絶対の先制   作:幻影の塔

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野良犬の咆哮

霊王宮の前で地を噛みしめ、血の涙を流すように打ち震える恋次。

市丸ギンの追撃によって全てを暴かれ、立ち上がる気力すら奪われかけたその時、ゆっくりと歩み寄る足音が響いた。

八番隊隊長・京楽春水だ。

京楽は深々と笠を押し上げると、いつもの軽薄な笑みを完全に消し去り、静かで重みのある目を恋次へと向けた。

1. 一番隊隊舎での「あの日」

「……阿散井くん」

低い声が、静まり返った場に響く。

「市丸の言う通り、山じいも七瀬くんも、きみの深層心理の折れを見抜いていた。……けどね、それは決して『きみを見捨てた』ってことじゃないんだよ」

「……え……?」

恋次がゆっくりと顔を上げる。その瞳には、絶望の陰りが色濃く残っていた。

「双極の丘の事件が終わり、きみが七瀬くんに冷め切った様子で事実だけを報告した……その日の夜のことだ。一番隊隊舎で、山じいと七瀬くんが二人きりで話している場に、ボクは偶然居合わせたんだよ」

京楽は遠い目をして、あの夜の緊張感を思い出していた。

「そこで山じいはね、激怒していたんだ。……いや、『怒っていた』なんて生易しいもんじゃない。あの山じいが、一番隊隊舎の柱を霊圧で軋ませるほどの激昂を見せていた」

2. 山本総隊長と天理の激昂

「『何たる不甲斐なさじゃ!』……山じいはそう怒鳴り散らしていたよ」

京楽の声が熱を帯びる。

「『かつて朽木ルキアを救うため、己が隊長(白哉)に牙を剥いたあの牙はどこへ行った! 敗北を糧にして立ち上がるどころか、無意識のうちに己に限界を定め、冷めた顔で事態を語るなど……死神の面汚しではないか!』とな」

恋次が息をのむ。

「そしてね……あの、いつどんな時も冷静沈着で、感情を表に出さない七瀬くんまでもが、冷徹な声の裏に凄まじい怒りを孕ませていたんだ」

『……失望しましたよ、総隊長』

京楽は天理の声をなぞるように語りかける。

『あの男は、黒崎一護の背中を追いかけるうちに、無意識に「自分は主役(一護)の踏み台でいい」と己の魂を納得させてしまった。誰よりも熱く戦っていたはずの男が、自分から牙を抜いて平然としている。……そんな折れた刃(ヤイバ)に、私が先制して手を差し伸べる価値も、未来を託す価値もありません』

「……っ!?」

「七瀬くんが誰かに対してあれほどの『失望』と『激怒』を露わにしたのを、ボクは後にも先にもあの時しか見たことがない。……二人ともね、阿散井くん。きみが負けたことに怒っていたんじゃないんだ」

京楽は膝をつき、恋次と視線の高さを合わせた。

「『きみが、きみ自身の魂に負けたこと』に……誰よりも憤り、誰よりも悔しがっていたんだよ」

3. 先達からの諭し

「見限られた、捨てられたと思うかい? 違うよ」

京楽の手が、優しく、しかし確かな重みをもって恋次の肩に置かれた。

「山じいがきみを隊長にしなかったのは、そんな折れた心のまま隊の重圧を背負わせれば、きみが本当に壊れてしまうと分かっていたからだ。七瀬くんがきみに接触しなかったのは、他人の言葉で与えられた慰めや発破じゃ、きみの根底にある『敗北感』は絶対に拭い去れないと知っていたからだ」

「京楽……隊長……」

「きみ自身が己の足で立ち上がり、もう一度『自分は白哉にも一護にも負けない』と己の魂に牙を取り戻すまで、彼らはあえて突き放して待っていたんだよ。……市丸の言葉は酷いが、あれはきみがずっと見ないフリをしてきた『己の弱さ』と正面から向き合うための、最後の引き金だ」

京楽は立ち上がり、空を見上げる一護とルキア、そして居並ぶ隊長たちを示した。

「霊王宮へ行けなかったのは、才能がないからじゃない。きみが『瀞霊廷の泥をすすり、己の根底から叩き直す時間』を神様に与えられたからだ。……どうだい、阿散井くん。このまま『踏み台』のまま終わるか? それとも……山じいと七瀬くんの鼻をあかして、真の『双王』となって這い上がってくるかい?」

4. 牙の復活

「………………」

恋次はゆっくりと立ち上がった。

膝についた泥を払い、血のにじむ唇を噛みしめる。

その瞳から、先ほどまでの絶望と冷めた諦観は消え去っていた。代わりに宿っていたのは、かつて朽木白哉に挑んだ時の、なりふり構わぬ「野良犬の牙」だった。

「……ハッ。……笑わせんじゃねえよ、市丸の野郎も……天理の野郎も……!」

恋次は己の胸を強く殴りつけ、溢れ出す霊圧とともに叫んだ。

「見限られた? 捨てられた? 上等だ!! 誰が誰の踏み台で終わるかよ!! 俺は……俺は泥水すすってでも、己の心ごと叩き潰して……真の『蛇尾丸』を引っ提げて這い上がってやる!!」

その叫びは、霊王宮の空間を激しく揺らした。

一護がニッと口角を上げ、白哉が静かに刀の柄から手を離す。

そして離れた場所で見ていた市丸ギンは、細い目の奥で満足そうに微笑み、元柳斎は「……フン」と小さく鼻を鳴らした。

一度完全に折れ、死んだ阿散井恋次の魂。

山本総隊長と七瀬天理の激昂の真実を知り、先達の諭しを受けた男は、今度こそ己の深層心理にある敗北を完全に打ち破り、真の死神として覚醒するための泥沼の修行へと足を踏み出すのだった。




何故阿散井恋次が真の斬魄刀の名を和尚から知らされるまで知らなかったのか、何故人材不足の護廷十三隊において戦果著しい恋次に山本総隊長が隊長にすら推薦しなかったのか代理すら無いのかに対する自分なりの考察です。恋次が断ったとかにしても人材不足の中、そんなことが許されるのか?いや許されるというなら、この私の書いている世界線では許されないので(笑)阿散井恋次ファンの方もいると思うので立ち上がる所まで一気に投稿しました
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