1. 一番隊舎・深奥
十三番隊の朽木ルキアが現世の空座町へ派遣されることが決まった前夜。
暗がりが支配する一番隊舎の奥深く、山本元柳斎重國の声が重々しく響く。
「……十三番隊の朽木ルキアを現世に赴かせる。天理、察しておるな」
「はい。五番隊副隊長・藍染惣右介の視線が、あの少女に注がれています。かつて志波副隊長を狙って失敗した奴が、今度は新人の彼女を起点に何かを企んでいるはずです」
平隊員の羽織を着た天理が、影の中から静かに答える。
山本総隊長は目を閉じ、深く頷いた。
「うむ。海燕の件でおぬしが影から手を打ち、奴の罠を粉砕したのは正解であった。だが藍染は諦めておらん。……ルキアを守るか」
「いえ」
天理の答えは即座だった。
「過剰な保護は藍染にこちらの存在を勘づかせる隙を与えます。私はただ……ルキアの周りで『理』が大きく狂いかけたその瞬間だけ、影から先制して摘み取るまでに留めます」
精神世界から『百花繚乱』の涼やかな声が、天理の脳裏に重なる。
(ふふ……海燕副隊長を死の運命から救い出したように、あの少女の運命も陰から守り抜くのですね)
山本総隊長は片目を開け、天理を見据えた。
「……うむ。表舞台は我ら護廷十三隊が担う。おぬしは変わらず、誰の目にも止まらぬ『影』であれ」
「御意」
天理の姿は、霊圧の一片すら残さず消え去っていた。
2. 十三番隊舎・静かな旅立ちの前
翌朝。現世赴任の準備を終えたルキアは、隊舎の道中で一人落ち葉を掃いている天理の姿を見つけた。
「七瀬どの。本日より、現世の空座町へ赴任することになりました」
「ああ、朽木さん。現世赴任ですか、気をつけて行ってきてくださいね」
天理が穏やかに微笑むと、後ろから豪快な声が響いた。
「おうルキア! 準備はできたか!」
姿を現したのは、ピンピンして元気そのものの副隊長・志波海燕だった。
「海燕様! はい、滞りなく」
「よしよし! 初めての長期赴任だが、お前なら大丈夫だ! 何かあったらすぐ俺や浮竹隊長に連絡しろよ? 天理も、何かあったら現世に菓子でも送ってやってくれ!」
「はは、そうですね。現世の甘味は美味しいらしいので、ルキアさんのお土産を楽しみに待っています」
海燕がルキアの頭をガシガシと撫で、ルキアも嬉しそうに微笑む。
かつて藍染が送り込んだ凶悪な虚(メタスタシア)は、海燕たちに届くコンマ数秒前に天理の手によって「存在ごと消去」された。そのため、海燕は今も十三番隊の頼れる副隊長として元気にルキアを指導しているのだ。
ルキアが穿界門へ向かった後、海燕はふと天理に向き直った。
「なあ天理。ルキアのやつ、少し緊張してたみたいだが……大丈夫かな」
「大丈夫ですよ、志波副隊長。……ルキアさんがどれほど窮地に陥ろうと、最悪の結末なんて訪れませんから。世界は案外、正しく守られていますよ」
天理の言葉に、海燕は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにニッと笑った。
「ハハッ! お前がそういうなら安心だな! よーし、俺は仕事に戻るか!」
3. 忍び寄る運命の影
元気に走り去っていく海燕の背中を見送りながら、天理は竹箒を静かに立てかけた。
(海燕副隊長を救ったことで、藍染の計画はすでに大きく狂っている。……だが、奴はルキアを使って必ず次の手を打ってくる)
天理の手の中で、『百花繚乱』が美しく鳴り響く。
「天理。あの少女が現世で『運命の少年』と出会い、物語が動きますね」
「ああ。どれほど巨大な陰謀を企てようと……私の届く範囲で『不条理』が起きることは許さない。行こう、百花」
「ふふ……はい、私の愛しい主様。あなたの絶対の理で、あのおろかな死神(藍染)の企みを再び砕いて差し上げましょう」
海燕が無事に生きているこの世界で、天理は再び影から藍染の陰謀を先制破壊すべく、静かに動き出すのだった。