一番隊執務室の重々しい扉が閉まり、廊下に静寂が戻る。
山本元柳斎重國から下された命令は、異例とも言えるものだった。
『十三番隊隊長・浮竹十四郎の持病が悪化し、隊務の滞りが目立つ。……おぬし、十三番隊へ出向し、雑務の統括と隊舎の維持を行え。表向きはただの応援派遣じゃ』
総隊長自らの指名。だが、その真の意図を主人公は察していた。
志波海燕の件で藍染の介入を退けたとはいえ、十三番隊は浮竹の体調不良に乗じた「外部からの干渉」を受けやすい隙が生じている。総隊長は、天理という絶対不可侵の重石を十三番隊の渦中に置くことで、見えない脅威から隊を護らせようとしているのだ。
1. 十三番隊舎の出向初日
竹箒を背負い、荷物を一つだけまとめた主人公が十三番隊舎の門をくぐる。
「あ! お前は……一番隊の!」
庭で稽古をつけていた志波海燕が、天理の姿を見つけて目を見開いた。
「志波副隊長。本日より総隊長閣下の命により、十三番隊へ出向となりました、一番隊所属の平隊員です」
「マジかよ! 総隊長からの応援って聞いてたから、どんだけ厳つい席官が来るかと思ってたら……お前か!」
海燕は大笑いしながら飛んでくると、天理の背中をバシバシと叩いた。
「いやー助かる! 浮竹隊長がまた倒れちゃってよ、書類仕事と隊舎の管理で手が回らなくなってたんだ! お前が来てくれるなら百人力だぜ!」
「……私はただの平隊員ですので、大した仕事はできませんが」
「ハハッ、謙虚だなあ! ルキア! ルキアも来い! お前の箒の師匠が出向してきたぞ!」
「なっ……! 師匠などと、海燕副隊長、からかわないでください!」
奥から顔を真っ赤にした朽木ルキアが走ってくる。
「……久しぶりだな、天理殿。一番隊からの出向、心強いぞ」
ルキアは少し恥ずかしそうに、だがどこか嬉しそうに深々と頭を下げた。
2. 雨乾堂(うかんどう)での静かな対峙
その日の夕刻。
天理は、浮竹十四郎が療養している隊舎奥の「雨乾堂」を訪れていた。
病床の浮竹は、お茶を差し出す主人公に穏やかな笑みを向けた。
「すまないね……山じい(総隊長)に余計な心配をかけてしまったようだ。君のような優秀な隊員を一番隊から借り受けることになってしまって」
「滅相もございません、浮竹隊長。お体をお大事になさってください」
天理は静かに一礼し、下がろうとした。
その時、浮竹がふと、優しくも鋭い目を向けた。
「……山じいが君を選んだ理由が、少し分かった気がするよ」
「……?」
「君の纏う空気には、一切の『濁り』がない。まるで外界のあらゆる害意を弾き返すような……不思議な静けさだ。海燕やルキアが君に全幅の信頼を寄せているのも納得できる」
浮竹は温かいお茶を一口すすり、静かに言った。
「十三番隊へようこそ。君がここにいてくれるなら、私も安心して療養に専念できそうだ」
「……勿体なきお言葉です」
天理は静かに頭を下げ、雨乾堂を後にした。
3. 忍び寄る影と「絶対の先制」
夜。月明かりが十三番隊の庭園を照らす。
天理は一人、竹箒を手にして落ち葉を掃いていた。
(……やはり、現れたか)
天理の「絶対先制の瞳」が、隊舎の屋根の影に潜む黒い気配を捉える。
それは十三番隊の内部資料——特に、志波海燕の霊圧データや、朽木ルキアの崩玉に関する素体情報を探ろうとする、藍染の放った隠密機動くずれの放浪虚(あるいは密偵)だった。
相手が「十三番隊の書庫へ侵入しよう」と意図したコンマ数秒前。
(先制打撃——出力〇・一%)
パツンッ……!
夜の静寂の中に、極小の空気が弾ける音だけが響いた。
屋根の上にいた密偵は、何が起きたかも理解できぬまま、脳幹へダイレクトに叩き込まれた不可視の衝撃によって、絶命の隙すら与えられず一瞬で意識を絶たれ、消滅した。
気配すら残さない完璧な処刑。
「……十三番隊の庭掃除は、一番隊よりも少し落ち葉が多いですね」
天理は何事もなかったかのように竹箒をひと滑らせし、夜風になびく自分の隊服の袖を整えた。
山じいの頼み通り、この十三番隊の平和と仲間たちの笑顔は、この平隊員が陰から完璧に死守してみせる。
月光の下、静かな竹箒の音だけが、夜の十三番隊に響き続けていた。