
圧倒的な強さを得たら、試験にも合格できるはず。
そう決意を新たにしたその時、森の奥から激しい樹々の揺れる音が響いた。現れたのは、巨大な二本の角を生やした猪型の魔物――「レッドボア」の群れだ。激しい鼻息を散らしながら、こちらへ向かって猛然と突進してくる。
「「「「ブモォオオッ――!!」」」」
ちょうどいい……
よし、もっとガンガンいくぞ! もっと強く、もっと圧倒的に!
「こんな魔物ごときに、遅れをとれるかぁっ! はぁあああッ――――――聖光剣一閃《セイクリッド・スラッシュ》!!」
気合と共に放たれた闘気を凝縮した光の斬撃。前方のレッドボア数匹の巨体が、一斉に真っ二つに裂け飛んだ。
足りない――
「もっと強く……だ!――――――聖光剣一閃《セイクリッド・スラッシュ》!!」
「……おい」
「まだまだぁ!! ――――――聖光剣一閃《セイクリッド・スラッシュ》!!」
「もっとだぁあ!! ――――――聖光剣一閃《セイクリッド・スラッシュ》!!」
誰かの声が聞こえたような気がしたが、あたしは剣を振り続けた。視界が白く眩み、心臓が破裂しそうなほど脈打つ。闘気を限界まで絞り出し身体が悲鳴を上げている。
「おい! リリシア、落ち着け!」
「っ!?」
ガシッと両肩を強い力で掴まれ、激しく揺さぶられた。あたしはハッと正気に戻る。
「え……? ヨシロウ……か?」
荒い息を吐きながら視線を巡らせると、そこには心配そうにあたしの顔を覗き込むヨシロウの姿があった。隣ではセウもハチマキを揺らして不安そうに見つめている。
足元を見れば、一帯のレッドボアは全てあたしの剣技によって完膚なきまでに切り刻まれ、絶命していた。
またやってしまった……
胸の奥に、冷たい氷が投げ込まれたような感覚が広がった。 せっかくヨシロウが銭湯で身体を万全にしてくれたのに、あたしはまた己の焦りから自滅しかけ、ヨシロウに心配をかけてしまったのだ。
なにやってんだあたしは……本当に嫌になる。 やっぱり、あたしには聖女様の護衛なんて無理なんじゃないだろうか。
「なんか悩んでんのか?」
ヨシロウが、いつも通りの飾らない軽い声で尋ねてきた。
普段のあたしなら、他人に自分の弱みや過去を明かすような真似は絶対にしない。
だが、なぜだろう。彼が醸し出す包み込むような落ち着いた雰囲気ぬ触れていると、口が勝手に動いてしまった。
あたしはポツリポツリと、己の過去と聖女様への想い、そして選抜試験に落ち続けている葛藤を打ち明けた。
一通り話し終え俯くあたしに対して、ヨシロウの返答は想像以上にあっさりとしたものだった。
「いい目標じゃないか」
「あ、ああ……だが、あたしはまたヨシロウの前でぶっ倒れるところだったんだぞ?」
「そうだな。でもぶっ倒れなかったぞ」
「そ、それは……ヨシロウが止めてくれたからで……!」
「なら、それでいいじゃないか」
「え……?」
あたしはパチクリと目を丸くした。 こんな、自分すらコントロールできない未熟なあたしで良いというのか?
「言ってくれる人を作るんだ」
「言ってくれる人……?」
「暴走しそうになった時に、「おい落ち着け」って止めてくれる奴さ」
「し、しかし……そんな人、あたしの周りには……」
あたしは今までずっと一人で愚直に鍛錬ばかりしてきたから、同僚とも仕事以外でほとんど会話をしたことがなかった。聖女様の護衛になるということだけで頭がいっぱいだったからだ。
「なんなら俺でもいい。俺がいる時は遠慮なく止めてやる。リリシアはある程度受け入れる素直さはあると思うぞ」
「ヨシロウ……」
ヨシロウは頭の後ろで手を組みながら、呆れたようなでも温かい苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「まあ、焦らずじっくりいけよ。俺は剣のことなんてさっぱり分からんけど……そこまで命がけで打ち込めるってのはたいしたもんだよ。ちょっとやり方は強引すぎるがね」
「ふふ……っ。剣の基礎も知らないくせに……」
思わず、口元から小さな笑いがこぼれ落ちた。あたしの胸の奥でギチギチと固まっていた重苦しい結び目が、すこしだけ解けたような気がする。
「ああ、今度教えてもらうかな。ファンタジー世界といえば剣だからな」
「あたしの鍛錬はきついぞ?」
「なら、締めのひとっ風呂がより最高になるな」
本当に、他愛もない会話だ。
だが……なんだかすごく、気が楽になった。
ヨシロウはあたしを助けてくれた命の恩人だ。そして、信じられないほど素晴らしい銭湯を出してくれる。最初は正直、あの夢のような「銭湯」に魅了されていた。だってあんなものは反則だ。一度知ってしまったらもう離れられるはずがないじゃないか。けれど今は……少し違う。
ヨシロウ自身に、興味が湧いてきたのだ。この相変わらずよく分からない、けれど不思議と安心させてくれるおっさんに。
「ふぅ……まずはお風呂に入りたいな。闘気もほとんど使い果たしてしまったし」
「はは、そうだな。また銭湯で楽しむか――」
ヨシロウが優しく笑った、まさにその時だった。
「グヌゥウウウウゥ―――――!!」
森の奥から、腹に響くような凄まじい咆哮が轟いた。
あたしは声が響いた方へ視線を向ける。
「うぉっ……なんだあの魔物……!?」
ヨシロウが驚愕の声を上げる。あたしの身体は瞬時に凍りついた。この地響き、この威圧感、そしてこの禍々しい咆哮……忘れるはずもない。
な、なぜ……なぜこんなところにサイクロプスが……!?
「おい、リリシア! あの怪物の近くに人がいないか!?」
ヨシロウの言葉に弾かれるように視線を走らせる。 巨人が振るう巨大なこん棒の陰、倒れ伏す人影と、かすかに光る消えかけの結界。
そこにいたのは――。
「あ、あれは……聖女様――――――!!」