霊王宮の広大な廊下。
巨大な白い布を纏った異形の怪異ペルニダ・パルンカジャスが、不気味に蠢いていた。
「ア……アアアア……ッ!!」
ペルニダの体内から発せられる霊圧は、他の親衛隊とはまるで質が異なっていた。
地上で天理から叩き込まれた「数千発の物理打撃」——その恐怖と衝撃の記憶が、霊王の左腕としての『前進・進化』の本能を異常なまでに刺激していたのだ。
「打撃……破壊……先制……! 許サヌ……死神……全て侵食シ……我ガ肉体ノ一部トナセ……ッ!!」
ビリビリと白い布が引き裂かれ、その下から無数の巨大な手指と、神経の糸が網の目のように広がっていく。
ペルニダの神経は地面を走り、霊王宮の空間、壁、大気そのものへと潜り込んで『侵食』を開始した。触れたあらゆる物質の構造を理解し、それを己の肉体として強制的に組み替え、無限に進化していく!
「ほう……これはまた、実に興味深い検体だネ」
神経の波が襲いかかる直前。
奇抜な衣装を纏った十二番隊隊長——涅マユリが、副隊長の涅ネムを従えて静かに佇んでいた。
「隊長……あの敵の神経、周囲の霊子と融合しながら急速に肥大化・進化を続けています。このままでは霊王宮の一角が丸ごと敵の肉体と化します」
「言われずとも分かっているヨ、ネム。……地上で七瀬天理の攻撃データを採っておいて正解だったネ。あの男の異常な打撃に耐えようと、敵のセル(細胞)がパニックを起こして『暴走進化』を始めているのだヨ」
マユリの口元が、歪んだ歓喜の笑みを形作った。
第2章:神経の侵食と、マユリの「先手」
「死ね……死神ぃぃぃぃっ!!」
ペルニダから伸ばされた無数の神経の糸が、マユリの身体に突き刺さる。
ペルニダの能力『強制執行(ザ・コンパルソリー)』。神経を相手の体内に侵入させ、相手の肉体を強制的に操作・捻じ切る恐ろしい力だ。
メリメリメリ……ッ!
マユリの右腕が不自然な方向に折れ曲がり、肉が捻り潰される!
「隊長……ッ!」
「騒ぐなネム。……この程度の『侵食』、想定の範囲内だヨ」
マユリは顔色ひとつ変えず、左手で持っていた注射器を折れ曲がった己の右腕に突き刺した。
次の瞬間、折れた腕がパキンと音を立てて切り離され、新たな義肢が瞬時に再生・装着される。
「私の神経に潜り込んで肉体を操る……実に理にかなった能力だ。……だがねぇ、相手の神経を辿れるということは、『こちらからの毒もダイレクトに届く』ということだヨ!」
マユリの斬魄刀『疋殺地蔵(ひきふねじぞう)』が鳴き声を上げる。
マユリがペルニダの神経に向けて放ったのは、『神経遮断凝固剤』と、天理の打撃の周波数を疑似再現した『超高速振動毒』!
「ガァァァァァァッ!?」
ペルニダが激痛に身をよじる。
侵入させた神経を通じてマユリの毒が逆流し、ペルニダの体内の神経細胞が一瞬で凍りつき、さらに激しい振動によって内側から細胞破壊を起こしたのだ。
「クックック……! どうだね? 己の進化の速度に、私の科学が先回りして追いつく気分は!」
第3章:霊王の左腕の覚醒と、ネムの限界突破
だが、相手は「霊王の左腕」であった。
ペルニダはマユリの毒を解析すると、一瞬でその毒に耐性を持つ細胞へと『自己進化』を果たした。それどころか、マユリの斬魄刀の能力すら神経経由でコピー・吸収し、巨大な手から無数の顔と歯が生えた異形の化け物へと肥大化していく!
「アハハハハ! 覚えた……死神の毒……効かぬ……! 我ハ進化ス……無限に!!」
無数に増殖したペルニダの手指が、マユリを押し潰さんと全方位から襲いかかる。マユリの仕掛けた仕込み罠や爆薬すらも、進化のスピードの前に次々と破破されていく。
「ちっ……! 霊王の肉体片の進化速度、こちらの想定を上回っているか……!」
マユリがわずかに舌打ちをした、その時。
「——隊長。私にお任せください」
前に躍り出たのは、涅ネムであった。
「ネム? 誰が前に出ろと言ったネ!」
「マユリ様。私はあなたの最高傑作です。……マユリ様を守り、敵を排除するためなら、私の『魂魄の限界値』を解除します」
ネムは己の胸元に手を当て、自らの魂魄の削り出し制限を自手で解除した。
ネムの身体から、隊長格すら遥かに凌駕する凄まじい霊圧が噴き出す。それは、彼女の全生命力を『0.83秒』という一瞬に圧縮して放つ、絶対の自己崩壊攻撃——『義魂重衝(ぎこんじゅうしょう)』!
「ネム、やめろっ!!」マユリが叫ぶ。
「マユリ様……今まで、私を作ってくださり……ありがとうございました」
ドガァァァァァァァンッッ!!!!
ネムの放った一撃が、音速を超えてペルニダの巨大な核心(手のひらの中心)をぶち抜いた!
光の柱が霊王宮を貫き、ペルニダの巨躯が数千の肉片となって弾け飛ぶ。
第4章:細胞の過剰再生と、科学者の狂気
「ハァ……ハァ……やったか……!?」
煙が晴れる中、崩れ落ちたネムの肉体。
しかし——弾け飛んだペルニダの無数の肉片が、恐ろしいスピードで蠢き始めた。
「無駄ダ……! 我ハ『過剰再生』ス……! ネムノ肉体モ……魂魄モ……全て喰らい……我ハ真の神トナル……ッ!!」
肉片の一つ一つが新たなペルニダへと再生し、倒れたネムの肉体を喰らおうと群がり始める。
「ネムに触るな……ッ!!」
マユリが狂気に満ちた眼光で飛び出し、ネムの肉片を抱き抱えてペルニダの群れから引き剥がした。
「喰らったか……ネムの肉体を。……クックック、ハハハハハハッ!!」
マユリのけたたましい高笑いが、霊王宮に響き渡る。
「な……何が可笑しい……死神……!?」
「可笑しいに決まっているだろう! ネムの細胞が何で作られているか、貴様のような出来損ないの左腕に分かるはずもない! ネムの肉体は……『無制限の細胞強制分裂器官』そのものなのだヨ!」
「……なっ!?」
ペルニダの体内で、異常事態が起きた。
ネムの肉体を喰らったペルニダの細胞が、ネムの持つ超腫瘍性細胞(過剰分裂能力)を取り込んでしまい、自身の制御能力を超えて『永遠に細胞分裂を繰り返し続ける』状態へと陥ったのだ!
「ア……ガガガッ!? 体が……細胞が……止まらない……!? 増えすぎる……壊れる……ッ!?」
「進化とは変化だ。だが、制御できない無限の分裂は……ただの『癌(ガン)』なのだヨ!! 自らの過剰な再生力に潰され、細胞の海に溺れて滅びるがいい!!」
ドバババババババッッ!!!!
ペルニダの肉体が、自身の内側から溢れ出す無数の細胞の自壊によって風船のように膨れ上がり、最後はパンッ!と音を立てて内側から崩壊・消滅していった。
静まり返った戦場。
マユリはボロボロになったネムの脳幹(心臓部)を優しく回収し、大切にカプセルへ収めた。
「……まったく、手のかかる娘だネ。……帰ったら、もっと完璧な肉体を作り直してやるヨ」
マユリは怪しく笑いながら、カプセルを抱えて歩き出す。
マユリの狂気と科学、そしてネムの絆が、霊王の左腕という怪物を見事に打ち破った瞬間だった。