この試合決着まで今日中に投稿しますー
仕事が忙しいので投稿はできる時に一気にいきます
銀城蓮が、僅かに前へ出ている。
その事実を一番近くで感じていたのは、他でもない青峰だった。最初の一歩なら負けていない。むしろ自分の方が速い。それでも抜いたはずの銀城が二歩目、三歩目で戻ってくる。逆に守れば、一度追いついたところからもう一度離される。
速さだけではない。崩しても戻り、追いついてもまた変わる。自分の身体を好き勝手に扱っているような感覚は青峰自身にも馴染みがあるが、銀城のそれは自分とは違った。感覚のまま自由に動く青峰に対して、銀城は身体の隅々まで意図的に支配している。
だからこそ、面白かった。
「……マジでいるじゃねえか」
桐皇ボールで試合が再開する。今吉からパスを受けた青峰の正面には、当然のように蓮が立った。
「何が?」
「俺とやれる奴」
「今さらかよ」
「うるせえ」
青峰が右へ踏み込み、一歩目で前へ出る。蓮はすぐに追いつき、二度目の切り返しを入れる頃にはほとんど横へ並んでいた。青峰が強引に肩を入れても離れず、そのまま二人でゴール下まで入る。先に跳んだ青峰はリングから離れる方向へ身体を傾け、その姿勢から腕だけを伸ばした。
蓮も同時に跳び、指先をボールへ近づける。だが青峰は空中で僅かにリリースを遅らせ、蓮の手が先を通り過ぎてからボールを放った。シュートがネットへ落ちると、青峰は笑いながら守備へ戻る。
「まだ取るかよ」
「当たり前だろ」
次は蓮が岩村からボールを受けた。青峰の正面から右へ強く踏み込み、ついてきたところで一気に速度を落とす。青峰の重心が前へ流れる瞬間を狙って逆へ切り返し、すぐに戻ってきた青峰を見てさらに身体を沈めた。
一度抜いて、追いつかせて、そこからもう一度離す。百パーセントへ上げてから、何度も青峰を破ってきた形だった。
だが、青峰は離れなかった。
「……?」
もう一度切り返しても目の前にいる。速度を殺して逆へ振っても、そこにも青峰がいた。それまでなら僅かに生まれていた半歩が消えている。
蓮はそのまま強引にリングへ向かい、青峰を横につけた状態で踏み切った。空中で身体を捻ってブロックを避けようとした瞬間、青峰の手が先にボールの位置へ入り、鋭い音とともに叩き落とされる。
「っ!」
こぼれたボールを拾った今吉がすぐ前へ送ると、青峰はすでに走り出していた。蓮も反転して追い、一歩目で開いた距離を二歩目で縮める。ペイントエリアへ入る頃にはブロックへ飛べる位置まで戻っていたが、青峰は蓮が跳ぶより先にいつもより遠い位置から踏み切り、そのまま片手でリングへ叩き込んだ。
桐皇側の歓声が爆発する。
着地した蓮は青峰を見た。
速くなった――わけではない。
純粋な速度が突然跳ね上がったのなら、もっと単純だった。変わったのは反応だ。蓮が身体を変えてから青峰が追っているのではない。動き出す瞬間には、もう青峰の身体も同じ方向へ動いている。
『……これ』
【ああ】
蓮の中で、遠い記憶と目の前の青峰が重なった。
【久しぶりに見たな】
『日本に来てからは初めてかな』
アメリカにいた頃、ストリートのコートでは何度か相手にしたことがある。相手の動きを頭で追うより先に身体が反応し、獲物へ食らいつくように間合いを潰してくる選手。
その中でも、特に厄介な連中がいた。
馬鹿げた身体能力を持つ大男。どれだけ身体を崩してもボールを奪い切る男。こちらの意図そのものを見透かしているような男。
同じコートで何度もやり合った。
勝ったこともあれば、負けたこともある。
今でも忘れていない。
【……あいつら思い出すな】
『似てるね』
名前を口にする必要はなかった。
海の向こうのコートで何度も感じた、理屈より先に身体が反応する感覚。それとよく似たものが、今の青峰から剥き出しになっている。
《野性》。
蓮自身が持っているものではない。それでも、初めて見る力でもなかった。
「……なるほどな」
「あ?」
「いや。なんでもねえ」
蓮が口元を上げる。
知っている。
なら、やることは同じだった。
正邦の攻撃で再びボールを持った蓮は、青峰の前で低くドリブルをつく。右へのフェイントを入れても青峰は動かず、本命の左へ踏み込んだ瞬間に初めて同じ方向へ動いて進路を塞いだ。
蓮は接触する直前に腰を落として外側へ回り込み、そこにも青峰がついてくると一度後ろへ下がった。距離を作って再加速するが、それにも反応される。
【やっぱこれだな】
『分かってても面倒なんだよね』
【昔から嫌いなんだよ、こういう奴】
経験があるからといって、簡単に抜けるわけではない。
むしろ知っているからこそ分かる。
こういう相手は厄介だ。
蓮は残り時間を確認し、強引なステップバックからシュートを選んだ。だがそこにも青峰の腕が伸び、指先で触れられたボールはリングまで届かない。
若松が拾い、今吉を経由してまた青峰へ渡る。
今度は蓮も最初から百パーセントで構えた。最初の一歩で遅れても追いつける。二度目、三度目まで全部対応するつもりで青峰の身体を見る。
ところが青峰は、一歩目で抜き切ろうとはしなかった。蓮が追いついてくることまで分かっているように走り、肩が並んだ瞬間に急激に速度を落とす。蓮も即座に減速したが、その身体が止まる直前には青峰が次へ動き、左へ振ったあと身体を捻ったまま右へボールを流した。
蓮の手は追った。それでも届かない。青峰はほとんど背中をリングへ向けた状態からボールを放り、シュートを決めた。
「……こいつ」
蓮の口から小さく声が漏れた。
『前にやった人たちより?』
【種類が違う】
身体能力そのものなら、もっと滅茶苦茶な相手を知っている。反応だけを見ても、似た感覚を持つ選手とは何度もやり合ってきた。
それでも青峰は、そのどれとも違った。
《野性》だけではない。
そこに異常な敏捷性と、型そのものが存在しない攻撃が重なっている。
【……こいつのは面倒くせえな】
それでも蓮は次の攻撃で岩村へ手を出した。
「よこせ!」
松元から好きにやれと言われた以上、岩村も迷わず渡す。
蓮は青峰へ向かって正面から仕掛けた。右へ振れば青峰がつき、速度を殺せば同じように止まり、そこからもう一度加速しても離れない。それでも三度目の切り返しで、ようやく蓮が僅かに前へ出た。
そのままリングへ入り、追ってきた青峰より先に踏み切る。空中で身体を横へ逃がして伸びてきた腕を外し、さらに腰を捻って右手をリングへ伸ばした。
シュートは決まった。
「っしゃあ!」
正邦ベンチが沸く。
百パーセントの蓮なら、まだ取れる。《野性》が出たからといって、何もできなくなったわけではない。ただ、さっきまで一本取るために必要だった動きでは足りなくなっていた。
そして青峰は次の攻撃でも決めた。その次は蓮のシュートを外させ、正邦が岩村の得点で繋いでもまた自分で取り返す。前半とは逆に、正邦が点を取っても桐皇がそれ以上に返す時間が続いた。
蓮も青峰を止める。青峰から点も取る。それでも一本ずつ、確実に桐皇の方が上回っていた。
前半終了時には三十九点あった差が、青峰が入ってから急速に縮まっていく。蓮が百パーセントまで出力を上げたことで一度は流れが止まり、むしろ僅かに押し返していた。だが青峰が《野性》を剥き出しにしてから、その関係が再び反転していた。
「大ちゃんが……押してる」
桃井には、その変化がはっきり見えていた。
銀城が弱くなったわけではない。今も青峰から得点し、守備でも何度かシュートへ手を届かせている。ただ、さっきまで銀城側にあった僅かな優位が消え、それ以上の速度で青峰が結果を積み上げ始めている。
第3Q終盤。
スコアボードに表示された点差は、二十点台前半まで縮まっていた。
「マジかよ……」
坂本が息を整えながら呟く。
四十点近くあった差が、目に見えて減っている。青峰が一本決めるたびに桐皇ベンチが沸き、その勢いに引っ張られるように若松や桜井の動きまで良くなっていた。正邦も崩れてはいない。それでも試合の流れそのものが、少しずつ桐皇へ傾いている。
蓮は腰にも膝にも手をついていなかったが、呼吸は明らかに深くなっていた。百パーセントを維持したまま青峰と攻守でぶつかり続ける負荷は、五十や七十の時とは比べものにならない。
『大丈夫?』
【まだいける】
『そうじゃなくて』
【分かってる】
汗を顎から落としながら、蓮は青峰を見る。
《野性》を相手にすること自体は初めてではない。
その厄介さも知っている。
それでも青峰は、過去に戦った誰かと同じではなかった。野性じみた反応へ、日本に来てから初めて見るほどの敏捷性と、どんな体勢からでも放てるシュートが重なっている。
知っているはずの力なのに、知っている対処だけでは足りない。
「どうした?」
今度は青峰から声をかけてきた。
「さっきまでの威勢は」
「……うるせえよ」
「もっと来いっつったの、お前だろ」
青峰が笑う。
「来てやったぞ」
蓮の眉が僅かに動いた。
【ムカつくな、こいつ】
『でも強いね』
【……ああ】
そこだけは否定できなかった。
緑間とは違う。あの男には、絶対に撃たせないという明確な答えがあった。だが青峰にはそれがない。一つを潰せば別の形で来る。追いつけば変える。止めれば、その次を出してくる。
しかも今は、こちらの動きへ食いつく反応まで一段上がっている。
蓮は自分の両手を一度だけ見た。震えてはいない。脚もまだ動く。
だが、これ以上の出力はない。
【……知ってても、止められねえか】
アメリカで経験したことがある。
だから驚きはしなかった。
だが、経験したことがあることと、目の前の青峰大輝を止められることは全く別だった。
もう百パーセントだった。出し惜しみなどしていない。
それでも今、押しているのは青峰大輝だった。