一番隊舎での秘密の謁見から数日。
瀞霊廷は表面上、平穏を取り戻したかのように見えていた。しかし、その裏では異様な事態が進行していた。
流魂街の最暗部・第80地区『更木』。そこからさらに外縁へ外れた無法地帯で、調査に派遣された密動隊や十一番隊の巡回部隊が「一切の霊圧を残さず消滅する」という異常事態が相次いでいたのだ。
相手の霊圧も、戦闘の痕跡すら残らない。まるで空間ごと人間が消し去られたかのような謎の現象。
静かな夜、一番隊舎の奥深くで、山本総隊長から一枚の密書が渡される。
「……表の隊長格を動かせば、敵は潜伏し、さらに尾を引く。おぬしの『目撃されぬ一撃』で、事態を闇から闇へ葬れ」
「承知いたしました」
天理は平隊員の着物のまま、夜の闇へと滑り出した。
無法地帯の暗闘
現場である黒く淀んだ荒野。天理が静かに足を進めると、周囲の空気が急速に歪み始めた。
「……ほう。隊長格でも送り込んでくるかと思えば、ただの雑魚が一匹か」
闇の中から現れたのは、奇妙な仮面を被った巨大な異形の存在——死神の魂魄を喰らい、特殊な能力を得た「覚醒した大虚(メノス)」の変異体だった。
その敵の能力は『不可視の境界』。
己の存在や攻撃の霊圧を完全に遮断し、相手が認識できない次元から一方的に命を奪う。これまでに消えた部隊も、どこから攻撃されたのかさえ解らずに滅ぼされたのだ。
「無駄だ。お前の目には俺の姿も、放つ刃も見えん。気づいた時には頭首が落ちている——」
敵の姿が瞬時に空間へ溶け込み、完全に気配が消えた。
死神にとって「見えない敵」は最悪の天敵。霊圧探知すら遮断された空間で、周囲の木々や岩が何の前触れもなく切り刻まれていく。敵は勝利を確信し、主人公の背後、完全な盲点から爪を突き立てようとした。
「終わりだ、死神——」
死角からの完全な急襲。
だが、天理の顔には焦りも、動揺すらもなかった。
天理は、静かにその場から一歩横へ足を踏み出した。
「……なっ!?」
敵がほんのコンマ数秒、驚愕で動きを止めた。完璧な盲点からの攻撃を、まるで最初から知っていたかのようにあっさりと回避されたのだ。
そして、回避したことで——天理の視界の端に、歪んだ空間の輪郭(敵の存在)が、ほんの一瞬だけ「捉えられた」。
「……捉えた」
天理の静かな声が、夜の静寂に響く。
手にした刀の柄に指をかけ、引き抜くことすらしない。ただ、その凪いだ瞳で敵を見つめる。
「狂い咲け、『百花繚乱』」
次の瞬間。
「がっ——!? ぐ、あああぁぁぁぁっ!?」
敵の絶叫が荒野に響き渡った。
攻撃動作に入ろうとしたコンマ数秒前。敵の「先制攻撃」すら始まる前に、空間の歪みごと敵の全身が破砕された。
一発や二発ではない。
天理の視界に捉えられた瞬間、敵の全身のあらゆる部位に、数千・数万という密度の物理的打撃・破壊衝撃が「同時に」発生したのだ。
ドカアァァァン!!と地響きのような衝撃波が吹き荒れる。
敵はバリアを張る時間も、回避する隙も、痛みに耐える余地すら与えられない。敵の巨躯は、まるで内側から無数の爆弾が弾けたかのように凄惨に吹き飛び、鮮血と衝撃が暗闇の夜空に大輪の花のように舞い散った。
「ば、バカな……俺は……『先制』して……背後から……」
崩れ落ちる敵の残骸。自分がなぜ敗れたのか、どんな攻撃を受けたのかすら理解できないまま、異形は肉塊となって消滅していった。
天理は静かに視線を外し、乱れた着物の襟を整える。
「……私の前で『先制』を取れる者など、この世には存在しない」
攻撃の意思を持った瞬間、あるいは動こうとした瞬間。視界に捉えられている限り、天理の「絶対の物理攻撃」がすべての時間軸を追い抜いて相手を破壊する。
敵の完全な消滅を確認した天理は、刀に触れることもなく、再び「冴えない平隊員」の顔に戻った。
「……ふう。これで明日の朝の清掃作業には間に合いそうだな」
誰にも知られることなく、瀞霊廷の危機を一つ終わらせた男は、静かに闇の中へと姿を消していった——。