星降り雨のルーミエ The Girl beneath the Rain of Stars   作:鐘餅

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よろしくお願いします


プロローグ

 キラキラ、キラキラ。

 偽物のお星様が暗くなった部屋いっぱいに踊っていた。

 

 ――小さな小さな、家庭用プラネタリウム。

 

 私の姉さんである絵美留(えみる)が、お小遣いを貯めて買ってきたらしい。

 でも安っぽかった。

 こんなので私の機嫌を取ろうなんて、どうかしてる。

 

「ふん」

 

 だから私は不貞腐れて無視した。

 そっぽを向いて、無視した。

 けれども絵美留はずっと話しかけてくる。

 

「ね、これ綺麗でしょ、ね、ね?」

「……つーん」

「もう瑠美笑(るみえ)ったら〜」

 

 絵美留の困ったような声。

 私としてはそれでますます腹が立った。

 

 だってこれじゃあまるで私が馬鹿みたいだ。

 そっちの方が悪いのに。

 何で私がこんな気持ちにならなきゃいけないの?

 

「もう良い! 絵美留なんて大嫌いっ!」

 

 私は遂にそんな酷いことを言って、家から飛び出した。

 後ろから「瑠美笑」と呼ぶ声がしたけど知らない。

 脳裏に過ぎるのはこの間の出来事――その日、私は両親に言われたんだ。

 

「瑠美笑も今日から十歳だね。だから大事なことを伝えておくね。実は絵美留は……施設から来た子なんだよ」

 

 ショックだった。

 私だけが何も知らなかったってことが。

 今まで慕っていた人が、実は家族じゃなかたってことが。

 私はその事実を飲み込める程大人じゃなかったし、ましてやそれを受け入れられる程、寛容でもなかった。

 だからその日以来絵美留とどう話せば良いかなんて分からなくなった。

 

 だけど……やっぱり私は仲直りがしたくって。

 お父さんとお母さんを困らせたくなくて。

 勇気を出して「数十年に一度の流星群を観に行こう」と、絵美留と約束したんだ。

 

 なのに絵美留はその約束をすっぽかした。

 あんなプラネタリウム一つで、私の怒りを誤魔化そうとした。

 許せるものじゃなかった。

 

 走って走って走って、気付けば私の体力は限界のギリギリになった。

 立ち止まって、息を整えてると、少し落ち着いたけれど涙が出てきた。

 

 やっぱり絵美留なんて嫌い。

 大嫌いだ。

 

「うう……」

 

 そうして泣いていると。

 ふと後ろから声をかけられた。

 

「大丈夫か。瑠美笑」

 

 その人は世界で一番カッコいい人の声。

 私はすぐに嬉しくなったのに、この泣き顔を見られたくなくて、慌てて袖で涙を拭った。

 何でもないような顔で振り返る。心配させたくなくて。

 

「流星君」

 

 振り返ると、そこに立っていたのはまだ中学生くらいの男の子。

 彼は私より四つ年上の、近所に住んでるお兄さんだった。

 名前は藤崎流星君。

 流星くんはいつだってカッコ良くて、何より優しいんだ。

 

「何でもないよ。ちょっとね、そこで転んだんだ。えへへ」

「とてもそうは見えないけどな。また何か嫌なことがあったのか?」

「……」

「……話聞いてやるから、こっち来いよ」

 

 だから流星君はこの時もすごく優しかった。

 こんなに辛い顔してるの見られたくなかったのに。

 そんな風に手を差し伸べられちゃうと途端に浮かれたような気持ちになって、頬が熱くなる。

 

 流星君。

 私はね、そんなところがずっとずっと好きだったんだよ。

 ……本当に。

 

 流星君は私を近場の公園まで連れてきた。

 誰もいない小さな公園で二人きり、ブランコに座りながら、自販機で買ったジュースをちびちびと一緒に飲んだ。

 オレンジジュースだった。

 しばらく無言の時間が続いていた。

 

「瑠美笑」

 

 十分ぐらい経って、流星君は口を開いた。

 

「もしかして、絵美留と喧嘩でもしたのか?」

「どうして分かったの?」

 

 聞けば、流星君はニッと笑った。

 私が好きな顔だった。

 

「瑠美笑のことなら何でもお見通しなんだよ俺。それに、絵美留も最近落ち込んでるみたいだったしなー」

 

 何でもお見通しなんて言う割に鈍感なところもある流星君は、その癖どうしたってそう、鋭いところもあるんだろう。

 不思議だった。そう言う不思議なとこも、流星君の魅力だった。

 何だか叶わなくって、私はポツポツと話してしまう。

 導かれるように。

 

「私ね、約束したの。絵美留と、流星群を見に行くって。でも絵美留、その日に限って来なかったんだ。すごく楽しみにしてたのに。代わりにあーんな安っぽいプラネタリウムなんて持ってきて……。馬鹿にしてるよね」

 

 言いながら、また涙が出ててきた。

 流星君は黙って聞いてくれていた。

 ただジュースのペットボトルを両手で包むように持っていて、時々相槌を打つだけ。

 

「けどね、本当は分かってるんだ。絵美留が悪いことばっかりしてる訳じゃないって。ただ、あの日から、上手く話せなくなっちゃってさ」

 

 施設から来た子だと知ったあの日から……。

 それを言えないまま、私は俯いた。

 

「瑠美笑」

 

 すると……再び間を空けてから、流星君が私の名前を呼んだ。

 いつもよりずっと静かで穏やかな口調で、言う。

 

「お前達って、やっぱ似たもの姉妹なんだな。そっくりだよ」

「え、そっくりじゃないよ。顔なんて似てないよ!」

 

 私はびっくりして、相変わらずそう言う酷いことを言ってしまう。

 流星君は、笑うだけだった。

 むしろ自覚がないのか、と言いたげだ。

 

「顔じゃなくて性格の話だよ。だって絵美留も、おんなじことずっと言ってたんだ。瑠美笑は分からずやだとか、我がままだとか、馬鹿にするとか、阿保だとか」

「え、酷っ。絵美留性格悪っ!」

「はは、お前も人のこと言えないだろ。……まぁ、それでもさ。絵美留の奴も、瑠美笑のこと大事に思ってるよ。あいつがどれだけ真剣にプレゼント選んでたか、俺、知ってるから」

「――え?」

「何日も悩んで、お小遣い全部使って。柄にもなく聞いてきたんだ。瑠美笑、喜んでくれるかなって」

「……」

 

 そうだったんだ。

 知らなかった。

 そんなこと、全然知らなかった。

 じわりと胸が痛くなって、私は何も言えなくなる。

 

 ――もしかしたら、ちゃんと話を聞けば良かったのかもしれない。

 ちゃんと、絵美留の話を。

 そうすればこんなことには――

 

「瑠美笑……瑠美笑、何処にいるの?」

 

 そう思った時だった。

 遠くから、微かに名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 空耳かと思って顔を上げると、流星君も同じ方向に目をやっている。

 声は次第に近付いてきて、やがて誰のものかはっきり分かるくらいになった。

 

「瑠美笑……! 瑠美笑……!」

 

 息を切らして、あちこち探し回っていたのだろう。

 公園の入り口に絵美留の姿が見えた瞬間、私は思わず身を固くした。

 絵美留は私を見つけると、安堵と気まずさが入り混じったような顔で、けれども真っ直ぐこっちに向かって走ってくる。

 

「やっと、見つけた……。良かった……瑠美笑、勝手に飛び出すから、心配して……」

 

 肩で息をしながら、それだけ言うのがやっとみたいだった。

 きっと、私が思っているよりずっと長く、あちこち走り回っていたんだと思う。

 

 と、その時。

 絵美留が、隣にいる流星君にようやく気付いたらしい。

 流星君はあからさまに目を見開いて、絵美留をじっと見つめた。

 絵美留もまた、その瞳を見開く。

 

「――ッ」

 

 一瞬の、息を飲んだが故の空白。

 私は絵美留の目に浮かんだ熱を見逃さなかった。

 それに何だか不自然に、挙動不審になっていて。

 

「あ……りゅ、流星君」

「おう……」

 

 いつの間にかそこにあったのは、二人だけのポワポワした雰囲気。

 私はお邪魔虫で、のけ者なのかもしれない。

 

「瑠美笑を見ててくれたのね。ありがとう……」

「いいや……」

 

 そして交わされた短い言葉でさえ、嬉しさとか、喜びとかがある。

 感情の重さが、違う。

 ――私はやっぱり。

 

「……、行こうよ。絵美留」

 

 耐えきれなくなって、私はブランコから立ち上がると、絵美留に近付いて手を握った。

 こんなことをするのは久しぶりだった。

 絵美留は一瞬驚いたように目を丸くしたけど、すぐに嬉しそうに、でもどこか泣きそうな顔で笑った。

 

「うん……。ありがとう、瑠美笑」

 

 それから振り返って、流星君にもう一度頭を下げる。

 

「またね、流星君」

「ああ、また」

 

 そうして私達は流星君と別れた。

 帰り道、絵美留は流星君と話せたのが嬉しかったのか、妙に機嫌が良さそうに見えた。

 でも、ふと私が絵美留に視線をやると、彼女はハッとした顔で謝った。

 

「あ……瑠美笑、ごめんね」

「何が……」

「……あの時、私が断ったから。仲直りしよとしてくれたんだよね」

 

 絵美留は物凄くバツが悪そうにした。

 ……正直やめて欲しかった。

 そんなっ……さっきのやり取り見せつけられて、なのにこっちだって胸が痛くなって。

 

「けど瑠美笑が何と言おうと、私はずっと瑠美笑のお姉ちゃんで、味方だから。私は瑠美笑のこと見捨てないよ」

 

 どうしてかその意味深な笑みが、私の心をざわつかせる。

 ……何でなんだろう。この時、私がしっかりしてないと、ふわふわ風船みたいに絵美留が飛んでっちゃいそうだって思ったんだ。

 だから。

 

『キミはもしかして流星と絵美留の関係に嫉妬していながら、同時に幸せも願ってもいるのかい?』

 

 ――頭の中に聞こえてきた声を、無視することが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、その数日後。

 雲母町の上空で、大量の星屑が弾け、隕石が降り注ぐことになる。

 

 その様まるで雨――誰かがその様子を“星降り雨”だと呟いた。

 一瞬で地獄と化した町を見下ろして、幼い少女は呟いた。

 

「どうしてこんなことに」

 

 だが現実を否定したくても、変わることはないのだ。

 これが少女の罪、少女の失敗。

 少女はただ黙って、すべてに絶望していた。

 

 ――物語は、そこから始まった。

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