星降り雨のルーミエ The Girl beneath the Rain of Stars 作:鐘餅
――二日市ララの朝は、怒鳴り声と叫び声から始まる。
「だから! 何度言わせれば気が済むのよ!」
「お前が先に言い出したことだろうが!」
言い争う両親の声が、二階の自室にまで届いてくる。
「……」
そして、その声でいつも目を覚ましてしまう、自分。
「…………またやってる」
ララはうんざりと顔を顰めた。
とは言え物心着く前から父と母は仲が悪かった。
こんな風に喧嘩することも日常茶飯事で、それなのに何故か別れることもなく、今日まで家族を続けているのだから、すごいと思う。
「……」
ララは眠気眼で起き上がった。
そのままベットから下りて、学校に持って行く荷物をチェックして、パジャマを着替え、一階に降りて行く。
本当は行きたくないのだけれど、でも朝ご飯があるのだから仕方がない。
適当に洗顔を済ませてリビングに行くと、そこで父と母が睨み合いながら一緒のテーブルに座っていた。
どちらも互いを憎しみ合うように見ていて、ララは億劫になる。
「おはよ……」
そうして、一応挨拶すれば飛んでくるのは皮肉の数々。
「ああ、おはようララ。遅かったな。もうちょっと早く起きられないのか?」
「ララ、おはよう。また前髪が跳ねてるわ。まったくいつまでも恥ずかしい子なんだから……」
「……ん」
それらにララは曖昧に返事をして、言われた通り跳ねた前髪を整えると、両親と向き合うように席に座る。
するとまた、再び始まる両親の喧嘩。
普段通り飛び合う罵声と怒り。
ララは慣れっこだったので、いつものようにいつも通り、早く済ませたくて無心に食卓に並ぶ朝ご飯を食べ続ける。
だが、彼らが吐き捨てている言葉の数々は腹立たしいものだった。
「それで? あの人のことはどうするつもりなのよ」
「またその話か。朝っぱらから蒸し返すな!!」
「貴方がいつまでも何も決めないからでしょう!」
あの人、というのはお爺ちゃんのことだ。
よく知らないけど、両親はお爺ちゃんがやることなすこと気に食わないらしい。
どうしてなのだろうと思う。あんなに優しいのに。
両親の怒鳴り合いは続く。
ララは何も言うことなく必死に耐え続ける。
「そもそも、あんなプラネタリウムなんて、いつまで残しておくつもりなの!?」
「だから、俺に言われても困ると言ってるだろう!」
「貴方のお父さんのことでしょう! 貴方が何とかするべきじゃないの!」
「俺だって何度も言ってるさ! でも、こっちだってどうすれば良いか分からないんだよ!」
(…………ッ)
しかしプラネタリウムの話題になるとどうしても心が乱された。
せっかく願いでプラネタリウムを復活させたのに、こうも否定されると、なんだか自分の魔法少女になった理由そのものが間違いのような気がしてくるからだ。
遂にララは耐えきれなくなってその場から立ち上がった。
朝ご飯はまだ残っていたが両親が気付く様子もない。
こっそりと後処理をしてから自室に戻って、ランドセルを背負う。
玄関まで歩いて一人、誰に向かって言うのではなく、独り言のようにドアを開けた。
「行ってきます」
◆◇◆◇
これがララの日常だった。
ララは幼い頃から両親が喧嘩し、文句や理不尽な怒りを向けられると言う劣悪な家庭環境で育ってきた。
勿論愛してると言われたこともなければ、頭を撫でられたことも、抱きしめられたことも一度もない。
そう言うのはすべてお爺ちゃんからもらってきた。
だからララはお爺ちゃんが大好きだ。
お爺ちゃんのためなら何でも出来る……。
だがよりによって両親はそのお爺ちゃんを悪く言うのだ。
許せるはずも無い。
とっくの昔から、自分の家は壊れているのだとララは思う。
だから期待なんて一度もしたことないし、ただそういうものだと思ってる。
仕方がないことだ。
でもあの家で過ごすことは酷く憂鬱で、時折帰りたくないと感じさせられる。
そしてララの憂鬱は学校でも続いた。
ララはクラスで浮いているのだ。
星や宇宙の話ばかりするせいか、同じ年の子の輪に上手く混ざれず、大体は無視されたり気持ち悪がられたりするのである。
あの子、いっつも一人だよね、とくすくすと笑われるのも一度や二度ではない。
おかげで休み時間はいつも孤独に本を読んでいる。
暗い表情を見せないように、本で顔を隠している。
この時間が終わるよう必死に祈りながら。
別に寂しくなんかないし、と思いながら。
しかし今日は悪いことばかりが続くのか、よりにもよって、ララの机の前でこのクラスでも派手な女子グループがお喋りを続けていた。
早く何処かへ行って欲しい。
そう思いつつもあんまりにも大きな声で話すので遂聞き耳を立ててしまった。
その内容はこうだ。
「……でさぁ、聞いた?」
「うん! 聞いた聞いた! 星のおまじないでしょ?」
「星に三回お願い事すると知らないお姉ちゃんが助けてくれるって!」
「それって本当?」
「本当だよ! 隣のりーちゃんが会ったって言ってたもん。どんなに困ってても、そのお姉ちゃんが助けてくれるんだってさ」
なんだかそれは眉唾物な話だった。
とても信じられる話ではない。
子供騙しの、くだらない噂話。
実際ララもくだらないなものが流行ってるなと思ったのだ。
だが、星に願いを捧げるというのは気になった。
ララは星に関することなら何でも好きだから。
とその時、聞き耳を立ててたのがバレたらしく、女子達がこっちを向いた。
ギクっとなっていると、予想外にも話しかけられる。
「あ、二日市さん! 二日市さんもさっきの聴いてたよね? 二日市さんもどーせならやってみたら? 星とか興味あるんでしょ!」
「そーそー! どーせならさぁ、お願い事してみたら? 叶うかもよ? だって家族のことで色々困ってんでしょ? あはは!」
でも、あからさまに馬鹿にされていた。
何処からか家庭環境のことも噂されていてララには複雑な気持ちしかない。
だから聞き流しても良かったが、ララは言い返すことを選んだ。
ちょっとカチンと来たからだ。
「別に良いよ。そんなおまじない、ただの迷信だもん。それより他のことの方が効果はあるよ。この近くの七川神社だって、ご利益すごいって聞くし――」
すると女子達は少し引いて失笑した。
何こいつ、と。
「……ちょっと、そういうこと聞いてたんじゃないんだけど」
「相変わらずズレてるよね。マジでつまんない」
「ねー」
「……」
じゃあ何で話しかけてきたんだとララは内心で突っ込んだ。
いや、自分が変わり者なのは自覚してるのだがそれを知ってて声をかけてきたのはそっちなのだから、嫌な反応だと思う。
そのことがなぜか悔しかった。
「なんかしらけちゃった。向こう行こー」
やがて女子達は離れていく。
話しかけて損だったと言わんばかりに。
ララは惨めだった。
家でも学校でも……。
でも……大丈夫だ。
(おまじないなんかに助けを求める子と私は違うんだから)
だってそうだ。
お爺ちゃん以外にも、ララには新しい居場所が最近もう出来た。
そこではララはララのままでいられる。
お爺ちゃんのプラネタリウムを守りたくて、魔法少女になった。そのおかげで出会えた場所で、ララは救われているのだ。
「大丈夫なんだから」
密かにそっと呟いた。
◆◇◆◇
放課後は真っ直ぐに不屈の家に向かう。
それが最近の日課。
ここに来ることももう慣れてしまった。
上がり込むと、家主の不屈が出迎えてくれた。
とても呆れた表情で。
元気よく挨拶するララ。
「こんにちは、おじさん」
「はいはい、こんにちは」
不屈は大変に面倒臭そうである。
ヨレヨレのTシャツにジャージを着ているので格好がだらしない。
いつ働いているのだろう。ここにいるといつもいるし。
「おじさんってペット探偵なんだよね。儲かってないの?」
なので直球に聞けば、不屈は嫌そうに顔を歪めた。
「失礼だなぁ。こう見えても結構あくせく働いとるわ。て言うか依頼が来るまでは家で待機してることも多いんだよ。迷子のペットなんて、いつ見つからなくなるか分からないだろ?」
「ふーん……。そう言うものなんだ」
「そう言うものです。ほら、奥行った」
「はーい」
そんなやり取りをしながら、ララは奥へ行く。
初めてここに来たときは、知らない大人の家に入ることに少し緊張したものだ。
しかし、今では玄関を開けることにも、居間の隅にランドセルを置くことにも、何のためらいもない。
むしろ当然のように感じられる。
そしてここにいれば必ず誰かがいる。
皆が出迎えてくれる。
ララの姿を見た途端、ルーミエとその遊び仲間達は、一斉に歓迎の声を上げた。
「あ、ララ」
「ララさんだ」
「やっほーララさん」
「よく来たねララさん!」
皆に揉みくちゃにされて、ララは心の底から笑った。
この場所なら、お爺ちゃんの前でしか出せなかったありのままの自分を曝け出して良い。
我儘を言って良い。
安心できる。新しい居場所。
「よーし、このままゲームやるぞー!」
「ちょっとララさん。宿題はどーしましたの!」
それに怒られるのも、実は結構楽しかったりする。
いつもしっかりしなさいと怒ってくるのは、練馬ぼたん。
初めて出来た友達の一人は、ルーミエと同じくらい面倒見が良い。
色々文句を言いつつも最後まで勉強で分からないところがあれば根気良く教えてくれる。
だからララの方も遠慮なく甘えて、ここで「えー」とか「嫌だー」なんて戯けて嫌なふりをするのだが、今日は生憎真面目にやってきた。
その紙を見せる。
「ふふーん。今回は真面目にやってきましたよーだ。どーだ!」
「あら珍しい……ほほう、作文ですのね。タイトルは――」
――「私の夢」?
「そーだよ。私の夢はね、宇宙に関する仕事につくことなんだ!」
堂々とそう宣言する。
だってこの場所では否定されないと思ったから。
そして、実際皆否定するどころか応援してくれた。
「へぇすごいね」
「うん、良い夢」
「えへへ」
それだけでララは救われた気持ちになる。
やっぱり自分に助けはいらない。
ララはそう思った。
◆◇◆◇
不屈の家で遊び終わった後は当然魔女狩りの時間だ。
ここ数日、魔女の動きはより活発になっておりルーミエによって頻繁にララとぼたんは駆り出されている。
正直キツイが、町の平和を守るためには仕方がないことなのだろう。
何より一人ではないので、以前の時のように心細いなんてこともない。
きっとララは、それが嬉しいんだと思う。
友達が出来て。仲間が出来て。
……居場所が出来て、とても嬉しい。
(その居場所のためにならどれだけでも私は頑張るんだもん)
――ララはそう胸の内で繰り返し、目の前を見据える。
薄いピンクの垂れ幕がいくつも下がった天井と、重く暗い曇天の空が映る地面。
そんな結界の中を魔女はドスドスと足音を立てながら移動している。
今回も毎度のことながらその魔女は奇妙な姿形をしていた。
それは四つん這いで動く、雨合羽の化け物だったのだ。
大きさは大型トラックくらいある。
汚らしい黒の雨合羽で全身を包んでいて、よく見るとその輪郭は絶えず生きているように波打っている。
フードの奥にあるのは、肉の削げた老婆の顔。
手足の代わりに生えているのは、無数の折れた傘の骨だ。関節なんてない筈なのに、意志を持つようにぐにゃぐにゃ曲がって地面を叩く。
そして、その傘の先っぽには、何故か子供用の小さな靴が引っかかっていた。
歩くたびに、そこからぽたり、ぽたりと水滴が落ちて、地面に小さな水溜まりができていく。
ララは思った。
――何でこの魔女、靴なんて履いてんだろ。
そんな考えが一瞬頭をよぎって、小さく首を振った。
今は戦いに集中しなきゃいけない。
こんな意味のないことを考えても仕方ないことだ。
「そっち行きましたわ!」
「ああ、分かってる!」
それに既にルーミエとぼたんは雨合羽の魔女の周りをうろちょろと回って翻弄している。
雨合羽の魔女はイラついたのか吠えてこちらを鬱陶しそうに睨みつけてくる。
ルーミエが言い放った。
「だが生憎、お前はここで消える定めなんだよ、っと!」
と、同時に雨合羽の魔女が彼女に突撃し、傘の骨の足を振り上げられた。
けれどルーミエは、金色の衣装を翻しながら腕を振るう。
――傍らに浮かんだ五芒星のチャクラムが、宙を滑る。
旋回する。
「よ、ふぅ、せいや!」
チャクラは縦横無尽に動きながら傘の足が振り下ろされる度に難なく受け止め、軽く捌き続ける。
ララはその動きを、息を飲んで見つめていた。
やっぱりルーミエはすご過ぎる。
どれだけ見ても、全然真似なんか出来る気がしない。
そして魔女が体勢を崩した、その瞬間に。
「ボタちゃん!」
「ええ、ですわ!」
横手から回り込んだぼたんが、鋭く踏み込んだ。
メリケンサックの拳に魔力が纏わりつく。
黒い炎みたいに揺らめいたそれは、ぼたんの両手を包み込み、剣のような巨大な鉤爪に変わった。
その鉤爪が魔女の土手っ腹にぶち込まれる。
魔女がひるみ距離を取った。
「pんdっldっpdー!!」
そこへ、ルーミエがすかさず追撃。
チャクラムを側面ではなく今度は正面に向け、それを中心に魔法陣を素早く展開。
甲高い音を立てて、チャクラムが回る。
「
その名の通り魔法陣を層のように重ねていくのが基本で、層が増すごとに効果も膨らんでいくらしい。
でも、小さな魔法なら魔法陣は一つで足りるのだと、ララはルーミエから聞いた。
だから、これで充分なのだ。
小規模なものなら、魔法陣は一つで良い。
「撃ち貫け」
事実、その一言と共に魔法陣から複数の光弾が発射され、魔女へ着弾。
次々と雨合羽を穿ち、黒い布を引き裂いていった。
轟音。
閃光。
魔女の巨体が大きくよろめいた。
「今ですわ!」
ぼたんが叫ぶ。
ララは力強く頷いた。
「うん!」
待機していたララは、一歩前へ出た。
その両手に握られてた玩具じみた外見の電気銃の引き金を、ルーミエとぼたんが離れたところで躊躇なく引いた。
「
放たれた電撃が、真っ直ぐに地面に散らばる無数の水溜まりへ吸い込まれるように収束する。
――思えば、この魔女と対峙してからずっと、魔女自身の足元に水路は出来ていた。
ドスドスと歩を進めるたびに、傘の先の子供靴からぽたり、ぽたりと水は落ち続けていた。
そしていつの間にか魔女自身を囲むように一筆書きの水網となっていたのだ。
ララ達は戦闘中にそのことにちゃんと気付いていた。
だからこそこの状況へと誘い込んだ。
後は巻き込まれないよう遠くへ退避すれば良い。
電流は水を伝って魔女へ殺到する。
雨合羽の裾からフードの奥にある老婆の顔、足である傘の骨の一本一本に至るまで、余さず駆け巡っていく。
「nrflふぉpfp^あkjふrklrあ――!!」
断末魔じみた咆哮とともに、巨体が大きく仰け反った。
電流は雨合羽の魔女をバチバチと痺れさせ続けた。
光弾で穿たれた穴という穴から青白い火花が弾け、痙攣する体軀の輪郭が波打つのを通り越してぐずぐずと崩れ始める。
「決まりましたわ……!」
ぼたんが確信を持って呟く。
その通り、魔女はもう抵抗する力すらなく、老婆の顔はびりびりと震え、目から黒い液体がどろりと溢れ出したかと思うと、そのままマリオネットの糸が切れたようにがくりと項垂れる。
ぐらりと傾ぎ、もう二度と立ち上がることはなかった。
張り詰めていた空気が、ふっと緩む。
雨合羽も、折れた傘の骨も、引っかかっていた子供の靴も――全てが黒い霧となって溶けるように消えていった。
後に残ったのは、小さな黒いグリーフシードが一つだけ。
結界は蜃気楼が揺らぐようになくなっていき、周囲は元の町外れへと戻っていった。
「や、やった……!」
気が緩んでしまったのだろう。
ララは安堵と興奮がない交ぜになった声で喜ぶ。
対照的にぼたんはへなへなと肩を落とした。
「やっと終わりましたわ。疲れましたわ〜……」
「ん、お疲れ。二人とも、前回と比べたら動きが良くなってたな。特にボタちゃん。最初と比べると驚く程成長したな。特訓前一緒に戦った時なんか魔女に捕まって半べそ――」
「あ、あああああああの時のことはどーでも良いじゃありませんかぁ!」
ルーミエが揶揄うと、途端、ぼたんは恥ずかしい過去を蒸し返されたくないのか顔を真っ赤にして怒る。
ルーミエとララが笑うとそっぽを向いた。
何やら拗ねてしまったようだった。
ルーミエは「悪いって」と謝りながらグリーフシードを拾う。
変身を解除し、皆でソウルジェムを浄化したところで、思い出したように言った。
「あ、そういえば、二人に言っておくことがあるんだった。実は今日のお昼、キズナ先輩から調査報告が来ててな」
「キズナ先輩が?」
そのキズナ先輩という人は、とある事件を調査しているらしいとルーミエから聞いたが……その調査に何か進展があったということだろうか。
いつになくルーミエの顔は大真面目だった。
その詳細はこうだ。
どうも最近、子供の行方不明が増えてるらしい。
もう今月だけで六人で、うち三人は見つかったが、残りの三人はまだ見つかってない。
しかも防犯カメラにはちゃんと映ってるのに連れ去られた形跡がまるでないんだとか。
それに、戻ってきた子は皆口を揃えて、「知らないお姉ちゃんに助けてもらった」とか「海の怪物の夢を見た」だの言うらしい。
「それでな。キズナ先輩が子供達に聞き込みしたら、変なおまじないが流行ってるって分かったんだ」
「おまじないですか……」
「星に助けてって三回言うと、知らないお姉ちゃんが助けに来てくれる。そういうおまじないだ」
瞬間、ララの脳裏にふっと今日のことが蘇る。
今日学校で、あの派手な女子グループから聞いたものだ。
思わずぽろっとそのことを溢した。
「あ、それ、今日学校で聞いたよ! 皆が話してた!」
「マジか。やっぱり、そんなに広まってるのか」
ルーミエの眉間に、うっすらと皺が寄る。
ぼたんも不気味がっていた。
「いつの間にそんなことになっていたのですか? 確かにおかしなおまじないですね……まるでオカルト話ですわよ」
「それはキズナ先輩も言ってたよ。まあ、おまじないが本当に事件の原因かはともかく……無関係じゃない可能性は大いにある。だから二人とも、約束してくれ。おまじないは絶対にやらない。危険な場所には近寄らない。それから、ちょっとでもおかしいなと思ったら、すぐ俺かキズナ先輩に連絡してくれよ」
「うん。分かった」
「ええ、了解ですわ。何だか怖いですもの。注意いたしますわ」
ララとぼたんは軽くうんうんと頷く。
それを見てルーミエは若干心配だとでも言いたげな視線をやったがすぐに真顔になって、今度はぼたんへ聞く。
「それでボタちゃん。実はキズナ先輩からの頼みで、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「? 何ですか?」
「ボタちゃんは神浜出身だろ? そこで「ウワサ」ってのを聞かなかったか?」
「はて、ウワサですか? 聞いたことありませんが……?」
「キュゥべえ曰く、神浜でちょっと前に発生していた、噂が現実になる不思議な現象らしい。魔女や魔法少女とも違う魔力を持ち相当被害をもたらしたってキズナ先輩はアイツから聞いたらしい。で、もしかしたら今回の件もそれと関係があるんじゃないのかって」
「え? そうなんですの!? ……ていうか私が元住んでた町ってそんなのが跋扈してたんですの!? え、全然初耳ですわ! ええ!?」
ぼたんは初めて聞く情報に酷く驚き、ショックを受けているようだった。
どうやらそんな怪物共がいる中で普通に生活していたのが信じられないらしい。
無理もないだろう。
ララだって初めて魔女のことを知った時衝撃を受けた。
怖いものは怖いし不気味なのは不気味なのだ。
ルーミエは駄目元で聞いたのか、少し困ったような顔をする。
「うーん、初耳か。ま、仕方がないのかもしれねぇな。ボタちゃん、魔法少女になってすぐこっち来たし。じゃあおまじないみたいに変な噂話は聞かなかったか? 都市伝説みたいなの」
「あ、それならば存じておりましてよ」
が、ぼたんはほぼ即答で噂話の件については割とあっさり答えた。
「色々ありましたわよ。一人ぼっちの最果てに口寄せ神社。絶交階段……だったかしら。どちらも私、お友達に聞きました。そう言うのただの作り話だと思っていましたけれど……もしかしたらそれが「ウワサ」とやらの母体かもしれませんわねえ」
ぼたんは思い返すように呟く。
一人ぼっちの最果てに、口寄せ神社に、絶交階段。
名前を聞くとそれは何だか噂話より怪談のようだ。
ララは思わず自分の腕をさすった。
やっぱり不気味だなと思ったから。
「……成程な。ウワサの母体……」
一方でルーミエは顎に手を当てて、しばし間黙り込んだ。
それから真面目な顔で二人を見渡す。
「ありがとう。話聞かせてくれて。後さっきも言ったけど、まだ何も分かってないから警戒だけはしといてくれよ。ちょっとでもおかしいなと思ったら、迷わず連絡する。いいな?」
「はーい」
「分かっておりますわ」
二人が揃って返事をすると、ルーミエはようやく表情を緩めた。
ふぅ、と息を吐いて二ッと笑う。
「よし、なら暗い話はここまでだ。ちょっと寄り道して帰るぞ」
「? 寄り道?」
「ああ。今日は二人とも頑張ったからな。ご褒美だ」
きょとんとするララとぼたんを連れて、ルーミエは町外れから商店街の方へ歩き出した。
日が傾いて、空はオレンジ色に染まり始めていた。
人通りの増えた道を抜けて、ルーミエが足を止めたのは、服飾やアクセサリーの店の前だった。
窓際には帽子やアクセサリーがたくさん並んでいる。
「最近、魔女狩りに付き合わせっぱなしだったろ。いつも助かってるし、そのお礼だ。何か買ってやるから好きなの選びな」
「えっ! いいの!?」
「ほ、本当によろしいんですの? 太っ腹過ぎますわ!」
「いいって。たまには先輩らしいことさせろ」
ルーミエは照れ臭そうに頬を掻いた。
ララとぼたんは顔を見合わせて、それからぱあっと笑顔になる。
店内に三人で入った。
店の中はララの知らないものでいっぱいだった。
ぼたんはさっそくリボンの棚に張り付いて「ふむ。これも素敵ですわ、でもこっちも甲乙つけ難い……むむむぅ」と真剣に悩んでいる。
ララはその間、店の中をぐるぐると見て回って、ふとある帽子の前で足を止めた。
深い紺色のキャスケットだった。
つばの近くに、小さな星の刺繍が一つだけ付いている。
(……あ、可愛いかも)
気付いたら手に取っていた。
被ってみたい。でも、高いみたいだしどうしよう。
「それか?」
その時いつの間にか、後ろにルーミエが立っていた。
ララは慌てて帽子を背中に隠そうとして、すぐに諦める。
「え、あ、えっと……」
「似合うと思うぞ。被ってみ」
言われるがままに被って、鏡の前に立った。
鏡の中のララは、いつもよりちょっとだけ大人っぽく見える。
星の刺繍も、なんだか良い感じだ。
「うん、良いな。それにするか?」
「……いいの? けどこれ、ちょっと高くない?」
「子供が値段なんか気にすんなよ」
ルーミエはそう言って、帽子の上からぽんとララの頭を叩いた。
そこへ嬉しそうな声が飛んでくる。
「星尾さん! 私、決めましたわ!」
駆け寄ってきたぼたんの手には、赤いリボンが握られていた。
真っ赤で、端っこに細かいレースがついている。
「どうです? 中々センスが良いでしょう?」
「ああ、似合ってる。ボタちゃんらしいな」
「ふふん、そうでしょう!」
ぼたんは得意げに胸を張る。
ルーミエは二人分の会計を済ませて、紙袋を渡してくれた。
「ほら。大事にしろよ」
「ありがとうございます、星尾さん!」
「ありがとう、ルーミエ!」
店を出ると、空はもう薄紫色に変わっていた。
ララは帽子の入った袋を、ぎゅっと両腕で抱きしめる。
誰かに何かを買ってもらうなんて、いつ以来だろう。
お爺ちゃん以外の人に、あんなふうに頭を撫でてもらったのも、多分初めてだ……。
隣ではぼたんがもう包みを開けて、リボンを眺めてにやにやしている。
前を歩くルーミエの背中も、街灯の光に照らされていた。
(……大事にしよう)
ララは心の中でそう思った。
この帽子も、この場所も、この人たちも。
家に帰れば、また明日もいつもの朝が来るのだろう。
でも、この帽子を被れば、ちょっとだけ頑張れる気がした。
ララは袋を抱え直すと、少し早足で二人を追いかけた。