無駄だ、京楽春水!」
リジェの声が空から轟く。
「我が身は『神の理』により、この世のあらゆる物質・霊力・刃を滑り抜け、透過する! お前たちの如何なる攻撃も、私を傷つけることはできん!」
京楽が放った『不精独楽』も『影鬼』の刃も、リジェの体を虚しく通り抜けるだけだった。どんな攻撃も届かない絶対の無敵。
「……なるほどねぇ。斬っても突いても手応えがないわけだ」
京楽は深く帽子をかぶり直すと、二本の刀を地面に突き立てた。
「……じゃあ、これならどうだい?」
「卍解——『花天狂骨枯松心中(かてんきょうこつかれまつしんじゅう)』」
暗黒の領域が霊王宮を包み込む。
第一段『躊躇傷分合(ためらいきずのわけあい)』——相手に与えた傷が自分にも刻まれる呪い。
第二段『慚愧の褥(ざんきのしとね)』——後悔の念に濡れ、病に伏す床。
第三段『断魚の淵(だんぎょのふち)』——お互いの霊圧が尽きるまで沈み続ける不条理の海。
「ぐっ……!? なんだこの霊圧の海は……息が……っ!?」
透過するはずのリジェの肉体が、京楽の卍解がもたらす「概念の呪い」と「霊圧の絶望」によって苛まれ、動きを止めた。
そして、最終段『糸切鋏血の繭(いときりばさみちのまゆ)』。京楽の放つ白糸が、リジェの喉元を裁断する——!
「斬り落としたよ……僕の心中につき合ってくれて、ありがとうね」
首を飛ばされ、崩れ落ちるリジェ。
誰もが「勝った」と思ったその瞬間——。
第3章:神の狂気と、継承される『神 Aarti 剣』
「……許さん……許さんぞ、死神ぁぁぁぁぁぁっっ!!」
首を失ったリジェの体から、無数の怪異な光が溢れ出した。
完全に正気を失い、巨大な怪鳥の如き完全記憶形態へと変貌を遂げるリジェ。首を跳ねられてなお死なず、逆にその透過の力と破壊力は跳ね上がっていた。
「神に死はない! 神に敗北はない!! 天理という悪魔の前に倒れる前に、お前たちを塵となす!!」
天から降り注ぐ、死の光の雨。
京楽は卍解の反動とダメージで膝をつき、血を吐いた。
「ぐっ……ここまでの化け物とはね……」
「隊長っ!!」
そこへ駆けつけたのは、副隊長・伊勢七緒だった。
七緒の手には、伊勢家に代々伝わり、京楽がずっと護り続けてきた神器——『八鏡剣(はっきょうけん)』が握られていた。
「七緒ちゃん……駄目だ、退がりなさい! あいつの光は——」
「いいえ、逃げません!」
七緒は震える手で剣を強く握り直した。
「この剣は、神の光をその身に受け、八方に鏡として反射する神器! 神の力を以て神を退ける……伊勢の血を引く私にしか使えない刀です! 隊長……私に、戦わせてください!」
京楽は七緒の凛とした瞳を見つめ、やがて優しく微笑んだ。
「……大きくなったねぇ、七緒ちゃん。……よし、僕が背中を支える。二人で、あの神様を堕とそうか」
第4章:残火の太刀・南——神の透過を破る十万億の死者
七緒が八鏡剣を掲げ、リジェの放つ絶対貫通の光を真正面から受け止める!
——ガァァァァンッ!!
「なにっ……!? 私の光が……反射されるだと!?」
リジェが狼狽する。反射された己の光によって、リジェの翼が一つ削ぎ落とされた。
だが、リジェも死に狂いである。透過の能力を極限まで引き上げ、七緒の八鏡剣すら擦り抜ける「完全透過状態」へとシフトし、上空から七緒の頭上へ光の爪を振り下ろそうとした。
「私を映す刃とて、触れねば意味はない! 死ねぇ、伊勢の娘!!」
「七緒ちゃん——ッ!!」
京楽が叫んだその時。
「——戯れ言を」
地響きのような、重厚極まる声が霊王宮の空間を揺らした。
周囲の空気が一瞬で乾燥し、超高熱の嵐が吹き荒れる。
空から降り立ったのは、護廷十三隊最高統轄——山本元柳斎重國。
「総隊長閣下……!?」
元柳斎は手にした刀を、静かに大地へ突き立てた。
「残火の太刀・南——『火火十万億死大葬陣(かかじゅうまんおくしだいそうじん)』」
ズバババババババババッッ!!!!
霊王宮の白銀の大地から、焦土と化した灰の中から、果てしない数の「黒い骨の軍勢」が湧き上がった。
それは、かつて元柳斎が千年の間にその刃で斬り伏せてきた者たちの亡霊。
「な……なんだこの骨どもは!? 透過する私に、物理攻撃など——」
リジェが叫びかけた時、驚愕の事実が彼を襲った。
十万億の死者の骨は、リジェを攻撃するためではなく、リジェの「周囲の全空間」を物理的・霊的に隙間なく埋め尽くすために隙間なく群がり、しがみついたのだ。
透過とは、「攻撃を擦り抜けさせる空間」があって初めて成立する能力。
しかし、十万億の死者と、残火の太刀が発する「太陽の如き超高熱の霊圧」によって全空間が密閉・飽和されたことで、リジェの透過する隙間(退路)が完全に消滅したのだ!
「ぐわぁぁぁぁぁっ!? 熱い……熱い熱い熱いっ! 擦り抜けられん……!? 空間そのものが死者で埋まっている……っ!?」
「七緒ちゃん! 今だ!!」京楽が叫ぶ。
「はいっ!!」
透過を封じられ、焦熱と死者の群れに縛り付けられたリジェ・バロ。
その胸元へ、七緒が全身の霊力を込めて『八鏡剣』を突き立てた。
「我が一族の宿命……ここで断ち切ります!!」
ズドァァァァァァンッッ!!!!
八鏡剣がリジェの残った神の威光をすべて吸収し、何倍もの光となってリジェの体内で爆発した。
「バカな……私が……神の使者であるこの私がぁぁぁぁぁぁっっ!!」
光の旋風とともに、狙撃手リジェ・バロの巨躯は四散し、地上へと落ちていく鳥の羽となって消滅していった。
静寂が戻る霊王宮。
「……ふぅ。命拾いしたねぇ、七緒ちゃん」
京楽は帽子の庇を上げ、汗を拭った。
「隊長……私、やり遂げました……」
膝をつく七緒を、京楽が優しく抱きかかえる。
元柳斎は残火の太刀を納刀し、炎を消すと、重々しく二人を見つめた。
「見事であったぞ、伊勢七緒、京楽春水。……だが、休む暇はない。親衛隊はまだ残っておる。……行くぞ」
「はい、総隊長!」
リジェ・バロ撃破。
死神たちの反撃の狼煙が、霊王宮に高く上がったのだった。