正邦のキセキ   作:lalaland

30 / 30
撃たせない

 

 

 第1Q残り6分12秒、10-19。

 

 9点差をつけられてなお、蓮の表情に焦りはなかった。岩村からボールを受けて前を向くと、正面には高尾、その奥では緑間が津川を視界に入れながら守備位置へ戻り、秀徳の五人が既に形を整えている。ここまで正邦の攻撃が通用していないわけではない。《天瞰眼》で秀徳の守備を動かせば得点する場所は見つけられる。問題は、その次だった。

 

『3点と2点じゃ、追いつかないね』

 

【だったらあいつ止めりゃいいだろ】

 

『うん。だから考えてる。緑間君を止める方法』

 

 高尾が蓮のドリブルへ合わせて重心を落とす。

 

「なんか企んでる?」

 

「別に」

 

「その顔で?」

 

 蓮は小さく笑うと、右へ一歩踏み込んだ。高尾が反応した瞬間に鋭く左へ切り返し、半歩のずれを作って守備を崩す。高尾の《鷹の眼》はコート全体を見るための眼であって、一対一で蓮の突破力そのものを消せるわけではない。宮地がヘルプへ寄り、坂本の前が空くより早く蓮の手からパスが離れ、そのままミドルが沈んだ。

 

 12-19。

 

 秀徳の攻撃へ変わった瞬間、蓮は自陣へ戻りながら津川へ声を飛ばした。

 

「津川、ずっとついて」

 

「ずっと?」

 

「ボール見なくていい。緑間だけ」

 

「オッケー」

 

 高尾がセンターラインを越える頃には、津川は既に緑間へ密着していた。ボールがどこにあろうと離れず、スクリーンが来れば身体をねじ込ませて抜け、緑間が速度を変えれば同じだけ合わせる。その意図を察した高尾が「へえ、そう来るか」と笑ったが、蓮が狙っているのは単純な二人がかりではない。

 

 緑間一人へ津川を固定し、残る四人を四人で守る。宮地が右から切り込めば大室を寄せ、木村が動けば坂本を合わせる。高尾の視線と身体の向きから次のパスコースを読み、《天瞰眼》で生まれるずれを蓮が埋めていく。

 

「なるほどな。真ちゃんにボール入れさせないつもりか」

 

 シュートを止めるのではない。撃たせない。先ほど緑間自身が口にした言葉を、そのまま正邦が実行し始めていた。

 

 それでも秀徳は止まらない。高尾が緑間へのパスを諦めて大坪へボールを入れると、岩村との力比べから押し込み、フックを決める。

 

 12-21。

 

『これなら』

 

【失点してんぞ】

 

『でも2点だよ』

 

 蓮はすぐに攻撃へ移った。高尾がパスを警戒して僅かに距離を取った瞬間、一気に踏み込んで肩を並べる。そのまま抜き去って大坪の待つペイントエリアへ進入すると、シュートへ行くと見せて腕を上げさせ、逆側から入ってきた大室へボールを落とした。

 

「大室さん!」

 

「おう!」

 

 大室が決めて14-21。次の秀徳の攻撃でも津川は緑間から離れず、高尾が一度狙ったパスコースには蓮が先回りする。秀徳はすぐに宮地へ切り替え、今度はそちらから2点を取った。

 

 14-23。

 

 得点板を見た蓮は、差が縮まっていないことを確認しながらも手応えを感じていた。緑間の3Pを連続で浴びていた序盤とは違い、一度の攻撃で奪われるのは2点。正邦側が無理に3Pを狙わなくても、どこかで一つ守備を成功させれば流れは変えられる。

 

 その機会はすぐに来た。高尾が宮地へ出したパスを蓮が途中で弾き、こぼれ球を拾った津川がそのまま前へ走る。緑間も追ったが、先ほどまでとは逆に津川が一歩前を取っていた。

 

「津川!」

 

 レイアップが決まり、16-23。岩村の声とともに正邦ベンチも沸き、高尾はボールを受けながら緑間に張りつく津川と、中央で全体を見ている蓮を交互に確認した。

 

「めんどくせーなあ」

 

 口ではそう言いながら、高尾は笑っている。正邦が対応したのなら、次は秀徳がその対応を崩すだけだった。

 

 高尾が右へ動くと大坪が上がり、緑間も津川を連れて反対側へ走る。蓮の《天瞰眼》には全員の位置が見えていたからこそ、その動きが緑間へボールを渡すためのものではないことにも気づいた。

 

『違う』

 

「岩村さん!」

 

 蓮が声を上げた時には、高尾が大坪とのピックから中へ入っていた。岩村が止めに出た背後へ木村が入り、高尾から鋭いパスが通る。

 

 16-25。

 

「くそっ」

 

 岩村が戻りながら舌打ちする。

 

 緑間を封じようとすれば、秀徳の残る四人が動く。それも弱い四人ではない。東京三大王者は、《キセキの世代》一人を止めれば終わるようなチームではなかった。

 

『やっぱり強いね』

 

【だから面白えんだろ】

 

 それでも正邦も止まらない。《天瞰眼》が秀徳の守備のずれを拾い続け、蓮自身も高尾との一対一で優位を作る。坂本が決め、岩村が大坪との競り合いから押し込み、津川も走る。一方の秀徳も大坪と宮地を中心に得点を重ねたが、緑間には撃たせない。その一点だけは正邦が維持していた。

 

 第1Q残り2分を切ったところで、24-31。9点あった差は7点まで縮まっている。

 

 高尾がゆっくりボールを運ぶ横を緑間が走り、津川がぴったりとついていく。

 

「ほんとしつこいな」

 

「守るの好きだからね」

 

 津川は笑っていたが、次の瞬間、大坪がその進路へ入った。津川がスクリーンを避けたところへ木村が続き、二枚目によって僅かに足が遅れる。

 

 蓮にはその先が見えていた。緑間が空き、高尾からパスが出る。すぐに走り出した蓮は、緑間が受けた瞬間には正面へ飛び込んでいた。

 

「撃たせない!」

 

 まだシュートモーションへ入る前。間に合ったと判断した蓮の前で、緑間は構えることなく高尾へボールを戻した。

 

「え?」

 

 蓮が緑間へ寄ったことで中央が空いている。そこへ高尾が入り、岩村を引きつけて大坪へ落とすと、そのままリングへ叩き込んだ。

 

 24-33。

 

 着地した蓮が振り返ると、緑間は既に次の守備へ戻っている。

 

【……あいつ、普通にパスすんじゃねえか】

 

『するでしょ。勝つためなら』

 

【お前みてえなこと言うな】

 

『でも、そういうことでしょ?』

 

 蓮は少し笑った。緑間だけではなく、高尾だけでもない。秀徳というチームそのものが強い。残り時間が少なくなる中でも正邦は蓮が高尾を抜いて岩村へ通し、秀徳は宮地が返す。さらに津川が速攻から2点を取り、スコアは28-35まで動いた。

 

 残り十数秒。秀徳の最後の攻撃でも津川は当然のように緑間へ張りつき、蓮も高尾の視線から次のパスを読んでいた。大坪がスクリーンへ入り、その先へ緑間が走る。津川も離れない。

 

 その緑間が、突然足を止めた。

 

 津川も即座に止まったが、その一瞬前には高尾からボールが出ている。

 

『速い――』

 

 緑間が受けた時には津川が正面、蓮も斜めから寄っていた。それでもボールを持ってからシュートへ移るまでに迷いがない。長い身体が真っ直ぐ伸び、二人の手の上から高い弧が放たれる。

 

 ブザーが鳴った。

 

 全員が見上げる中、ボールはリングへ落ち、ネットだけを揺らした。

 

 28-38。

 

 第1Q終了。途中からほとんどシュートを撃たせなかったにもかかわらず、最後には僅かな隙を一度だけ使われた。蓮が得点板を見上げる横で、緑間は歓声の中でも表情を変えずにベンチへ戻っていく。

 

『すごいな』

 

【……ああ】

 

 今度は裏も、素直に答えた。

 

 正邦のベンチへ戻ると、松元は選手たちが座るのを待たずに口を開いた。

 

「狙いは悪くない。緑間に撃たせない守りは続ける。ただし津川一人に全部任せるな。秀徳も今のままでは来ない。二枚スクリーンも使ってきた。銀城、お前が全体を見て指示を出せ」

 

「はい」

 

「それと緑間を見すぎるな。大坪、宮地、高尾。あいつらだけでも十分点を取れる」

 

 岩村が大きく息を吐きながら頷いた。

 

「分かってます」

 

 松元はそこで蓮へ視線を移した。

 

「攻撃は?」

 

「いけます」

 

「何が見えてる」

 

 蓮はタオルで顔を拭きながら少し考えた。

 

「高尾は広く見えてます。でも、僕がパスを出す場所までは見えてないです」

 

「つまり?」

 

 春日が横から聞くと、蓮は迷わず答えた。

 

「もっと崩せます」

 

 高尾の《鷹の眼》は厄介だ。それでも《天瞰眼》とは違う。蓮が見ているのは現在の空間だけではなく、その次に生まれる空間まで含めたコートだった。

 

「だったらやれ」

 

 松元は短く言い切る。

 

「10点差だ。相手が《キセキの世代》だろうが関係ない。ここは決勝だ。勝って全国へ行くぞ」

 

「はい!」

 

 正邦の声が揃った。

 

 反対側の秀徳ベンチでも、話題の中心は銀城だった。

 

「やっぱ厄介だな、あの眼。俺が見えてないわけじゃないんだけどさ、出すの早えんだよ。空いてからじゃなくて、空く前に出してくる」

 

 水を飲みながら話す高尾に、大坪がすぐ返す。

 

「なら先に潰せ」

 

「簡単に言いますねえ」

 

「できないのか?」

 

「やりますよ」

 

 高尾は笑って答えたが、その目は既に第2Qを考えている。隣では緑間が黙って左手のテーピングを確認していた。

 

「真ちゃんも随分張りつかれてたな」

 

「問題ないのだよ」

 

「撃ててなかったじゃん」

 

「撃つ必要がなかっただけだ。俺を止めるために津川を固定し、銀城まで意識を割いている。その時点で他の四人が動きやすくなる。俺が撃たなくても秀徳が得点できるなら、それでいいのだよ」

 

 高尾が一瞬黙ったあと、面白そうに笑う。

 

「真ちゃんがそれ言うと、なんか怖えな」

 

「何がだ」

 

「別に」

 

 緑間は気にすることなく正邦ベンチへ視線を向けた。その先では銀城が松元の話を聞いている。

 

「それに、あいつはまだ俺のシュートを止めてはいない」

 

 撃たせないようにしているだけで、一度放たれたシュートはまだ一本も落ちていない。その事実は緑間にとって何も変わっていなかった。

 

 インターバル終了を告げるブザーが鳴ると、蓮は津川とほぼ同時に立ち上がった。

 

「次も緑間?」

 

「うん」

 

「了解」

 

 いつもの調子で笑う津川とともにコートへ向かいながら、蓮は内側へ意識を向ける。

 

『まだ僕でいい?』

 

【好きにしろよ】

 

『出たいんじゃないの?』

 

【出てえよ。でもまだ、お前が何すんのか見てる方がおもしれえ】

 

 蓮の足が一瞬だけ止まり、すぐにまた動き出した。

 

『そっか』

 

【それに、あの緑頭、まだもっとあるだろ】

 

 蓮も緑間を見る。同じタイミングで、緑間が秀徳のベンチからコートへ入ってきた。

 

 第1Q、28-38。10点を追う正邦は、まだ銀城を替えない。

 

 《キセキの世代》No.1シューターを相手に、表の蓮がどこまで秀徳を崩せるのか。その答えを出すための第2Qが、始まろうとしていた。

 

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