正邦のキセキ   作:lalaland

23 / 30
お待たせしました、連投した理由はこの話のためです。
ついに裏面が公式戦のコートに立ちます。
お楽しみ下さい。


引きずり出す

 

 

 第3Q開始。正邦55-43誠凛。

 

 コートへ戻った正邦の五人を見て、伊月が最初に気づいたのは布陣の変化だった。銀城はいる。津川も坂本も岩村もいる。それなのにボールを受け取っているのは銀城ではなく、昨年も対戦した春日隆平だった。代わりに大室がベンチへ下がり、銀城はゴールに近い位置へ立っている。

 

「……春日さん?」

 

 リコもすぐに正邦の並びを確認した。

 

「銀城君を……PF?」

 

 前半をPGとして支配していた選手を、わざわざゲームメイクから外して前へ置く。185センチという身長以上に、その意図が分からなかった。

 

 だが、誠凛ベンチで火神だけは違うものを見ていた。

 

「……おい」

 

 低い声に、隣の黒子が火神を見る。

 

「どうしました?」

 

 火神は答えない。視線の先にいるのは銀城だった。前半と同じユニフォーム。同じ銀色の髪。同じ身体。見た目は何一つ変わっていない。それなのに、コートへ立っている銀城を見た瞬間から、背中に薄い寒気が走っていた。

 

 目つきが違う。立ち方も違う。前半の銀城には、コート全体を静かに見渡しているような不気味さがあった。何をしても先に知られているような、逃げ場を少しずつ消されていく感覚。今はそれがない。視線は真っ直ぐ前を向き、肩が開き、僅かに顎が上がっている。ただ立っているだけなのに、今にも正面から食い破ってきそうな圧があった。

 

「火神君?」

 

「……あいつ、さっきまでと違う」

 

 黒子が銀城へ視線を移した。その直後、笛が鳴る。

 

 第3Qが始まった。

 

 春日がゆっくりボールを運び、伊月が正面へつく。その後ろでは坂本と津川が左右へ広がり、岩村がゴール下へ入った。蓮は右のミドル付近に立ち、そこへ土田がつく。春日が右手を上げた瞬間、蓮が動いた。

 

 土田も反応した。それでも次の瞬間には、銀色がその横を抜けていた。

 

「っ!?」

 

 土田は完全に棒立ちだったわけではない。最初の動きには反応していた。それなのに身体を向け直した時には、蓮はすでに数歩先へ出ている。そこへ春日からボールが入り、水戸部がヘルプへ出た。

 

 蓮は止まらない。真正面から水戸部へ向かい、接触する寸前で身体が僅かに沈む。右へ行くと見えた次の瞬間には重心が反対へ移り、水戸部の身体だけが取り残された。そのままリング下へ入り、右手で軽く放ったボールがネットへ落ちる。

 

 57-43。

 

 たった2点。第3Q最初の、たった一度の攻撃だった。それでも火神は動かなかった。

 

「……火神君?」

 

 黒子の声も、すぐには耳へ入らない。火神は今のプレーを頭の中でもう一度追っていた。速かった。だが、それだけではない。最初の一歩に土田は反応していたし、水戸部もコースへ入っていた。それなのに銀城は、どちらにもまともに止める動作をさせないまま抜けている。

 

 無理な体勢になっていない。軸も崩れていない。速度を落としたようにも見えない。それなのに、進行方向だけが変わっていた。

 

「……何だよ、それ」

 

 火神の額を一筋の汗が流れる。

 

 頭に浮かんだのは黄瀬涼太だった。海常との練習試合で戦った、《キセキの世代》の一人。圧倒的な身体能力と、見たプレーを自分のものにする才能。あの時でさえ、同じ一年とは思えないほどの差を感じた。

 

 だが、今の銀城を見た瞬間、火神の身体が先に理解してしまった。

 

「……黄瀬の比じゃねえ」

 

 黒子が僅かに目を見開く。

 

「火神君?」

 

 火神は答えず、コート上の蓮だけを睨んでいた。まだ一回。たった一回抜いただけ。それなのに、戦ってもいない自分の身体が警告している。

 

 こいつはヤバい。

 

 前半まで戦っていた銀城とは、何かが決定的に違う。

 

 その蓮が誠凛ベンチへ一度だけ視線を向けた。火神と目が合った瞬間、口元が僅かに上がる。

 

「……!」

 

 火神の背筋をもう一度寒気が走った。

 

 まるで最初から、自分がそこにいることを知っていたように。

 

 早く出てこいとでも言うように。

 

 誠凛の攻撃。伊月がボールを運びながら、何度も蓮の位置を確認する。前半までなら銀城の視線を気にしていた。どこを見ているのか、誰の動きを読んでいるのか、《天瞰眼》に何が映っているのか。それを考えながら組み立てなければ、パスを出す前から攻撃を潰される。だが今の銀城は土田の近くに立ったまま、ほとんど伊月を見ていなかった。

 

「……眼、使ってねえのか?」

 

 疑問は残る。それでも攻めなければならない。伊月は水戸部のスクリーンを使って春日の横を抜け、日向が坂本を振り切って外へ開くのを確認する。通る。そう判断してパスを出した瞬間、横から伸びた手がボールを奪った。

 

「なっ!?」

 

 蓮だった。日向を見ていたわけでも、伊月を見ていたわけでもない。それでもパスが出た瞬間には動き始め、コースへ身体ごと入り込んでいる。そのままボールを奪って前へ出ると、土田が追い、伊月も戻り、小金井まで中央へ寄った。正面に土田、右から伊月、左から小金井。三人が蓮へ集まる。春日も右を走り、津川と坂本も逆側から上がっている以上、パスを出せば簡単に数的優位を作れることは蓮にも分かっていた。

 

「三人?」

 

 それでもリングを見た。

 

「足りねえよ」

 

 一歩目で土田へ向かう。正面から来るとは思わなかった土田が腰を落とし、身体で止めようとした瞬間、蓮の重心が僅かに外へ流れた。土田が反応するが次の一歩は逆。その横を抜けると、すぐに伊月が入る。右手のボールへ腕を伸ばしたものの、触れる直前にドリブルが床すれすれまで落ち、左手へ移るのと同時に蓮の身体も伊月の横を通り抜けた。最後に小金井がリングへの道を塞ぐが、蓮は速度を落とさず踏み切る。空中で身体を寄せられた瞬間に笛が鳴り、蓮の身体が横へ流れた。

 

 それでもシュートは終わらない。空中で肩が戻り、腰が捻られ、最後に残った右腕がリングへ向く。下から放られたボールがバックボードへ当たり、そのままネットへ落ちた。

 

「バスケットカウント! ワンスロー!」

 

 体育館がざわついた。59-43。土田も伊月も振り返ったまま動かず、小金井は自分の手を見てからリングを見る。三人で止めに行った。それでも止まらなかった。誠凛ベンチでは火神が立ちかけ、黒子に名前を呼ばれて辛うじて腰を戻す。4ファウル。それさえなければ、とっくにコートへ出たいと叫んでいる。

 

「分かってるよ……!」

 

 それでも火神の目は蓮から離れない。最初の一本で感じたものは間違っていなかった。一人目を抜いた時だけではない。二人目にも同じことをし、三人目には接触されながら空中で身体を立て直して決めた。速いだけじゃない。強いだけでもない。どんな体勢になっても身体が崩れず、次の動きへ繋がっている。蓮がフリースローも沈め、60-43。第3Q開始から、まだ1分も経っていなかった。

 

 誠凛はすぐに攻撃へ戻る。伊月がボールを運び、水戸部がハイポストへ上がる。日向が外へ開き、小金井が逆側からカットする。今度は銀城の位置も見ていた。伊月は蓮が右側にいることを確認してから水戸部へ入れようとするが、そのボールにも銀色の手が伸びた。

 

「っ!」

 

 蓮が横からボールを弾き、水戸部が拾おうと身体を屈めるより早く自分で確保する。さっきは日向へのパス。今度は水戸部へのエントリーパス。二つ続けて銀城に潰された。

 

「またかよ!」

 

 日向の声を背に、蓮はすぐ春日へ預けて前を走る。春日も無理に自分で攻めず、右サイドへ入った蓮へ返した。土田は走らせる前に止めようと身体を密着させ、背中から強く押す。蓮も一度押し返し、土田がさらに力を込めたところで、その抵抗だけが突然消えた。

 

「え――」

 

 押し返されるつもりだった土田の重心が前へ残る。その横を蓮が反転して抜け、水戸部と伊月がすぐ中へ絞った。二人の視線が自分へ集まった瞬間、蓮はシュートへ行かず、水戸部の横を通してゴール下へボールを送る。

 

「岩村さん」

 

「おう!」

 

 岩村がそのまま叩き込み、62-43。蓮は得点を確認すると何事もなかったように守備へ戻る。

 

『自分で行かなかったんだ』

 

【あ?】

 

『今の、二人なら抜けたでしょ』

 

【抜けるけど、岩村さんが決めた方が早えだろ】

 

『ちゃんとパスするんだね』

 

【勝つためにやってんだぞ。何言ってんだ】

 

 表の蓮は少し笑った。裏は目の前の相手を壊すことを好み、強い相手を見れば正面からぶつかりたがる。それでも勝敗より自分の得点を優先するわけではない。自分が行く方が早ければ行く。味方を使う方が早ければ出す。ただ、表より自分で決めに行く方の比率が高いだけだ。

 

 次の誠凛の攻撃では、伊月が銀城から遠い側へ展開した。日向へのパスを囮に小金井へ入れ、小金井が一度中へ切り込む。銀城は逆側。今度こそ関係ない。小金井が水戸部へ落とそうとした瞬間、その判断を嘲笑うように蓮が一気に距離を詰めた。

 

「嘘だろ!?」

 

 パスが水戸部へ届く直前、横から叩き落とす。弾かれたボールを春日が拾い、正邦が再び前を向いた。一本目は日向へのパス、二本目は水戸部へのエントリーパス、三本目は小金井から水戸部へのパス。全部、銀城だった。

 

「何でそこまで来れるんだよ……!」

 

 伊月には理解できなかった。《天瞰眼》で先を読まれている感覚とは違う。前半の銀城は、自分たちが動き始めるより前に正解の場所へ立っていた。今は後から来る。パスを出してから、こちらが動いてから反応しているはずなのに、それでも間に合ってしまう。

 

 そのまま正邦は春日を起点に攻撃へ入る。蓮へパスが渡ると土田が正面、水戸部が一歩寄れる位置へ構え、伊月も春日を見ながらヘルプを意識した。蓮が一度ボールをつくと、土田が反応する。右へ行ったと思って身体を向けた時には逆側を抜かれ、水戸部と伊月、さらに日向まで中へ絞った。

 

 四人の意識が銀城へ集まる。

 

 そこで蓮は初めてリングから目を外した。

 

「春日さん」

 

 後ろへ飛んだボールを完全に空いた春日が受け、すぐ右へ振る。コーナーで待っていた津川が放ったシュートがネットを揺らした。

 

 65-43。

 

 第3Q、残り8分04秒。開始から2分足らず。誠凛はまだ一点も取れていない。それどころか、まともにシュートまで辿り着けていなかった。

 

「一回落ち着け!」

 

 日向が声を張り、伊月も頷く。今度は急がずボールを運び、銀城がどこにいるかを確認しながら反対側から攻めた。水戸部のスクリーンを使って春日を外し、蓮が反応した瞬間に逆へ振る。日向へパスが通った。

 

 ようやくシュートまで行ける。

 

 日向が構えた瞬間だった。

 

「後ろ!」

 

 伊月の声より早く、背後から伸びた蓮の手がボールを奪った。

 

「は!?」

 

 日向が振り返った時には、蓮はもう前へ走っている。さっきまで反対側にいたはずなのに、追いつかれた。土田と伊月が戻り、水戸部も正面からリングを守る。蓮は三人を見ても速度を落とさず、水戸部へ真正面から踏み込んだ。接触した瞬間に身体が横へ流れるが、そのまま崩れることなく次の一歩で床を捉え、左手でリングへ置く。

 

 67-43。

 

「……止まらねえ」

 

 伊月の声が漏れる。誠凛ベンチではリコも立ち上がっていた。前半まで銀城最大の武器だと思っていた《天瞰眼》は、今の銀城から感じられない。それなのに守備では誠凛の攻撃へ後から追いつき、攻撃では複数人を正面から破っている。

 

「前半と違って、《天瞰眼》で先読みしてるようには見えない」

 

「僕もそう思います。でも、間に合っています」

 

 黒子もコートを見つめたまま答えた。

 

「そうなのよ。予測して先にいるんじゃない。見てから動いてる。それなのに……」

 

 リコはそこで言葉を切った。説明できない。普通なら間に合わないはずの距離を、銀城は後から埋めている。

 

「テツ」

 

「はい」

 

「俺、もう行くぞ」

 

「監督が決めます」

 

「分かってる。でも、このままじゃ一本も取れねえぞ」

 

 火神の拳が強く握られる。その間にも伊月は再び攻撃へ入った。今度はパスを狙われるなら自分で持っていくと決め、水戸部のスクリーンを使って春日を抜き、一気にペイントへ向かう。横から蓮が来るのも見えていた。伊月はボールを身体の反対側へ隠し、伸びてきた手をかわす。

 

 触れない。

 

 そう思った次の瞬間、ドリブルが消えた。

 

「え?」

 

 ボールは蓮の手にあった。伊月が身体を入れ替えるより早く蓮は前を向き、そのまま走り出す。

 

「スティールまで……」

 

 黒子が僅かに目を見開いた。パスだけではない。自分で持って攻めても奪われる。

 

 蓮が前へ走ると、今度は土田、水戸部、日向の三人が最初から戻った。一人目を抜き、二人目の身体をかわし、三人目の日向まで寄ったところで初めて外へ出す。完全に空いた坂本がミドルを沈めた。

 

 69-43。

 

 第3Q、残り7分11秒。26点差。

 

 銀城を囲めば他が空く。囲まなければ銀城自身に破られる。そして攻撃へ移れば、その銀城がボールを奪いに来る。誠凛は第3Qに入ってから、一度も自分たちのバスケットをさせてもらえていなかった。

 

 それでも伊月はボールを受け取った。止まるわけにはいかない。日向も小金井も動き、水戸部がスクリーンへ上がる。今度は銀城の位置を最後まで確認しながら、水戸部を使って右へ出る。春日が一歩遅れ、そのまま中へ入ったところで蓮が寄った。

 

 今度は分かっている。

 

 伊月は早めにボールを右から左へ持ち替え、蓮の手をかわした。

 

「抜け――」

 

 言い切る前に、反対の手でボールを弾かれた。

 

「なっ……!」

 

 蓮が拾う。右手を避けたのに左手が来た。身体を抜いたと思ったのに、その状態から腕だけが追いついてきた。伊月にはもう、何が起きているのか分からない。

 

 正邦はそのまま春日へ一度預け、蓮が左から上がる。返されたボールを受けた瞬間、土田と水戸部が同時に寄り、伊月も後ろから追いついた。三人で進む場所そのものを消す。蓮が一度止まったのを見て、土田が声を上げた。

 

「止めた!」

 

 直後、蓮の身体が沈む。床すれすれまで落ちたドリブルが土田の足元を抜けるように走り、その僅かな隙間へ身体が滑り込んだ。肩が水戸部へ触れたところで止まるはずが、接触した位置を軸にするように身体が回り、そのまま横へ抜ける。

 

 最後に残った伊月が正面から跳び、蓮も踏み切った。右手のボールへ伊月が手を伸ばした瞬間、ボールが背中側へ消える。空中で左手へ持ち替えた蓮は、リングの反対側へ身体を流しながらそのまま放った。

 

 バックボードへ触れたボールがネットへ落ちる。

 

 71-43。

 

 伊月は着地してもしばらく動けなかった。

 

「……何した?」

 

 自分の目で見ていたはずなのに、それしか出てこない。

 

 第3Q、残り6分41秒。前半終了時は55-43。そこから僅か3分19秒で16-0。誠凛は一点も取れないまま、点差は28まで広がっていた。

 

 ベンチの火神が立ち上がる。

 

「監督」

 

 リコは答えない。

 

「監督! もう28点だぞ! このままじゃ、出る前に終わる!」

 

 4ファウルを抱えた火神を守るために温存している。次の一つで退場する以上、可能な限り後ろへ残したい。だが、リコにも分かっていた。残すための試合そのものがなくなろうとしている。

 

「タイムアウト!」

 

 笛が鳴り、誠凛の選手たちがベンチへ戻っていく。伊月は肩で息をし、日向も険しい表情のままスコアボードを見上げた。71-43。第3Qだけなら16-0。

 

 蓮はその数字にはほとんど興味を示さず、誠凛ベンチへ視線を向けた。

 

『一回も取らせなかったね』

 

【だから?】

 

『いや、すごいなと思って』

 

【こんな連中止めんのに、眼なんかいらねえよ】

 

『言うね』

 

【それより――】

 

 火神は座らなかった。リコの前に立ち、真っ直ぐ何かを訴えている。その姿を見た瞬間、蓮の口元が上がる。

 

【……やっとか】

 

『嬉しそうだね』

 

【当たり前だろ】

 

 蓮はタオルを受け取りながら、火神から目を離さなかった。

 

【あいつ引きずり出すために、わざわざ出てきたんだからな】

 




裏の蓮無双回です。
書きながらちょっとやりすぎかなとも思いつつ、いや、これぐらいはやってもらわないと、と思いました。
ぜひ感想でこの話の是非を教えてくださいませ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。