第1章:断絶——「裏切り者」と「最初からの敵」
真世界城の一角。静寂が満ちる回廊に、冷徹な下駄の音と重厚な足足音が響いていた。
そこへ立ち塞がるのは、星十字騎士団(シュテルンリッター)最高幹部、ユーグラム・ハッシュヴァルト。
「……見苦しいですね、石田雨竜」
ハッシュヴァルトの切れ長な瞳が、雨竜、そしてその傍らに立つ男——石田竜弦を射抜く。
「ユーハバッハ陛下の恩寵を受け、後継者とまで称されながら……結局は同胞を裏切り、死神どもに寝返るか。『見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)』の裏切り者め」
「……裏切り、か」
雨竜が弓を構えかけたその時、前に歩み出たのは父・竜弦だった。
眼鏡の奥の瞳には、いつもの冷淡な開業医の面影はない。メラメラと燃え上がる、漆黒の殺気と激情が宿っていた。
「ハッシュヴァルトと言ったか。……『裏切り』だと? 笑わせるな」
竜弦は白銀の滅却師十字(クインシー・クロス)を握り締め、低く冷たい声で吐き捨てた。
「貴様らの皇帝——ユーハバッハは、九年前の『聖別(アウスヴェーレン)』で、私の妻・……そして雨竜の母・片桐絵美理の命と力を理不尽に奪い去った」
「……それがどうした。混血の滅却師(ゲミシュト・クインシー)の命など、陛下のために捧げられて当然の犠牲——」
「黙れ」
地響きのような竜弦の怒声が、ハッシュヴァルトの言葉を遮った。
「誰が……貴様らごときと『仲間』のつもりでいたと言った? 妻を奪っておいて、何様のつもりだ!!」
竜弦の背後から、凄まじい密度の霊子が噴き出す。
それは、竜弦が長年胸の奥底に押し殺し続けてきた、最愛の妻を理不尽に奪われたことへの「激怒」そのものだった。
「ッ……!?」
雨竜は息をのんだ。
(父さんが……こんな感情を露わにするなんて……)
幼い頃の記憶が、雨竜の脳裏を駆け巡る。
母が亡くなったあの日から、父は死神や滅却師の歴史を突き放し、「金にならないことには興味がない」と冷ややかに言い放っていた。自分を突き離し、医者の仕事に没頭する父を見て、幼い雨竜は「父は死んだ母のことも愛しておらず、ただ金にしか興味がない冷酷な男なのだ」と思い込んでいたのだ。
だが、違っていた。
父は、母を殺したユーハバッハへの憎しみを、そして妻を救えなかった己への悔恨を押し殺し、雨竜を危険から遠ざけるために冷徹な「父親」を演じ続けていただけだったのだ。
(父さんは……ずっと……母さんを……僕たちを愛していたんだ……!)
雨竜の胸の奥で、長年のすれ違いと誤解が氷解し、熱い涙が頬を伝う。
「……雨竜。立つなとは言わん。死ぬなとも言わん。……だが、あの男だけは我が手で打ち破る」
「……いいや、父さん。僕も一緒に戦う。母さんの無念を晴らすのは……僕たちの役目だ!」
背中を合わせる石田親子。
親子としての「本当の絆」が、今この極限の戦場で結ばれた。
第2章:調和と天秤——不条理なる『B』の能力
「身勝手な私怨か。どこまでも浅ましい」
ハッシュヴァルトが刀を抜き、左手に巨大な盾を掲げた。
「我が聖文字は『B』——『世界調和(ザ・バランス)』。この盾は、我が身にふりかかる『不幸(不利益)』を蓄積し、それをそっくりそのまま相手の『不幸』として追い返せる」
竜弦と雨竜が同時に放った極大の霊矢——『光の雨(リヒト・レーゲン)』の怒濤の連射が、ハッシュヴァルトを捉える。
しかし、その攻撃のすべてがハッシュヴァルトの盾『身代わりの盾(フロイント・シルト)』に吸い込まれていく。
ズババババッッ!!
「ぐ……あぁぁぁっ!?」
次の瞬間、攻撃を放ったはずの竜弦と雨竜の全身が、謎の斬撃によって血噴き出させた!
「なっ……何だこの攻撃は!? 攻撃がそのまま返ってきている……!?」雨竜が膝をつく。
「私を傷つけるという『幸運』を掴んだ分だけ、お前たちには同等の『不幸』が命の消費としてフィードバックされる。……これが『世界調和』だ」
ハッシュヴァルトが冷酷に踏み込んでくる。
盾の不条理な反射と、彼自身の圧倒的な剣技。竜弦の精密な射撃も、雨竜の『完全反立(アンチ・サーシス)』すらも、ハッシュヴァルトの能力の前には「発動した瞬間にその不幸を反射される」という悪循環に陥ってしまう。
「くっ……! これでは攻撃すればするほど、こちらが自滅する……!」
「……諦めるな、雨竜」
血を吐きながらも、竜弦は前に立ち塞がった。
「父さん……!?」
「私は……あの日、何もできなかった。絵美理が奪われるのを、ただ指を加えて見ていることしかできなかった……! だが、二度目はない! 息子の前で、二度も妻の誇りを踏みにじまされてたまるか!!」
竜弦の放った一本の矢が、ハッシュヴァルトの盾を掠める。
反射された激痛が竜弦の体を苛むが、竜弦は一歩も引かず、ハッシュヴァルトの懐へ飛び込んだ!
第3章:銀の鏃——親子の連撃
「無駄だと言ったはずだ、石田竜弦!」
ハッシュヴァルトの剣が竜弦の肩を深々と貫く。
だが、竜弦はその剣を己の肉体で引き留めた。
「ぐっ……! 雨竜……今だ!!」
「父さん……っ!!」
竜弦が懐から取り出し、空中へ投げ放ったもの——それは、ユーハバッハの『聖別』によって命を落とした妻たちの心臓に溜まった銀の血片から、竜弦が血の滲むような歳月をかけて精製した特別な矢尻『銀の鏃(やじり)』!
「何……!?」
ハッシュヴァルトが目を剥く。
「雨竜! その鏃を弓に番えろ! ユーハバッハの『聖別』で奪われた血で作られたその銀は……一時的にユーハバッハの能力、そしてその力を分与された奴らの能力を完全に『停止』させる!!」
「受け取ったよ……父さん!!」
涙を拭い、雨竜が『銀の鏃』を自身の霊弓にセットする。
「させん……っ!!」
ハッシュヴァルトが能力でその『不利益』を反射しようとするが、竜弦が血を吐きながらハッシュヴァルトの盾を素手で抑え込み、その動きを封殺した。
「貴様の『調和』など知ったことか! これは……命を奪われた者たちの、無念の叫びだぁぁぁぁっ!!」
「雨竜——射てぇぇぇぇっっ!!」
「銀月(ギンゲツ)の矢——ッ!!」
ドガァァァァァァンッ!!
雨竜の解き放った『銀の鏃』の矢が、ハッシュヴァルトの胸の中央を深々と貫いた!
「ガっ……!? 力が……『世界調和』が……発動……せん……!?」
『銀の血』の力により、ハッシュヴァルトの聖文字の能力が完全に停止する。
能力を奪われ、ただの剣士となったハッシュヴァルトの体に、雨竜と竜弦の二人が同時に放った純白の霊矢が直接叩き込まれた。
第4章:終焉と継承
ズババババババッッ!!!!
光の爆風が真世界城の回廊を吹き荒れる。
血を流し、膝をつくユーグラム・ハッシュヴァルト。その胸からは大量の血が溢れ出し、掲げていた盾は完膚なきまでに砕け散っていた。
「バカな……私が……陛下から与えられた『半身』の私が……混血の親子の……絆ごときに……」
ハッシュヴァルトは無念の表情で空を仰ぎ、そのまま静かに倒れ伏した。
沈黙が訪れた戦場。
「ハァ……ハァ……」
弓を収め、膝をつく雨竜。
そこへ、肩の傷を抑えた竜弦がゆっくりと歩み寄り、雨竜の頭にそっと手を置いた。
「……よくやったな、雨竜」
「父さん……」
雨竜は、初めて触れた父の手の温もりに、溢れ出る涙を止められなかった。
「すまなかった。今まで……お前に寂しい思いをさせた。……お前を滅却師の運命から遠ざけたかったのだが、結局……巻き込んでしまったな」
「ううん……違うよ、父さん。僕……父さんの息子でよかった。母さんも……きっと笑ってるよ」
竜弦は遠い目をして空を見上げ、優しく目を細めた。
「……ああ。そうだな。……さあ行け、雨竜。一護たちの元へ。……我が息子の誇りを見せてこい」
「うん! 行ってくるよ、父さん!」
母への愛、そして親子の絆を取り戻した石田雨竜は、父の想いを背負い、一護たちが待つ最終決戦の地へと力強く駆け出していったのだった。