「……お騒がせして、ほんまにすんませんでした」
あまりにも静かな、しかし通る声が特訓室に響いた。
静寂の中、一番隊特別地下室の薄暗い入口からスッと姿を現したのは——先ほどまで南の島でバカンスを満喫していたはずの、市丸ギンであった。
その身体には、先ほどまで誰も感知できなかった『霊圧遮断の外套』が纏われており、それを一枚、ハラリと肩から滑り落とす。
「「「「「「………………っ!?!?!?」」」」」」
その場にいた全員の時が止まった。
あの浦原喜助が扇子をポロリと落とし、夜一が目を丸くし、砕蜂に至っては「な……な……」と口をパクパクさせるばかり。
そして、山本元柳斎重國と卯ノ花烈という三界の二大巨頭すらも、言葉を失って絶句していた。
完璧に逃げ切り、絶対に捕まらない安全圏にいたはずの男が——自らこの地獄の底へと戻ってきたのだ。
しかも、その顔にはいつもの胡散臭いニヤニヤとした狐目はなく、静かで真摯な面持ちであった。
ギンは一番隊の冷たい床にゆっくりと片膝をつくと、一切の言い訳も挟まず、深々と頭を下げたのである。
「……ワイの浅知恵で護廷の皆さんや現世の方々に多大なご迷惑をおかけしました。山本総隊長殿、並びに各隊長方……心よりお詫び申し上げます」
静まり返る特別地下室。
(((((((本物の……市丸ギン……だと……!?)))))))
「……市丸」
沈黙を破ったのは、山本元柳斎重國であった。
元柳斎は重々しい足取りでギンの前へと歩み寄ると、静かにその頭上を見下ろした。
「……なぜ戻った。お主の知略ならば、一生我が護廷の追跡を逃れ、悠々自適に暮らすことも叶ったであろうに」
ギンは頭を下げたまま、フッと口端を小さく緩めた。
「……逃げ切るのは簡単や。けど……自慢の隠密術を全部出し切って、護廷十三隊の凄腕の方々と化かし合いさせてもらって……胸がすきましたわ。……それに、これ以上逃げ回って、卯ノ花隊長や皆様に余計な苦労をかけるのも、筋が違いまっしゃろ?」
その言葉には、一切の嘘偽りも、策略もなかった。
己の知略の限りを尽くして完全勝利を収めたからこそ、最後は己の足で戻り、筋を通す。
それこそが、市丸ギンという男の流儀(美学)であった。
「…………」
元柳斎は深々と息を吐き、流刃若火を収めた。
「……見事なり、市丸」
「総隊長閣下!?」と砕蜂が思わず声を上げるが、元柳斎は手でそれを制した。
「自らの知謀で我らの包囲網を完全に破りながら、驕ることなく自ら戻り、誠意を以て謝罪した。卯ノ花の言う通り……誇りと筋を通すその態度、真に天晴れである」
元柳斎の目が、静かに砕蜂へと向けられた。
「……砕蜂」
「は、はっ!」
「市丸の無罪放免の条件として……月一度でよい。市丸、お主のその『隠密・欺瞞・知略の極意』を、砕蜂と隠密機動に教授してやってはくれぬか」
「っ……!? 閣下、それは……っ!!」
「嫌か、砕蜂? 先ほどお主は市丸を取り逃がした己の不甲斐なさを恥じておったろう。ならば、格上の者から学び、研鑽を積むことこそが隠密機動総司令の務めではないのか?」
「うぐっ……っ!!」
ぐうの音も出ない正論に、砕蜂は顔を真っ赤にしながら、血が出るほど唇を噛みしめて沈黙した。
「……ふふ、ワイでよければ、喜んでお教えしますよ、砕蜂隊長」
ギンがフッといつもの狐目に戻り、柔らかく笑いかける。
「……ふんッ! 勘違いするな! 貴様を認めたわけではない! ……だが、約束だ。月一度、極意を叩き込んでもらうからな……ッ!」
ツンと横を向く砕蜂。
こうして、市丸ギンは持ち前の圧倒的知略と最後の完璧すぎる筋の通し方によって、【完全無罪放免】という最高の結果を力ずくで(そして美しく)勝ち取ったのであった!
……そして。
「「「あの……総隊長殿……? 僕(私・ワイ)らは……?」」」
床に転がったまま、指をくわえてその美しい和解劇を見ていた京楽春水、朽木ルキア、平子真子の三人。
山本元柳斎重國は、ゆっくりと彼らの方へ振り返ると、凍りつくような冷徹な眼光を向けた。
「お主らには……市丸のような『美学』も『反省』も感じられぬ」
「あらあら……そうですね。仲間を売って逃げ回ったお三人には……まだまだ『心の教育』が必要なようですわね?」
幻のスイーツの回道光を怪しく輝かせる卯ノ花烈。
「「「ぎゃああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!(本日一番の絶叫)」」」
市丸ギンの鮮やかすぎる無罪放免の横で、情けない三人の悲鳴が朝まで一番隊地下室に虚しく響き渡るのであった——
市丸ギンは、、この説教シリーズの最初の犠牲者だったので、最後は綺麗にやり返す展開にしました。まぁ3人組は合掌です