激闘が終わり、偽の空座町から瀞霊廷へと戻った日常。
藍染惣右介の脅威は去ったものの、護廷十三隊の隊長格たちの頭の中は、一護の活躍と同等……あるいはそれ以上に、「平隊員・七瀬天理という規格外の存在」のことでいっぱいになっていた。
だが、当の本人は至ってマイペース。今日も今日とて十三隊の掃除や雑用に精を出していたのだが——当然、周りがそれをほっておくはずもなかった。
1. 四番隊舎・卯ノ花烈の「超高圧的な笑顔」
「……あ、あの、卯ノ花隊長。市丸元隊長の容態の確認に来ただけなのですが……」
四番隊の総合救護所。天理は部屋の入り口で冷や汗を流していた。
目の前には、満面の笑みを浮かべた卯ノ花烈が静かに立っている。その背後からは、語るまでもない圧迫感(プレッシャー)がダダ漏れになっていた。
「ええ、市丸さんの命に別条はありませんわ。天理さんの回道があまりに見事でしたから……。ですが、困りましたね」
「こ、困った……とは?」
「総隊長を炎熱地獄から救い出し、高次元へ進化した藍染を『一方的にハメ殺していた』ほどの死神が、なぜ今まで一度も四番隊の定期検診をお受けになっていないのかしら……と」
卯ノ花はニコニコと微笑みながら、ゆっくりと天理へ一歩踏み出す。
「おかしな話ですわね? 霊力検査のデータでは、あなたの霊圧数値は常に『一般的な平隊員並み』として提出されていました。……一体どなたの指示で、どのような欺瞞工作をなさっていたのかしら?」
「えーっと、それは……総隊長とのアレでソレな暗黙の了解が……」
「まあ! 総隊長のお名前を出せば逃げられるとお思い? さあ、服を脱いで台へお上がりなさい。 あなたの肉体構造、霊子の巡り、そして何よりその『絶対先制』を可能にする神経系……髪の毛一本に至るまで、じっくりと検診(解剖)させていただきますわ♡」
「笑顔で恐ろしいことを言わないでください!!」
普段は絶対の先制を誇る天理も、初代剣八の放つ「逃げたら斬る」という凄絶な笑顔の前には、タジタジになって後ずさりするしかなかった。
「……天理はん、諦めて観念しーやーあの人に睨まれたら終わりや……」
ベッドの上で包帯ぐるぐる巻きになった市丸ギンが、他人事のようにからからと笑っている。
「誰のせいでこんな目に遭ってると思ってるんですか市丸さん!!」
2. 十二番隊・涅マユリの「執拗すぎるストーキング」
卯ノ花の手からどうにか(主に隙を突いた瞬歩で)逃げ出した天理だったが、隊舎へ戻る道中でさらなる災難が待っていた。
カサカサ……と、物陰から怪しい影が追ってくる。
「……出てきたらどうです、涅隊長」
天理が溜め息をついて足を止めると、電柱の陰や屋根の上から、奇抜なメイクを施した技術開発局局長・涅マユリがヌッと姿を現した。その目は怪しい狂気に爛々と輝いている。
「ネハハハ! 気づかれていたか! さすがは総隊長すら一杯食わせた理外の死神だネ!」
「ついて来ないでください。私はただの雑用係です」
「白々しいことを抜かすなヨ! 藍染の攻撃の『動作時間軸』に割り込み、強制的に後手を踏ませるあの能力……! 素晴らしい! 物理法則も霊子理論も無視した最高級の異常サンプルだネ!」
マユリは興奮気味に怪しい注射器や麻酔薬、謎の測定器を両手にジャラジャラと構えた。
「研究させてくれたまえヨ! 爪の先だけでもいい、あるいは脳のシナプスをほんの少し切り取らせてくれればそれでいいノだ! 代わりに君の斬魄刀を最新のメカ風に改造してあげてもいいヨ!」
「全部お断りします。気味が悪い」
「断る権限が君にあると思っているのかネ!? 『不可視の麻酔ガス・改』発動——!!」
マユリがニヤリと笑い、天理の足元から無色無臭の麻酔ガスが噴き出す。マユリとしては「これで動けなくなったところを研究室へ連行する」完璧な策のつもりだった。
だが——
「——狂い咲け」
ドカァァァンッ!!
「ヒギャッ!?」
マユリが麻酔ガスのスイッチを押すコンマ一秒前、天理の始解『百花繚乱』が自動発動。マユリの持つ起動スイッチが不可視の衝撃で粉砕され、ついでにマユリの鼻頭に強烈なデコピンが先制して叩き込まれた。
「がはっ!? な、なぜだ! ガスのスイッチを押す『前』に私のお鼻が破壊されているノだ……!?」
「だから言ったでしょう。『攻撃しよう』『拘束しよう』とした瞬間に、私の先制が入るんです。あなたのような罠を仕掛けるタイプには一番相性が悪いんですよ」
天理は呆れ果てた顔で、鼻を押さえて悶絶するマユリを見下ろした。
「ネハハ……! 素晴らしい……! 攻撃の『意思』すら先制して潰されるとは……! ますます解剖したくなったヨ……!」
鼻血を流しながらなおも目を輝かせるマユリに、天理は本気で引き気味の表情を浮かべた。
3. 平穏な(?)日常へ
「はぁ……前線で藍染と戦っていた時より疲れた……」
夕暮れ時。一番隊舎の縁側で、天理はぐったりと缶コーヒーを飲んでいた。
そこへ、重々しい足音とともに山本総隊長が歩いてくる。
「……天理よ。卯ノ花とマユリから逃げ回っておるそうだな」
「総隊長……笑い事じゃありませんよ。あの人たち、藍染より容赦がないんですから」
「ふむ。おぬしの実力が全員に知れ渡ったのだ、仕方のないことよ。……だが」
山本総隊長は少しだけ表情を緩め、天理の隣に腰掛けた。
「おぬしのおかげで、誰も失わずに済んだ。……ワシの命も含めてな。礼を言うぞ、七瀬」
「……柄にもないことを言わないでください。私はただ、自分の平穏な雑用生活を守りたかっただけですから」
天理はそう言って缶コーヒーを飲み干すと、静かに立ち上がった。
「さて……次は滅却師(クインシー)の動向でも警戒しながら、庭の掃除でもしますかね」
「うむ。頼んだぞ、影の絶対者よ」
隊長たちからの理不尽な追撃に頭を抱えつつも、天理の静かで規格外な日常は続いていく。
来るべき「見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)」との決戦で、絶対の初お披露目となる卍解を秘めたまま——。