無間の暗闇。五感を全て封じられ、無数の帯で縛られた絶対の牢獄。
その虚無の空間に、静かな足音が響いた。
「……こんな暗いとこで一人で留守番とは、相変わらず精が出ますな、愛染隊長……いや、愛染惣右介はん」
闇の奥から姿を現したのは、薄っぺらい狐のような笑みを浮かべた市丸ギンだった。
無間の重圧などどこ吹く風といった様子で、ギンは囚われの愛染の前に腰を下ろす。
「……ギンか。このような場所に足を運ぶとは、物好きにも程がある。僕に何の用だ?」
拘束具の隙間から、愛染の静かで底知れない声が響く。
「なーに、なんのかんの言っても立ち直らせてもらった『借り』の返却や。わい、人に借り作ったままなん苦手なんや。……それと、あんたにも教えておいてやろう思てね。あの男……天理はんが携えていた『百花繚乱』の真実を」
「天理の……斬魄刀の真実、か」
愛染の瞳が、暗闇の中でわずかに光を増した。
■ 刀神の最高傑作と、愛染の考察
ギンは二枚屋王悦から聞いた『百花繚乱』の生い立ち——霊王を護る最後の剣として作られ、創造主たる刀神すら拒絶して自ら主を選んだという経緯を、淡々と、どこか誇らしげに語って聞かせた。
語り終えたギンは、くすりと笑う。
「……刀神様すら従えられんかった最高傑作が、ただの平隊員の手の中で大人しく掃き掃除に付き合っとったっちゅうわけです。滑稽な話でっしゃろ?」
静寂が無間を包み込む。
愛染はしばらく言葉を発しなかったが、やがて興味深そうに小さく口元を緩めた。
「……なるほど。二枚屋王悦の駄作かと思えば、真逆だったわけだ。……だが、ギン。君は本当にそれが『ただの偶然』や『奇跡』だと思っているのかい?」
「……ほう?」
「『百花繚乱』の真の能力……『絶対先制』。相手が認識・発動する以前の未来そのものを潰す概念打撃。……あれは単なる強力な能力などではない」
愛染の声が、論理的で冷徹な考察を紡ぎ始める。
「真の恐怖は、その能力の『発動起点』にある。あの刀は……『主(天理)の存在そのものを世界が認識した瞬間』から世界を再構築しているのだ。天理という存在が『絶対』であり、他者のあらゆる意思・攻撃はすべて『後手』に回るよう、世界の因果そのものを書き換えている」
愛染は静かに言葉を続けた。
「二枚屋王悦が扱えなかったのも当然だ。王悦は『最高の武器』として打ったが、あの刀の求めたものは『主』という概念そのものだった。……天理という、一切の私心を持たず、己の強さを誇示することもなく、ただ世界と仲間を慈しむ完璧な『揺らぎの無い存在』に出会って初めて、あの理不尽な世界改変能力は牙を剥いた」
愛染の口から漏れたのは、かつて天理という存在に計画をすべて狂わされた男ならではの、深い納得と嘲笑だった。
「誇り高き滅却師の王(ユーハバッハ)が全知全能(アルマイティ)を振りかざしたところで、勝てるはずもない。天理の『百花繚乱』は、『未来を見る』ことすら『攻撃の兆候』と見なして先制で未来ごと叩き潰すのだからね。ユーハバッハは己の力過信ゆえに、最も踏んではならない虎の尾を踏んだのだ」
■ 立ち去るギンと、借り
愛染の完璧な考察を聞き終えたギンは、肩をすくめて立ち上がった。
「……相変わらず、嫌になるくらい頭の回る人やなー。解説おおきに。これでまあ……わいが立ち直るきっかけを作ってくれた『借り』は、半分くらい返せたことにしときますわ」
「フッ……借り、か。相変わらず君は器用で不器用な男だな、ギン」
愛染の軽蔑とも感心ともつかない声を聞きながら、ギンは背を向けて歩き出す。
「天理はんはな……あんたみたいに世界を変えようとも、神になろうともせえへんかった。ただの平隊員として、ぬるいお茶淹れて、みんなの日常を守って消えていった。……わいはな、そんな天理はんの残したこの世界が、結構気に入っとるんです」
重い扉が閉まり、再び無間に静寂が訪れる。
暗闇の中、一人残された愛染惣右介は、静かに天井を見上げた。
「……七瀬天理。君はどこまでも……僕の理解を超えた男だったよ」
愛染の呟きは、誰に届くこともなく、果てしない暗闇の奥へと消えていった。
これで百花繚乱の真実は終わりです。長々引っ張るのもどうかと思ったので、一気に書き溜めものを投稿しました。この後は天理の店に護廷が通うパートと主にギャグ回になります