1. 清浄塔居林・深奥の闇
「……フフ、完璧だ。これで私は『死者』となり、陰からすべてを操る」
清浄塔居林(せいじょうとうきりん)。すでに四十六室の賢者・裁判官全員を屠り、彼らを模した傀儡(かいらい)を据え置いた藍染惣右介は、壁に吊るされた自らの偽装死体(鏡花水月の能力による催眠)を見上げ、満足げに薄笑いを浮かべていた。
「これで雛森は混乱し、日番谷は踊る。……だが、不確定要素はすべて排除しておかねばならないな」
藍染は隣に立つ市丸ギンに視線を送る。
「志波海燕、そして浮竹十四郎だ。海燕が生きていること自体が計算外のノイズ。そして浮竹が双殛(そうきょく)の解体法を突き止めようと動いている。……ギン、予備の『刺客』群を起動させろ。東仙が用意した隠密用の特異体(虚と死神の融合実験体)十数頭……奴らに志波海燕と浮竹十四郎を同時に襲わせ、闇に葬る」
「はいはい、藍染隊長。……不運なお人らやなぁ」
市丸が薄気味悪い笑みを浮かべ、暗闇の中へと姿を消す。
藍染の計算に狂いはなかった。
旅禍の侵入による混乱、自らの『死』による隊長格の分断、そして邪魔者の完全抹殺。
すべては完璧に仕組まれた壮大な劇のシナリオのはずだった。
ただ一つ——その暗がりの中に、いつの間にか「冴えない平隊員」が静かに立っていること以外は。
2. 事象の消滅——天理の全自動先制破壊
「……相変わらず、裏でコソコソとくだらない小細工を重ねる男だ」
清浄塔居林の天井の影。
影と同化し、息遣いすら消した七瀬天理が、眼下の藍染を見下ろしていた。
天理の脳裏で、斬魄刀『百花繚乱』が可憐に、そして冷ややかに囁く。
(天理。五番隊副隊長の命令に従い、特異体12頭が志波副隊長と浮竹隊長へ向けて全速力で移動を開始しました。接触まであと三秒……)
「そうか。……なら、一秒も残すな」
天理は腰の『百花繚乱』の柄に手をかけることすらしない。
ただ、天理の瞳が微かに朱色に光る。
(絶対先制機能——事象の全自動並列消去(オート・キャンセル))
——コンマ0.0001秒前。
第一の刺客群(志波海燕へ向かった隠密特異体6頭):
海燕が十三番隊舎の廊下を歩いているその瞬間、背後の空間から飛び出そうとした死角の刺客たち。
彼らが「殺意」を抱いて爪を伸ばそうとした瞬間に、天理の概念破壊が作動。
攻撃行動を起こす前に、霊子の一片、魂魄の記憶、存在の概念そのものがミクロの極限まで粉散し、空気へと溶けた。
海燕は「ん……? なんか背中が妙に涼しいな?」と首をかしげ、そのまま素通りした。
第二の刺客群(浮竹十四郎へ向かった隠密特異体6頭):
雨乾堂(うかんどう)で書類をめくっていた浮竹の頭上。天井裏から忍び寄った刺客たち。
彼らが霊圧を解放しようとした前に、同じく事象ごと消滅。
浮竹は「ふぅ、少し風が出てきたかな」と咳込みながら、お茶を啜るだけだった。
さらには——。
(天理、藍染が「もしもの時」のために清浄塔居林の周囲に張り巡らせていた自動防衛用の呪符結界・および予備の実験体50頭の反応も検知しました)
「全部だ。藍染が企む『不条理な害意』を、発生した瞬間に自動で消せ」
(畏まりました、愛しい主様——『百花繚乱・自動粛清(オート・パージ)』)
——シュン、シュン、シュン、シュン……!
瀞霊廷の陰で、藍染が数十年かけて準備してきた保険、予備暗殺計画、隠しトラップ、秘密実験体の全てが、誰一人としてその存在を認識することすらできぬまま、全自動で完璧に無へ帰していった。
3. 神の焦燥
数分後。清浄塔居林。
「……? 待ち給え」
自らの偽装死体を眺めていた藍染の顔から、笑みが消えた。
「……どうしたん? 藍染隊長」
戻ってきた市丸が首をかしげる。
藍染は胸のポケットから、自らの神経とリンクさせた特殊な通信霊符を取り出していた。
そこに表示されているのは、「応答なし(全個体消失)」の文字。
「……志波海燕と浮竹十四郎の生体反応が消えていない。どころか、刺客たちとの通信が、接触する『前』に全て途絶した」
「え……? 逃げられたっちゅうことですかい?」
「違う!」
藍染の声に、初めて「感情の乱れ」が混じった。
「逃げられたのではない! 攻撃を仕掛けることすらできず、何の霊圧の衝突もなく……存在そのものが消去されたのだ! それだけではない、私がここに用意していた予備の実験体も、結界も……全てだ! 全てが『なかったこと』にされている!」
藍染の額に、微かな冷や汗が伝う。
「あり得ない……! 私の鏡花水月すら超える範囲で、私の知らぬ『絶対の力』が作動しているというのか!? 一体誰だ……! 山本元柳斎か!? 浦原喜助か!? それとも……!」
すべてを掌の上で転がしているはずの完璧主義者が、自分には決して感知できない「影の支配者」の存在を突きつけられ、底知れぬ恐怖と不快感に苛まれていた。
「……フフ」
天井の暗闇で、天理の口元が微かに歪む。
(哀れな男。自分が世界の頂点に立つ気でいるようだが……お前の計画など、最初から私の箱庭の中での戯れに過ぎない)
4. 劇場の幕開け
「……まあええやないですか、藍染隊長」
市丸がニヤニヤしながら声をかける。
「崩玉さえ手に入れば、そんなノイズ関係あらへん。双殛の丘での処刑は予定通り進みますんやから」
「……フッ、そうだな。取り乱した」
藍染はすぐにいつもの冷徹な面持ちを取り戻し、眼鏡を指で押し上げた。
「どのような障害があろうと、私は神となる。双殛の丘で、全てを終わらせよう」
藍染たちが姿を消した後、天理は静かに天井から舞い降りた。
その手に持っているのは、いつもと変わらぬ一本の竹箒。
「さて……表の舞台では、一護くんと白哉隊長の一騎打ち、そして藍染の正体暴露へと向かうな」
天理の隣に、実体化した『百花繚乱』の美しい幻影が寄り添う。
「天理。藍染惣右介は、自分が崩玉を手に入れて勝利すると信じ切っていますね」
「ああ。盛大に踊ってもらおう。……だが、ルキアさんの命を奪うことも、瀞霊廷を破壊することも絶対に許さない」
天理は静かに竹箒を立てかけた。
「舞台の上で輝くのは、命を懸けて戦う一護くんやルキアさんたちだ。……裏方の私は、最後まで静かに、完璧に『不条理』を消し去るとしよう」
夕暮れに染まる瀞霊廷。
最強の平隊員・七瀬天理の絶対的な支配のもと、物語はついにクライマックスの「双殛の丘」へと向かっていくのだった。