第3Q開始を告げるブザーが鳴ると、正邦の五人は前半までとは異なる配置でコートへ散っていった。
バックコートへ下がってボールを受けたのは春日だった。津川と坂本が左右へ広がり、岩村がゴール下へ向かう中、銀城はボール運びに加わらず、そのまま相手コートへ入っていく。前半までゲームを組み立てていたPGは、今では相手PFと並んでゴールに近い位置へ立っていた。
PG、春日隆平。SG、津川智紀。SF、坂本健二郎。PF、銀城蓮。そしてCに岩村努。
ハーフタイムに松元が決めた布陣だった。
相手ベンチも当然、その変更には気づいている。銀城についたPFは身長も体重も上だったが、前半終盤に見せた速度を考えれば、体格だけで優位に立てる相手ではない。それでも小柄なガードをつければ、185センチある銀城に高さまで使われる。結局、正面から止めるしかなかった。
「銀城」
春日はドリブルを続けながら、ハイポスト付近へ入った銀城を見た。
「ボール運びは俺がやる。お前は好きに動け。ただし、勝手に持ってって始めんなよ。今のPGは俺だ」
「分かってるよ」
銀城は相手PFを背負ったまま、楽しそうに口元を上げた。
「ちゃんと寄越せよ、春日さん」
「その口の利き方は後で直すからな」
そう返した春日は、一度津川へボールを預けてから自分も位置を変えた。坂本を経由して反対側へ展開すると、相手の守備も横へ動き、岩村を見ていたセンターが僅かにゴール下から引き出される。
銀城は空いていない。相手PFが身体を密着させ、簡単には前を向かせないようにしている。
それでも春日は迷わずパスを入れた。
「銀城!」
胸元へ飛んだボールを銀城が右手で受けると、相手PFがすぐに距離を詰めた。銀城の腰が僅かに沈み、右足が床を捉える。そこまでは守備側にも見えていた。
次の瞬間には、銀城がいなかった。
相手PFは最初の動きに反応していた。だが、自分の身体を切り返そうとした時には銀城が既に横を通過しており、慌てて振り返った頃には数歩先まで離されている。ゴール下のセンターが急いで前へ出たものの、それを見た銀城は速度を落とさず踏み切り、伸びてきた腕の外側へボールを逃がしながらバックボードへ置いた。
ネットが揺れた。
抜かれたPFは、守備へ戻っていく銀城の背中を見たまま動けなかった。
フェイントに大きく振られた覚えはない。初動も見えていた。それなのに、右か左かを判断するより先に抜かれていた。
「……速えな」
春日は小さく呟いた。
前半終盤にも同じものを見ている。それでも、真正面から守備を置いた状態で改めて見ると異常さが際立っていた。何をされたのか理解するより先に、抜かれたという結果だけが出来上がっている。
次の攻撃で、相手はすぐに銀城を狙った。
本来はPGの選手がPFへ入っているのなら、インサイドで身体をぶつける。身長差は大きくなくても、体重では相手PFの方が明らかに上だった。
ゴールへ背を向けてボールを受けたPFは、銀城へ体重を預けながら押し込んだ。一度目の接触で銀城の足が半歩下がり、続けてもう一度身体をぶつけると、今度はさらにゴールへ近づく。
押せる。
そう判断した相手PFは、三度目の接触から一気に身体を反転させた。
銀城の上体は外側へ流れていた。
だからこそ、そのままリングへ向けると思った。
ところがシュートへ入ろうとした時には、再び銀城が正面に立っている。
「なっ……」
一度は崩したはずだった。身体をぶつけ、重心を動かし、ターンにも反応させた。それでも銀城は、相手が次の動作へ移るまでの僅かな時間で足の位置と身体の軸を戻していた。
驚いたPFは咄嗟にポンプフェイクを入れた。
銀城の肩が反応する。
今度こそ引っかかった。
相手PFはすぐに踏み切ったが、銀城も遅れて床を蹴った。一度フェイクへ反応した選手が追いつけるタイミングではなかったはずなのに、伸びてきた銀城の右手がシュートより先にボールへ届く。
乾いた音とともに、ボールが床へ叩き落とされた。
「ナイス!」
坂本が拾い、正邦が一斉に走り出す。
銀城はブロックした直後で最後尾にいた。それでも春日が坂本からボールを受け、前を向いた頃には横から銀色の髪が追い抜いていく。
「はやっ……」
津川が思わず声を漏らした。
数秒前までゴール下にいたはずの銀城が、既に先頭へ出ていた。
「春日!」
「先輩つけろ!」
言い返しながら、春日は前方へボールを送った。
銀城が走ったまま片手で受け取る。
戻っていた守備は二人だった。正面から一人が進路を塞ぎ、その背後にはもう一人がゴール下で待っている。
銀城は止まらなかった。
一人目が進路へ入ったところでドリブルの高さが変わり、銀城の重心が僅かに揺れる。守備がその動きへ反応した時には、銀城の身体は既に逆側へ抜けていた。後ろにいた二人目もすぐにカバーへ入ったが、リングへ向かう銀城の肩へ触れることすらできないまま置き去りにされる。
そのまま踏み切った銀城が、右手でボールをリングへ押し込んだ。
着地すると、何事もなかったように守備へ戻っていく。
『今、津川空いてたよ』
内側から蓮が声を掛ける。
【知ってる】
『じゃあ出せばよかったじゃん』
【二人しかいなかっただろ】
『二人いたんだよ』
【同じだ】
蓮は一瞬、言葉に詰まった。
『……何が同じなの』
【一人でも二人でも、俺が行った方が早えってこと】
言っていることは乱暴だった。
だが、実際に二人を抜いて得点した直後では、反論する材料がなかった。
第3Qが進むにつれ、相手の守備は明確に銀城へ傾き始めた。
一人では止められない。そこでボールが入る前から二人目を近くへ置き、銀城が受けた瞬間に挟むようになった。
春日もそれには気づいている。
正邦の攻撃で銀城が左のミドル付近へ入ると、春日は一度岩村を使ってからボールを戻し、守備の位置を確認した。銀城には既に一人が密着しており、さらにもう一人が数歩の距離まで寄っている。
それでも春日はボールを入れた。
銀城が受けた瞬間、二人目が一気に距離を詰める。
正面と横からドリブルする空間を奪いながら、パスコースまで狭める形だった。春日は少しだけ位置を下げ、戻すなら受けられる場所を確保したが、銀城はそちらを見ようともしない。
「二人で足りんの?」
楽しそうに笑った直後、銀城の身体が沈む。
最初の守備は反応したつもりだった。それでも銀城の一歩目に身体がついていかず、横を通過された後から腕を伸ばすしかない。二人目は抜かれる方向を予測して身体を入れたが、肩同士がぶつかった瞬間に銀城の軸が僅かに傾いただけで、次の一歩ではもうリングへ向き直っていた。
ゴール下のセンターまで前へ出る。
銀城はそこで初めてボールを持ち上げた。
三人目となったセンターが腕を伸ばす中、銀城は接触を避けるのではなく、そのまま空中へ入った。身体同士がぶつかって姿勢を崩されても、ボールを持つ腕だけは守備の届かない位置へ残し、落下へ入る直前にバックボードへ放る。
笛は鳴らなかった。
センターの身体は正面に入り、腕も垂直に保たれていた。激しい接触ではあったが、守備側のファウルではない。
ボールはそのままリングへ落ちた。
「……マジかよ」
春日の口から声が漏れる。
津川も笑っていなかった。
前半までの銀城を見て、異常なのは《天瞰眼》だと思っていた。コート全体を捉え、まだ生まれていないスペースへ先回りしてパスを送る能力こそが、この一年の最大の武器なのだと。
今の銀城は、その眼を使っているようには見えない。
それなのに、個人で止めようとした時の圧力は前半までとは比べものにならなかった。
相手ベンチがタイムアウトを取った。
ブザーに合わせて両チームがベンチへ戻ると、松元はすぐに選手を集めた。銀城もタオルを首へ掛けて腰を下ろしたが、前半終盤から出続けているにもかかわらず、呼吸はほとんど乱れていない。
『身体、大丈夫?』
【何が?】
『さっきから結構動いてるでしょ。接触も多いし』
【あれで?】
『……その言い方すると思った』
銀城はボトルを取り、水を口へ含んだ。
【この程度でへばるわけねえだろ】
『後で僕に戻った時まで疲労は残るんだからね』
【分かってる。だから言ってんだよ。まだ全然使ってねえ】
強がっているわけではなかった。同じ身体を共有している蓮には、それが分かる。確かに疲労は蓄積しているが、もう一人が本気で身体能力を引き出した時に比べれば、今はまだ余裕がある。相手に合わせて出力を抑えているつもりすらないのだろうが、それでも限界を意識するような領域には達していなかった。
「銀城」
松元の声に、銀城が顔を上げる。
「向こうは次、さらに人数を寄せてくる可能性がある。お前に三人来るなら、他は必ず空く。無理に行く必要はない」
「はい」
「本当に分かってるか?」
「分かってますよ。空いてる方が早かったら出します」
その答えに松元は一瞬だけ眉を寄せたものの、何も言わず次の指示へ移った。
春日は隣から銀城を見た。
「三人来たら出せよ」
「だから、そっちの方がいいなら出すって」
「お前の場合その条件が信用できねえんだよ」
「じゃあ見とけよ」
銀城は笑いながら立ち上がった。
タイムアウト明け、相手は本当に三人を使った。
春日がトップでボールを持ち、銀城が左側のハイポストへ入る。それだけで守備が大きく寄り、一人が身体を密着させた状態から、もう二人が銀城へのパスに合わせて動ける位置を取った。
春日はそれを見ていた。
それでもボールを入れる。
銀城が受けた瞬間、三方向から守備が閉じた。正面の一人がドリブルを止め、横から来た二人目が逃げ道を塞ぐ。さらにゴール側には三人目が立ち、仮に最初の二人を抜いてもリングへ直進できないようにしていた。
「銀城!」
春日が声を上げる。
岩村も津川も空いている。
銀城の内側では、蓮も同じものを見ていた。
『出して。三人来てる』
【見りゃ分かる】
『なら――』
【だから何だよ】
銀城の口元が上がった。
最初の守備がその表情を見た直後、銀城の身体が一気に沈む。次に何をしたのか、その選手には分からなかった。抜かれたと理解した時には、銀城は既に二人目へ向かっていた。
横から身体を入れた二人目は銀城の肩へ接触したものの、勢いを殺すどころか、その接触を境に銀城の身体の向きが変わる。崩れたように見えた姿勢は次の一歩で組み直され、守備が振り返るより先にゴール方向へ加速していた。
三人目がリング下で待つ。
今度こそ進路はない。
銀城はそれでも踏み切った。
ゴール下の守備も跳び、真正面から腕を伸ばす。銀城は空中で身体を捻りながらブロックを避けようとしたが、遅れて寄った守備の腕が銀城の右腕へ当たった。
笛が鳴る。
シュート動作の途中だった。
普通なら、そこでシュートは崩れる。空中で腕を叩かれ、身体も既にリングへ正対していない以上、まともなフォームなど残っていない。
それでも銀城はボールを離さなかった。
接触で外へ流れた腰を空中で捻り直し、右手で保持していたボールを身体の反対側へ移す。リングへ背を向けかけた姿勢から左腕が伸び、落下を始める寸前にボールが指先を離れた。
バックボードに当たったボールが、リングの上で一度跳ねる。
そのままネットへ落ちた。
「バスケットカウント! ワンスロー!」
審判の声が響いた。
体育館が静まる。
三人で囲み、最初の二人を抜かれ、それでも最後の一人がシュート動作へファウルをした。それでも得点された。
床へ降りた銀城は、自分の右腕を軽く振ってからフリースローラインへ向かった。
『……今の、出せたよね』
【出せたな】
『岩村さん完全に空いてたよ』
【見えてた】
『じゃあなんで行ったの』
銀城は審判からボールを受け取り、リングを見る。
【三人で止められると思ってる顔してたから】
『それ理由になってないよ』
【俺にはなる】
フリースローがリングの中央を通る。
3点プレー。
戻りながら、春日が銀城へ近づいた。
「お前、監督の話聞いてた?」
「聞いてたよ」
「三人来たら出せって言ったよな?」
「監督は『無理に行く必要はない』って言ったんだろ」
「同じだろ!」
「無理じゃなかったじゃん」
春日は一瞬、言葉を失った。確かに三人に囲まれていた。それでも最初の二人を抜き、最後はシュート動作の途中でファウルまで受けながら得点し、追加のフリースローまで沈めた。結果だけを見れば、銀城の言っていることを否定できない。
「……普通は三人いたら無理って言うんだよ」
「俺は普通じゃねえんだろ?」
銀城はそう言って笑い、先に守備へ戻っていった。
その背中を、正邦のベンチから坂本が見つめていた。
「……なあ、大室」
「何だ?」
「あれ見てるとさ、思い出さねえ?」
大室はすぐには答えず、コートへ戻っていく銀城へ視線を向けた。坂本が何を言おうとしているのか分からないわけではなかったが、その名前を簡単に口にしていいものか迷っているようにも見えた。
坂本は少し間を置いてから、その名前を口にした。
「キセキの世代」
大室の表情が僅かに変わる。
中学バスケを知る者なら、その呼び名を知らないはずがない。帝光中学校を三連覇へ導いた、同世代から完全に抜け出した五人の天才。高校へ進んだ今でも、その一人一人が別格の存在として扱われている。
「……俺も考えてた」
大室が静かに答えた。
「けど、銀城は帝光じゃないだろ」
「分かってるよ。銀城もキセキだって言ってるんじゃねえ」
坂本は首を振った。
「ただ、三人つけて、ファウルまでして、それでも止まらねえ奴を見せられたらさ……もう普通の高校生と比べても意味ねえだろ」
大室は何も返さなかった。
否定する材料がなかった。
前半までの銀城なら、まず目を引くのは《天瞰眼》だった。コート全体を見渡し、味方がまだ気づいていない場所へパスを送り込む。それだけでも十分に常識から外れている。
だが、今の銀城はその眼を使っていない。
それどころか、まるで別の武器だけで試合を支配している。
大室はコートへ視線を戻した。
「……比較するなら、か」
「ああ」
坂本もそれ以上は言わなかった。
銀城蓮がキセキの世代と同じなのか、それとも違うのか。今ここで答えを出せる者などいない。ただ、この第3Qを見てなお、銀城を普通の高校一年生という物差しだけで測れるとは、二人とも思えなくなっていた。
そこから相手は、銀城への守り方そのものを決められなくなった。
一人では抜かれる。二人に増やしても結果は変わらず、三人を寄せても止められなかった。それ以上の人数を一人へ使えば、今度は岩村や春日、坂本、津川をほとんど無防備にすることになる。
守備に迷いが生まれれば、春日がそこを逃すはずもない。
銀城へ二人目が寄ろうとした瞬間に岩村へ入れ、内側が絞れば津川へ振る。坂本のマークが銀城を気にして半歩でも離れれば、すぐにそこへボールを届けた。
銀城も、自分へ来ないボールを無理に奪うことはなかった。自分が行くより味方へ出した方が早ければ出す。春日が別の選択をしたなら、そのまま次の動きへ移る。相手を三人抜けることと、三人を毎回抜かなければならないことは、銀城の中ではまったく別の話だった。
それでも相手が一人へ戻した時だけは、目に見えて楽しそうになった。
「また一人?」
そう声を掛けられた守備は、返事をする暇もなかった。銀城の初速に身体が遅れ、追おうとした時には背中しか見えない。ヘルプが来ればそのまま抜き、リングへ入れば得点する。外を切られてもジャンパーを沈めるため、守備側には距離を取るという選択肢すら残されていなかった。
第3Q残り一分を切った頃には、点差は前半終了時よりさらに広がっていた。
最後の攻撃で春日は時間を確認しながら、ゆっくりとボールを運ぶ。
「一本取るぞ!」
岩村の声が響く。
銀城には二人がついていた。
春日が一度そちらを見ると、銀城も視線を返した。ボールを要求することはなく、僅かに口元を上げる。
春日は反対側へ展開した。
津川が受ける。
銀城がゴール方向へ一歩踏み出しただけで、二人の守備が同時に動いた。さらにゴール下の選手まで銀城へ意識を向ける。
その瞬間、津川から春日へボールが戻った。
「岩村!」
「おう!」
中央が空いている。
春日のパスを受けた岩村が、そのままリングへ叩き込んだ。
直後、第3Q終了のブザーが鳴った。
正邦ベンチから声が上がる中、銀城は自分が最後のシュートを打たなかったことなど気にも留めず、先にベンチへ戻っていく。
春日はその背中を追いながら、ハーフタイムに松元が銀城をPFへ移した意味を考えていた。
自分が銀城を強くしたわけではない。
むしろ逆だった。
ボール運びも、ゲームメイクも、全員の位置を把握する仕事も、自分が引き受けた。銀城からそれらを取り除き、目の前の相手を抜くこと、得点すること、守ることへ集中させただけだった。
それだけで、相手は三人を使っても止められなくなった。
しかも銀城自身には、無理をしている様子がない。
春日はそこに、一番薄気味悪いものを感じていた。
第4Qまでの短い休憩に入り、選手たちがベンチへ集まる。
銀城がタオルで首元の汗を拭いていると、春日が隣へ腰を下ろした。
「お前、疲れてねえの?」
「別に」
「前半から出てんだぞ」
「だから?」
「だからって……第3Qずっとあれだけ走って、ぶつかって、三人相手に突っ込んでただろ」
銀城はボトルの蓋を開けながら、春日の顔を見た。
「この程度で疲れねえよ」
冗談を言っているようには見えなかった。
少し離れたところで話を聞いていた津川も、不思議そうに銀城を見る。
「銀城って、こんな強かったんだ」
「最初からいただろ」
「いや、そうじゃなくてさ」
津川は言葉を探すように少し首を傾げた。
「いつもの銀城もめっちゃ上手いけど、今って強さの種類が全然違うよね。それに、あの眼も使ってないでしょ?」
銀城の手が僅かに止まった。
春日も同じことを考えていた。
《天瞰眼》。
銀城が正邦へ来てから見せてきた最大の特徴であり、春日が初めて見た時から異常だと感じていた能力だった。
だが、今の銀城はコート全体を見ていない。味方が次に空く場所へ先回りしてボールを送ることもなく、視線の使い方そのものが前半までとは違っていた。
「なあ、銀城」
春日が声を落とす。
「お前、今あの眼使ってねえよな?」
『変なこと言わないでよ』
内側から蓮がすぐに釘を刺した。
【分かってる】
『本当に?』
【さっきから信用なさすぎだろ】
『普段の行いのせいだよ』
銀城は水を一口飲んでから、春日へ顔を向けた。
「使ってねえよ」
「使わなくても、あれだけできんのか?」
「できるからやってんだろ」
「じゃあ普段は、なんで――」
春日が続けようとしたところで、松元の声が飛んだ。
「話は後だ。第4Qの確認するぞ」
春日は仕方なく口を閉じた。
それでも視線は銀城から離れない。
銀城の眼。銀城の動き。銀城の口調。
春日の中で、それまで別々だった違和感が少しずつ重なり始めていた。
「……まあ、今のお前ならPFでも普通にやれそうだけどな」
春日が何気なく言う。
銀城はボトルを置きながら肩をすくめた。
「俺はどこでもいいけど」
そこで一度、言葉を切った。
「あいつがうるせえから、ずっとここは嫌だけどな」
春日の表情が止まる。
「あいつ?」
『馬鹿』
【……あ】
銀城の内側で蓮の声が響いた。
春日は銀城を見たまま、眉を寄せる。
「誰のことだ?」
「知らね」
「いや、お前が今言ったんだろ」
「気のせいじゃね?」
「そんなわけあるか」
銀城は春日から視線を外し、何事もなかったように松元の方へ身体を向けた。
内側では、蓮が呆れている。
『だから変なこと言わないでって言ったよね』
【うるせえな。口滑っただけだろ】
『春日さん、絶対気づいたよ』
【何にだよ。何も分かってねえだろ】
確かに春日には、まだ何も分からない。
銀城蓮の中に二人いるなど、考えるはずもない。
それでも春日は、先ほどの一言を頭から消すことができなかった。
あいつがうるさい。
銀城は確かにそう言った。
まるで、自分ではない誰かが銀城蓮の中にいて、その誰かの意見を聞いているような言い方だった。
第4Q開始を知らせるブザーが鳴る。
春日は立ち上がりながら、もう一度だけ銀城の横顔を見た。
前半までとは違う目つき、違う口調、違うバスケット。そして、今の「あいつ」という言葉。
答えはまだ見えない。
ただ、銀城蓮という一年生に対して抱いていた疑問だけは、確実に一つ増えていた。
次回も見てね。