第4Q残り4分37秒、106-103。
タイムアウトを終えてコートへ戻った秀徳は、迷わず緑間を中心に動き始めた。先ほど蓮にリリース直前で叩かれている以上、同じ形で正面から渡せば再び追いつかれる可能性がある。それでも緑間へ撃たせるという選択を捨てるのではなく、五人の動きによって銀城が追いつくための距離そのものを作ろうとしていた。
高尾が大坪のスクリーンを使って中央へ入り、木村が逆側から岩村の視界へ身体を入れる。その間に緑間は津川を連れたまま自陣側へ下がったかと思えば、急激に向きを変えてセンターラインへ走り出した。蓮もその動きには気づいたが、直後に高尾が宮地へボールを預けたことで一度そちらへ意識を向けざるを得ない。
宮地がドライブを見せて大室を下げたところで、ボールが高尾へ戻る。その時には緑間が津川との間に半歩の空間を作っており、高尾からのパスを受けると間を置かずシュートへ入った。
「真ちゃん!」
津川が前から詰め、蓮も逆側から全力で距離を潰していく。先ほどなら追いつけたはずの距離だったが、今回は緑間が受けるまでに蓮を一度逆方向へ動かしている。その僅かな差によって緑間の腕は蓮が跳ぶより先に伸び切り、追いついた指先の数センチ先からボールが放たれた。
長い放物線の先でネットが鳴り、106-106。
「チッ」
着地した蓮が舌打ちすると、緑間は眼鏡を押し上げた。
「言ったはずなのだよ。次は触らせない」
「一人じゃねえくせに偉そうだな」
「バスケットボールは五人でやるものなのだよ」
蓮は一瞬だけ黙り、それから口元を吊り上げた。
「……ハッ。そりゃそうだ」
『気に入った?』
【ちょっとな】
続く正邦の攻撃では、秀徳も最初から一人で蓮を止めようとはしなかった。高尾が正面に立ち、宮地は一歩内側へ寄り、大坪もゴール下だけに留まらず突破の先を潰せる位置まで出ている。蓮が高尾を抜くことを前提に二人目、三人目を置き、その中で進路を限定しようとしていた。
それでも蓮は速度を落とさず、高尾へ真正面から仕掛けた。右への一歩目に高尾が反応すると、宮地が寄る直前に急激に減速し、二人の重心が僅かに前へ流れたところでボールを背中側へ回しながら逆方向へ切り返す。高尾が足を戻した時には既に左へ抜けていたが、その先には大坪が待っていた。
「来い!」
腰を落とした大坪へ突っ込むように見せながら、蓮は踏み込む直前にドリブルを極端に低くした。大坪の視線が僅かに落ちた瞬間、ボールだけを股下へ通し、自分は身体の外側を回って抜けたボールへ先に追いつく。
「なにっ――」
そのままリングへ向かおうとした蓮の前へ、今度は緑間が戻ってきた。
「お」
蓮が楽しそうに笑い、緑間も止まらない。ほとんど同時に床を蹴ると、蓮は右手でリングへ伸び、緑間の長い腕が正面からそのボールへ迫った。
指先が届く直前、蓮は空中で腕を引いた。身体が落ち始めてもまだシュートへ移らず、緑間の腕が通り過ぎたところでリングの下を抜けながら左手へ持ち替える。そのまま背中側から放ったボールがバックボードを経由してネットへ落ちた。
108-106。
「どうよ」
着地した蓮へ、緑間は表情を変えず返した。
「二点なのだよ」
「あ?」
「俺なら三点取る」
数秒だけ蓮の眉が上がり、先に守備へ戻っていく緑間の背中を見てから大きく笑った。
「こいつマジでおもしれえな」
秀徳は次の攻撃でもコート全体を使った。緑間が自陣側まで下がれば津川も追わざるを得ず、その広大な空間を高尾たちが使って正邦の守備を動かしていく。
今度の蓮は最初から緑間の位置も意識していたが、その分だけ高尾や宮地への注意は薄くなる。《天瞰眼》を持つ表のように十人全員を同時に捉えることはできず、高尾が宮地へ送り、宮地から大坪へ入ったボールに岩村が寄れば、別の場所で次の形が作られていく。
『高尾も見た方がいいよ』
【分かってる】
『大坪さんの裏も空いてる』
【うるせえな。お前みたいに全部見えねえんだよ】
それでも裏には、表にはできない追いつき方がある。
大坪から外へ戻ったボールを高尾が受けた瞬間、その視線とボールを持つ位置、さらに緑間の足の向きを見て、蓮はパスが出るより僅かに早く走り出した。未来を見たわけではなく、ここまで数分間戦った中で覚えた動きから「来る」と判断しただけだった。
実際に高尾から緑間へパスが飛ぶと、津川が前から詰めるのとほぼ同時に蓮も横から距離を潰した。緑間は受けたままシュートへ入ろうとしたものの、既に蓮の手が届く位置まで来ているのを見て初めてボールを下ろした。
「おっ?」
予想していなかった判断に蓮の反応が僅かに遅れ、その間に緑間は一度ドリブルして津川の横を抜く。そこから自分で無理に打つことはせず高尾へ戻すと、蓮が高尾へ向き直ったところで大坪がゴール下へ入り、高尾からのパスを受けてそのまま決めた。
108-108。
守備へ戻る緑間を追いながら、蓮が横から顔を覗き込む。
「お前、普通にそれもやんのな」
「俺を何だと思っているのだよ」
「シュートしか撃たねえやつ」
「殴るぞ」
「ハハッ!」
そこからも、どちらか一方が試合を持っていくことはなかった。蓮が高尾と宮地を突破して得点すれば秀徳は緑間の3Pで返し、三人目まで蓮へ集まれば正邦は空いた津川や岩村を使う。反対に正邦が緑間を二人で追えば、高尾はその瞬間に生まれた空間を見逃さず、宮地や大坪へボールを届けた。
第4Q残り2分18秒、114-114。
正邦の攻撃でゆっくりとボールを運ぶ蓮の前には高尾がおり、その後ろでは宮地が右側へ寄り、大坪もゴール下から一歩前へ出ている。もはや秀徳は銀城蓮を一人で止めるつもりなどなかった。
「また三人?」
「四人でもいいけど?」
「やってみろよ」
高尾が笑い、蓮も笑い返した直後、右への一歩目で一気に加速した。
高尾は最初から身体をぶつけるように入って進路を狭め、その先で宮地が待つ。蓮は高尾との接触を受けても減速せず、宮地が来る直前にドリブルを左へ移した。
二人に挟まれかけても、蓮は肩を狭い隙間へ入れ、左右から受けた力を身体の回転へ変えながら前へ抜ける。完全に正面を向き直る前には大坪が待っていたが、今度は止まることなくそのまま跳んだ。
大坪も正面から跳び、さらに後ろから緑間の長い腕まで伸びてくる。三人の守備がリング周辺へ集まったことで、空中の蓮は右へ押し流され、リングから遠ざかるほど姿勢を崩された。
普通なら身体を戻そうとする。
蓮は戻さなかった。
押された方向へさらに腰を回し、リングへ背中を向けるほど身体を捻ることで、守備の腕が自分の正面から外れる。その状態から右腕だけを頭上へ伸ばして放ったボールは、バックボードの高い位置へ当たって角度を変え、そのままネットへ落ちた。
116-114。
勢いを殺し切れず数歩走ってから止まった蓮の呼吸は、さっきより明らかに荒くなっていた。額だけでなく顎からも汗が落ちている。
『大丈夫?』
【まだ二分ある】
『答えになってないよ』
【動けてんだから大丈夫だろ】
強がりではない。ただし、余裕でもなかった。通常状態の裏が扱える最大出力を維持し続ければ、当然同じ身体へ負荷は蓄積していく。それでも残された時間を考えれば、今さら抑える理由などなかった。
秀徳もすぐに攻め返した。高尾がボールを受けた瞬間には緑間が走り出し、津川が追う進路へ大坪がスクリーンを置く。
今度の蓮は最初から緑間へ意識を向けていた。
だからこそ、高尾はそこを使った。
緑間へ出すと見せた視線のまま、逆サイドを抜けた宮地へパスを通す。蓮が振り返った時には宮地が既にリングへ向かっており、大室と岩村がその進路へ寄った。
宮地は無理に打たず大坪へ落とし、岩村が反応すればさらに外へ戻す。最後に高尾が受けたところで蓮も全力で戻ったが、高尾はその動きまで待っていた。
蓮が自分へ向かってきた瞬間、もう一度緑間へ送る。
「クソッ!」
正邦の守備が完全に左右へ振られた。
大坪のスクリーンから抜け切れていない津川と、逆サイドまで動かされた蓮。その二人から十分な距離を作った緑間は、パスを受けると迷わずシュートへ入った。
蓮もすぐに最大まで加速し、緑間が跳ぶのを見て床を蹴る。それでも今度は遠い。伸ばした指先が届くより先にボールが放たれ、緑間は着地する前からその軌道を追おうともしなかった。
ネットが鳴る。
116-117。
第4Q残り1分21秒。秀徳が1点を奪い返した。
「どうしたのだよ。次は触るんじゃなかったのか?」
眼鏡を押し上げた緑間へ、蓮は荒い息のまま笑い返す。
「言うようになったじゃん、緑頭」
「緑間なのだよ」
残り81秒。正邦が1点を追う状況でも、松元はタイムアウトを取らなかった。秀徳も同じだった。ここまで互いに出してきた答えを、最後までコートの中でぶつけるつもりだった。
岩村からボールを受けた蓮の正面には高尾が待ち、その後ろには宮地、大坪、そして緑間がいる。もう秀徳の誰も、銀城蓮を一人で止めようとは考えていない。
『蓮』
【あ?】
『勝とう』
裏は一瞬だけ黙ったあと、口元を上げた。
【最初からそのつもりだ】
第4Q残り1分18秒、116-117。
通常の身体能力も、《身体操作》も、残っている体力も、出せるものは全て使っている。野性もなく、ゾーンにも入っていない。それでも銀城蓮には、正邦を勝たせるための78秒がまだ残されていた。