僕──アラン・レイスは、生まれつき少し頭のねじが外れた子供だった。
世の中は「なぜ?」に満ちている。
空はなぜ青いのか。なぜ人は嘘をつくのか。そして──なぜ僕と双子の姉のヒストリアは、この広い牧場から一歩も出てはいけないのか。
幼い僕は、その「なぜ?」を抑えきれず、母さんに毎日毎日しつこく問い詰めた。
『ねぇ母さん、なんで僕たちはここにいるの?』『なんで僕たちにはお父さんがいないの?』
僕の狂気的な質問責めに根負けした母さんは、ある日ヒステリックに叫びながら事情をぶちまけたのだ。
──お前たちはロッド・レイスという貴族の隠し子(妾の子)であり、存在すら許されない邪魔者なのだと。
すっきりした僕は、その事実をヒストリアや、こっそり会いに来てくれる腹違いの姉のフリーダ姉さん、果ては牧場の柵の外にいる村の子供たちにまで「ねえ知ってる? 僕たちって邪魔な存在なんだって!」と無邪気に聞き回ってしまった。
当然、街には良くない噂が広まりかけたが、焦った王政の大人たちが即座に噂を揉み消した。
この騒ぎで僕は初めて理解した。
(ああ、僕の家族って普通じゃないんだな。すごく異常なんだ)
◇
ウーリ叔父さんとの出会いも、僕が自分から突撃したのが始まりだった。
父であるロッド・レイスは僕たちの存在を隠していたから、ウーリ叔父さんも最初は僕たちの存在を知らなかった。だが、フリーダ姉さんから「本家」の存在を聞きつけた僕は、屋敷に忍び込んでウーリ叔父さんに絡みに行ったのだ。
ある日、ウーリ叔父さんに抱っこされている時、恐ろしい雰囲気を纏った黒帽子の男──ケニーが現れたことがある。
「おい、ウーリ。そいつは誰だ?」
「……ロッドの子だよ、ケニー。あいつには隠し子がいたんだ」
「あぁ……? あの野郎、裏でそんな汚ぇ真似してやがったのか」
ケニーは露骨に呆れ顔になり、ロッド父さんのゲスさに引き倒していた。
ウーリ叔父さんは僕の頭を優しく撫でながら言った。
「だが、この子は何も悪くない。ただ……私と同じように『世界を知りたい』だけなんだ」
ケニーがフンと鼻を鳴らしたその時、うたた寝から目を覚ました僕は、目の前の大男に食いついた。
「ねえ! おじさん誰!? なんでそんなヘンテコな帽子かぶってるの!? 殺し屋!? ねぇ何してる人!?」
「……チッ、なんだこのガキ。質問が多すぎてウザってぇな……」
凄腕の殺し屋であるケニーすらドン引きさせる。それが幼い頃の僕だった。
◇
「アラン、今日はこの本を持ってきたよ」
日常の牧場。フリーダ姉さんが来る時は、僕が喜びそうな難解な本を持ってきてくれる。だからその時だけは、僕はおとなしく牧場で本を読んでいた。
「ねえ、フリーダ姉さん。アランはなんでそんなに『なんで?』って聞くの?」
ヒストリアが不思議そうに尋ねると、フリーダ姉さんは困ったように笑った。
「さあね……私にもよくわからないわ」
僕は嬉々とした目で新しい本のページをめくる。わからないことがわかるようになっていく、その感覚がたまらなく好きだった。
──この時はまだ、純粋に「知ること」を楽しめていたのだ。
◇
ある日の朝。
珍しく早く目が覚めた僕は、フリーダ姉さんに会いに行こうと本家の屋敷へ向かった。
驚かせてやろうと物陰に隠れていると、屋敷からフリーダ姉さん、ウーリ叔父さん、ロッド父さん、そして本家の人々が一斉に出てくるのが見えた。
(どこに行くんだろう……?)
大人たちの雰囲気がいつもと違う。探求心が抑えきれなくなった僕は、息を殺して彼らの後を追った。
着いた先は、古い礼拝堂だった。
(大人数でお祈りでもするのかな?)
扉の隙間から覗き込むと、本家の人々は祭壇を動かし、床の絨毯をめくり始めた。そこには重厚な石畳の地下扉があった。
罪悪感が胸を刺す。だが、それを遥かに上回る好奇心が僕の背中を押した。
大人たちが地下へ消えた後、僕はそっと扉を開け、長い階段を降りていった。
地下の扉を開けた瞬間、僕は息を呑んだ。
「……すごい……」
そこに広がっていたのは、青白く発光する巨大な結晶の洞窟だった。無数の光る柱が天井を支え、息を呑むほど幻想的な世界が広がっていた。
僕は柱の陰に身を隠すと、屋敷からくすねていた単眼鏡(遠眼鏡)を取り出し、筒を覗き込んだ。
(何をするんだろう! ワクワクする!)
だが、単眼鏡のレンズ越しに見えた本家の人々の顔を見て、僕は凍りついた。
みんなの顔が、最悪なほど暗く、悲痛に歪んでいたのだ。
洞窟の奥で、本家の人々がウーリ叔父さんを太い鉄の鎖で壁に繋ぎ固定し始めた。
(……え? なんで? ウーリ叔父さん、何も悪いことしてないのに……なんで?)
周囲の悲壮な空気に、遅まきながら気づいた僕の胸に、嫌な汗が吹き出す。
その時、フリーダ姉さんが前へ出た。彼女は透明な液体の入った注射器を取り出すと、自らの腕にその針を刺し込んだ。
次の瞬間──
────ッ!!!!
視界を焼き尽くす黄色い閃光と、鼓膜を裂く爆音。
あまりの衝撃に吹き飛ばされ、僕は単眼鏡を握りしめたまま岩の陰に倒れ込んだ。
「ハッ……ガハッ……!」
煙が晴れ、恐る恐るレンズを覗き込んだ僕の目に飛び込んできたのは──悪夢だった。
そこにいたのは、叔父さんでも姉さんでもない。
見上げるほど巨大な化け物だった。
巨大な化け物は、逃げようともしないウーリ叔父さんを腕ごと引きちぎるように掴み上げると──そのまま大きな口の中へ放り込んだ。
バリ、ボキッ────
嫌な音が洞窟に響き、赤い血が飛び散る。
(……なんだあれ。なんだあれなんだあれ!!!)
恐怖で全身の毛穴が開き、胃液が逆流する。
僕は人生で初めて、「知りたいなんて思わなければよかった」と、追求したことを心底後悔した。
だが、地獄は終わらない。
ウーリ叔父さんを喰らった巨体が倒れると、背中から猛烈な白い蒸気が噴き出した。
シューシューと音を立てる蒸気の中から、ぬらりと出てきた人物。
濡れた黒髪。見覚えのある服。
──フリーダ姉さんだ。
あのでかい化け物は、姉さんだったの……?
姉さんは、なんでウーリ叔父さんを食べたの……?
単眼鏡を持つ手がガタガタと震える。頭の中が「なぜ?」でぐちゃぐちゃになり、感情が崩壊した。
耐えきれなくなった僕は単眼鏡をポケットに突っ込み、弾かれたように走り出した。
逃げた。必死で暗い階段を駆け上がり、礼拝堂を抜け、朝の牧場へと逃げ帰った。
◇
部屋のベッドの上で、僕は毛布にくるまりガタガタと震えていた。
冷や汗が止まらず、吐き気が込み上げる。身内が身内を喰らい、化け物に変わる狂気の世界。恐怖で狂いそうだった。
だが──毛布の中で震える僕の頭の奥底から、ドロリとした冷たい熱量が湧き上がってきた。
(……知りたい)
ガタガタと震えていた手が、ゆっくりと自分の顔を覆う。
(あの巨大な化け物はなんだ? なぜアレで人がでかくなる? なぜ叔父さんは喰われた? あの世界の仕組みは、一体どうなっているんだ……!?)
恐怖の底から溢れ出したのは、抑えきれない狂気的な「好奇心」だった。いや恐怖を無理やり好奇心へ置き換えていた
分からないから、恐ろしい。なら、全部解明すればいい。
「……ふ、は……ッ」
暗闇の中、僕の口元から漏れたのは、恐怖の悲鳴ではなく狂気的な笑みだった。
あの化け物の正体も、王家の隠されたルールも、この狂った世界の仕組みも──わかりたい 理解して全てわかりたいんだ。
『王家の異端児』アラン・レイスの、世界を解明するための「理解」が、ここから始まった
アラン・レイス 7歳 842年当時
ヒストリアの双子の弟
ロッド・レイスの妾の子供の1人 本来なら牧場から出てはいけないはずだが 子供達に石を投げられても柵を飛び越えてやり返したり 異母姉のフリーダや叔父のウーリによくあって叱られているけど、頻度がまして呆れたのか相手している