ハーフタイムが終わり、両校の選手が再びコートへ戻ってきた。
54-54。第1Qで10点のリードを許した正邦は、第2Qを26-16で取り返し、試合を振り出しへ戻している。前半を最初から最後まで表のまま戦った蓮も、その流れを変えるつもりはなかった。
「後半も基本は同じだ」
コートへ入る直前、松元が最後に確認する。
「津川は緑間。銀城は高尾を見ながら全体を動かせ。前半の後半と同じ形でいい。ただし、秀徳も何か変えてくる。決めつけるなよ」
「はい」
蓮は短く答え、津川と並んでコートへ入った。
『何してくるかな』
【さあな。ただ、あの緑頭はなんかやる気だったぞ】
『僕もそう思う』
秀徳ボールで第3Qが始まった。高尾がエンドラインからボールを受け、蓮はセンターライン付近で待つ。津川もいつものように緑間を探して守備位置へ入ろうとしたが、そこで足を止めた。
「……あれ?」
緑間が来ない。
秀徳のほかの選手たちが前へ進み始めているにもかかわらず、緑間だけが自陣側に残っていた。高尾も急いでボールを運ぶ様子はなく、センターラインへ近づきながら緑間との距離を保っている。
蓮の《天瞰眼》には当然、その位置も見えていた。
『何してるんだろ』
【決まってんだろ。撃つんじゃねえの】
裏の言葉に、蓮の目が僅かに開く。
高尾がセンターラインを越えるより前に振り返り、自陣側に残る緑間へボールを送った。
「津川!」
蓮が叫んだ時には、緑間が既にボールを受けている。リングまではコートのほとんど全てが残っており、前半までなら守備へ向かうという発想すら生まれない距離だった。それでも緑間は追ってくる津川を確認することなく、いつもと何一つ変わらないフォームで膝を曲げた。
観客席のざわめきが広がる中、緑間が跳ぶ。
放たれたボールは、これまでとは比較にならないほど長く空中にあった。高く上がった軌道が頂点を越え、反対側のリングへ向かって落ちていく。正邦の選手たちも思わず見上げる中、ボールはリングの中央へ吸い込まれ、ネットだけを揺らした。
54-57。
静まり返った一瞬のあと、会場が爆発したように沸く。
「……は?」
津川が振り返り、岩村も言葉を失ったようにリングと緑間を見比べている。蓮も数秒は黙っていたが、やがて驚きより先に笑みが浮かんだ。
『入ったね』
【……マジかよ】
『自分のコートからだよ』
【見りゃ分かるっての】
いつもなら即座に軽口を返す裏の声にも、僅かな驚きが混じっていた。
守備へ戻ってきた緑間とすれ違う。
「そこも入るんだ」
「だから言ったはずなのだよ」
緑間は足を止めず、眼鏡の奥から蓮を見た。
「俺のシュートを止めたければ、撃たせるなと」
「なるほどね」
前半に正邦が見つけた答えは間違っていなかった。緑間に撃たせなければいい。ただし、そのために守らなければならない場所が、正邦の想定より遥かに広かった。
岩村からボールを受けた蓮は、ゆっくりとセンターラインを越える。高尾は当然のようにパスを警戒しながら距離を取り、蓮とその後ろにいる四人を同時に視界へ収めようとしていた。
その守り方を見て、蓮が止まった。
3Pラインの外。
高尾との間には一歩以上の距離がある。
蓮は迷わず跳んだ。
「え?」
高尾が反応して手を伸ばした時には、既にボールが放たれている。綺麗な弧を描いたシュートがリングへ落ちた。
57-57。
「……おい」
高尾が目を丸くする。
蓮はその横を通りながら首を傾げた。
「何?」
「いや、お前……普通にそれも入んの?」
「入るよ?」
「聞いてねえんだけど」
「聞かれてないし」
高尾が呆れたように笑った。
緑間ほどの射程はない。自陣どころか、センターライン付近から安定して決めることも蓮にはできない。それでも通常の3Pラインなら話は別だった。表の蓮はパスだけに特化した司令塔ではなく、シュートもドリブルも守備も全国上位の水準にある。高尾が《天瞰眼》とパスを警戒して一歩下がるのなら、その距離は蓮にとって十分なシュートスペースになる。
秀徳の次の攻撃では、津川が最初から緑間を追った。それでも高尾が大坪を使って一瞬だけ進路を塞ぎ、緑間がセンターライン付近でボールを受ける。津川が戻るより先に放たれたシュートは、またしてもネットへ吸い込まれた。
57-60。
今度は誰も驚かなかった。
驚く暇がない。
正邦の攻撃へ変わると、蓮は高尾の前までボールを運んだ。先ほど3Pを決められた高尾は一歩前へ出るが、その分だけ後ろに空間が生まれる。蓮が軽く踏み込むと高尾もつられ、宮地まで一歩だけ内側へ寄った。
蓮は抜かなかった。
ドリブルを戻し、3Pラインの外へ下がる。
「またか!」
高尾が詰めるより早く放たれたシュートが、リングの中央を抜けた。
60-60。
緑間が超長距離から3点を取れば、蓮が通常の3Pで返す。射程距離は比べるまでもない。それでも得点板へ加わる数字は同じ3だった。
「真ちゃん」
守備へ戻りながら高尾が緑間を見る。
「あいつ、パサーとして守ったらダメだわ」
「今さら気づいたのか」
「いや、上手いのは知ってたけどさ。あんなポンポン入れるとは思わねえじゃん」
緑間は蓮を一度見た。
「銀城がシュートを打てることなど、前半を見れば分かるのだよ」
「じゃあ言ってくれよ」
「自分で気づけ」
「冷てえなあ」
軽口を交わしながらも、高尾の守備位置は明らかに変わっていた。
蓮へ近づく。
3Pを簡単には撃たせない。
その変化を、蓮はすぐに利用した。
次の正邦の攻撃で高尾が前へ出た瞬間、蓮は一歩目で横を抜いた。宮地がヘルプへ入れば、坂本が空くより先にパスを送り、受けた坂本がミドルを沈める。
62-60。
正邦が前へ出た。
だが秀徳も緑間だけではない。高尾が大坪との連係から守備を崩し、最後は宮地が決めて62-62。続く正邦の攻撃では、今度は高尾が蓮の3Pを警戒しながら抜かれない距離を探ろうとする。
蓮はその迷いを見逃さなかった。
高尾の重心が前にも後ろにも完全には乗っていない。そこへ一度ドライブを見せ、下がった瞬間に止まる。
3P。
ネットが鳴った。
65-62。
「三本目かよ……!」
高尾が振り返る。
「さすがにそろそろ外せよ!」
「嫌だよ」
「真ちゃんみたいなこと言うな!」
蓮が笑いながら戻っていく。
内側でも裏が笑っていた。
【お前、結構入れんじゃん】
『知ってるでしょ』
【普段パスばっかだから忘れるんだよ】
『そっちが打ちすぎなんじゃない?』
【入るなら打ちゃいいだろ】
『それはそうかも』
緑間のオールレンジによって秀徳が試合を支配するかに思われた第3Qは、予想とは違う形へ変わり始めていた。
緑間はコートのどこからでも3点を狙える。
蓮にはそれはできない。
しかし、3Pラインまで運べばいい。
表の蓮には自分でそこまでボールを運ぶドリブルがあり、守備が下がればそのまま高確率で沈められるシュートがある。前へ出れば一対一で抜き、ヘルプが来れば《天瞰眼》で空く場所へ先にボールを送る。
高尾にとって、守り方そのものが急激に難しくなっていた。
第3Q残り6分18秒、正邦65-62秀徳。
秀徳の攻撃では、緑間が今度は自陣側へ下がらなかった。津川が遠くまで追ってくることを確認すると、3Pラインより数歩後ろで動き、高尾とのタイミングを合わせる。
大坪のスクリーンで津川が僅かに遅れた。
蓮も寄る。
緑間は二人が来ることを見て、高尾へ戻した。
その瞬間、蓮が緑間へ寄ったことで生まれた中央の空間へ宮地が切り込み、高尾からパスが通る。
65-64。
『やっぱり、緑間君だけ見てたら駄目だ』
【でも見なきゃ撃つぞ】
『うん。面倒だね』
【楽しそうに言うなよ】
『そっちもでしょ』
蓮はボールを受けながら笑った。
高尾が前へ来る。
今度は簡単には撃てない。
蓮が右へ仕掛けると、高尾も食らいつき、宮地がヘルプへ入る。そこから坂本へ送れば木村が寄り、さらに大室へ流せば大坪まで動いた。
ボールが再び蓮へ戻る。
高尾はまだ戻り切っていない。
3Pラインの外。
蓮は躊躇しなかった。
四本目。
68-64。
高尾はもう何も言わず、苦笑しながらボールを拾った。
緑間がその横を通る。
「高尾」
「分かってるよ。もう空けねえって」
「違う」
「ん?」
「あいつのシュートを気にしすぎるな」
高尾が緑間を見る。
「前へ出れば抜かれる。下がれば撃たれる。ヘルプを呼べばパスを出される。全部を一人で止めようとするから後手に回るのだよ」
「じゃあどうすんの?」
「チームで守れ」
高尾が少しだけ目を見開き、すぐに笑った。
「真ちゃんがそれ言う?」
「うるさいのだよ」
秀徳の守備が変わった。
高尾一人に蓮を任せず、蓮がドライブへ入る方向を宮地と大坪が限定する。パスコースまで全て消そうとはせず、危険な場所だけを先に塞ぐ。銀城一人を完全に止めるのではなく、正邦の攻撃全体が最も効率よく回る形を崩すための守備だった。
蓮もすぐにその変化へ気づいた。
『変えたね』
【あの緑頭、ちゃんとチーム見てんじゃねえか】
『うん。やっぱり強いよ』
次の攻撃では蓮の3Pに高尾が詰め、抜いた先には宮地が待っていた。坂本へ通そうとした未来のコースにも木村が半歩寄っており、蓮は無理をせず岩村へ預ける。岩村が大坪との一対一から押し込んで70-64としたが、秀徳も高尾と緑間の連係から3Pを作った。
70-67。
緑間はまだ外さない。
正邦がどれだけ攻めても、一度撃たれれば3点が返ってくる。
それでも蓮も止まらなかった。高尾が3Pを警戒して前へ出れば抜き、秀徳がヘルプを寄せれば岩村や坂本を使う。自分が打つべき場所では打ち、味方の方が確率が高ければ迷わず渡す。
緑間の3Pが秀徳の得点を押し上げるのに対し、蓮は自分の3Pまで加えたことで、正邦五人の得点力そのものを一段上へ引き上げていた。
第3Q残り3分02秒、76-74。
正邦が2点リード。
点差はほとんど動かない。
緑間がセンターライン付近から決めて76-77とすれば、蓮は次の攻撃で高尾を抜き、寄ってきた大坪の横から岩村へ通して78-77。秀徳が宮地で78-79とすると、正邦は坂本を使って80-79と返した。
互いに一度の守備成功がそのままリードへ変わる。
第3Q残り1分31秒。82-81と正邦が1点をリードしたところで、秀徳は再び緑間を使おうとした。高尾がボールを運ぶ間にも緑間はセンターライン付近まで下がり、津川を大きく引き連れていく。前半ならあり得なかった位置取りも、既に正邦の選手たちに驚きはなかった。
高尾は大坪を使って蓮の進路をずらすと、一瞬だけ空いた中央へ入った。蓮もすぐに戻ったが、その時には宮地が逆側から切り込み、坂本の意識を引きつけている。緑間へのパスを警戒したまま全体を見ようとした蓮の僅かな遅れを高尾は逃さず、ゴール下へ入った大坪へ通した。
大坪が岩村との接触に耐えながら決め、82-83。秀徳が再び前へ出る。
「切り替えろ!」
岩村の声を受け、蓮はすぐにボールを要求した。残り時間は1分を切ろうとしている。高尾は3Pを警戒して距離を詰めており、第3Q序盤のように簡単にシュートを選べる守り方ではない。それでも蓮にとって、選択肢が減ったわけではなかった。
右へ仕掛けて高尾を連れたまま中へ入ると、宮地がヘルプへ寄る。その動きに合わせて坂本が外へ開き始めるが、蓮の手からボールが離れたのは、坂本が完全にフリーになるより早かった。《天瞰眼》が見ていた次の空間へ届いたパスを坂本が受け、そのまま迷わずシュートを沈める。
84-83。
残り43秒。正邦が1点を取り返したところで、秀徳もすぐに攻撃へ移った。
高尾は前へ急がず、緑間の位置を確認しながら時間を使う。津川は既にセンターラインより後ろまで緑間についており、蓮も高尾を守りながら二人の位置を視界から外していない。緑間へ出せる線が生まれれば、パスが出るより先に潰す。その狙いは高尾にも読まれていた。
「ほんっと、そこまで見えてんのな」
高尾が苦笑する。
「見えてるよ」
「じゃあ、これは?」
高尾が緑間へ身体を向けると、蓮も反応した。しかしボールは出ず、その一瞬を使って高尾が逆方向へ切り込み、岩村を前へ引き出す。大坪へ通すと見せてさらに宮地へ流し、宮地が放ったミドルはリングに弾かれた。
「リバウンド!」
岩村と大坪が同時に跳び、互いの身体がぶつかる中、岩村が僅かに高い位置でボールを掴んで胸元へ抱え込んだ。
「銀城!」
残り19秒。蓮が受けると、高尾がすぐに正面へ入った。正邦がこの一本を決めれば秀徳に残る時間はほとんどなく、高尾も3Pを警戒しながら前へ出すぎない距離を保つ。蓮が撃つのか、抜くのか、それとも《天瞰眼》で別の誰かを使うのか、その三つを同時に考えなければならない。
「最後まで打つ気か?」
「どうだろうね」
「それが一番困るんだよ」
残り8秒を切ったところで蓮が右へ踏み込む。高尾も遅れずについてきたが、蓮は抜き切る前にドリブルを止めた。そこへ宮地が一歩だけ寄ったことで逆側にいた大室の前が僅かに空き、蓮はリングを見たまま大室へ送る。
「大室さん!」
受けた大室がミドルを放ったが、ボールはリングの奥に当たって跳ねた。大坪が岩村を押さえ、高尾がこぼれ球を拾った時、時計にはまだ3秒が残っている。
「真ちゃん!」
高尾はドリブルをせず、自陣側へ残っていた緑間へその場から長いパスを送った。津川もすぐに追い、蓮にもその先が見えていた。
『撃つ――!』
緑間が受ける場所へ向かって蓮も走った。津川が正面から距離を詰め、蓮が斜めから追いつく。その二人に挟まれるより早く、緑間はボールを頭上へ運ぶ。
前半までなら誰もシュートを警戒しなかった自陣側から緑間が跳び、津川の手が前から伸びるのと同時に蓮も横から腕を上げた。二人の指先が迫る中でもフォームは崩れず、緑間の手からボールが離れた直後、第3Q終了を告げるブザーが鳴った。
会場中の視線が高く上がったボールを追う。時間はもう残っておらず、入れば秀徳が逆転して第3Qを終え、外れれば正邦の1点リードが残る。
長い放物線の先で、ボールがネットだけを揺らした。
84-86。
得点が認められると同時に秀徳ベンチから歓声が上がり、正邦の選手たちはしばらくリングを見上げていた。第3Qだけなら正邦30点、秀徳32点。緑間がオールレンジを解禁した10分間を、正邦は表の銀城を中心にほぼ互角で戦い抜いた。それでも最後の一本を沈めたことで、秀徳が僅か2点だけ前へ出た。
「……最後まで入れるんだ」
津川が息を吐く。
蓮もリングを見たあと、ゆっくりと緑間へ視線を向けた。
『すごいね。まだ一本も外してない』
【お前も結構入れただろ】
『距離が全然違うよ』
【当たり前だ。あんなとこからポンポン入れられてたまるか】
緑間は特別な反応を見せることもなく、高尾たちと一緒に秀徳ベンチへ戻っていく。自陣から放ったシュートでさえ、本人にとっては決まって当然の一本なのだろう。
蓮はその背中を見ながら、タオルを受け取って正邦ベンチへ腰を下ろした。前半から30分間出続けている身体には疲労が溜まり始めているが、表情にはまだ余裕がある。何より、オールレンジを目の当たりにしてからの10分間を戦い終えた今も、その目から楽しさは消えていなかった。
『でも、楽しいね』
【ああ】
裏の返事は早かった。
【そろそろ俺にもやらせろよ】
蓮が汗を拭いていた手を僅かに止める。
『まだ僕でいけるよ』
【知ってる】
『じゃあ――』
【だから言ってんだろ】
内側から聞こえる声には、表を否定する響きなど一つもなかった。むしろ30分間ずっと中から試合を見続け、表の蓮が《キセキの世代》を相手に互角に戦えることを認めたうえで、それでも自分もコートへ出たいと訴えている。
【俺もあいつとやりてえんだよ】
蓮はしばらく答えず、得点板を見上げた。
84-86。
残るのは、あと10分。
表の銀城蓮は、《キセキの世代》No.1シューターを相手に30分間戦い続け、それでも試合を僅か2点差に保っている。
だからこそ、次にコートへ出たがっているもう一人の銀城蓮は、表の代わりではなかった。
ただ純粋に――自分も緑間真太郎と戦いたくなっただけだった。