第3Qが終了
スコアは105-83
前半終了時には77対38と39点あった正邦のリードは、第3Qの10分間だけで22点まで削られていた。ブザーが鳴り終わっても会場のざわめきは収まらず、後半からコートに立った青峰大輝が、それまで正邦へ大きく傾いていた試合を強引に引き戻したことを誰もが感じていた。
正邦の選手たちがベンチへ戻ると、松元に促されて次々と椅子へ腰を下ろす。蓮もその中に混じって座り、受け取ったタオルで顔を拭いた。前半とは違って額から汗は流れているが呼吸は乱れておらず、水を何口か飲んでボトルを足元へ置く頃にはすでに落ち着き始めていた。
「銀城、まだいけるか?」
隣に座った岩村に聞かれ、蓮は迷うことなく頷いた。
「余裕だよ、前半ほとんど流してたから」
「即答かよ。まあ、強がってる感じでもねえな」
「だから大丈夫だって」
「なら第4Qも頼むぞ」
「おう」
そのやり取りを聞いていた津川が横から顔を出し、「ていうか銀城、最後めっちゃ静かだったよね」と口を挟んだ。青峰とやり合い始めてからずっと楽しそうだったのに急に大人しくなったと言われ、蓮は「今も静かだろ」と返す。
「そういう意味じゃなくてさ。青峰に煽られたらすぐ乗ってたじゃん」
「お前に言われたくねえよ」
「俺はあんな簡単に乗らないって」
「乗るだろ」
「乗らないよ」
「お前ら、元気だな」
春日が呆れたように笑い、張り詰めていたベンチの空気が少しだけ緩んだ。しかし松元がホワイトボードの前へ立つと、選手たちは自然と口を閉じてそちらへ視線を向ける。
「22点差だ。第3Qだけで17点縮められた。原因は青峰、それは全員分かってるな」
全員が頷く。数字だけを見れば、残り10分で22点のリードは大きい。それでも今の桐皇を相手に、試合が決まったと思っている者は一人もいなかった。
「ただ、最後の1分42秒は点差を維持した。青峰が入ってからずっと向こうに傾いていた流れを、ようやく止めたところだ。ここで勘違いするなよ。追ってるのは桐皇だ。22点リードしてるのは俺たちだ」
松元はそう言ってホワイトボードへペンを走らせる。
「だからといって守りに入るな。時間を使うことと消極的になることは違う。攻めるところは攻めるし、走れるなら走る。ただ、わざわざ桐皇のペースに合わせて試合を速くする必要はない。青峰には引き続き銀城。春日は全体を見ろ。銀城と青峰がやり合っても、試合まで二人だけのものにするな」
「分かりました」
「津川は桜井から離れるな。岩村と大室はリバウンドを徹底。青峰のシュートは普通の落ち方をすると思うな。銀城が触って軌道が変わることもある。まず身体を当てろ」
それぞれが返事をする中、蓮も黙って指示を聞いていた。第3Qの途中までは青峰の名前が出るだけで意識を引っ張られ、自分が止める、自分が抜く、自分の方が上だと証明することばかり考えていた。それほど見事に青峰の挑発へ乗せられていたが、今は青峰への興味そのものは変わらないまま、余計な感情だけが表から消えている。
『さっきまであんな楽しそうだったのに』
【今も楽しいよ】
『全然そう見えないけど』
【集中してんだから当たり前だろ】
『久しぶりだもんね』
表の声に蓮は返事をせず、ふと顔を上げた。コートを挟んだ反対側には、同じようにインターバルを過ごす桐皇のベンチが見える。
「22点や」
桐皇では今吉が選手たちを見渡していた。第3Qで17点を縮めたとはいえ、それはまだ追いついたわけではない。残された10分でさらに22点をひっくり返さなければ、どれだけ青峰が暴れようと負ける。
「前半考えたらよう戻した。せやけど、戻しただけで満足してええ点差やない。青峰が点取ってくれるからいうて、他の四人まで見物人になったら終わりやで」
「誰が見物人だ!」
「お前に言うたんちゃうけど、元気やな若松」
「だったらこっち見ながら言うな!」
若松が噛みつき、困った桜井が「す、すみません」と頭を下げる。「何で桜井が謝んねん」と今吉が返せば、さらに「すみません!」と謝るものだから、張り詰めていた桐皇のベンチにも一瞬だけ笑いが生まれた。
それが落ち着いたところで桃井が口を開く。
「でも、本当に時間はないよ。正邦は22点もリードしてるから、無理に急いで攻める必要がない。大ちゃんが点を取るだけじゃなくて、こっちが守らないと追いつけないからね」
「聞いてるよ」
青峰はタオルを首にかけ、椅子に座ったまま答えた。
「ほんとに?」
「22点だろ。全部ひっくり返せばいいんだろ」
「簡単に言いよるなあ」
今吉が苦笑するが、青峰は気にした様子もなく笑う。
「難しい方がいいだろ。その方が面白え」
「楽しむんは勝手やけど、負けたら意味ないで」
「負けねえよ」
即答した青峰の視線は、今吉にも桃井にも向いていなかった。コートの反対側、正邦のベンチに座る銀城をずっと見ている。
「大ちゃん、銀城君しか見てないでしょ」
「悪いかよ」
「悪いよ。試合なんだから」
「分かってるって」
「絶対分かってない……」
桃井が呆れている間も、青峰は視線を外さない。こんな相手を待ち望んでいたんだ。五十パーセントの銀城を抜き、百パーセントになった銀城と互角以上にやり合い、《野性》を剥き出しにしてようやく前へ出た。それでも最後には、また違う銀城が目の前に現れた。
その時、向かい側のベンチで蓮が顔を上げた。
二人の視線がぶつかる。
間にはコートがあり、監督の声や選手たちの会話、観客席から降ってくるざわめきが絶えず会場を満たしている。青峰はそれらを気にすることなく口元を上げたが、蓮は笑わず、静かな表情のまま見返した。
「……遅れてくるんじゃなかった。」
青峰はようやく視線を外し、足元のボトルへ手を伸ばした。
「銀城」
松元に呼ばれ、蓮も桐皇ベンチから視線を戻す。
「聞いてたか?」
「聞いてますよ」
「なら言ってみろ」
「22点差。守りに入らない。時間はこっちの味方。青峰は俺。他の四人を遊ばせない。リバウンドちゃんと取る」
「……聞いてたな」
「だから言ったでしょ」
「お前はたまに信用ならん」
「ひどいな」
岩村たちから笑いが漏れ、松元も小さく息を吐いた。だがインターバルの残り時間が少なくなると、その表情はすぐに監督のものへ戻る。
「最後の10分だ。ここまで何点差をつけようが、最後に逆転されたら負けだ。相手が誰だろうと同じ。勝って終わるぞ」
「はい!」
声が揃い、蓮も椅子から立ち上がった。身体は軽く、脚にもまだ余裕がある。呼吸も完全に整っており、前半を五十パーセントで流していた分を考えれば、第4Qを戦い切るだけの余力は十分に残っていた。
『行く?』
【ああ】
蓮がタオルを置くのとほぼ同時に、反対側のベンチから青峰も立ち上がった。インターバル終了を告げるブザーが鳴り、歓声が一段大きくなる中、正邦と桐皇の選手たちがそれぞれコートへ向かっていく。
その先頭を歩く二人の視線が、もう一度だけぶつかった。
青峰は笑っている。
蓮は静かなまま、その視線を受け止めた。
105対83。残り10分、22点差。
第3Qの最後にぶつかった《野性》と《
最後の第4Qが始まる。