残り5分03秒。
121対116。
正邦の選手たちがベンチへ戻ってくる。第4Q開始直後には26点まで広がっていたリードが、わずか数分で5点まで削られた。会場の空気は完全に桐皇へ傾き、観客席から響く歓声の中でも、青峰大輝の名前だけがやけに大きく聞こえる。
「座れ。まず息整えろ」
松元に言われ、岩村たちが椅子へ腰を下ろした。蓮もタオルを受け取って首へかけ、水を口に含む。第3Q終了時とは違い、今度は肩が呼吸に合わせて僅かに上下していた。身体そのものにはまだ余裕がある。それでもゾーンへ入った青峰を相手にした数分間は、それまでとは比べものにならない密度だった。
「……化け物すぎるだろ、あいつ」
津川の呟きを否定する者はいなかった。松元も反対側のベンチへ一度視線を向けてから、蓮へ青峰を止められるかと問いかける。
「今のままじゃ、きついですね」
その答えに岩村が僅かに目を見開いた。この試合が始まってから、青峰を相手にした蓮がそんな言葉を口にしたのは初めてだった。
《
松元はホワイトボードを使いながら残り5分の戦い方を整理した。まだ正邦がリードしている以上、焦って早撃ちする必要はない。青峰が蓮へ集中するなら、その分だけ他の選手が空く。残り時間を使いながら一本ずつ確実に取り、守備では青峰を止めようとして全体の形まで崩さない。
どれも正しい。それでも岩村たちの表情から緊張は消えなかった。結局のところ、最大の問題は何一つ解決していない。ゾーンへ入った青峰を一人で止められる選手が、今の正邦にはいなかった。
「銀城。お前に任せる」
「分かりました」
松元が最後にそう告げ、蓮も短く頷いた。具体的な意味を聞く必要はない。青峰との勝負は自分が引き受け、その上でチームとして残り5分を勝つ。それだけだった。
『どうする?』
【まだいい。もうちょいやる】
頭の中で交わした言葉もそれだけだった。今のままでは厳しいことは蓮自身が一番分かっている。それでも、まだ確かめたいことがある。
インターバル終了を告げるブザーが鳴り、蓮はタオルを置いて立ち上がった。コートへ戻ると、先に入っていた青峰が待っている。何を話していたのかと笑いながら聞かれたが、蓮はまともに答えず、そのまま試合再開を待った。
正邦ボール。春日は急がずフロントコートへ入り、残り時間を使ってから蓮へ渡す。ゾーンにまだ入っている青峰がすぐに距離を詰めてきた。
蓮は《
無理に抜き切らず、蓮は青峰が寄った瞬間に岩村へボールを落とした。若松がカバーへ入るより先に岩村が押し込んで123対116。桐皇もすぐに青峰へ渡し、蓮は一歩目から二歩目、さらに切り返しまで食らいついてゴール下でも最後まで腕を伸ばしたが、それでもシュートをねじ込まれた。
123対118。
正邦は次の攻撃でも時間を使った。蓮が青峰を引きつけて津川へ渡し、外れたシュートを岩村が拾ってもう一度組み立て直す。最後は春日がミドルを沈めて125対118。残り4分を切っても正邦は前にいたが、桐皇の勢いは止まらなかった。
青峰が蓮の正面から一本を決めた直後、守備では春日から蓮へ入るパスを弾く。今吉が拾ったボールを前へ送り、走り込んだ青峰がそのままリングへ叩き込んだ。
125対122。
次の攻撃で蓮がボールを受けると、青峰は3点差になったことを楽しそうに告げながら正面へ立った。蓮は相手にせず右へ仕掛け、進路を塞がれると左へ切り返す。さらに身体をぶつけながら前へ出ようとしたが、ゾーンへ入った青峰はその動きにも遅れず、横から伸ばした腕でボールを弾いた。
青峰が拾った瞬間、蓮も追走へ移る。二人だけが一気に前へ飛び出し、ゴール下へ踏み込んだ青峰を蓮が後ろから追って跳んだ。リングへ伸びる右腕を追い、ボールへ指先が近づいたところで青峰は空中で腕を引く。そのまま身体を捻って逆側から放たれたシュートには届かず、ボールがリングへ落ちた。
125対124。ついに1点差。
会場が大きく沸く中でも、正邦は慌てずインバウンドから攻撃を始めた。春日は今度は蓮を経由せず岩村へ入れたが、若松との競り合いから放ったシュートはリングに弾かれ、そのリバウンドを若松が掴む。今吉を経由してすぐにボールが前へ運ばれ、青峰がトップで受けた。
この試合で初めて、桐皇が逆転できる攻撃だった。
青峰が仕掛ける。蓮は右への一歩を追い、急停止にも身体を合わせ、左へ振られても《
125対126。
桐皇学園、逆転。
会場が爆発したような歓声に包まれる中、青峰は着地すると振り返り、蓮を見て笑った。
「言ったろ」
蓮は答えず、電光掲示板へ目を向けた。前半から守り続け、一度は39点まで広げ、第4Q序盤にも26点あったリードが初めて消えた。
『蓮』
【ああ】
それだけで互いに分かっていた。
蓮は再び青峰を見る。眼から光の残像を引いたまま立つその姿は、間違いなく今まで日本で戦った誰よりも強い。《
【……そろそろ行くか】
表から返事はなかった。それでも蓮には分かっている。
ゆっくりと息を吐き、逆転された電光掲示板から視線を外す。まだ試合は終わっていない。残り時間もある。
銀城蓮は、静かに青峰大輝を見つめた。
銀城が確かめたかったのは、本当に零域では対抗できないのか、ということです。