毎日20時に投稿します。
ストックは大量にあるのでしばらくは大丈夫かと。
拙い作品ではありますが、是非これからも見て頂けると幸いでございます。
もっと投稿頻度上げてほしいとかあれば感想と共にリクエストお願いします。
フリースローがネットを通り抜けても、相手PGはすぐには動けなかった。
ほんの少し前まで、自分は銀城蓮と普通に対峙していたはずだった。パスを中心に攻撃を組み立てながら、必要になれば自分でも仕掛けてくる。厄介な選手ではあったが、少なくとも何をしようとしているのかを追うことはできた。
ところが、今の一本は違う。
構えていたはずなのに、一歩目で置き去りにされた。ゴール下でようやく味方が追いついたと思えば、身体をぶつけてもシュートを止められず、そのまま3点プレーにされている。
正邦の選手たちにとっても、理解できないという点では大きく変わらなかった。
「ディフェンス!」
岩村の声で、止まりかけていた時間が動き出した。
相手のスローインと同時に正邦も守備へ戻る。その中で銀城だけは、先ほどまでとは明らかに違う足取りで相手PGへ近づいていった。
表の蓮は、守備でも全体を見る。自分のマークだけを追いかけるのではなく、味方の位置と相手の配置を視界へ収め、次に危険になる場所を予測しながら立つ。それが春日の知っている銀城蓮の守り方だった。
今は違う。銀城の視線は、ボールを持つ一人だけに向けられていた。
相手PGも先ほどの突破を意識しているのか、正面から近づいてくる銀城を警戒しながらボールを運ぶ。ハーフラインを越えたところで一度味方へ預けようと右側へ視線を動かしたが、その瞬間、銀城の身体が前へ出た。
パスコースを読んだわけではない。相手がボールを持ち直すより先に距離を詰め、そのまま右手を伸ばしている。
PGは慌てて身体を入れ、ボールを背中側へ逃がした。完全に奪われることだけは避けたものの、その時にはもう銀城が身体を戻し、逃がした側へ回り込もうとしていた。
右へ逃げれば右へ来る。左へ切り返せば、そちらにもいる。相手PGは二度方向を変えたが、そのたびに銀城は一度遅れているはずの位置から追いついてきた。先回りしているようには見えない。むしろ相手が動いた後から反応しているのに、それでも次の瞬間には進路を塞いでいる。
「なんだよ、こいつ……!」
たまらず相手PGが味方へボールを逃がした。
ようやく銀城から離れたボールを別の選手が受ける。しかし、そこには正邦本来の守備が待っていた。銀城一人に気を取られたことで攻撃開始が遅れ、残された時間の中で無理に仕掛けるしかなくなる。最後は岩村の前から苦しいシュートを放ち、リングに弾かれたボールを大室が確保した。
リバウンドを見た瞬間、銀城は既に走り出していた。
「銀城!」
大室が前へボールを送る。
銀城は振り返りながら片手で受け取ると、ほとんど速度を落とさないまま前を向いた。先ほど抜かれたPGは今度こそ一歩目を許さないよう早めに下がっていたが、銀城はその正面へ向かって速度を上げていく。
ベンチの津川が身を乗り出した。
「また行く」
春日も同じ場所を見ていた。
相手PGは先ほどとは違い、抜かれないための距離を取っている。正面から仕掛けられても後ろへ下がれるだけの余裕があり、ゴール下からヘルプが来る時間も作れる。
それでも銀城は減速しなかった。
相手との距離が一気に縮まり、接触する寸前まで近づいたところで、ボールを持つ手が右から左へ変わった。相手PGも左へ反応するが、次の瞬間にはボールはもう右へ戻っていた。
守備の身体が左へ流れた頃には、銀城自身はその横を抜けている。何度も細かくフェイントを重ねたようには見えず、見ていた津川にも二度ボールの位置が変わったことしか分からなかった。
「今の何?」
「知らねえよ」
春日が答える間にも、銀城はゴールへ近づいていく。
二人目の守備が正面から出てきた。
先ほどと同じように身体をぶつけてでも止めようとする相手へ、銀城は今度は真正面から入らなかった。直前で歩幅が僅かに変わり、守備の肩を擦るほど狭い場所へ身体を滑り込ませる。
接触しても軸はぶれず、ゴールの真下を通り過ぎるような角度まで進みながら、銀城は身体だけをリングへ向け直した。右手から放たれたボールがバックボードの高い位置へ当たり、反対側からリングへ落ちる。
連続得点に、追いつきかけていた相手ベンチの声が少しずつ小さくなっていった。銀城はその様子を気にすることもなく、自陣へ戻りながら笑っている。
【楽しいねえ】
外からは聞こえない声が、身体の内側へ響いた。
『やりすぎだよ』
【何が?】
『一人で行きすぎ』
【入ってんだからいいだろ】
『そういう話じゃない』
表の蓮は、身体の内側からコートを見ていた。視界そのものは共有されている。それでも、自分が表にいた時とは見ているものがまるで違った。
裏はコート全体を把握しようとしていない。目の前にいる相手、次に自分を止めに来る相手、リングまでの道。必要なものだけを拾い、それ以外を捨てるように進んでいる。
表の蓮には、それがひどく乱暴に見えた。同時に、恐ろしいほど効率的でもあった。
『味方も使って』
【必要ならな】
『必要だから言ってるんだけど』
【じゃあ見とけよ】
その言葉が何を意味するのか分からないまま、次の守備が始まった。
相手は銀城との1on1を避けるようになっていた。PGが早い段階でボールを手放し、別の選手を経由しながら攻撃を組み立てようとする。銀城一人を相手にする必要がない形を作ろうとしていることは、ベンチから見ていた春日にも分かった。
その判断自体は間違っていない。問題は、銀城がそれを見てどうするのかだった。
自分のマークからボールが離れると、銀城は無理に追わなかった。視線を動かし、味方と相手の位置を確認する。
春日の眉が僅かに動いた。
先ほどまで目の前の相手しか見ていないように見えた銀城が、初めて周囲を見た。ただし、いつもの見方とは違う。コート全体を均等に捉えるのではなく、必要な場所を一つずつ確認しているようだった。
相手が右側からゴールへ仕掛け、正邦の守備が対応する。その背後へ一人が走り込み、パスが出た。
銀城が動いたのは、それからだった。
走り込んだ選手へボールが届き、シュートへ持ち込もうとした瞬間、横から銀城が飛び込んでくる。受け手も気づいてボールを守るために身体を入れたが、それでも銀城は止まらなかった。
伸ばした右手が、ドリブルへ移ろうとしたボールだけを正確に叩く。接触を避けるように身体を捻りながら、そのまま自分でこぼれ球を拾った。
ターンオーバーから銀城が前を向くと、今度は三人の守備が戻っていた。それを見た表の蓮が、内側から声を掛ける。
『さすがに出して』
【分かってるよ】
意外なほど素直な返事だった。
銀城は中央を走りながら、一人目へ向かって真正面から踏み込んだ。守備が止めようと寄り、二人目も中央へ絞った瞬間、銀城の右手からボールが消える。
左側を走っていた味方へ鋭いパスが通った。受け手が驚いたように一瞬目を見開いたが、前には誰もいない。そのままレイアップを決めると、正邦ベンチから大きな声が上がった。
銀城は得点した味方へ近づくこともなく、そのまま守備へ戻っていく。
『……出すんだ』
【お前、俺を何だと思ってんだ】
『全部自分でやりたい人』
【勝てるならやる。パスした方が簡単なら出す。それだけだ】
表の蓮は、それ以上何も言わなかった。
同じ勝利を目指している。そのことだけは、やはり間違いなかった。
ただ、自分とは順番が逆なのだ。蓮は味方を見て、その中から最も得点できる選択を探す。もう一人はまず自分で相手を壊し、それでも自分より味方を使う方が確実なら、そこで初めてボールを渡す。
どちらも、最後に欲しいものは同じだった。
正邦の勝利。それだけだった。
残り時間が少なくなるにつれて、相手は銀城への対応を明確に変えていった。
一人で止めることを諦め、ボールを持った瞬間から二人目を近くへ置く。真正面から抜かれても、その先でもう一度止められるようにするためだった。
それでも銀城の速度は落ちなかった。
一人目を抜いた後に二人目が来ることを最初から受け入れ、その接触まで含めて身体を動かしているように見える。相手が進路を塞げば直前で歩幅を変え、肩が触れればその力を利用して身体の向きを変える。細かな動きを追えない相手からすれば、止めたと思った次の瞬間には、もう別の場所からリングへ向かっているようにしか感じられなかった。
それでも毎回自分で打つわけではない。二人目が完全に自分へ寄れば、銀城は空いた味方へボールを送った。
ただ、そのパスは表の蓮とはまるで違う。味方が次に空く場所へ先回りして届けるのではなく、自分が守備を引きつけた結果、既に空いた場所へ強く速いボールを通す。
受けた側も、その違いを感じていた。
「銀城、今日パス強くねえか?」
得点を決めた坂本が守備へ戻りながら声を掛けた。
「あ?」
返ってきた声に、坂本が一瞬だけ黙った。
「……いや。なんでもねえ」
銀城は気にした様子もなく前を向く。
そのやり取りを見ていた岩村は、僅かに眉を寄せた。プレーだけではなく、話し方まで違う。何かがおかしいと感じているのは、もう春日と津川だけではなかった。
やがて相手のシュートが外れ、岩村がリバウンドを確保したところで、第2Q終了を告げるブザーが体育館へ響いた。
選手たちが一斉に力を抜く。正邦は、追いつかれかけていた点差を再び広げて前半を終えていた。
その中心にいた銀城は、息を整えながらベンチへ戻ってくる。
春日はその姿を黙って見ていた。
いつもの銀城なら、コートを出れば真っ先にスコアや試合内容を確認する。自分が何点取ったかより、誰がどこで動けていたかを気にするような選手だった。
今の銀城は、タオルを肩へ掛けるとベンチへ深く腰を下ろし、渡されたボトルの水を飲んでいる。そして、楽しそうに笑っていた。
ハーフタイム。
松元はすぐに話を始めなかった。
ホワイトボードを手にしたまま、ベンチに座る選手たちを一度見渡す。その視線が最後に銀城で止まったことには、本人以外のほとんどが気づいていた。
「銀城」
松元に呼ばれ、銀城が顔を上げる。
「なんすか」
その返事だけで、周囲の空気が僅かに変わった。
春日は腕を組んだまま銀城を見つめ、岩村も隣から視線を向ける。少し離れた場所では、津川が隠す気もなく銀城の顔を覗き込んでいた。
松元はしばらく黙った後、短く尋ねた。
「お前、どうした」
「何が?」
「プレーが変わりすぎだ」
銀城は一度だけ瞬きをした。それから口元を上げる。
「勝ってんだから、いいんじゃないすか」
いつもの銀城なら、そんな答え方はしない。それを一番よく知っている春日が、とうとう口を挟んだ。
「よくねえから聞いてんだよ」
銀城が春日の方を見る。
「何が知りたいんすか、春日さん」
「全部だよ。お前、さっきまでと何が違う?」
銀城はすぐには答えなかった。その沈黙の中で、表の蓮が内側から声を上げる。
『余計なこと言わないでよ』
【何が余計なんだよ】
『全部』
【めんどくせえな】
『僕らのことは言わないで』
【はいはい】
外側からは、銀城が何も言わずに春日を見ているようにしか見えない。
やがて銀城はボトルをベンチへ置いた。
「別に何も変わってないっすよ」
「んなわけあるか」
春日の返事は早かった。
「眼の使い方も違う。ドリブルも違う。喋り方まで違う。こないだ津川とやった時も一瞬だけ同じ感じになっただろ」
その言葉に、岩村が津川へ目を向けた。
「お前も見たのか?」
「見ました。ほんのちょっとだけですけど」
津川は銀城から目を離さないまま答えた。
「その時も、急に目つき変わったんですよね。なんか……今と同じ感じ」
「目つき?」
「うん。いつもの銀城って、俺を見てても俺だけ見てない感じするじゃないですか。でも今は違う」
津川は少し考えてから、言葉を続けた。
「今の銀城、ずっと相手だけ見てる」
銀城の笑みが少しだけ深くなった。
「よく見てんじゃん」
「ほら、それ。その喋り方も」
「細けえなあ」
津川は一瞬黙った後、隣にいた春日を見た。
「やっぱ変ですよね?」
「ああ」
即答だった。
岩村も否定しない。松元だけが、騒ぐ三人とは違って銀城を静かに見ていた。
「話したくないなら、今はそれでもいい」
その一言で、春日が松元を見る。
「監督」
「ただし、試合に出す以上は一つだけ答えろ」
松元の視線が銀城から外れない。
「お前は正邦を勝たせる気があるのか」
銀城の表情から、ほんの一瞬だけ笑みが消えた。内側にいる蓮も黙っている。
その質問に対する答えだけは、二人の間で何も違わなかった。
銀城は背もたれから身体を起こした。
「当たり前でしょ」
口調は軽かった。それでも、その答えに迷いはなかった。
「負けんの嫌いなんすよ、俺」
松元は数秒だけ銀城を見つめ、それ以上は追及しなかった。
「なら後半も出ろ」
松元の言葉に、春日が何かを言いかけた。しかし監督はそのままホワイトボードへ視線を落とし、マーカーを走らせる。
「ただし、後半は配置を変える。春日、お前が入れ」
「俺が?」
「PGだ」
その言葉に春日の視線が銀城へ向いた。
ここ数週間、銀城が主力組へ入る時はボールを預かる時間が増えていた。ところが松元は、その役目を再び春日へ戻そうとしている。
続いてホワイトボードに書かれた名前を見て、大室が自分の位置を確認した。
「俺が下がりますか」
「ああ。第3Qは春日、津川、坂本、銀城、岩村で行く」
松元はそう告げると、銀城へ視線を向けた。
「銀城。お前は4番に入れ」
「4番?」
「今のお前にゲームを作らせる必要はない」
その一言に、銀城の口元が僅かに上がった。
松元には、銀城の中で何が起きているのかなど分からない。当然だった。二つの人格が一つの身体を共有しているなど、説明されてもすぐに信じられる話ではない。
ただ、監督として目の前で起きている変化は見ていた。
前半序盤までの銀城は、全員を使うことで正邦の攻撃を動かしていた。しかし第2Q終盤からは、自分で守備を破壊して得点へ向かい、必要になった時だけ空いた味方へボールを渡している。
それならば、役割を変えればいい。ゲームを組み立てる選手は別にいる。
「春日が運べ。銀城を最初からボールに触らせる必要はない。中と外を動きながら、受けたら仕掛けろ」
「了解っす」
返事をした銀城は、少し楽しそうだった。
春日はまだ複雑そうな顔をしている。
「俺が銀城を使うってことですか」
「そうだ」
松元は短く答えた。
「今のこいつはPGとして使うより、その方が面倒だ」
相手にとって、という言葉を付け加える必要はなかった。
185センチの身体がありながら、ガードを一歩目で置き去りにする速度を持っている。そこへ先ほど見せた接触への強さまで加わるなら、ゴールに近い位置から動き出させた方が相手へ与える負担は大きい。
銀城はホワイトボードを見ながら、内側へ声を飛ばした。
【あの監督、結構分かってんじゃん】
『本当のことは何も分かってないけどね』
【それでいいだろ。使い方は分かってる】
蓮は返事をしなかった。
少しだけ、悔しかった。自分がPGとして必死に流れを戻そうとしていた時より、もう一人が出てきて数分暴れただけで、監督はすぐにその使い方を見つけている。
その感情まで伝わったのだろう。
【拗ねんなよ】
『拗ねてない』
【はいはい】
『……絶対身体使いすぎないでよ』
【分かってるって】
銀城は立ち上がると、肩を回しながらコートへ向かった。
その前を春日が歩いていく。
PG、春日隆平。そしてPF、銀城蓮。
同じ選手がコートにいるはずなのに、前半とは正邦の形そのものが変わっていた。
第3Q開始を告げるブザーが鳴る。
ではまた明日まで。