青峰は目の前の蓮を見た。今度こそ、何一つ残さない。そう思った瞬間には、もう身体が動いていた。
右への一歩目で蓮の肩を抜き、追いつかれるより先にさらに速度を上げる。蓮が二歩目で横へ並ぶと、青峰はドリブルを身体の後ろへ回しながら急停止した。床を擦る音が響き、蓮の身体が止まる。その瞬間にはもう逆方向へ踏み出していた。
それでも蓮は離れない。青峰は構わずゴールへ向かい、加速、急停止、切り返しをほとんど間を置かず繋いでいく。そのたびに蓮の位置が僅かにずれるが、次の瞬間には修正され、欲しい半歩を作らせてくれない。
ならば、作らなくていい。
青峰は蓮を横に置いたまま跳んだ。リングからは遠く、身体も正面を向いていない。それでも右腕を外へ伸ばしてシュートへ入ると、迫ってきた蓮の指先を見て空中で一度腕を引いた。身体をさらに傾け、落下しながらもう一度振り抜く。
高く浮いたボールがバックボードの上部へ当たり、そのままリングへ落ちた。
129対128。
青峰は着地すると、歓声を背中に受けながらすぐ守備へ戻った。今の一本を決めてもまだ1点届かない。それ以上に、ここからもう一度止めなければならない相手がいる。
春日が運んだボールを蓮が受けると、青峰はすぐ正面へ入った。蓮の一歩目に合わせ、切り返しにも残り、急停止からの再加速にも食らいつく。さっきまで少しずつ開いていた半歩が、今度は開かなかった。
練習してこなかった時間は戻らない。それでも今この瞬間に出せるものなら、最後の一滴まで使える。
蓮が右へ切れば青峰が先に入り、左へ戻ってもそこにいる。もう一度前へ出ようとしても進路を譲らない。今日ここまでの中でも、青峰の守備は最も研ぎ澄まされていた。
それを見た蓮は、無理に抜かなかった。
その場で跳ぶ。
青峰もほとんど同時に跳び上がり、真正面から腕を伸ばした。指先がボールへ届く寸前、蓮の身体が僅かに後ろへ倒れる。空中で自ら軸を外し、青峰の腕からボール一個分だけ射線をずらした。
普通なら精度を失う体勢でも、《
131対128。
残された時間が減っていく中、青峰はすぐに今吉へボールを要求した。受け取ると同時に前へ出て、蓮が身体を寄せても速度を落とさない。岩村までゴール下から出てくると、その二人の間へ身体をねじ込むように踏み込み、そのまま跳び上がった。
蓮が追ってくることは分かっていた。だから青峰は最初から一度では打たない。リングの裏へ腕を伸ばすと見せて引き、空中で身体を反転させる。蓮の腕が軌道を追って伸びてくれば、さらにボールを逆側へ持ち替えた。
身体はもう落ち始めている。それでも青峰は床へ着く寸前までボールを離さず、最後の最後で腕を振った。
だが、蓮も最後まで追っていた。
青峰が二度変えたなら、その二度目まで合わせればいい。空中で姿勢を組み直した蓮の掌がボールを弾き、リングへ向かっていた軌道が大きく逸れる。落ちたボールを岩村が掴むと、すぐに春日へ渡した。
正邦が走る。
春日は前を走る蓮へ長いパスを送った。青峰も着地と同時に追い、ゴール下へ入る頃には再び蓮の横まで戻ってくる。二人がほとんど同時に跳び上がり、空中で身体がぶつかった。
蓮は右腕を一度引いて青峰の手を外すと、空中で左へボールを持ち替えた。接触で身体を流されても軸だけは崩れず、落下する直前にバックボードへ置く。
133対128。
残り42秒。
桐皇にとって、一つのミスがそのまま終わりへ繋がる点差になった。それでも青峰は足を止めず、今吉から再びボールを受けると、今度は真正面から蓮へ向かった。
フェイントも使う。速度も変える。身体をぶつけることも厭わない。今まで自分が身につけてきたものを全部使い、最後は蓮を横に置いたままゴール下へ跳び込んだ。
空中でボールを右へ逃がせば蓮の腕が追ってくる。青峰は左へ持ち替え、身体を捻ってリングへ背を向ける。そこからさらにボールを遠ざけると、さすがの蓮の手も一度は空を切った。
青峰は落下しながら押し込む。
その瞬間、もう一度伸びた蓮の指先が僅かにボールへ触れた。
軌道を変えられたボールがリングの上を跳ねる。一度、二度と縁を転がり、最後は内側へ落ちた。
133対130。
残り31秒。
青峰は着地した直後には守備へ戻っていた。一本止めて次を決めれば、まだ追いつける。可能性が残っている限り、終わったことにはならない。
春日は急がずボールを運び、時間を使う。残り20秒を切ったところで蓮へ預けると、青峰が正面へ入った。
青峰の呼吸は荒い。脚にも疲労が溜まっている。それでも眼から伸びる光はまだ消えていなかった。蓮も同じように《ゾーン》と《
蓮が右へ出れば青峰が合わせる。急停止にも残り、左への切り返しにも食らいつく。もう一度右へ振られても離れない。ここまで何度も上を行かれながら、それでも青峰の守備は最後になってさらに鋭さを増していた。
残り10秒。
正邦も桐皇もベンチの選手たちは立ち上がっていた。観客席を埋めていた声も、いつの間にか二人の攻防へ吸い込まれるように小さくなっている。
蓮が青峰へ肩をぶつけた。
青峰も身体を入れて進路を塞ぐ。蓮が押し切ろうとしても下がらず、そのまま真正面で受け止めた。その状態から、蓮が一度だけ重心を深く沈める。
青峰も反応した。
次の瞬間、蓮の身体が上へ抜けた。
青峰もすぐに跳ぶ。真正面から伸ばした腕がボールへ迫り、今度こそ指先が届くと思える距離まで詰めた。
蓮は逃げなかった。
身体を捻ることも、ボールを持ち替えることもない。
青峰の真正面から、そのままシュートを放った。
ほんの僅かに届かない。
指先の先を抜けたボールがリングへ落ちた。
135対130。
残り6秒。
桐皇はすぐにボールを入れ、今吉から青峰へ渡す。青峰は前へ走り、センターラインを越えたところで残り3秒。蓮が完全に前へ入るより先に跳び上がった。
遠い。
それでも、もう打つしかない。
身体を右へ傾けながら片手で放つ。蓮も追って跳んだが、今度はボールへ届かなかった。
高く上がったシュートがリングへ向かう。
終了を告げるブザーが鳴った。
ボールはリングへ当たり、高く跳ねる。もう一度縁へ落ち、僅かに内側へ傾いたあと、そのまま外へこぼれた。
135対130。
正邦高校の勝利が決まった。
それまで張り詰めていた体育館が一気に弾けた。正邦のベンチから選手たちが立ち上がり、岩村が大きく息を吐く。津川は両腕を上げ、春日はしばらく電光掲示板を見上げたまま動かなかった。
蓮もその場ですぐには動かなかった。眼から伸びていた光が消え、《ゾーン》が解けていく。それとともに《
呼吸が深くなる。額から落ちた汗が床へ落ちる。それでも膝をつくほどではなく、蓮はしばらくその感覚を受け止めてからゆっくりと顔を上げた。
少し離れた場所に、青峰がいた。
最後に放ったシュートが外れたリングを見たまま、その場から動いていない。ゾーンまで入った。今の自分に出せるものは全部出した。途中からは、これまで練習してこなかった時間を初めて惜しいと思うほど勝ちたかった。
それでも負けた。
試合に遅れてきたことも、前半に背負った点差も、練習から離れていた時間も、すべて自分が選んできたことだった。その上で第4Qには一度逆転し、ゾーンまで入って蓮と真正面からぶつかった。
そこまでやって、届かなかった。
青峰はゆっくりと電光掲示板へ目を向けた。
135対130。
何度見ても数字は変わらない。
しばらくして、その視線が蓮へ向いた。笑ってはいなかった。怒っているわけでもない。ただ初めて目の前に現れた、自分が全力を出しても届かなかった相手を見つめていた。
蓮も何も言わなかった。
歓声が響き続ける体育館の中で、青峰はようやく自分の中へ落ちてきた事実を受け止める。
言い訳のできない全力で、負けた。
どうでしたか??
私的には文章はどうあれ展開はいい感じかなと思っております