正邦のキセキ   作:lalaland

29 / 30
射程距離

 

 

 試合開始を告げる笛が鳴り、両校の選手がコートへ入った。

 

 正邦は銀城、津川、坂本、大室、岩村。対する秀徳は高尾、緑間、宮地、木村、大坪。東京三大王者同士のAブロック決勝は、互いに一年を二人ずつ先発へ加えた形で始まった。

 

 センターサークルで岩村と大坪が向かい合う。跳ね上がったボールへ二人が同時に手を伸ばし、僅かに先に触れた大坪が後方へ弾いた。

 

「高尾!」

 

「はいよ!」

 

 高尾がボールを受けた瞬間、蓮の視界が広がる。

 

 表の蓮がコートにいる。

 

 高尾の視線、緑間の位置、大坪が走る方向、宮地と木村の広がり方。十人の配置を一つの盤面として捉え、《天瞰眼》が次の形を組み立てていく。

 

『まずは――』

 

 蓮が高尾の進行方向へ身体を入れた。

 

「へえ」

 

 高尾が笑う。

 

「やっぱ見えてんだ」

 

 正面には蓮。右には津川が緑間を追い、後方から岩村たちも戻っている。高尾は無理に抜こうとせず、センターラインを越えたところで一度ドリブルを緩めた。

 

 その瞬間、緑間が止まった。

 

 蓮の視線が動く。

 

 まだ遠い。

 

 3Pラインどころではない。緑間が立っているのはセンターラインを越えたばかりの位置だった。

 

「津川!」

 

 蓮の声に反応して津川が距離を詰める。それより僅かに早く、高尾から緑間へボールが渡った。

 

「そこから?」

 

 津川が腕を伸ばす。

 

 緑間は構わず膝を沈めた。

 

 高い位置までボールが上がり、長い腕が伸びる。指先から離れたボールは、通常の3Pとは比較にならないほど高い軌道を描いた。

 

 蓮はその軌道を見上げた。

 

 長い。

 

 あまりにも長い滞空時間のあと、ボールはリングへ向かって落ちていく。

 

 ネットだけが鳴った。

 

 0-3。

 

 会場が沸く中、緑間は既に守備へ戻り始めていた。

 

「マジかよ……」

 

 津川が呟く。

 

 蓮も得点板を見てから、緑間へ視線を戻した。

 

『入ったね』

 

【見りゃ分かる】

 

『あそこから普通に打つんだ』

 

【……おもしれえ】

 

 裏の声が僅かに弾んだが、身体を動かしているのはまだ表だった。

 

 蓮は岩村からボールを受け、正邦の攻撃を始める。高尾が正面へ入ってきた時には、既に《天瞰眼》の中で全員の動きが始まっていた。

 

「銀城君だっけ?」

 

「そうだけど」

 

「さっき見てたよ。すげー眼してんね」

 

「そっちもね」

 

「お、分かる?」

 

 高尾が楽しそうに笑う。

 

 蓮は答えず、右へドリブルを入れた。高尾が合わせる。だが蓮が見ているのは目の前の一人ではない。大室が木村を引きつけ、岩村と大坪が中でぶつかる。その背後で坂本が宮地の視界から一瞬だけ外れる。

 

 まだ空いていない。

 

 それでも蓮はボールを出した。

 

「は?」

 

 高尾が反応した時には、パスが宮地の横を抜けている。坂本が一歩踏み出した先へ、ちょうどボールが到着した。

 

「ナイス、銀城!」

 

 坂本がそのままレイアップを決め、2-3。

 

 高尾はすぐに振り返った。

 

 坂本が空いてから出したパスではない。空く前に出している。正邦対誠凛を外から見ていた時にも理解していたはずだったが、コートの中から見ると感覚がまるで違った。

 

「……やっぱ俺とは違うな」

 

 高尾の呟きを、蓮は聞いていなかった。

 

 秀徳の攻撃。今度は緑間が右サイドを上がる。津川が密着し、簡単にはボールを持たせない。中学時代に黄瀬へ食らいついた守備は、高校へ上がってさらに磨かれている。

 

「簡単には打たせないよ」

 

「そうか」

 

 緑間はそれだけ答えた。

 

 高尾がドリブルを続ける中、緑間が大坪のスクリーンを使って一瞬だけ津川を外す。その動きを蓮は既に見ていた。

 

「大室さん、右!」

 

 正邦の守備が動く。大室が緑間の前へ出て、津川もすぐに戻った。シュートコースは消えたように見えた。

 

 だが緑間は打たない。

 

 高尾へ戻し、もう一度動く。

 

『来る』

 

 蓮には次の位置が見えていた。緑間が左へ流れ、高尾からボールが渡る。その先へ自分が入ればいい。

 

 パスが出て蓮が走った。

 

 緑間が受ける。それと同時に蓮が目の前へ入った。

 

「そこは打たせないよ」

 

 緑間が蓮を見る。

 

 僅かな間があった。

 

「そうか」

 

 緑間はシュートへ入らず、ボールを高尾へ戻した。

 

 蓮が緑間の次の動きを追う。高尾がボールを持ち直し、宮地が横切る。大坪が岩村を押さえ、木村が大室を外へ引っ張った。

 

 その中央を高尾が抜く。

 

「こっちも見えてんだよ!」

 

 高尾のレイアップが決まり、2-5。

 

 戻りながら、蓮は高尾を見た。

 

『なるほど』

 

 《鷹の眼》。

 

 自分の《天瞰眼》ほど先の配置まで読んでいるわけではない。それでも高尾は広い視野でコートを把握し、緑間へ意識が集中した瞬間を逃さない。

 

 正邦の攻撃では蓮がすぐに返した。高尾をドリブルで抜き切るのではなく、守備が自分へ寄った瞬間に岩村へ通す。岩村が大坪を背負いながら決めて4-5。互いに一点の攻防になるかと思われた直後、秀徳はまた緑間へボールを集めた。

 

 今度は津川が離れない。

 

 スクリーンを使われても追う。身体を当て、シュート体勢へ入らせない。

 

「しつこいな、お前は」

 

「よく言われるよ」

 

 津川が笑う。

 

 緑間がボールを受けたのは3Pラインよりさらに外側。津川は正面にいる。普通なら打つ場所ではないうえ、守備も間に合っている。

 

 それでも緑間は構えた。

 

「打つよ!」

 

 津川が跳ぶ。

 

 緑間も跳ぶ。

 

 高いリリースポイントからボールが放たれ、津川の指先の僅か上を越えていった。

 

 また高い弧を描く。

 

 そして、落ちる。

 

 4-8。

 

 蓮は少しだけ目を細めた。

 

『今のも入るんだ』

 

【こいつ……】

 

 裏の声から、先ほどまでの軽さが少し消えていた。

 

【外さねえのか?】

 

 表の蓮も同じことを考えていた。

 

 射程が広いだけではない。

 

 遠ければ確率が落ちるという、シューターなら当然あるはずの常識が見えない。

 

 次の正邦の攻撃で、蓮は自ら高尾を抜いた。高尾も簡単には諦めなかったが、蓮のドリブルも無冠の五将級。切り返しで半歩を作り、大坪がヘルプへ出た瞬間に大室へ落とす。

 

 6-8。

 

 直後、緑間がまた決める。

 

 6-11。

 

 坂本が返して8-11。秀徳は宮地が決めて8-13。津川が一本返して10-13。

 

 試合開始から数分。正邦も攻撃では崩されていない。《天瞰眼》を中心に秀徳の守備を動かし、確実に得点を重ねている。

 

 それでも差が縮まらない。

 

 理由は明白だった。

 

 緑間が、一度も外していない。

 

 第1Q残り6分12秒、正邦10-16秀徳。

 

 高尾がボールを運びながら、緑間へ視線を送った。津川は既に密着している。蓮も次のパスコースを読み、緑間側へ僅かに重心を寄せた。

 

 高尾が笑う。

 

「真ちゃん!」

 

 パスが出た。

 

 蓮には見えている。

 

 受ける場所も、その後に緑間がシュートへ入ることも。

 

 津川もいる。

 

 今度こそ間に合う。

 

 そう判断して、蓮は動いた。

 

 緑間がボールを受けた瞬間には、津川が正面、蓮が斜めから距離を詰めていた。

 

 二人。

 

 それでも緑間は構える。

 

「マジ?」

 

 津川が跳び、蓮も手を伸ばした。

 

 緑間の身体が真っ直ぐ上がる。

 

 二人の手より高い位置から、ボールが離れた。

 

 蓮の目がその軌道を追う。

 

 リングへ落ちる。

 

 10-19。

 

 歓声の中、緑間は着地すると眼鏡を押し上げた。

 

「何人来ようと同じなのだよ。俺のシュートを止めたければ、撃たせないことだ」

 

 蓮は何も答えなかった。

 

 緑間が守備へ戻っていく。

 

『すごいね』

 

 表の声は素直だった。

 

【ああ】

 

 裏も否定しない。

 

 蓮はボールを受け取ると、ゆっくり前を向いた。

 

 アメリカから帰ってきて、日本で何人もの選手と戦った。火神も強かった。津川も岩村も、決して弱い選手ではない。

 

 だが、これは違う。

 

 守れているはずの場所から打つ。

 

 届いているはずの手の上から放つ。

 

 そして、入る。

 

 蓮の中で初めて、《キセキの世代》という呼び名が噂ではなく実感へ変わった。

 

『これが――』

 

【《キセキの世代》か】

 

 同じ言葉が、二人の中で重なった。

 

 蓮は笑った。

 

 まだ表の、穏やかな笑みだった。

 

「面白いね」

 

 高尾が正面へ入る。

 

「何が?」

 

「日本にも、ちゃんといるんだなって」

 

「何がだよ」

 

 蓮は答えず、ドリブルを始めた。

 

 視線の先では、緑間が守備位置へ戻っている。

 

 《キセキの世代》No.1シューター。

 

 その異常さを、銀城蓮はようやく自分の目で知った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。