試合開始を告げる笛が鳴り、両校の選手がコートへ入った。
正邦は銀城、津川、坂本、大室、岩村。対する秀徳は高尾、緑間、宮地、木村、大坪。東京三大王者同士のAブロック決勝は、互いに一年を二人ずつ先発へ加えた形で始まった。
センターサークルで岩村と大坪が向かい合う。跳ね上がったボールへ二人が同時に手を伸ばし、僅かに先に触れた大坪が後方へ弾いた。
「高尾!」
「はいよ!」
高尾がボールを受けた瞬間、蓮の視界が広がる。
表の蓮がコートにいる。
高尾の視線、緑間の位置、大坪が走る方向、宮地と木村の広がり方。十人の配置を一つの盤面として捉え、《天瞰眼》が次の形を組み立てていく。
『まずは――』
蓮が高尾の進行方向へ身体を入れた。
「へえ」
高尾が笑う。
「やっぱ見えてんだ」
正面には蓮。右には津川が緑間を追い、後方から岩村たちも戻っている。高尾は無理に抜こうとせず、センターラインを越えたところで一度ドリブルを緩めた。
その瞬間、緑間が止まった。
蓮の視線が動く。
まだ遠い。
3Pラインどころではない。緑間が立っているのはセンターラインを越えたばかりの位置だった。
「津川!」
蓮の声に反応して津川が距離を詰める。それより僅かに早く、高尾から緑間へボールが渡った。
「そこから?」
津川が腕を伸ばす。
緑間は構わず膝を沈めた。
高い位置までボールが上がり、長い腕が伸びる。指先から離れたボールは、通常の3Pとは比較にならないほど高い軌道を描いた。
蓮はその軌道を見上げた。
長い。
あまりにも長い滞空時間のあと、ボールはリングへ向かって落ちていく。
ネットだけが鳴った。
0-3。
会場が沸く中、緑間は既に守備へ戻り始めていた。
「マジかよ……」
津川が呟く。
蓮も得点板を見てから、緑間へ視線を戻した。
『入ったね』
【見りゃ分かる】
『あそこから普通に打つんだ』
【……おもしれえ】
裏の声が僅かに弾んだが、身体を動かしているのはまだ表だった。
蓮は岩村からボールを受け、正邦の攻撃を始める。高尾が正面へ入ってきた時には、既に《天瞰眼》の中で全員の動きが始まっていた。
「銀城君だっけ?」
「そうだけど」
「さっき見てたよ。すげー眼してんね」
「そっちもね」
「お、分かる?」
高尾が楽しそうに笑う。
蓮は答えず、右へドリブルを入れた。高尾が合わせる。だが蓮が見ているのは目の前の一人ではない。大室が木村を引きつけ、岩村と大坪が中でぶつかる。その背後で坂本が宮地の視界から一瞬だけ外れる。
まだ空いていない。
それでも蓮はボールを出した。
「は?」
高尾が反応した時には、パスが宮地の横を抜けている。坂本が一歩踏み出した先へ、ちょうどボールが到着した。
「ナイス、銀城!」
坂本がそのままレイアップを決め、2-3。
高尾はすぐに振り返った。
坂本が空いてから出したパスではない。空く前に出している。正邦対誠凛を外から見ていた時にも理解していたはずだったが、コートの中から見ると感覚がまるで違った。
「……やっぱ俺とは違うな」
高尾の呟きを、蓮は聞いていなかった。
秀徳の攻撃。今度は緑間が右サイドを上がる。津川が密着し、簡単にはボールを持たせない。中学時代に黄瀬へ食らいついた守備は、高校へ上がってさらに磨かれている。
「簡単には打たせないよ」
「そうか」
緑間はそれだけ答えた。
高尾がドリブルを続ける中、緑間が大坪のスクリーンを使って一瞬だけ津川を外す。その動きを蓮は既に見ていた。
「大室さん、右!」
正邦の守備が動く。大室が緑間の前へ出て、津川もすぐに戻った。シュートコースは消えたように見えた。
だが緑間は打たない。
高尾へ戻し、もう一度動く。
『来る』
蓮には次の位置が見えていた。緑間が左へ流れ、高尾からボールが渡る。その先へ自分が入ればいい。
パスが出て蓮が走った。
緑間が受ける。それと同時に蓮が目の前へ入った。
「そこは打たせないよ」
緑間が蓮を見る。
僅かな間があった。
「そうか」
緑間はシュートへ入らず、ボールを高尾へ戻した。
蓮が緑間の次の動きを追う。高尾がボールを持ち直し、宮地が横切る。大坪が岩村を押さえ、木村が大室を外へ引っ張った。
その中央を高尾が抜く。
「こっちも見えてんだよ!」
高尾のレイアップが決まり、2-5。
戻りながら、蓮は高尾を見た。
『なるほど』
《鷹の眼》。
自分の《天瞰眼》ほど先の配置まで読んでいるわけではない。それでも高尾は広い視野でコートを把握し、緑間へ意識が集中した瞬間を逃さない。
正邦の攻撃では蓮がすぐに返した。高尾をドリブルで抜き切るのではなく、守備が自分へ寄った瞬間に岩村へ通す。岩村が大坪を背負いながら決めて4-5。互いに一点の攻防になるかと思われた直後、秀徳はまた緑間へボールを集めた。
今度は津川が離れない。
スクリーンを使われても追う。身体を当て、シュート体勢へ入らせない。
「しつこいな、お前は」
「よく言われるよ」
津川が笑う。
緑間がボールを受けたのは3Pラインよりさらに外側。津川は正面にいる。普通なら打つ場所ではないうえ、守備も間に合っている。
それでも緑間は構えた。
「打つよ!」
津川が跳ぶ。
緑間も跳ぶ。
高いリリースポイントからボールが放たれ、津川の指先の僅か上を越えていった。
また高い弧を描く。
そして、落ちる。
4-8。
蓮は少しだけ目を細めた。
『今のも入るんだ』
【こいつ……】
裏の声から、先ほどまでの軽さが少し消えていた。
【外さねえのか?】
表の蓮も同じことを考えていた。
射程が広いだけではない。
遠ければ確率が落ちるという、シューターなら当然あるはずの常識が見えない。
次の正邦の攻撃で、蓮は自ら高尾を抜いた。高尾も簡単には諦めなかったが、蓮のドリブルも無冠の五将級。切り返しで半歩を作り、大坪がヘルプへ出た瞬間に大室へ落とす。
6-8。
直後、緑間がまた決める。
6-11。
坂本が返して8-11。秀徳は宮地が決めて8-13。津川が一本返して10-13。
試合開始から数分。正邦も攻撃では崩されていない。《天瞰眼》を中心に秀徳の守備を動かし、確実に得点を重ねている。
それでも差が縮まらない。
理由は明白だった。
緑間が、一度も外していない。
第1Q残り6分12秒、正邦10-16秀徳。
高尾がボールを運びながら、緑間へ視線を送った。津川は既に密着している。蓮も次のパスコースを読み、緑間側へ僅かに重心を寄せた。
高尾が笑う。
「真ちゃん!」
パスが出た。
蓮には見えている。
受ける場所も、その後に緑間がシュートへ入ることも。
津川もいる。
今度こそ間に合う。
そう判断して、蓮は動いた。
緑間がボールを受けた瞬間には、津川が正面、蓮が斜めから距離を詰めていた。
二人。
それでも緑間は構える。
「マジ?」
津川が跳び、蓮も手を伸ばした。
緑間の身体が真っ直ぐ上がる。
二人の手より高い位置から、ボールが離れた。
蓮の目がその軌道を追う。
リングへ落ちる。
10-19。
歓声の中、緑間は着地すると眼鏡を押し上げた。
「何人来ようと同じなのだよ。俺のシュートを止めたければ、撃たせないことだ」
蓮は何も答えなかった。
緑間が守備へ戻っていく。
『すごいね』
表の声は素直だった。
【ああ】
裏も否定しない。
蓮はボールを受け取ると、ゆっくり前を向いた。
アメリカから帰ってきて、日本で何人もの選手と戦った。火神も強かった。津川も岩村も、決して弱い選手ではない。
だが、これは違う。
守れているはずの場所から打つ。
届いているはずの手の上から放つ。
そして、入る。
蓮の中で初めて、《キセキの世代》という呼び名が噂ではなく実感へ変わった。
『これが――』
【《キセキの世代》か】
同じ言葉が、二人の中で重なった。
蓮は笑った。
まだ表の、穏やかな笑みだった。
「面白いね」
高尾が正面へ入る。
「何が?」
「日本にも、ちゃんといるんだなって」
「何がだよ」
蓮は答えず、ドリブルを始めた。
視線の先では、緑間が守備位置へ戻っている。
《キセキの世代》No.1シューター。
その異常さを、銀城蓮はようやく自分の目で知った。