絶対の先制   作:幻影の塔

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日番谷冬獅郎と松本乱菊

夕闇が深まる空座町。先ほど一護と別れた天理は、コンビニの袋を片手に静かな住宅街の道を歩いていた。

その先で、二つの異質な高密度霊圧が足を止める。現世派遣隊の隊長・副隊長を務める十番隊の二人——日番谷冬獅郎と松本乱菊だ。

「……おい、そこのでかい霊圧のない死神」

低い、だが毅然とした少年の声。日番谷が銀髪を夜風に揺らし、背の氷輪丸に軽く手をかけながら立ち塞がる。その隣では、乱菊が好奇心と警戒の入り混じった視線で天理を覗き込んでいた。

1. 違和感と警戒

「……おや、十番隊隊長格のお二人ではありませんか。こんな路地裏で夜風に当たるのも優雅ですね」

天理はいつもの淡々とした調子で軽く会釈する。だが、日番谷の鋭い眼光は緩まない。

「白々しいことを言うな。……お前、十三番隊の七瀬天理だな。浮竹隊長の書類じゃ『能力・霊圧ともに平均以下の平隊員』と書いてあったはずだが……」

日番谷は一歩踏み出し、天理との距離を詰めた。

「一番隊の報告書を読んだ。京楽隊長が一番隊執務室で総隊長とお前に呼び出され、『完全に返り討ちに遭って白旗をあげた』とな。あの京楽隊長を手も足も出させずに屈服させた平死神が、なぜ平然と現世を歩いている?」

乱菊もいつもの冗談めかした雰囲気を消し、どこか緊張した面持ちで口を開く。

「隊長から聞いたときは信じられなかったわよ。あの春水様を黙らせるなんてね。……でも、目の前に立つと分かるわ。霊圧が『薄い』んじゃない……あまりに高密度すぎて、周囲の霊子と完全に同化して『消えている』のね」

日番谷の背後で、氷輪丸が微かに鳴りを潜める。極上の冴えた観察眼を持つ日番谷は、天理の立ち姿そのものに「無駄という概念が存在しない」ことに気づいていた。

2. 隊長の責務と「絶対の防波堤」

「……京楽隊長には少しお仕置きをしただけですよ。死神としての本質を忘れ、私を都合の良い兵器として扱おうとしましたから」

天理は冷めた瞳で二人を見つめ返す。

「日番谷隊長。貴方方が現世に来た理由は分かっています。破面(アランカル)の襲来に備え、一護くんたちを指揮し、現世を防衛すること。……ですが、一つ釘を刺しておきます」

すっ……

天理が右手をポケットから出した瞬間、日番谷の背筋に冷や汗が走った。

空間が歪んだわけでも、霊圧が跳ね上がったわけでもない。ただ、「一歩でも害意を持って前に出れば、己の存在が先制して破壊される」という絶対的な理(ことわり)の予感が、若い天才隊長の喉元を物理的に締め上げたのだ。

「っ……! 氷輪丸の冷気が……凍りついている……!?」

日番谷の額から一筋の汗が流れる。斬魄刀の意思すら、天理の「先制」の威圧の前に身を縮こまらせていた。

「私の前で『犠牲を前提とした作戦』は金輪際使わないでいただきたい。死神が全力を尽くして戦うのは勝手ですが……街の一般人を巻き込み、あるいは自分たちの無力を棚上げして私に神頼みをするような真似をすれば、次は一番隊執務室どころでは済みませんよ」

「っ……く……! 誰が……誰がお前などに頼るかよ……!」

日番谷は歯を喰いしばり、威圧に抗って強く言い放った。

「俺たちは護廷十三隊だ! 現世を護るのも、破面を倒すのも俺たちの責務だ……! お前のような陰の化け物に助けてもらうためにここに来たわけじゃねえ!」

その言葉を聞いた瞬間、天理の殺気がすっと消えた。

3. 託された前線

天理の唇に、ほんの微かな、満足げな笑みが浮かぶ。

「……いい目だ、日番谷隊長。そうやって自らの足で立ち、己の刃で戦う覚悟がある限り、私は貴方方の邪魔をしません」

天理は提げていたコンビニ袋を持ち直すと、二人を横切って歩き出した。

「私は現世の『防波堤』です。破面がどれほど押し寄せようと、2km以内に侵入した敵の一般人への被害は、私が裏で『処理』します。……ですから貴方方は、余計な心配をせず前線の指揮に専念しなさい」

「……おい、待て!」

日番谷が呼び止めるが、天理は振り返らない。

「松本副隊長」

「えっ……は、はい!?」

不意に名前を呼ばれ、乱菊が背筋を伸ばす。

「日番谷隊長は背負い込みすぎる気質があります。貴方がしっかり支えてあげてください。……では」

す、と天理の姿が夕闇の街角へと消えていく。その去り際は、瞬歩の破空音すら発しない、完璧な「無」だった。

4. 残された二人

静まり返った路地裏。

日番谷は握りしめていた拳を解き、大きく息を吐き出した。その手は微かに震えていた。

「……なんだ、あいつは。浮竹隊長の部下に、あんな化け物が隠れていたのか……」

「隊長……大丈夫?」

乱菊が心配そうに覗き込むと、日番谷はフンと鼻を鳴らし、背の氷輪丸を担ぎ直した。

「ああ。……だが、あいつの言った通りだ。俺たちが不甲斐ない戦いをすれば、あの男が表に出てきて全てを無差別に破壊しかねない。……絶対に後手は踏まんぞ」

日番谷の瞳には、天理の凄絶な理に触れたことで、より一層研ぎ澄まされた死神としての誇りと決意が宿っていた。

「行くぞ、松本。一護たちの状況を確認する」

「はいはい、隊長! ふふ、でも少し安心したわ。あんなに恐ろしい死神が『後ろを護ってくれている』と思えば、あたしたちは思い切り暴れられるものね♪」

「甘えるなと言われただろ! たわけ!」

怒鳴りながらも、日番谷の表情からは迷いが消えていた。

影の絶対者・七瀬天理が敷いた「最悪の防波堤」の上で、破面編の死神たちの戦いは、より熾烈に、そして苛烈に動き始めていくのだった。

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