正邦のキセキ   作:lalaland

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四つ目

 

 

 第2Q開始。

 

 正邦25-20誠凛。最初の攻撃は誠凛だった。

 

 伊月がボールを運び、黒子が右サイドを横切る。第1Qなら蓮の意識もその動きを追っていたが、今度は違った。視界の端に黒子を置きながら、伊月、日向、火神、水戸部までを一つの配置として捉える。

 

 黒子が日向の前を通り、伊月の視線が一瞬だけそちらへ向いた。それでも蓮は動かない。次の瞬間、黒子とは逆側で火神が津川の横を抜けた。

 

『こっちか』

 

 伊月のパスが通る。火神が踏み込み、岩村がゴール下から前へ出た。津川も後ろから追いつくが、火神は二人に挟まれる直前でボールを黒子へ落とす。

 

 黒子の手に触れたボールは、そのまま横へ弾かれた。その先にいたのは日向。蓮が踏み出した時にはもうシュートモーションへ入っており、放たれたスリーポイントがリングを通った。

 

 25-23。

 

「よし!」

 

 誠凛ベンチから声が上がる。戻りながら黒子が蓮を見る。

 

「見ていませんでしたね」

 

「見てたよ」

 

「僕ではなく、ですか」

 

「うん」

 

 短いやり取りだけで、互いに何を言っているのかは分かっていた。蓮は黒子自身を追わない。誠凛はそれを分かった上で、黒子から始まるように見える攻撃を囮に使った。蓮がその先を読もうとしたところで、さらに別の場所を使う。

 

【面倒くせえことしてんな】

 

『だから面白いんだよ』

 

【俺なら抜けば終わる】

 

『それは蓮のやり方でしょ』

 

【お前も蓮だろ】

 

『分かってるよ』

 

 蓮は小さく息を吐き、ボールを受け取った。

 

 次は正邦の攻撃。伊月が正面につき、火神は第1Qほど簡単には寄ってこない。黒子も受け手へ張りつくのではなく、パスコースへ割り込める距離を保っている。

 

 インターバルで変えてきた。それなら、こちらも同じことをすればいい。

 

 岩村がハイポストへ上がり、大室がベースライン側へ沈む。坂本が逆サイドへ広がり、津川は火神を連れたまま右へ流れた。その配置を見ながら蓮が前へ出ると、伊月の重心が僅かに後ろへ乗った。

 

 パスを警戒している。

 

 蓮はそのまま踏み込んだ。伊月も反応し、最初の一歩についてくる。第1Qより明らかに対応が速く、蓮が右へ切り返しても身体を残して簡単には肩を入れさせない。

 

 それでも蓮は止まらない。ドリブルを低く落とし、伊月の身体が横へ流れた瞬間にもう一度方向を変える。完全には抜けなかったが、それでも半歩だけ前へ出た。

 

 その半歩で十分だった。

 

 火神は来ない。なら、自分で行く。

 

 蓮はフリースローラインの手前から跳び、伊月の伸ばした腕の上を抜くようにシュートを放った。ボールはそのままリングへ吸い込まれる。

 

 27-23。

 

「……やっぱそれもあるんだよな」

 

 伊月が苦笑しながら呟いた。

 

「止めたかった?」

 

「そりゃな」

 

「じゃあ次も来てよ」

 

「簡単に言うなって」

 

 蓮は笑って守備へ戻る。

 

 第2Qが始まってまだ1分にも満たない。それでも、第1Qの終盤とはもう違う試合になっていた。誠凛が変えれば正邦も変える。そして、その中心で蓮もまた答えを変え続ける。

 

 第2Q開始から2分。

 

 正邦29-27誠凛。

 

 点差は2点まで縮まっていた。火神がボールを持つと、正面には津川が立つ。

 

「今度は抜く」

 

「やってみれば?」

 

 津川が笑う。

 

 火神が一気に踏み込み、津川は身体を寄せながら進路を消した。火神が強引に肩を入れようとしても、古武術の動きを取り入れた正邦の守備は真正面から力を受けない。

 

 それでも火神は止まらない。一度ボールを引いて左へ切り返すが、津川も離れずについてくる。さらに前へ出ようとしたところで津川の身体が進路へ入り、火神の勢いがそのままぶつかった。

 

 笛が鳴る。

 

「オフェンスファウル! 赤10番!」

 

「はぁ!?」

 

「火神!」

 

 リコの声が飛ぶ。津川は倒れた身体を起こしながら、何事もなかったようにユニフォームを払った。

 

「危ないなあ」

 

「てめっ……!」

 

「火神、戻れ!」

 

 日向に止められ、火神は舌打ちしながら自陣へ戻る。その様子を見ながら、蓮は火神のファウル数を思い返した。

 

【あいつ、何個目だ】

 

『三つ目』

 

【……は?】

 

『だから怒ってるんじゃない?』

 

【ふざけんなよ。下がんじゃねえだろうな】

 

 内側から一気に不機嫌な気配が強くなる。蓮は思わず苦笑しそうになった。

 

『僕に言われても知らないよ』

 

【だったらさっさと代われ。下がる前にやる】

 

『嫌だって』

 

【てめえ……】

 

 裏の声を無視し、蓮はボールを受け取った。

 

 伊月が正面で構え、今度は火神もヘルプへ寄れる位置を取っている。インターバルでは寄りすぎるなと言われたはずだが、蓮が伊月を抜けば身体が反応する。その一歩まで、蓮には見えていた。

 

 岩村がスクリーンへ上がる。しかし蓮は使わず逆へ切った。伊月が追い、火神の足が一歩だけ内側へ動く。

 

 その瞬間には、もう蓮の手からボールが離れていた。

 

「津川!」

 

 右コーナーで津川が受ける。火神が振り向いた時にはすでに遅く、津川はシュートではなくベースラインへ踏み込んでいた。

 

「っ!」

 

 火神が身体を反転させる。持ち前の速さで津川の前へ回り込み、そのまま進路を止めようとする。

 

 だが、津川は接触の直前でボールを抱えた。

 

 火神の身体は止まり切らない。肩がぶつかり、再び笛が鳴った。

 

「ディフェンスファウル! 赤10番!」

 

 一瞬、体育館の空気が止まった。

 

 火神の顔が固まり、誠凛ベンチではリコが立ち上がる。蓮も目を細めた。

 

 4つ目。

 

 第2Qが始まって、まだ3分も経っていない。

 

「……マジかよ」

 

 火神が呟く。

 

 津川は審判へボールを渡しながら火神を見た。

 

「また引っかかったね」

 

「てめえ……!」

 

「火神!」

 

 今度のリコの声は、それまでより強かった。火神が振り向き、その表情を見ただけで何を言われるのか察したように顔を歪める。

 

「交代」

 

「は!?」

 

「一回下がりなさい」

 

「まだ第2Qっすよ!」

 

「だからよ。ここで5つ目取られて終わりたいの?」

 

「でも――」

 

「火神君」

 

 黒子が呼ぶ。火神がそちらを見たところで、リコは続けた。

 

「黒子君も交代」

 

「……僕もですか」

 

「そう。二人とも一回下がる」

 

 誠凛ベンチが僅かにざわついた。

 

 蓮はコートの中央から、その光景を見ていた。火神が下がる。黒子も下がる。第1Qからずっと自分を考えさせ続けていた二人が、同時にコートを離れようとしている。

 

【……おい】

 

『うん』

 

【下がるぞ】

 

『みたいだね』

 

【ふざけんな】

 

 今までで一番低い声だった。蓮は思わず目を伏せる。

 

『だから僕に言わないでよ』

 

【お前がグズグズしてっからだろ】

 

『関係ないでしょ』

 

【ある。俺はあいつとやるつもりだった】

 

 火神が不満を隠さないままベンチへ向かう。その背中を蓮が見送る間にも、試合の時計は止まったままだった。

 

 第2Q、残り7分18秒。

 

 正邦31-27誠凛。

 

 点差はまだ4点しかない。それでも火神と黒子が同時にコートから消えることで、試合の形はまた大きく変わろうとしていた。そして誰よりそれを気に入らない男が、蓮の内側にいる。

 

【次出てきたら、絶対代われ】

 

『約束はしないよ』

 

【……チッ】

 

 蓮は火神の背中から視線を外し、コートへ戻した。

 

 火神も黒子もいない。それでも試合は続く。

 

 なら、今いる五人を相手に勝つ。

 

 それが表の銀城蓮の答えだった。

 

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