星降り雨のルーミエ The Girl beneath the Rain of Stars 作:鐘餅
ララとぼたんの特訓は毎日続いた。
ルーミエは出来る限りのことを教えてやった。
豊富な経験に基づく実体験。
魔女の見つけ方。
兵法を取り入れた戦闘での立ち回り方など。
最初はゼーゼーと息を切らしていたララとぼたんも、日を重ねるごとに次第に特訓に慣れてきて、まだまだ荒削りだけど、大分連携も技も磨きがかかってきた。
と言うことでそろそろ実戦と言うことで魔女狩りに連れ回すようになった。
まあ当然と言うべきか、そこでも色々とあったのだけれど……ルーミエがフォローに回ることで事なきを得た。
二人の後輩の成長は目覚ましく、それを見ているのも悪くない気分だ。
(そう――悪くない)
まさかまたこんな気持ちになれるだなんて思わなかった。
久しぶりなことだ。
だから。
(出来ればこの日常がいつまでも……)
いつまでも続いてくれると良いなぁ。
いつしかルーミエは、そう願うようになっていたのだった。
◆◇◆◇
一方その頃。
七川教育大学附属学校。
その高等部の三年A組のクラスにて。
教室の隅っこ、自分の席に座っている少女が一人。
不知火キズナ。
彼女は放課後ということもあり教室が賑わっているにも関わらず、誰と会話することもなく、机の上にバックを置いてスマホを見ながら頬杖をついていた。
そしてふと、微笑んだ。
スマホに一件のメッセージが届いたのだ。
なんでも、特訓の進捗の報告なのだと言う。
勿論、送り主は相棒であり親友であるルーミエだ。
キズナは何処か嬉しい気持ちになりながらスマホの画面をタップ。
画面にメッセージの続きを表示させる。
(なになに? ララとボタちゃんは二人とも順調に強くなってます。先日は魔女狩りに同行させました。でも、今日の模擬戦でララの電撃をかわせなくて、ボタちゃんの髪が黒焦げのアフロになった!? ぶふっ! 面白過ぎるやろ!)
とは言え不憫なことに変わりはない。
あの子の役回りはいつもそんなんだ。
思えば最初結界で会った時も、使い魔に捕まってぶんぶんと振り回され「いやあああああああ!」とぼたんは悲鳴をあげていた。
それがまさか、他の人と協力して魔女を倒せるまでになるとは……いやはや感慨深いもんである。
固有魔法も暴走していないようだし特訓は順調と言って良い。
(それにララって子も中々やるようになってるみたいやし、私の目に狂いはなかったな)
やはりルーミエとあの二人は相性が良い。
能力的にはそこまでじゃないが、性格は上手いこと噛み合う筈だ。
そういう子を当てがって、キズナはルーミエに指導を頼んだのだ。
何も考えなし、という訳じゃないのだ。
キズナはこの地域のまとめ役としての責務が――
「キズナちゃん」
とその時、聞き覚えのある声が降ってきた。
キズナは顔を上げた。
見ると目の前には同じクラスの少女が立っていて、にんまりと笑っている。
彼女は最近この七川に引っ越してきたと言う転校生の子だった。
かく言う自分も転校生だし、知り合いのぼたんだってそうなのだが、この年齢で転校というのは珍しい。
赤みがかった紫の長い髪を二つお下げにし、キズナと同じように小柄な体型は人懐っこさを感じさせる。
加えて人好きのする性格でこうしてニコニコしているだけでもまるで警戒心は湧いてこない。
実際彼女はクラスでもすぐに馴染み、何が気に入ったのかキズナによく話しかけてくれる。
最もキズナとて、彼女と仲良くはしているが。
名は箱根モニカ。
キズナが付けた渾名はモニモニだ。
「ん? モニモニ? どうしたん?」
「キズナちゃん。これから一緒にカラオケ行きませんか? 皆さん私のために誘ってくれたんですよ。それでキズナちゃんもどうかって」
突然のお誘いだ。
視線をチラリと動かすと、モニカの少し後ろで馴染みある面子が手をひらひらと振っていた。
どうやら彼らが提案してくれたらしい。
「あ〜……」
だが……生憎忙しい身の上だ。
ここは断らなければいけない。
「ごめん。せっかく誘ってくれたところ申し訳ないんやけど、まだ用事があって忙しくて。本当気持ちは嬉しいんやけど……」
「そうですか。残念ですが、仕方がないですね。じゃあまた今度お誘いしますね、キズナちゃん」
「ん、ありがとね」
そのまま友達と一緒に教室から出て行くモニカ。
なんとなく罪悪感が生まれたし、今度また誘われても遊びに行けるかどうか分からないのが悪いと思った。
だからそのためにも早く終わらせないといけない。
今持っている自分の仕事を。
「……はぁ」
キズナは一人溜息を吐くと、鞄を持って退室したのだった。
◆◇◆◇
「やぁ不知火キズナ。待っていたよ」
校門の外に出てすぐの塀の上。
そいつは優雅に前なんか組んじゃって、呑気に座りながらキズナに話しかけてきた。
途端、キズナの気分は一気に悪いものになった。
この白い毛並みに赤い瞳。
外見が可愛いのも含めて全部ムカつくのである。
魔法少女の契約を取り結ぶ謎の生き物キュゥベえ。
そいつのことがキズナは大っ嫌いだった。
悪態の一つや二つも仕方がないだろう。
「誰も待っとって、頼んでなかとよ。アンタが勝手にそこにおっただけたい」
「君は相変わらず冷たいね。それにしても、また今日もクラスメイトの誘いを断ったのかい? 君達ぐらいの年齢の子は、放課後の娯楽に熱心なものだと思っていたけれど……」
「それも人によりけりやろ。ってか、お前が言ってきたんやろ。探れって。余計な心配してる場合なん?」
キズナは声を潜めてそう言う。
キュゥベえは普通の人には姿が見えないため、側から見たら虚空に向かって喋りまくるという痛い少女に見えてしまう。
そんなのはごめんなキズナだ。
しょうがないとばかり指示を出す。
「ほら、行くよ。時間ないっちゃっけん」
「ああ。調査の続きだね」
キュゥべえはひょいと器用に塀から飛び降り、とことことキズナの後をついていった。
「……」
歩きながらキズナは頭の中で、これまで分かっていることを思い返してみる。
ほんの最近になって起こり始めた子供の行方不明事件。
被害者は六人。全員十歳前後。
特徴は子供が突然いなくなること。
しかも防犯カメラには映っているのに、誰かに連れて行かれた形跡がない。
戻ってくる子もいるがその子は「知らないお姉ちゃんに助けてもらった」とか、「海の怪物の夢を見た」とか言っているらしい……。
(分かっているのはたったこれだけ。数日前から調べ始めているとはいえ情けなかね)
おまけに誰が、何のためにこんなことをしたのやら。
魔女なのか。使い魔なのか。
それとも、魔法少女の誰かなのか。
キュゥべえにも、何が犯人か分からないという。
魔法少女絡みかもしれないというのも、あくまでかもしれないという可能性に過ぎない。それがなんとももどかしい。ハッキリしないからこそ困るのだ。
(……やっぱルーミエちゃんやったら、そこら辺もっと上手くやるんやろうか)
ルーミエは魔女狩りの専門家だ。
天球市及び七川市の危険な魔女を見つけ、狩る。
そして時に管理し、他の地域から魔女が流れ込んでこないかの見張るのだ。
戦闘そのものなら、自分の方が上だと思う。
けれど魔力の応用や探査に関しては圧倒的にあちらが得意だ。
対してキズナはこの地域の魔法少女をまとめる側にいるのだがら、ララやぼたんの教育を請け負って、この事件をルーミエに調べさせれば良い。
本当ならそうすれば良いのだ。
実際、今まではずっとそうしてきた。
先代のまとめ役が一年前に死んでからずっと……。
だけど。
(……今回は、駄目なん)
何故か今回ばかりは嫌な予感がして。
それは長年魔法少女として活動してきたが故の直感だった。
この事件にルーミエを関わらせれば碌なことにならない。
そうしたくないからキズナは自分でこの事件を解決したい。
だからキズナは、自分の足で稼ぐことにしてる。
それに人に話を聞いて回るのは、むしろ自分の領分だ。
◆◇◆◇
七教校は何度も言うが名門である。
そのネームバリューは絶大だ。
要はその名前にはブランドがあり、その制服を着ているキズナは信頼を得やすいというわけだ。
キズナはそれを利用しここ最近は聞き込みを中心に事件について調べている。
やはり人に聞かなければ状況が分からないからだ。
勿論ネットニュースや新聞も調べているが、人々の生の声には勝てないだろう。
事件というものは、必ずしも新聞に載っている情報だけで構成されているわけではない。
新聞に載るのは、警察や行政が把握している事実。
ネットに流れるのは、誰かが見聞きした情報。
そして、そのどちらにも載らない小さな違和感こそ、時として事件の核心に繋がる。
少なくともキズナは、そう考えていた。
だからキズナはあちこちを巡って、直接人に事件について聞いて回って行る。
今日は近くの商店街に来ていた。
七川通りの商店街は今日もお客さんで沢山。
顔見知りも多い。
八百屋のおっちゃんや、果物屋のおばちゃん、古着屋のお兄ちゃんに、喫茶店のお姉さん。
全員の顔を覚えているのだ。
が、しかし……。
「行方不明の子? ごめんねぇ、知らないわぁ」
「うーん……すまないねえ。聞いたことがないよ」
そのすべての人に聞いても空振りだった。
事件についてニュースで見ても詳しく知らない人ばかりなのだ。
まあ気にもしていない。よくあることだ。
「それより次だ次――ん?」
と、商店街を抜けて適当に歩いていたところで、ふと一つのお店を見つけた。
古い駄菓子屋だった。
「たちばな」の看板は色褪せていて、ガラス戸の向こうには所狭しとお菓子が並んでいる。
昔よく来ていた場所だ。
懐かしい気分になった。
そのまま店の中に入った。
店番をしていた八十過ぎだろうお婆ちゃんは、こちらを見るなり驚いた顔をして、次に嬉しそうに歓声を上げた。
「おやまあ、いらっしゃいキズナちゃん! 元気にしてるみたいだねえ! またこんなところに来てくれるだなんて! 一体いつぶりだい!」
「久しぶりシズエ婆ちゃん。婆ちゃんも元気そうだね」
「当たり前だよ! ババアになっても私の一番の取り柄は元気なところだよ!」
かかかかっ! と笑うお婆ちゃん。
変わらないないな、と内心苦笑い。
実は昔、この人があんまり得意じゃなかった。
だが今はそう言う風には感じい。
むしろ、これだけ元気だとこっちも安心する。
「それでルーミエちゃんとはどうだい? 今も仲良しなのかい?」
「うん。あの子と私は親友なんよ。それは今も変わっとらん」
「そうかい。あの子も元気なのかい。最初来た時も仲良さそうだったもんねぇ」
「うん」
もう遡ること五年前の話だ。
キズナはよくルーミエと一緒にで色んな場所で遊んでいた。
この駄菓子屋もその一つ。
小学生のルーミエがはしゃいで、中学生であるキズナが買い過ぎないようルーミエを注意して、でも一緒に楽しんで。
シズエ婆ちゃんはそう言うやりとりを見守ってくれた人だった。
話したい思い出話はいっぱいある。だが今はそう言う目的で来た訳ではないので、単刀直入に聞いた。
何か買わないのも悪いな、と思って、五円チョコを買いながら。
「お婆ちゃん。実はね、今気になることがあって聞き込みして回ってるんよ」
「聞き込みかい?」
訝しがるお婆ちゃんにキズナは丁寧に説明をする。
勿論聞き込みする理由はそれらしい嘘をついておく。
するとお婆ちゃんは五円チョコを渡してから、しばらく考える素振りをし、言った。
「ん〜、そういえば最近ウチの孫が変なんだよねぇ……」
「変?」
「夜になると、窓から外を眺めるんだよ。何してるのか聞いたらね」
聞き返すと、そこでお婆ちゃんは、妙に真面目な顔になった。
「お姉ちゃんが来るのを待ってるって言うんだよ」
「……お姉ちゃん?」
キズナの表情が一気に変わった。
深刻な表情に。
そのワードには聞き覚えがあったからだ。
更に深く問いかける。
「誰のお姉ちゃんなん? それ」
「それが分からないんだよねぇ。家にはそんな年頃の子はいないしねぇ。何度聞いても知らないお姉ちゃんって言うばかりで……」
「それは確かに変やね……他には?」
「うーん……」
シズエ婆ちゃんは首を軽く捻った。
思い出すようにうーんとしばらく唸り続けると……、
「そのお姉ちゃんは星が出たら来る……とか何とか言ってた気がするかねぇ」
「星……?」
「そうそう。それで夜になると窓を開けて、空を見上げてるみたいなんだよ。風邪を引くからやめなさいって言っても聞かなくてねぇ」
お婆ちゃんは不気味がっているようだった。
まあ無理もない。
誰だって孫がそんな風だったら心配するし、何があったか不思議に思うだろう。
特にこのお婆ちゃんは優しいから尚更だ。
とりあえず忘れないためにも、キズナはメモ帳を取り出した。
知らないお姉ちゃん。
星が出たら来る。
その二つを汚い走り書きで書き留める。
「その子、最近いなくなったりとかはしとらんとよね」
「まさか。毎晩元気に寝とるよ」
「そっか。なら良かった。その他にも何か変わったこと、聞いとらん?」
「そうだねぇ……」
シズエ婆ちゃんはまたまた考え込んだあと、ふと何かを思い出したように手を叩いた。
「あ、そういえば、最近の子供達は妙なおまじないをしてるって聞いたよ」
「おまじない?」
「夜に星を見ながらたすけてって三回唱えるんだそうだ」
キズナのペンが止まった。
声を固くさせながら聞く
「……それ誰が教えたん?」
「さあねぇ。子供達の間で勝手に広まったんじゃないのかい?」
「それで……そのおまじないをしたら何が起きるって?」
「知らないお姉ちゃんが助けに来てくれるって話らしいよ。あ、もしかしたらウチの孫も、それを信じちゃったのかもしれないねぇ……」
「……」
思わず長い間黙りこんでしまった。
背筋を、冷たいものが撫でた。
キュゥべえの耳が、ぴくりと動く。
キズナは動揺を抑えてから質問を再開する。
「シズエ婆ちゃん、それ、いつ頃から流行ったん?」
「三週間前くらいじゃないかねぇ。最近よく聞くようになったよ」
「……ありがとう、婆ちゃん。本当助かったわ」
「なんだい、そんなに真面目な顔して。怖い話じゃないだろうね?」
「どうやろ。まだ分からんよ。念のため調べとるだけたい」
「そうかい。まあ、気をつけるんだよ」
「うん」
とそこで、礼を言って店を出ようとしたところで、シズエ婆ちゃんが声をかけた。
「ああ、そうだ。これ持っていきな」
差し出されたのは、昔ながらのラムネ瓶だ。
ビー玉で栓がされており、薄い青色の瓶の色は爽やかを感じさせる。
どうやらただでもらって良いみたいだが流石に五円チョコを支払っておいてこれだけお金を出さないのもどうかと思う。
「いやいや、お金払うって。悪いしさぁ」
そう言ったキズナに、しかしお婆ちゃんは押しがとにかく強かった。
そもそもこの年頃のおばちゃんとは皆そう言う生き物である。
「良いから良いから持ってきなって。昔からあんたは遠慮ばっかりだねぇ。ったく、昔だってアンタ――」
「わ、分かったよ。……じゃあ、ありがたく頂くよぉ」
途中から面倒くさくなったキズナは苦笑しながら受け取った。
それから一言お別れの挨拶を言って今度こそ店の外へ。
なんだか少し疲れた気がする……。
とは言え収穫はあった。
少なくとも星のおまじないのことは初めて知ったのだから。
「中々興味深い証言だったね」
「そうやねえ」
隣で今まで黙っていたキュゥベえの言葉にキズナは頷いた。
瓶を手の中で弄んでいるとビー玉がころんと鳴った。
その音を聞いていると、なんとなく昔のことを思い出した。
「ふふ」
小さく笑い、キズナはちょっと上機嫌になったのだった。