護廷十三隊の職務が終わり、夕暮れが瀞霊廷を茜色に染める頃。
主人公は一人、二番隊の裏手に位置する古い庭園で、落ち葉を集める竹箒を動かしていた。いつも通りの目立たない雑務。静かで、誰の邪魔も入らない時間を楽しむはずだった。
「……あ〜あ、またこんなところで地味な掃除しとるんか、お前は」
だるそうな声とともに、築山(つきやま)の上にひょいと姿を現したのは、五番隊隊長・平子真子だった。相変わらずおかっぱ頭を揺らし、羽織を崩して着ている。
「平子隊長。お疲れ様です。ここが一番、落ち着くもので」
「落ち着くって……お前、たまには隊士の飲み会とか行ったらどうや。いつも一人で箒抱えて、まるで瀞霊廷の地縛霊やで」
平子は溜め息をつきながら敷石の上に腰を下ろし、小脇に抱えていた風呂敷から酒瓶を取り出した。
「まあええわ。ちょうどええところに隠れ場所見つけたと思ってたところや。五番隊の執務室におると、藍染の奴が『書類の整理を』とか言って笑顔で圧かけてくるからなぁ……」
「隊長が仕事をサボるからでしょう」
天理が苦笑交じりに返した、その時。
「〜〜〜っ! 見ーつけたぞ、真子!」
頭上の大樹の枝から、不意に軽やかな声が降ってきた。
ドサッと音を立てて身軽に着地したのは、二番隊隊長・四楓院夜一。彼女は黒の着流し姿で、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべている。
「なっ……夜一!? なんでここが分かったんや!」
「ハッ、甘いわ真子! お主の加齢臭……じゃなかった、怪しい動きなど我が隠密機動の網をすり抜けられるわけなかろう。しかもウチの隊舎の裏庭で密造酒を開けようとするとは、いい度胸じゃな」
「加齢臭は余計や! それにこれはただの清酒や!」
平子が慌てて酒瓶を抱え込むと、夜一は豪快に笑いながら主人公の肩をポーンと叩いた。
「おお、いつもすまんな平隊員。うちの部隊の庭を綺麗にしてくれて助かるぞ。……ん? お主、今『先制して酒を隠そうとした真子の腕』を、竹箒の柄でさりげなくブロックしなかったか?」
「……気のせいです、夜一様。落ち葉を払っただけです」
「ふむ……まあよい!」
夜一は気にした様子もなく、平子の隣にドカッと腰掛けた。
「おい真子、その酒を一杯寄こせ。代わりに妾のとっておきの干し肉を分けてやる」
「……横取りする気満々やないか。まあええけどな。おい、天理 お前も座れ。三人で飲むぞ」
「いえ、私は平隊員ですので、隊長格のお二人とお酒など……」
「ええから座れ! 上司の命令や!」
「そうじゃぞ、遠慮するな! ほら、飲め!」
強引に平子の隣へ座らされ、小さな盃を渡される。
二人の最高幹部は、天理がただの「影の薄い雑用係」だと思っている——あるいは、うっすらと異常な気配を感じつつも、あえて深く追及せず「面白い奴」として扱っているようだった。
「〜〜〜っ、うまい! やっぱり仕事時間中に隠れて飲む酒は最高じゃな!」
「お前は隠密機動のトップの自覚を持て……。まあ、人のこと言われへんけどな」
平子は酒を一口あおぐと、ふっと視線を主人公に向けた。
「……ところで、天理」
「はい」
「お前、さっき夜一が上から飛び降りてきた時……避けるどころか、一歩も動かへんかったな」
平子の糸目の奥で、鋭い光が微かに揺れた。
「普通、隊長格が頭上から降ってきたら、驚いて飛び退くか構えるもんや。……お前、夜一が降りてくる『軌道』も『着地点』も、全部最初から分かってたみたいな顔してたで」
夜一も干し肉を噛みちぎりながら、ニヤリと猫のような笑みを深める。
「ほう……言われてみればそうじゃな。妾の瞬歩の殺気に、微動だにせんとは。……まさかお主、かなりの猛者なんじゃないか?」
一瞬、冷たい風が庭園を吹き抜けた。
平子と夜一。護廷十三隊の中でも屈指の直感と戦闘勘を持つ二人からの、鋭い探索。
だが、天理は落ち着いた手つきで自分の盃を飲み干すと、静かに竹箒を持ち直した。
「……夜一様が降ってきた際、足元に『大きな虫』がおりましたので。下手に動いて踏んでしまってはかわいそうかと思い、動かなかっただけです」
「……は?」
「ほら、あそこに」
主人公が竹箒の先で示した地面。そこには、夜一の足が着地したコンマ一秒前に、どこからか飛んできた小石によって弾き飛ばされ、難を逃れた小さなカブトムシが歩いていた。
夜一は目を丸くした。
「……ありゃ? 妾、虫を踏みそうになっておったか?」
「……お前、あの一瞬で虫の位置を把握して、夜一の着地から逃がしたんか……? いや、それ以前に……」
平子は呆れたように額を押さえた。
「……やっぱりお前、頭のネジが数本飛んでるか、異常に目がええかのどっちかやな」
「ただの掃除の習慣です」
主人公が平然と答えると、夜一は大笑いした。
「ハハハ! 面白い! 良いぞ天理、お主気に入った! これから二番隊の庭の掃除はすべてお主に任せる! 報酬は酒と妾の昔話じゃ!」
「勘弁してください、夜一様。私の仕事が増えます」
「何を言うとる、真子の退屈な五番隊におるより百倍マシじゃろうが!」
「おい夜一、勝手にうちの(?)優秀な掃除係を引き抜こうとするなや!」
夕闇が深まる中、二人の隊長格の賑やかな口喧嘩が庭園に響き渡る。
天理は二人のやり取りを横目に、そっと溜め息をつきながら、再び静かに竹箒を動かし始めた。
(……やれやれ。藍染副隊長といい、このお二人といい……関わらないようにするのも一苦労ですね)
どこまでも平穏を望む最強の平隊員と、それに惹き寄せられるように集まる猛者たち。
瀞霊廷の片隅で、今日も静かで少し騒がしい日常が過ぎていくのだった。
次の話しの為に日常パートを入れました