第2Q開始。
正邦25-20誠凛。最初の攻撃は誠凛だった。
伊月がボールを運び、黒子が右サイドを横切る。第1Qなら蓮の意識もその動きを追っていたが、今度は違った。視界の端に黒子を置きながら、伊月、日向、火神、水戸部までを一つの配置として捉える。
黒子が日向の前を通り、伊月の視線が一瞬だけそちらへ向いた。それでも蓮は動かない。次の瞬間、黒子とは逆側で火神が津川の横を抜けた。
『こっちか』
伊月のパスが通る。火神が踏み込み、岩村がゴール下から前へ出た。津川も後ろから追いつくが、火神は二人に挟まれる直前でボールを黒子へ落とす。
黒子の手に触れたボールは、そのまま横へ弾かれた。その先にいたのは日向。蓮が踏み出した時にはもうシュートモーションへ入っており、放たれたスリーポイントがリングを通った。
25-23。
「よし!」
誠凛ベンチから声が上がる。戻りながら黒子が蓮を見る。
「見ていませんでしたね」
「見てたよ」
「僕ではなく、ですか」
「うん」
短いやり取りだけで、互いに何を言っているのかは分かっていた。蓮は黒子自身を追わない。誠凛はそれを分かった上で、黒子から始まるように見える攻撃を囮に使った。蓮がその先を読もうとしたところで、さらに別の場所を使う。
【面倒くせえことしてんな】
『だから面白いんだよ』
【俺なら抜けば終わる】
『それは蓮のやり方でしょ』
【お前も蓮だろ】
『分かってるよ』
蓮は小さく息を吐き、ボールを受け取った。
次は正邦の攻撃。伊月が正面につき、火神は第1Qほど簡単には寄ってこない。黒子も受け手へ張りつくのではなく、パスコースへ割り込める距離を保っている。
インターバルで変えてきた。それなら、こちらも同じことをすればいい。
岩村がハイポストへ上がり、大室がベースライン側へ沈む。坂本が逆サイドへ広がり、津川は火神を連れたまま右へ流れた。その配置を見ながら蓮が前へ出ると、伊月の重心が僅かに後ろへ乗った。
パスを警戒している。
蓮はそのまま踏み込んだ。伊月も反応し、最初の一歩についてくる。第1Qより明らかに対応が速く、蓮が右へ切り返しても身体を残して簡単には肩を入れさせない。
それでも蓮は止まらない。ドリブルを低く落とし、伊月の身体が横へ流れた瞬間にもう一度方向を変える。完全には抜けなかったが、それでも半歩だけ前へ出た。
その半歩で十分だった。
火神は来ない。なら、自分で行く。
蓮はフリースローラインの手前から跳び、伊月の伸ばした腕の上を抜くようにシュートを放った。ボールはそのままリングへ吸い込まれる。
27-23。
「……やっぱそれもあるんだよな」
伊月が苦笑しながら呟いた。
「止めたかった?」
「そりゃな」
「じゃあ次も来てよ」
「簡単に言うなって」
蓮は笑って守備へ戻る。
第2Qが始まってまだ1分にも満たない。それでも、第1Qの終盤とはもう違う試合になっていた。誠凛が変えれば正邦も変える。そして、その中心で蓮もまた答えを変え続ける。
第2Q開始から2分。
正邦29-27誠凛。
点差は2点まで縮まっていた。火神がボールを持つと、正面には津川が立つ。
「今度は抜く」
「やってみれば?」
津川が笑う。
火神が一気に踏み込み、津川は身体を寄せながら進路を消した。火神が強引に肩を入れようとしても、古武術の動きを取り入れた正邦の守備は真正面から力を受けない。
それでも火神は止まらない。一度ボールを引いて左へ切り返すが、津川も離れずについてくる。さらに前へ出ようとしたところで津川の身体が進路へ入り、火神の勢いがそのままぶつかった。
笛が鳴る。
「オフェンスファウル! 赤10番!」
「はぁ!?」
「火神!」
リコの声が飛ぶ。津川は倒れた身体を起こしながら、何事もなかったようにユニフォームを払った。
「危ないなあ」
「てめっ……!」
「火神、戻れ!」
日向に止められ、火神は舌打ちしながら自陣へ戻る。その様子を見ながら、蓮は火神のファウル数を思い返した。
【あいつ、何個目だ】
『三つ目』
【……は?】
『だから怒ってるんじゃない?』
【ふざけんなよ。下がんじゃねえだろうな】
内側から一気に不機嫌な気配が強くなる。蓮は思わず苦笑しそうになった。
『僕に言われても知らないよ』
【だったらさっさと代われ。下がる前にやる】
『嫌だって』
【てめえ……】
裏の声を無視し、蓮はボールを受け取った。
伊月が正面で構え、今度は火神もヘルプへ寄れる位置を取っている。インターバルでは寄りすぎるなと言われたはずだが、蓮が伊月を抜けば身体が反応する。その一歩まで、蓮には見えていた。
岩村がスクリーンへ上がる。しかし蓮は使わず逆へ切った。伊月が追い、火神の足が一歩だけ内側へ動く。
その瞬間には、もう蓮の手からボールが離れていた。
「津川!」
右コーナーで津川が受ける。火神が振り向いた時にはすでに遅く、津川はシュートではなくベースラインへ踏み込んでいた。
「っ!」
火神が身体を反転させる。持ち前の速さで津川の前へ回り込み、そのまま進路を止めようとする。
だが、津川は接触の直前でボールを抱えた。
火神の身体は止まり切らない。肩がぶつかり、再び笛が鳴った。
「ディフェンスファウル! 赤10番!」
一瞬、体育館の空気が止まった。
火神の顔が固まり、誠凛ベンチではリコが立ち上がる。蓮も目を細めた。
4つ目。
第2Qが始まって、まだ3分も経っていない。
「……マジかよ」
火神が呟く。
津川は審判へボールを渡しながら火神を見た。
「また引っかかったね」
「てめえ……!」
「火神!」
今度のリコの声は、それまでより強かった。火神が振り向き、その表情を見ただけで何を言われるのか察したように顔を歪める。
「交代」
「は!?」
「一回下がりなさい」
「まだ第2Qっすよ!」
「だからよ。ここで5つ目取られて終わりたいの?」
「でも――」
「火神君」
黒子が呼ぶ。火神がそちらを見たところで、リコは続けた。
「黒子君も交代」
「……僕もですか」
「そう。二人とも一回下がる」
誠凛ベンチが僅かにざわついた。
蓮はコートの中央から、その光景を見ていた。火神が下がる。黒子も下がる。第1Qからずっと自分を考えさせ続けていた二人が、同時にコートを離れようとしている。
【……おい】
『うん』
【下がるぞ】
『みたいだね』
【ふざけんな】
今までで一番低い声だった。蓮は思わず目を伏せる。
『だから僕に言わないでよ』
【お前がグズグズしてっからだろ】
『関係ないでしょ』
【ある。俺はあいつとやるつもりだった】
火神が不満を隠さないままベンチへ向かう。その背中を蓮が見送る間にも、試合の時計は止まったままだった。
第2Q、残り7分18秒。
正邦31-27誠凛。
点差はまだ4点しかない。それでも火神と黒子が同時にコートから消えることで、試合の形はまた大きく変わろうとしていた。そして誰よりそれを気に入らない男が、蓮の内側にいる。
【次出てきたら、絶対代われ】
『約束はしないよ』
【……チッ】
蓮は火神の背中から視線を外し、コートへ戻した。
火神も黒子もいない。それでも試合は続く。
なら、今いる五人を相手に勝つ。
それが表の銀城蓮の答えだった。