第2Q、残り7分18秒。正邦31-27誠凛。
火神と黒子がベンチへ下がり、代わって小金井と土田がコートへ入った。誠凛の五人から一年生二人が同時に消れたことで、正邦側から見える景色も大きく変わる。黒子の存在感を利用したパスはなくなり、火神の跳躍もない。それでも蓮は気を緩めず、新しく並んだ五人を《天瞰眼》の中へ捉え直した。
【弱くなっただけだろ】
『まだ分からないよ』
【あの二人いねえんだぞ】
『だからでしょ。さっきまでと同じことしてくるわけないじゃん』
コートへ戻った伊月がボールを受け取る。その顔に焦りはなく、蓮が正面へ入ってもすぐには攻撃を始めなかった。日向が左へ広がり、水戸部が中へ入り、小金井と土田もそれぞれの位置へ動く。黒子のパスで一気に崩すわけでも、火神の個人技で正面から破るわけでもない。五人で作る。蓮がそう認識した時、水戸部が伊月の横へ上がってスクリーンを作った。
蓮は身体をずらして抜ける。伊月もそれを見て無理には中へ入らず、一度ドリブルを止めて水戸部へ返し、そのまま日向を走らせた。坂本が追う間にボールは水戸部から伊月、伊月から土田へと移り、一度も長く止まらないまま正邦の守備を横へ動かしていく。その最後、日向が逆サイドへ抜けた。
『そこ』
蓮にも見えていた。だが、自分のマークを捨ててまで動けば別の場所が空く。伊月から日向へパスが届き、坂本が追いつくと、日向はシュートフェイクで僅かに身体を浮かせた。そのまま中へ一歩入り、岩村が反応したところで水戸部へ落とす。リング下で水戸部が決め、スコアは31-29。誠凛ベンチから声が上がる中、日向は戻りながら水戸部の肩を叩いた。
『やっぱり』
【何がだよ】
『弱くなっただけじゃない』
火神と黒子がいないからこそ、ボールが特定の二人を経由しなくなっている。誰か一人を起点にするのではなく、五人が少しずつ動きながら空いた場所を使う。派手さはなくても、崩し方が一つではない。蓮はその事実を確かめるように誠凛の五人を見渡してから、エンドラインでボールを受け取った。
正邦の攻撃では伊月が再び蓮の前へ立った。
「なんか楽しそうだな」
「うん」
「即答かよ」
「だって、また変わったから」
「こっちは楽しくねえんだけどな」
伊月が腰を落とす。黒子がいなくなったことで、パスコースへ突然手が現れる危険は減っている。火神がいないことで、伊月を抜いた先に異常な速度でヘルプが飛んでくることもない。ならば、誠凛が五人で守る前に崩せばいい。
蓮が右へ動くと伊月もついてくる。そこで一度止まり、岩村へ視線を送ると、伊月の目が僅かに動いた。パスは出さず、その瞬間に左へ切り返す。伊月もすぐに追ったが、完全に正面へ戻るより先に蓮はペイントエリア手前まで入り、水戸部と土田を同時に動かした。
その二人の動きと同時に、左コーナーが開く。そこにいる坂本自身がまだ完全に空いたことへ気づく前に、蓮の手からパスが飛んだ。
「坂本さん!」
「おっ」
振り向いた坂本の胸へちょうどボールが収まる。その時にはもう誠凛の守備は間に合わず、シュートがリングを通って33-29となった。
「相変わらず早えな、お前のパス」
「空くと思ったので」
「俺、まだ空いたと思ってなかったぞ」
「だから出しました」
「……そうだったな」
坂本が苦笑する。誠凛が変わっても、《天瞰眼》が見ているものは変わらない。十人全員が次にどこへ動くか。火神も黒子もいないなら、いない状態の十人を見ればいいだけだった。
第2Q、残り5分42秒。正邦35-33誠凛。
火神と黒子が下がってからも、誠凛は離されていなかった。日向がスリーポイントを決め、小金井もミドルを一本沈めている。正邦も蓮を中心に得点を返していたが、誠凛はそのたびに別の選手が点を取り返し、点差は2点まで縮まっていた。
正邦ベンチで春日が腕を組む。
「去年とは違うな」
「ああ」
松元もコートを見たまま答えた。昨年の誠凛も弱いチームではなかった。それでも今の誠凛には、火神と黒子が抜けた程度で崩れないだけの土台がある。だからこそ松元はベンチを動かさず、銀城がこの状況をどう処理するのか見ていた。
黒子という特殊な選手も、火神という圧倒的な身体能力もいなくなった。代わりに現れたのは五人で粘る誠凛。それに対する銀城の答えは、すでにコートに出ている。伊月を抜ける。自分でも決められる。それでも誠凛の守備が自分へ寄れば迷わず空いた味方を使い、反対にパスを警戒して伊月へ任せれば自分で点を取る。どちらかに偏るのではなく、相手が一つを消すたびに残った方を選んでいた。
「厄介だな」
春日が呟く。
「銀城がですか?」
「誠凛も、銀城もだよ」
どちらも相手を見て変わっている。だから点差が開かない。
その直後の誠凛の攻撃でも、伊月から日向、小金井、水戸部へとボールが動いた。水戸部が受けた瞬間に大室が寄り、その背後で土田が空く。パスが出た時には、蓮もすでにそこへ動いていた。
『見えてる』
土田がボールを受ける直前、コースへ蓮の右手が入った。弾かれたボールを津川が拾い、正邦が一斉に走り出す。蓮も前へ出たが、ボールは要求しない。右には坂本、中央を岩村、左には大室が走っており、伊月と日向も必死に戻っている。
津川が運びながら蓮へ視線を向ける。それだけで伊月が蓮を追い、誠凛の守備も僅かにそちらへ寄った。
「津川、そのまま!」
「分かった!」
津川は自分でリングへ向かい、日向が止めに出た瞬間に岩村へ落とした。岩村が力強く決め、37-33。蓮は一度もボールに触れていない。それでも伊月は最後まで蓮から離れられなかった。
「……ボール持ってなくても面倒だな、お前」
「僕、何もしてないよ」
「いるだけでこっちが気にしてんだよ」
「じゃあ、もっと見ててよ」
「嫌だよ」
伊月が即答し、蓮は少し笑った。
その様子をベンチから見ていた火神は、膝の上で拳を握っている。第1Qで銀城が強いことは分かったはずだった。それでも外から見ることで、自分で点を取っている時とは別の厄介さが見えてくる。
「……あいつ、全然無理してねえな」
「はい」
隣の黒子も頷く。
「もっと来れるだろ。あいつ」
「僕もそう思います」
「お前も?」
「銀城君は、まだ自分で全部を崩そうとしていません。必要な時だけ自分で行って、それ以外は味方を使っています」
「それで勝ててるからか」
「たぶん」
黒子はコート上の蓮を見る。銀城は自分が点を取ることより、正邦が点を取ることを優先しているように見える。火神もその言葉には返さず、蓮を見続けた。
今コートにいる銀城が本気ではない、という意味ではない。伊月を抜き、未来の位置へパスを通し、守備でも先回りする姿は明らかに本気だった。それなのに、試合前から感じている違和感だけが消えない。どうしても、これだけではない気がする。
第2Q、残り3分06秒。正邦41-37誠凛。
4点差。火神と黒子が下がってから4分以上が経っても、誠凛は離れなかった。蓮はスコアを確認してからゆっくり息を吐く。
【まだこんな点差かよ】
『強いね』
【お前がチンタラやってっからだろ】
『ちゃんとやってるよ』
【俺ならもう終わってる】
『そうかもね』
予想していなかった返事だったのか、内側の声が一瞬止まる。
【……認めんのかよ】
『蓮ならもっと点取れるでしょ』
【当たり前だ】
『でも僕は、今これでいい』
蓮は伊月の位置を確認し、その向こうにいる四人まで視界へ収める。火神と黒子が下がっても誠凛は崩れていない。それなら、その五人を崩す方法を探せばいい。
『僕は僕のやり方で勝つから』
少しの沈黙のあと、内側から鼻で笑う音がした。
【好きにしろ】
『うん』
【ただし火神が戻ったら――】
『約束はしないよ』
【まだ何も言ってねえだろ!】
思わず蓮の口元が緩むと、近くにいた津川が怪訝そうにこちらを見た。
「……また笑ってる」
「何でもないよ」
「銀城ってたまに一人で楽しそうだよね」
「そう?」
「うん。ちょっと変」
「津川には言われたくないな」
「なんで!?」
津川の声を背中で聞きながら、蓮は守備へ戻る。残り3分、まだ4点差。火神も黒子もいない誠凛は、それでも正邦に食らいついている。
去年とは違う。
正邦も、それを分かっていた。そして銀城蓮もまた、まだこの試合を自分のやり方で楽しんでいた。