双殛の丘での動乱が収束し、藍染たちの離反という前代未聞の事態に瀞霊廷が揺れる中——。
一番隊執務室。
立ち込める線香の煙と、重厚な沈黙。その奥に佇む護廷十三隊総隊長・山本元柳斎重國の前に、一人の男が静かに平伏していた。
一番隊執務室・極秘の対面
「……よく励んだな、七瀬天理」
重々しく響く元柳斎の声。
「は。恐縮にございます、総隊長閣下」
平伏する天理の姿勢には微塵の乱れもない。表向きは十三番隊の冴えない平隊員に過ぎない天理だが、この部屋においてのみ、彼が護廷十三隊の隠された「絶対の盾」であることが認められていた。
「藍染の謀略、そして崩玉の奪取……抑えきれなんだか」
「申し訳ございません。崩玉そのものの移動と藍染の離反につきましては、表の理を壊さぬよう、あえて干渉を最小限に留めました。……ですが、志波副隊長の命、朽木ルキアの霊核、そして瀞霊廷の主要戦力被害につきましては、全て『先制』にて皆無に抑え込んでございます」
「うむ……」
元柳斎はゆっくりと目を閉じ、深く頷いた。
志波海燕が生きていたこと。ルキアが一切の傷を負わずに崩玉だけを抜き取られたこと。清浄塔居林の暗殺部隊が一瞬で消滅していたこと。
他の隊長格には「奇跡」や「謎の現象」と見えている全ての裏で、この平隊員が一滴の血も流さずに不条理を粉砕していたことを、元柳斎だけは正確に把握していたのだ。
暗黙の合意と「破面(アランカル)」への備え
「藍染は虚圏(ウェコムンド)へ逃れた。奴は崩玉を使い、破面の大軍勢を作り上げるつもりであろ」
元柳斎の目が見開かれ、その眼光から凄まじい熱気が溢れ出す。
「七瀬よ。お主の力を持ってすれば、虚圏へ乗り込み、藍染が動く前にその存在ごと消し去ることも可能であろう。……なぜそれをせぬ」
問われた天理は、顔を上げずに淡々と答えた。
「私の力は『不条理な破滅から理を守る』ためのものに過ぎません。世界の天秤を無視して私が直接藍染を消し去れば、現世と虚圏、そして霊界の霊子バランスが崩壊いたします。……それに」
「それに……何じゃ?」
「……表の舞台で命を懸けて抗おうとする黒崎一護や、彼を支える隊長格皆様の『覚悟』まで奪うつもりはございません。藍染という災厄を乗り越えることこそが、これからの護廷十三隊に必要な糧となります」
その答えを聞いた元柳斎は、髭を撫でながらフッと口元を緩めた。
「相変わらず、己の持つ神のごとき力をどこまでも弁えた男よ。……良い。お主の言葉通り、表の戦いは一護や隊長らに任せる。……だが」
元柳斎の威圧感が一段と増す。
「奴らが手に負えぬ『不条理な害意』が現世や瀞霊廷に及んだ時……お主の『先制』、全幅の信頼をもって余が赦す。陰より一切の害を断て」
「ハッ。総隊長閣下のご命のままに」
擦り合わせの完了、そして次の防衛線へ
こうして、護廷十三隊の頂点である山本元柳斎と、裏の最強者である七瀬天理との間で、今後の「作戦方針(すり合わせ)」が完璧に完了した。
表の戦闘:破面(アランカル)の襲来、および今後の抗争は、黒崎一護や現世派遣隊、各隊長格に任せる。天理は直接介入せず見守る。
裏の絶対防衛:藍染や破面側が仕掛ける「予期せぬ不意打ち」「卑劣な暗殺」「世界の崩壊に繋がる急激な霊圧汚染」などは、天理が全自動で即座に先制消滅させる。
正体の隠蔽:天理の存在と真力は、引き続き元柳斎のみが把握し、一番隊の平隊員(十三番隊出向中)として処理する。
「下がってよいぞ、七瀬。……現世への派遣隊が組まれる。日番谷らに同行し、陰から現世を守れ」
「承知いたしました」
静かに一礼し、一番隊執務室を後にする天理。
十三番隊舎・いつもの日常
「おーい、天理! 一番隊のお使いご苦労さん!」
十三番隊舎へ戻ると、志波海燕がいつものように笑顔で手を振っていた。
「志波副隊長。ただいま戻りました」
「おう! さっそくで悪いんだが、現世への派遣隊が決まったらしくてな。お前も『現世の地理に詳しい雑用係』として、日番谷隊長たちの部隊にカバン持ちで同行することになったぞ!」
「そうですか。……やれやれ、現世でも掃除の毎日になりそうですね」
天理は苦笑いを浮かべながら、愛用の竹箒を手に取った。
(……さて。現世へ向かう破面たち……ウルキオラやグリムジョー。彼らがどれほど暴れようと、一護くんたちの成長の糧となる範囲にとどめてもらおうか)
心の中で呟く天理の瞳の奥で、可憐な『百花繚乱』が静かに舞う。
現世・空座町を舞台とした、破面編での「影の絶対防衛戦」が、今まさに始まろうとしていた。