星降り雨のルーミエ The Girl beneath the Rain of Stars 作:鐘餅
キズナはラムネを飲み干すと、その瓶をバックの中に仕舞った。
後で綺麗に洗ってリサイクルに出さなければならない。
面倒だが久しぶりにラムネを飲めて良かった。
もう一度またあの駄菓子屋には行きたいものだ。
「さて……それじゃあ、次の場所に向かうよ、キュゥベえ」
「何処に行く気だいキズナ」
「決まってるやん。公園」
子供の間でおじまないが流行っていると聞いたのだ。
ならば当の子供達に聞く方が手っ取り早いだろう。
今は放課後とは言え夕方になっていない。
まだ遊んでいる筈だろう。
そうしてキズナは公園へと足を運んだ。
◆◇◆◇
予想通り、公園には何人かの子ども達がいた。
ブランコで靴飛ばしをしている子。
砂場で何やら作戦会議をしている子。
皆思い思いに遊んでいる。
そして、ベンチには黄色い腕章をつけたお爺さんが一人いて、腰を下ろしていた。
町内会の見守り当番の人だろう。
(まずは、あの人に話を通さんといかんね)
いくら名門校の制服を着ていても、知らない高校生がいきなり小学生に話しかけたら警戒されて当然なのだ。
キズナはお爺さんの前で足を止め、背筋を伸ばして挨拶をする。
面倒な事態を避けるために。
「こんにちは。私、七川教育大学附属学校の、不知火って言います。実は学校の先生に頼まれて最近の子供達の様子について、少し聞いて回っとるんです。お子さん達に、ここでお話を聞いてもよろしかですか? 勿論、何処も連れて行きませんし、名前や住所も聞きません」
するとお爺さんはちょっと驚いたものの、次にほっほ、と笑った。
「しっかりした子だねぇ。流石七教校の子だ」
そしてその笑顔のまま話しかけて良いと許可してくれた。
「最近は物騒だから、そうやって先に言ってくれるとこっちも助かるよ。ああ、いいとも。わしもここで見ているから話しかけておいで」
「ありがとうございます」
お礼を言ってから、キズナは滑り台の下に集まっていた三人組に近づいた。
男の子が二人に、女の子が一人。
十歳前後だろう。
丁度良い。
「ちょっと良いかな君達」
話しかけると三人組の子供達は驚いたようにこちらを振り向き、あからさまに警戒していた。
その中の一人に至っては首からかけた防犯ブザーを握り締める程だ。
キズナは些か傷付きも、同時に偉いなとも思った。
お爺さんの言う通り何かと物騒なのだから、警戒しておいて損はない。
最も危害など加える気など無論さらさらないのだが。
「そうやったよね。ごめんね突然。驚かせたよね」
キズナはなるべく穏やかに笑って、謝った。
優しく聞いた。
「お姉さん、そこのお爺さんにもお話ししてあるけん。ここで、ちょっとだけ聞かせてもらってもよか? 嫌になったら、いつでも逃げてよかよ」
お爺さんが「大丈夫だよ」と手を振ってくれた。
三人はしばらく顔を見合わせてから、おずおずと頷いた。
「最近、星のおまじないが流行っとるって聞いたんやけど君達知っとる?」
「……それ先生にダメって言われてた奴だよ。先生に言う?」
「言わん言わん。約束する」
キズナが人差し指を唇に当てると、女の子の肩の力が、ようやく少し抜けた。
「それ三週間くらい前から、皆隠れてこっそりやってるよ。夜に星が出たら、空に向かって助けてって三回言うんだ」
「誰が最初に言い出したか、分かる?」
「分かんない。気付いたら皆知ってたよ」
「ネットで見たって言ってた奴もいるけど、誰も覚えてねーって。俺も隣のクラスの奴から聞いただけだし」
「ふむ……」
どうやら出所が分からないらしい。
まあ噂というのはそういうものだ。
お婆ちゃんも子供達の間で勝手に広まったんじゃないのかい? なんて言ってたし。
けれども……何処か引っかかる。
キズナは質問を重ねる。
「それ本当に、お姉ちゃんが来るん? 何か条件とかある?」
「あるよ。お姉ちゃんは星が出てる夜だけ来るの。曇ってる日は来ないんだよ」
「俺の友達さ、一回おじまないやった次の日からぼーっとし始めたんだ。夜になると窓の外ばっかり見てるって、この間そいつのママが言ってた」
「……」
シズエ婆ちゃんの孫の時と完全に同じパターンだ。
キズナはゾッとしながら、今感じている違和感は確かなのだろうと思った。
あまり、状況は良くないかもしれない。
頭の中で最悪のパターンを思い描く。
「その子今はどうなってるん?」
「三日くらいしていなくなっちゃったよ。で、四日目に戻ってきたんだけど、前みたいに元気ねーんだよ……心配だよな」
「そうやねえ。…………それで……その子何か言うとらんかった? 例えばそのお姉ちゃんのこととか」
「……海の怪物の夢を見たって言ってた。でっかい魚みたいなやつに追いかけられたって。それだけは何回も言うんだよ」
(また知らないお姉ちゃんと、海の怪物の夢……か)
誇張でも噂の尾ひれでもなく、本当に子供達の口から出ていた言葉。
何度も何度も出てくるこのワードは一体何のか。
更に情報を集めるべくキズナはこの件について深掘りすることにする。
「そのお姉ちゃん、顔とか服とか、どんな感じか聞いた?」
「えーとどうだったかな、顔は覚えてないって聞いたけど。でも……」
眼鏡の男の子が、少し考え込んでから言った。
「あ、傘を持ってたって」
「……傘?」
「うん。雨降ってないのに、傘さしてたって。変だよね」
キズナはメモ帳を取り出してこれまで聞いたことを走り書きをする。
子供の記憶なんてのは曖昧だ。見間違い、聞き間違いかもしれない。
それでも、書き留めずにはいられなかった。あまりにもこの情報は無視出来なかったから。
そして最後まで書き終わるとメモ帳をポケットに仕舞って、お礼を言った。
「教えてくれてありがとう。助かったよ。それからお姉さんから、一つだけお願いがあるとよ」
「なーに、お姉ちゃん」
「おまじない、もうやったらいかんよ。本当に誰か来ちゃうかもしれんけん危なかやろ。約束な?」
キズナは一応の注意を付け加えた。
また被害者が出ては洒落にならない。
こんなおかしなおまじないなど即刻やめさせるべきだ。
そうして小指を差し出すと、三人は渋々といった様子で指を絡めてくれた。
でも女の子がポツッと言った。
「けどさ、助けてほしい時ってあるでしょ。大人も先生も私の話聞かないもん。だったら知らない人でも誰かが助けてくれるなら、私……」
「……」
その時、キズナの脳裏に昔のことが断片的に過った。
それは本当に昔のこと。
――迫り来るトラック。
ちゃんと青信号だったのにどうしてって思った。
それから目を開けることも、体を動かすことも出来ない暗闇の世界に閉じ込められて……。
どうしてこんなことになったの。
どうしてこんな風になってしまったの。
お前のせいだ。私だって仕事を頑張ってるの。キズナなんていなければ。やめてそれ以上は言わないで。じゃあこの医療費はどうするんだよ。
貴方だって協力してくれたら良いじゃない!
――そこでそんな会話を聞き続けた。
そしてキズナは――
「……そうだね。うん。そうだよね……だけど」
だからこそキズナは女の子の気持ちが分かる気がした。
だが、そんなものは見せかけの希望だって、今なら理解出来る。
「だけど無償で甘い言葉で助けるって言いながら、騙してくる奴もいるんよ。本当に……」
そうやってどうにか絞り出すように言ったその言葉に、しかし当の女の子や他の男の子達もキョトンとしているのだった。
◆◇◆◇
「いやあ〜結構、遊ばされたなぁ……」
その後どういう訳かキズナは、三人の子供達に誘われ、しばらくの間公園で一緒に遊んだのだった。
その内公園のすべての子供達を巻き込み氷鬼までやったので、髪は乱れ少し汗をかいていた。
お婆ちゃんとの対応で既に疲れていたというのに、どうして誘いを断らなかったのか、まったく。
まあ久々に思いきり遊べてストレス発散にはなったが……。
「お疲れキズナ。君は昔から、子供に懐かれることが多いね」
子供達が帰りキズナも公園を出たところで、離れて見ていたキュゥべえがそんな他人事のような口調で言いながら足元に寄ってきた。
一瞬カチンと来たが皮肉を言っても無駄なので、黙っていた。
乱れた髪を手で整えた。
「それにしてもあの老婆の時と同じように貴重な証言が出てきたね。傘を持ったお姉ちゃんか」
「アンタ、何か心当たりでもあるとね?」
「いいや。傘という道具に意味があるのかどうかは、ボクにもまだ判断出来ないよ」
「使えん奴やな」
だが大分進展はしたのではないだろうか。
これだけの証言でここまで分かったのだから、まだもう少しだけ今日は情報収集をしたい。
というか元々その予定だったのだ。
そういうことで、
「次に行くよ」
「うん」
大分日も落ちてきたこの時間帯は魔法少女が動き出す時間だ。
そしてここら辺で活動している子が二人いて、キズナは事件について何か知っていないか聞き込みすべく、その子達と事前に待ち合わせをしていたのだった。
場所は高架線の下である。
電車のガタンガタン、という音が過ぎた頃、少々遅れて二人がやってきた。
一人は神崎ミオ。もう一人は葉隠ヒナ。
共にニ年の経験を持つ魔法少女だ。
「お疲れ様です、キズナさん! 遅くなってすみません!」
「お疲れ。ごめんね、急に呼び出して〜」
「いえ! あ、キュゥべえも一緒だったんだ。久しぶり!」
「久しぶりだね。ミオ、ヒナ」
と、挨拶もそこそこに、ミオが首を傾げた。
「……でも、珍しいですね。キズナさんが自分から調べ物をするなんて……そういうのって、いつもルーミエさんの役目じゃないですか?」
「ああ、うん。……それはちょっと色々あってね」
「ルーミエさんは事件解決の専門家で、キズナさんが私達をまとめてくれる人っていうイメージなので、キズナさんがこうして行方不明の子供について聞き込みしてるのちょっと新鮮です」
「そんなに?」
「あ、悪い意味じゃないですよ。むしろ頼もしいって意味で!」
ヒナが慌てたように言った。
「いつも後ろで支えてくれているのは分かっていますから、前に出てくれると、なんだか頼もしくて嬉しかったんです。キズナさん、学校でも困り事をパッと解決してくれるじゃないですか」
「まあね……」
と言ってもそう褒められた立場ではない。
キズナは肩をすくめるしかなかった。
そんなふうに言ってもらえる程、こっちは殊勝な思いで人助けなんてしていないのだから。
「それで子供の行方不明事件、最近七川で増えとるのは知っとる?」
「ニュースで少しは。でも詳しくは全然……」
「被害者の数は六人。全員、十歳前後。で、家から突然消えるんやけど、カメラには映っとるのに連れて行かれた形跡がないと。戻ってくる子もおるけど、知らないお姉ちゃんに助けてもらったとか、海の怪物の夢を見たとか言いよる。しかも、そのお姉ちゃんは星が出た夜にだけ来るらしい。子供達の間では、星に助けてって三回唱えるおまじないが流行っとるんよ」
「おまじないですか……。私達は知りませんでした」
「小学生の間だけで広まっとるみたいやけん」
二人はまだ中学生だ。
七教中の生徒とは言え小学部について詳しくなくて無理もない。
「二人とも。何かここ最近怪しい出来事はなかったかい? 些細なことで良いのだけれど……」
「あ、あの」
するとミオの隣でヒナが、おずおずと手を上げる。
「……なら、関係があるかは分からないんですけど」
「うん、何でも言って」
「先週、見回りをしていた時に、変な魔力の残り香を感じたんです。魔女に似ているんですけど、なんだか違って。魔女ほど禍々しくなくて、でも普通の魔法少女の魔力とも違う気がして……どっちつかずな感じ、というか。それから、ほんの少しですけど、潮のような臭いも混じっていた気がします」
キズナは眉を寄せた。
キュゥベえが確認するように呟く。
「確かヒナの固有魔法は魔力の質の見極めだったね。その魔法で感じ取ったのかい?」
「はい。だから、気のせいではないと思います」
ヒナは自信なさげに言った。
魔法少女になってまだ二年程度だ。
自分の感覚を完全に信用してないのだろう。
けれど、キズナはその言葉を聞き流すことが出来なかった。
「潮の匂い……」
それと子供達が口にしていた、海の怪物。
偶然にしては……やはり重なり過ぎている。
「その魔力、どこで感じたと?」
「えっと……七川の東側です。商店街を抜けて、古い住宅街の方へ行ったところで。最初は魔女の結界が近いのかなって思ったんですけど、何も見つからなくて」
「それ、どの辺か覚えとる?」
「はい。多分……この辺です」
ヒナは鞄からスマートフォンを取り出した。
地図アプリを開き、しばらく指を滑らせる。
「ここです。川沿いの細い道の辺」
「川沿い……」
キズナは地図を覗き込んだ。
七川市の東側を流れる川。
そのまま山間部へ向かって真っ直ぐ伸びている。
キズナは許可を取ってから地図を拡大した。
そして気付く。
「……この先、雲母町にも繋がっとるね」
「はい。だから私達も、その日は途中までしか行かなかったんです。もう日が落ちてましたし」
「そう……」
キズナは画面を見つめたまま考える。
胸が騒ついてどうにも落ちつかない。
「キズナさん?」
「……いや。続けて」
「はい」
ヒナは頷いた。
「それで、その魔力なんですけど……もう一つ気になったことがあります」
「何?」
「消え方が変だったんです」
「消え方?」
「普通、魔法少女が魔法を使った後少しずつ薄くなっていくじゃないですか。でも、あれは……」
ヒナは言葉を探した。
どう言ったら良いだろうというふうに。
「最初からそこに何もなかったみたいに、急に消えたんです。あの魔力」
「……急に?」
「はい。ほんの一瞬前まで感じていたのに、次の瞬間には完全に分からなくなっていました」
「それはおかしいね。誰かが魔法を使って痕跡を消した可能性もある」
「うん……だけどねキュゥベえ。私……そういう感じとも少し違うって思うんだ」
「じゃあ、どういう感じなん?」
「……分かりません。とにかく違う感じがするんです」
困ったように落ち込まれた。
やっぱり上手に感覚を話せないらしい。
「すみません。上手く説明出来なくて」
「いや、謝らんでいいよ。むしろよくそこまで覚えとったね」
キズナはそう言って、スマートフォンを取り出した。
「その場所、地図で送ってくれる?」
「はい」
ヒナが位置情報を送る。
通知音が鳴った。
キズナはそれを確認してから、メモ帳にも同じ場所を書き込んだ。
「ミオは何か心当たりある?」
「すみません。私の方はさっぱりで」
「そっか。うん。二人とも改めてありがとね。教えてくれて。この件は私に任せおいて。深追いはしちゃいかんよ。何かあったら、私かルーミエちゃんに連絡して」
「はい。……にしても怖いですね」
ミオがふっと表情を強張らせた。
「魔女が戻ってきてくれて、正直、ほっとした頃にまたこんなことになるなんて。また大変なことになって欲しくないです」
「……ああ」
キズナは、短く同意した。
あの頃のことは、忘れられる筈がない。
――この地域のまとめ役が死んでしばらく経った頃だった。
その人は品行方正な人だった。
魔法少女のキャリアはキズナとルーミエに劣っていたが、それでも頼りになる人で、誰よりも慕われていた。
そんな人がある日突然キズナとルーミエの目の前で死んだのだ。
混乱は長く続き、誰もが悲しみに暮れていたその時に。
……魔女が唐突に消えた。
原因不明。理解不能。
まるで何かに引き寄せられるように姿がなくなった魔女達。
最初は皆、喜んだ。
戦わなくて済む、危険が減るからと。
けれども魔法少女は魔女を狩らなければグリーフシードを手に入れられない。
ソウルジェムの濁りを取れる唯一の手段が、途絶えてしまったのだ。
先の見えない不安が蔓延していた。
勿論キズナも、出来る限りのことはした。
隣町のまとめ役に頭を下げて、グリーフシードを融通してもらえないかと頼んで回った。
だが向こうも事情は同じだった。
断られた回数は、途中で数えるのをやめた程。
そんな時に動いたのが、ルーミエだった。
「あの時ルーミエさんが、ずっと隠していた秘蔵のグリーフシードを全部出してくれたんですよね」
ミオが噛みしめるように言う。
「先代の、そのまた先代のリーダーから、代々受け継がれてきたものだって聞きました。本当にどうしようもなくなった時のために、誰にも知られないように守ってきたものだって」
「私達、そんなものがあったなんて全然知りませんでした」
ヒナが小さな声で付け足した。
「ルーミエさんは文句は後で聞くって言って、一人一人に配って回ってくれて。おかげで、誰も欠けずにあの時期を乗り切れたんです」
キズナは黙って聞いていた。
あの夜のことを鮮明に思い出す。
――真夜中。
ルーミエはキズナの寮にこっそりやってきて言った。
大量のグリーフシードが入っている箱を抱えながら。
『これを使うしかないっす。誰かが死んでからだと手遅れになるから』
その大量のグリーフシードは先々代から先代へ、そして先代が亡くなる間際にルーミエへと託された、最後の切り札。
それを自分の代で使い切る判断の重みは相当なものだった筈だ。
それでも、迷いはないようだった。
そして実際、ルーミエは出し惜しみをしなかった。
キズナもそれしかないと思った。
結果としてそれは間違っていなかったのだが……、
「でも、もう使い果たしちゃったんですよね」
ミオの声が、少し沈む。
「今は魔女が戻ってきてくれたので、グリーフシードも少しずつ手に入るようになりました。でも、余裕があるわけじゃなくて。皆、ぎりぎりで戦っているんです。ルーミエさんも、ほとんど毎晩魔女狩りに出ていますよね。私達が休んでいる間も」
「……そうやね」
「新人の子達も手伝っているって聞きました。大変ですよね」
それから二人は続けた。
「ルーミエさんが雲母町の外れで魔女を見張ってくれているおかげで、こっちの町が安全なのも、皆知っています」
「ルーミエさんを中心に、あの三人がいてくれるから、私達も安心して戦えるんです」
「……そっか」
どうやらララとぼたんの努力も皆に知られてきているようだ。
それだけでキズナは嬉しかった。
「それじゃあ、また明日ね。おまじないのことは、小学生の知り合いがおったらやめるように言っといてくれる?」
「はい、分かりました!」
「何かあったら、すぐ連絡しますね」
二人と別れた後、足元でキュゥべえが言った。
「彼女達は、本当に不安がっていたね」
「……そうたい」
「それなのに、キズナと話し終わった後はあんなに安心しきった顔をしている。不思議だね」
その言い方が、少しだけ引っ掛かった。
けれどキズナは、何も言い返さなかった。
◆◇◆◇
それからキズナはヒナから教えてもらった場所へ赴いた。
七川市の東。
商店街を抜けて、古い住宅街の方へ。
その先の、川沿いの細い道だった。
「……」
すっかり日が落ちたせいで街灯が疎に辺を照らしている。
キズナは意識を集中させていた。
魔力の感知は、あまり得意じゃない。
それでも、何か残っていれば――
「…………」
だが、何も感じなかった。
草が風に揺れる音と、川のせせらぎだけが聞こえてくる。
キュゥベえが話しかけてくる。
「どうやら魔力の残滓は見当たらないようだね。時間も経っているのだから、不思議ではないけれどね」
「ヒナちゃんもギリギリやったってことなんかもなあ。はぁ……」
溜息を吐いて土手に上がり腰掛けた。
キュゥベえも隣に続く。
そしてメモ帳を開き、今日の収穫を並べてみる。
夜中に空を見上げて、お姉ちゃんを待つ子供。
三週間前から流行り出した、星のおまじない。
海の怪物の夢。雨も降っていないのに傘を持っていたという、顔の分からないお姉ちゃん。
魔女とも魔法少女とも違う、どっちつかずの魔力と、潮の匂い。
最初からなかったみたいに、急に消えた魔力……。
「見事にバラバラの情報やね」
「でも並べてみれば何か見えてくるかもしれないね。少なくともボクにはいくつか共通している部分があるように思えるよ」
「ふーん、なら一緒に整理してみよっか」
キズナはメモ帳の文字を指でなぞった。
「まず一つ目。子供は自分の足で歩いていなくなっとる。誰かに連れ去られた形跡はなく、本人が自発的に歩いている」
そう。
どうも無理やりじゃないらしい。
……それに、シズエ婆ちゃんの孫もお姉ちゃんが来るのを待って、窓の外を見ていたと言う。
彼らは待っているのだ。
さらわれたというより、迎えが来るのを待っている。
「二つ目。星のおまじない。三週間前から子供達の間で広まって出所は誰にも分からん。で、お姉ちゃんが来るのは、星が出とる夜だけ。曇りの日は来ん」
「星が条件になっているのは、興味深いね。魔女の結界は、天候とは関係なく現れるのが普通だ」
確かにそうである。
魔女は、星なんて見ていない。
だが間違いなくおまじないは引き金だ。
子供がいなくなる引き金。
「……ってことは、魔女の仕業やなかとやろか」
「断定はできない。ただ、魔女に魅入られた人間には、首筋に魔女の口づけが現れる。戻ってきた子供達を何人か確認してみたけれど、その印は見つからなかったよ」
「アンタ、いつの間にそんなこと」
「調査を頼んだのは、ボクだからね」
ちゃっかりしてるな。
キズナは複雑な気持ちになった。
「それで三つ目は知らないお姉ちゃんやね」
「共通して顔を覚えていないのは気になるね。覚えているのは、傘を持っていたことだけだ」
「魔法少女には変わった形の武器を使う子もおるけど……傘を武器にする子なんて聞いたことなかね」
「この町の魔法少女の中に、傘を使う子はいない。少なくとも、ボクが把握している限りはね」
「ミオ達にも、傘のことを聞いとけば良かったかな」
そこまで言って、キズナは首を振った。
傘が武器なのかただの小道具なのか、今の段階ではどちらとも言えないのである。
聞いても無駄だった可能性が高い。
「そして四つ目は海の怪物の夢。でっかい魚みたいなやつに追いかけられる夢で、戻ってきた子が揃って同じようなことを言いよる」
「別々の子が、同じ内容の夢を見ているということだね。個人の悪夢というより、共通の何かに見せられた結果と考えるのが自然だ」
「内陸の町の子が、揃って海の夢……」
一人だけの夢じゃない。
同じ何かに全員が夢を見せられてるのか。
そうとしか思えなかった。
「五つ目は、戻ってくる子と、戻らん子がおることやね」
「六人のうち戻ってきたのは三人。残りの三人は、まだ見つかっていないね」
「魔女なら獲物をわざわざ返したりせんやろ。戻ってきた子は助けてもらったって言いよるし」
「助けたのに、返さない子もいる。一貫性がないね」
「そこが、一番分からんとこたい」
助けるなら全員を助ければいいし、害するなら全員を害すれば良いのだ。
戻る子と戻らない子がいるのは、何かの基準があるからか。
それとも、途中で何かが邪魔をしたからか。
「それと戻ってきた子は、みんな口数が減っとる」
「精神的な負担が大きかったんだろうね。……ここまでが、客観的な事実だ」
キュゥべえは尻尾を揺らして、静かに続けた。
「その上で君の考えを聞きたい。この情報から何を読み取る?」
「……私が?」
「人間の感情については、ボクよりも君の方が、見えるものがあるかもしれないからね」
皮肉なのか、本気なのか、分からない言い方だった。
キズナは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「……子供達はみんな、助けてって、本当に思ったんやと思う」
あの女の子の言葉が、頭から離れなかった。
助けてほしい時って、あるでしょ。
「おまじないはきっかけに過ぎん。本当は誰かに助けてほしくて、でも誰にも言えんかった。そこに助けてって言える場所が、出来てしまった」
「だから、広まったと?」
「うん。それでその声を拾って、助けるよって現れる誰かがおる。……そういう仕組みなんやないかなって」
要は子供の弱った心に漬け込んでその子達を攫っているのだ。
そう考えた途端、背中がぞくりと冷えた。
タチが悪いなんてものじゃない。
こんなの悪意の塊だ。
「まるで怪談とか都市伝説みたいやな。星のおまじないしたらお姉ちゃんが現れて助けてくれて、んで海の怪物が現れる? 改めて考えても訳の分からん。出来の悪いネットの創作話の方がまだマシやろ」
ハハッと短く笑うキズナの何気ない言葉。
しかしキュゥベえは意外にも興味を示した。
「怪談か。鋭い見方だ。……実は、一つ思い当たる例があるよ」
「え、マジで?」
これにはキズナとてびっくりだ。
構わず説明するキュゥベえ。
「それはウワサと呼ばれる現象さ。ここから遠く、神浜という街では、人々の間に流れる噂が実体を持つ現象として観測されていた。それがウワサさ。ウワサは司る噂そのものを現実にしようと現実に被害をもたらした。今回の件も似ていないかな?」
「そんな馬鹿な話……って思ったけど、確かにアンタの言うことが本当ならこの事件も子供達の噂をなぞっているように見えるわな」
星に三回助けてと唱えるとお姉ちゃんが来る。
そんな荒唐無稽な話をなぞることで、子供達を連れ去る謎の現象。
あまり信じたくない話だがそう考えると納得のいくことも多い。
助けを求める子供がいる。
助けに来る誰かがいる。
襲ってくる怪物がいる。
星が出た夜という舞台があって、おまじないという決まった手順がある。
偶然と呼ぶには、あまりにストーリーになっている。
そしてそのウワサとやらが語られた物語に沿って現実が動き出す現象と言うならば、物語の中では配役が必要だ。
つまり物語が成立するためには、それぞれの役を、誰かが演じなければならない。
そう思うとこの知らないお姉ちゃんと言うのも、物語の中の役の一つなのかもしれない。
誰かが演じなければいけないと言ったが、逆に言えば役に沿えば演じるのは誰でも良いと言うことだ。
ならば顔なんてものはいらない。
ただ人形を用意すれば良い。だから誰も顔を覚えていない。
傘もそうだ。
雨も降ってないのに傘を差してるのはその役の目印。
この人がお姉ちゃんですよという舞台衣装みたいなものかもしれない。
つまりは記号、象徴のようなもの。
「戻ってくる子と戻ってこん子の差も、物語やと考えたら説明がつくかもしれん」
「どういうことだい?」
「当然物語には終わりがあるやろ。戻ってきた子は、物語を演じ終わったか途中で降りられた子。戻らん子は、まだ物語の途中におるんやないやろか。……助けてもらったって言うとる子がおるんも、筋書きの中の出来事やと思えば、一貫するたい」
「推測の域は出ないけれど、無視できない視点だ」
でも、とキズナは続けた。
もし、そうだとしたら。
「物語なら、結末がある筈たい。……その結末が、子供達にとっていいものとは限らんよね」
「そうかもね」
「なんて悪質な……」
思ったより事態は深刻なのかもしれない。
頭が痛い。
「にしてもそんな変なものが実際にあったとね。オカルトっぽかね」
「最も今は、ウワサはいないようだけどね。すべて姿を消してしまったらしい」
「ふーん」
そう言えば。
今ふと思い出したが、神浜と言えばぼたんの故郷だった。
あの子は魔法少女になってすぐこちらへ来たらしい。
だから確証はないが、それでもウワサのことを何か知っているかもしれない。
怪しい噂や都市伝説とか、特に。
(ボタちゃんに後で聞いてみるか……)
そう思って、すぐにキズナは複雑な気持ちになった。
ぼたんは、毎日ルーミエと一緒にいる。
うっかり話せば、この行方不明事件についてあの子の耳にも入ってしまう。
だがヒナの教えてくれた川沿いの道は、ルーミエが毎晩見回っている雲母町に繋がっているのだ。
(やけんがらこのことも話さない訳にもいかんし……ああもう、巻き込みたくないとにままならん)
キズナはなんとなく嫌な気分になった。
そこへ追い討ちをかけるようにキュゥベえが話題を変えてくる。
「ところでキズナ。ルーミエには、本当にこの件について協力させないのかい? どんな事象であれ彼女の探査能力は役に立つ。君もそう言っていたじゃないか」
彼の言うことは最もだった。
正論だった。
だがキズナはそれを分かった上でこう言った。
「……今回は出来る限り私が解決するんよ。私がやらないかん」
「どうして? 理由を聞いても?」
「……嫌な予感がするとたい。あの子を関わらせたくない」
「非合理的な判断だね」
「五年も魔法少女やっとると、そういう勘は馬鹿に出来んと」
キュゥべえは、小さく首を傾げた。
「君がそこまで彼女に拘るのは、初めて会った頃の彼女を知っているからかな。あの頃の彼女は、お世辞にも魔法少女として優秀とは言えなかったからね」
「……うるさか」
けれど、それは否定はできなかった。
当時会った時も、丁度こんな河川敷の場所だった。
――それは五年前のこと。
契約したばかりのキズナは、七川へ引っ越してきたばかりで、この町に味方も、家族も、顔見知りの一人もいなかった。
そんな日の夜、初めて魔女の結界に迷い込んだ。
そして見つけてしまった。
金色の髪をツインテールにした小さな女の子を。
しかも星型のチャクラムを握り締めたまま床に倒れていて、魔女の巨大な影が今まさにその子に覆い被さろうとしていた。
『ダメ!』
考えるより先に、体が動いていた。
キズナは武器の札をありったけ放った。
風が巻き起こり、札が爆ぜて、魔女の体が吹き飛んだ。
無我夢中だった。気付けば結界は消えていた。
そうして、
『大丈夫?』
と駆け寄ると、途端に女の子はピーピーと泣き出し、『怖かった。怖かったよぉ』と繰り返した。
どうにも放っておくことが出来ず、そのままキズナは女の子の相手をした。
その子がルーミエだった。
曰く、彼女は一年経っても殆ど魔女を狩れていないらしく、最初の戦闘で死にかけてトラウマになったと言う。
以来、使い魔相手でも苦戦し、今日もやられてしまったとかで……。
『それで俺、他の魔法少女に泣きついて使い終わったグリーフシードを恵んでもらってたんだ。情けないよね。ガキのフリして、同情引いてさ。……でも、もう限界なんだ。いつまでもこんなこと続けらんねえし、このままじゃ、いつか誰にも恵んでもらえなくなって終わるんだ』
そしてまた大粒の涙を流し『死にたくない……死にたくない……』と弱々しい声を出した。
それでキズナはなんとも言えない気持ちになったのだ。
その思いが分かってしまったから。
願いを叶える前に、自分だって“殺されそう”になっていたから。
だから。
『だったら私と組まん?』
『え』
だからそんな提案をした。
ルーミエはぽかんと口を開けた。
誰かにそんなふうに言われたのは、きっと初めてだったのだろう。
キズナはにこっと笑った。
『私、この町に来たばっかりで、知り合いも家族もおらんと。君が一緒だとこっちも心強かとよ』
『良いの? でも……俺弱いし……』
『けどあの結界見つけたの君やろ。すごいやん! 私なんかたまたま歩いてたら迷っちゃったんよ。これまでずーと探してたけど見つかんなくてさ!』
『……お姉ちゃん、変わってるね。俺ってば、足引っ張るかもしれないのに』
『そんなのお互い様やろ。やけんがら一緒に強くなろーよ! きっとここで会ったのも何か縁。私キズナっていうと。君名前は?』
『……ルーミエ』
『可愛か名前やね。よろしくルーミエちゃん』
するとルーミエはやっと笑ってくれた。
『よろしく。キズナちゃん……ううん、キズナ先輩!』
『先輩?』
『だって年上なんだもん。頼もしそうだし……これからも頑張っていこうね、キズナ先輩!』
それがキズナとルーミエの出会いだ。
大切な思い出の話。
それからキズナ達は時に喧嘩をしながら共に戦ってきた。
キズナにとってルーミエは、親友でありながら相棒で、それ以上に実の妹のような存在だ。
キズナから見てルーミエは、あまりに可愛い存在なのだ。
「その子も今は強くなった。でも強くなった分だけ、擦り減りよるったい。……だけん、守りたいとよ」
「理解に苦しむね。強くなったのなら、守る必要なんてないじゃないか」「強い弱いの話じゃなか。……アンタには、分からんやろうけど」
少しだけ、棘のある言い方になった。
けれどキュゥべえは、気にした様子もない。
「確かに分からないね。ただ、一つ気になっていることがある。彼女が貯蔵していたグリーフシードを、全て放出してしまったことだ」
「何が言いたいとね」
「あれは合理的な判断じゃなかったということさ。非常用の備えは、半分でも残しておくべきだったんだ。あの時、魔女の再出現がもう少し遅れていたら、全員が共倒れになっていた可能性は高い。彼女の判断は、感情的だったよ」
「……ッ!」
途端、キズナの目に鋭い光が宿る。
そこには怒りがあった。
「あの子が出さんかったら、ミオ達はどうなっとったと思ってっとよ!」
「勿論結果的に、誰も欠けなかった。だから、僕はその判断を評価自体はしているよ」
キュゥべえはキズナの剣幕にも、まるで動じない。
赤い瞳は、ただ凪いだ水面のように静かなままだ。
キズナの表情とは対処的に。
「ただ、同じことは二度と出来ないだろうね。今、備蓄は空だ。いずれ浄化が追いつかなくなる子が出るのは時間の問題だろうね。君は彼女を守りたいと言うけれど、結局のところ、守れていないんじゃないかな」
「……黙れ」
「君は彼女に、真実を何も話していない。守っているつもりで彼女から遠ざけているだけだよ。彼女は、君が思っているほど弱くはないし、ましてやもう子供でもないんじゃないじゃないかな。だからこそたとえ忘れていたとしても、彼女にも状況を正しく把握してもらうべきだと思うんだ。ルーミエにも、ララにも、ぼたんにも。君が何を恐れて黙っているのかは分からないけれど、全てを話せば彼女達も自分で備えられ――」
「黙れ!!」
キズナは、ゆっくりと立ち上がった。
握り締めた拳の中で、爪が掌に食い込んでいた。
わなわなと体を震わせる。
「お前がそれを言うな!! よりによってお前がァ!!」
そして一際大きな声で怒鳴ると……さっきよりも鋭くキュゥベえを睨みつける。
「アンタは何一つ変わっとらん! 人の気持ちなんか、一つも考えとらん。勝手なことばかりぺちゃくちゃと……私はあの時のことを、まだ許しとらんけんがらね!?」
「ただ真実を伝えただけじゃないか。それに絶望したとして、君達は既に対価を支払っている。とても詐欺だなんて言えないと思うけど……」
「ハ……ハハッ! そうやろうね! 私も願わなきゃどうしようもなかった! だけど、それ以外の子にはただ不幸をばら撒いてるだけやん! 幸せに生きられる筈だった子達を踏みつけにして、一体何様のつもり!? 何が楽しいとよ! ねぇ!?」
するとキュゥベえはキョトンとしたように返した。
「楽しい?」
「……」
「何が楽しいのか、と聞かれても困るね。僕達はただ、君達の願いを叶えているだけだよ。そうする必要があったからね」
「……そうやって、いつもいつも開き直りやがって」
キズナは吐き捨てるように呟いた。
「……もう良い。アンタと話しても無駄たい」
そう言って、キズナはキュゥベえを置き去りに歩き出した。
だが、その足取りは重かった。
「キズナ」
背後からキュゥべえが呼びかける。
「この事件が、もし本当に噂そのものを現実にするものだとしたら……」
「……」
「次に何が起こるのか、僕も興味があるよ」
キズナは振り返らなかった。
ただ無言のままに夜の川沿いを歩いていった。
――その先に、何が待っているのかも知らずに。