ユーハバッハとの最終決戦が終わり、平和を取り戻したはずの十三番隊舎。
しかし、その空気は重く、焦燥と深い自責の念に包まれていた。
かつて志波海燕を運命の夜から救い、朽木ルキアの運命を陰から支え、十三番隊の「ただの平隊員」として共に過ごした七瀬天理。彼が自らの存在を完全に燃やし尽くし、世界を救って消滅したという報せは、二人の心を深く打ちのめしていた。
1. 海燕の怒りと悔恨
雨乾堂の庭園で、志波海燕は狂ったように木刀を打ち込んでいた。
ガァンッ! ガァンッ!!
いくら振っても胸の奥の黒い渦は消えない。木刀が激しく砕け散り、海燕は膝から地面に崩れ落ちた。土を掴む手に、血が滲む。
「……なんでだ……ッ! なんで俺は……あいつの最期に立ち会えなかったんだ……ッ!!」
海燕の頭に浮かぶのは、あの運命の夜のことだ。
メタスタシアに触れられ、死を覚悟した自分を、陰で完璧に救ってくれた天理。それなのに、天理が命を懸けて戦っていた最中、自分は何も知らず、ただ後方で指をくわえて待っているだけだった。
「あいつは……天理はいつだって俺たちの陰にいて、言葉も言わずに俺たちを護ってくれてたのに……! 肝心な時に、俺はあいつの隣にすら立ってやれなかった……ッ!! 俺が……俺が情けないばっかりに……ッ!!」
海燕は歯を喰いしばり、大粒の涙を土の上に落とした。
2. ルキアの絶望
その傍らで、朽木ルキアもまた、深くうなだれていた。
握りしめた拳が、激しい震えを止めることができない。
「私もだ……。私は……一体何のために霊王宮で修行をしたのだ……ッ!」
ルキアの胸を裂くのは、瀞霊廷での戦いに対する後悔だった。
「『白霞罰』を修得し、強くなったと……一人前になったと過信していた! だが、私が瀞霊廷で星十字騎士団相手に必死になっている間……天理様は一人で、世界の命運を背負って戦っておられた……!」
あの優しい平隊員。箒の扱い方を教えてくれ、「焦る必要はない」と温かく背中を押してくれた天理。
「何が死神だ……! 何が副隊長だ……! 本当に助けたいお方を助けられず、消えていく姿すら看取ることしか出来なかった……! こんな力、何の意味もない……ッ!!」
ルキアは自らの無力さに苛まれ、絞り出すような声で泣き叫んだ。
3. 浮竹十四郎の叱咤
「——いい加減にしないか、二人ともっ!!」
静かながらも、雷鳴のような一声が庭園に響き渡った。
病床から身を起こし、羽織を引っかけて現れた十三番隊隊長・浮竹十四郎だった。その表情には、いつもの穏やかさはなく、厳父のような怒りと悲しみが宿っていた。
「隊長……っ」
「海燕! ルキア! 己を責め、そうやって涙を流すことが、天理の意志に報いることだと本気で思っているのか!?」
浮竹は二人へ歩み寄り、その前に仁王立ちした。
「ルキア! 君が霊王宮で修行し、勝ち取った力は無駄だったか? 違う! 君が瀞霊廷で敵を食い止め、仲間を守り抜いたからこそ、天理は後顧の憂いなくユーハバッハとの戦いに集中できたのだ!」
「ですが……! 私は天理様のお傍に……!」
「海燕もだ!」
浮竹は海燕を見下ろし、言葉を重ねる。
「君が立ち会えなかったことを悔やむ気持ちはわかる! だが、天理がなぜ己を消滅させてまで戦ったと思う!? 君たちが生きるこの十三番隊を、この平和な世界を守りたかったからではないのか!?」
浮竹の声が熱を帯びる。胸を押さえ、血を吐くような想いで二人に語りかけた。
4. 十三番隊の矜持——『心』と『誇り』
「忘れたのか、海燕……! 君がかつてルキアに教えた、十三番隊の矜持を!」
浮竹の言葉に、海燕がハッと息を呑む。
「戦いの中で、命は失われるかもしれない。だが……『心』は残る! 天理は姿を消した。だが、あいつが君たちを想い、護ろうとした『心』は、今も君たちの中に生きているはずだ!」
浮竹はルキアの肩に優しく、だが強く手を置いた。
「天理は『ただの平隊員』として生き、陰から君たちを護ることを誇りとしていた。その天理が遺してくれた命と平穏を、君たちが『無力だ』と貶めてどうする! 君たちが前を向き、その誇りを胸に生き抜くことこそが……天理の『心』を護るということじゃないのかっ!!」
「あ……」
ルキアの目から、溢れていた涙が止まった。
『咲くのが早い花もあれば、時間をかけて大木になる木もあります。あなたのその真っ直ぐな手足と心があれば、いずれ誰かの暗闇を照らす光になれます』
かつて天理がかけてくれた温かい言葉が、ルキアの脳裏に鮮やかによみがえる。
天理は最初から知っていたのだ。ルキアが強くなり、誰かを守る光になることを。そして、その未来を守るために、彼は笑って散っていったのだ。
5. 再び立ち上がる二人
海燕は、溢れる涙を濡れた袖で豪快に拭うと、固く握りしめた拳で地面を叩いて立ち上がった。
「……そうだったな、隊長。俺としたことが……みっともねぇ姿見せちまった」
海燕の瞳に、かつての力強い光が戻っていた。
「あいつは……天理は、俺たちが泣き崩れるために命を懸けたんじゃねぇ。俺たちが笑って、この十三番隊を守っていくために……命を燃やしたんだ」
海燕は折れた木刀を拾い上げ、空を見上げた。
「天理……見てろよ。お前が命がけで護ったこの十三番隊も、都も、ルキアも……俺が死ぬ気で護り抜いてやる! お前が自慢できるような、最高の十三番隊にしてやるからな……ッ!!」
ルキアもまた、目元を強く拭い、真っ直ぐに背筋を伸ばした。
「はい……! 天理様が遺してくださったこの『心』と『誇り』……決して無駄にはいたしません! 私は……私はもっと強くなります! 天理様が愛したこの世界を照らす光に、私がなってみせます!」
二人の胸から、焦燥と後悔の霧が完全に晴れ渡っていた。
浮竹はそれを見て、静かに深く頷き、温かい笑みを浮かべた。
「……ああ。それでこそ、十三番隊の男であり、女だ」
吹き抜ける爽やかな風が、隊舎の竹林をサラサラと揺らす。
まるで、陰で見守っていた一人の平隊員が、「よく言いました」と優しく微笑みながら、二人の背中を撫でて去っていったかのように。
志波海燕と朽木ルキアは、天理という誇りを胸に、再び未来へ向かって歩み始めたのだった。
ルキアが副隊長になってますが浮竹十四郎が病気がちなので2名体制になってます