絶対の先制   作:幻影の塔

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現世組に報告と衝撃の再会

 

■ 浦原商店・地下修行場

静かな地下の広大な空間。

王悦の言葉の余韻が残る中、一護は一人、地面に腰を下ろして拳を強く握りしめていた。

「……天理さん……」

そこへ、ひらひらと手を振りながら市丸ギンが現れる。

「やあ、現世組の皆さん。お疲れさんや」

「市丸……!? お前、なんでここに……」一護が顔を上げる。

ギンはいつもの狐の笑みを浮かべつつ、すっと細めた目を一護に向けた。

「護廷の連中には言わんかった話をな……あんたら、特に一護くんにだけ伝えに来たんや。天理はんが一番気にかけとったんは……他でもない、一護くん、あんたやからな」

「俺を……?」

「せや。……実はな、わい、ここへ来る前に無間の藍染はんに会いに行ってきたんや」

「藍染に!?」石田雨竜が思わず身を乗り出し、眼鏡の奥の目を鋭くする。「あいつが何の関係があるんだ?」

「あのオジサン、嫌になるくらい頭が回るやろ。二枚屋の王悦さんの話をぶつけてみたら……やっぱり、ただの『刀の凄さ』以上の真理に辿り着いとったわ」

■ 市丸ギンが明かす愛染の考察

ギンは腕を組み、藍染の冷徹で緻密な言葉をそのままなぞるように語り始めた。

「藍染のオッサンが言っとった。『百花繚乱』の真の恐ろしさは……単に攻撃が先回りをすることやない。『主(天理)の存在そのものを世界が認識した瞬間から、世界の因果そのものを再構築している』点にあるってな」

浦原喜助が扇子をゆっくりと閉じ、その瞳に静かな衝撃を宿す。

「因果の……再構築……」

「そうや。天理はんという『絶対』が存在することで、他者のいかなる思考、未来予知、攻撃の意志すらもすべて『後手』へ追いやられる。……ユーハバッハの『全知全能(アルマイティ)』でさえな、未来を見ようとした瞬間に『未来を見るという行動そのもの』を攻撃の兆候とみなされて、先制で未来ごと叩き潰されたんや」

「な……未来を見る動作すら、先制攻撃の対象になるだと……!?」

雨竜が息を呑む。滅却師の王の絶対能力すら完全に死角となる理不尽な構造。

ギンは一護を真っ直ぐ見つめた。

「そしてな……藍染はこうも言っとった。『二枚屋王悦が扱えなかったのは当然だ。あの刀が求めたのは【主】という概念そのもの。天理という、一切の私心を持たず、世界と仲間を慈しむ完璧な存在に出会って初めて、あの理不尽な能力は完成した』とな」

■ 現世組の考察と、天理が一護を気にかけていた理由

静寂が地下空間を支配する。

「……なるほどな」

夜一が腕を組み、低く唸った。

「あの藍染がそこまで分析したか。……たしかに天理の奴は、己の強さをひけらかすどころか、ただの平隊員として掃除ばかりしとった。あの無欲さと揺るぎない覚悟があったからこそ、あの暴走するような理不尽な刀を鎮め、真の力を発揮させられたわけだ」

浦原は帽子を深くかぶり直し、静かに思考を巡らせる。

「……藍染さんのの考察は、おそらく正解でしょうね。霊王様を護る最後の剣として打たれた刀が求めたのは、『世界を統括する王』ではなく、『世界をただあるがままに慈しむ存在』だった……。……ですが市丸さん、なぜそれを一護さんに?」

ギンはくすりと笑い、一護に歩み寄った。

「天理はんな、よく言っとったんや。『一護は、自分と少し似ている』ってな」

「俺と……天理さんが?」

「天理はんも一護くんも、世界を支配したいわけでも、神になりたいわけでもない。ただ……大切な仲間の日常を守りたいだけで、そのためにどれだけでも傷ついて、どれだけでも損な役回りを背負おうとする。……天理はんはな、一護くんが自分と同じように『全部を一人で背負い込んで壊れてしまうんとちゃうか』って、ずっと心配しとったんやで」

「……っ!!」

一護の胸に、天理と過ごした数々の記憶が走馬灯のように駆け巡る。

戦いの合間、ふとした時に「黒崎、たまには肩の力を抜けよ」「お前の背負っているものは重すぎる。だが、全部を一人で抱える必要はないんだぞ」と、ぬるいお茶を差し出してくれた天理の優しい笑顔。

「あのお方はな……一護くん、あんたに『自分のように命を投げ打つような戦い方をしてほしくない』と思ってたんや。だからこそ、最期に全部の理不尽を引き受けて、一人で消えていったんやろうな……」

■ 立ち上がる一護と未来への決意

一護はゆっくりと立ち上がった。

拳は震えていたが、その瞳には迷いや陰りは一切なかった。

「……ありがとうな、市丸。教えてくれて」

「……後悔しとるんか? 一護くん」

「……後悔してねぇと言ったら嘘になる。もっと俺が強けりゃ、天理さんにそんな重いマネさせずに済んだのかもしれねぇ。……だけどさ」

一護は背中の斬月を強く握りしめた。

「天理さんが命を懸けて護ってくれたのは、俺たちの『命』だけじゃねぇ。俺たちが笑って暮らせる『日常』なんだ。……天理さんが気にかけてくれた俺が、いつまでも落ち込んで背中丸めてたら、それこそ笑われちまう」

雨竜がフッと口元を緩め、眼鏡を押し上げた。

「……珍しくいいことを言うじゃないか、黒崎。天理さんが僕たち遺された者に託したものは、絶望ではなく希望だ。僕たちクインシーの過ちも含めて……僕たちが未来を創っていかなければならない」

「ふん、その通りじゃ」夜一がニッと不敵に笑う。「あのバカみたいに無欲で優しい男が残した世界だ。面白く守り抜いてやらねばバチが当たるというものじゃな」

浦原も扇子を開き、穏やかな笑顔を浮かべた。

「ええ。天理さんの想いを胸に、我々は前へ進むとしましょう」

ギンは満足そうに目を細め、背を向けた。

「……うん、ええ顔になったわ。天理はんも、これなら安心してあの世でぬるいお茶飲めるやろな。……ほな、わいはこれで失礼するでー」

暗闇の中へ消えていくギンの背中を見送りながら、一護は地上へと続く階段を見上げた。

天理が遺してくれた、かけがえのない温かな世界。

その未来を護るため、黒崎一護と仲間たちの心には、強く美しい『百花』が咲き誇っていた。

地下修行場を後にした市丸ギンは、現世の夕暮れの街を一人歩いていた。

薄闇が落ち始める空角の商店街。風にそよぐ街頭の明かりを見上げながら、ギンはふと足を止める。

「……さて。護廷を離れて久しいし、無間やら霊王宮やら動き回って骨が折れたわ。……乱菊のやつ、怒っとるかいな」

懐の手を弄びながら、ギンは小さく苦笑した。

「手ぶらで帰ったらまた『どこ行ってたのよギン!』って怒鳴られるな。……そうや、あいつの好きな花でも買って帰ったるか」

立ち寄ったのは、商店街の角にある小さな花屋だった。色とりどりの花々が店頭を飾り、甘い香りが通りに漂っている。

「すみませーん、花束一つ作って……」

声をかけながら店内へ足を踏み入れた瞬間——市丸ギンの身体が、氷漬けにされたかのように硬直した。

■ 衝撃の邂逅

「はい、いらっしゃいませ! ……あ、少々お待ちくださいね、奥で店長が新しい鉢を運んでおりますので」

エプロン姿で笑顔で出迎えたのは、黒髪を後ろで束ねた美しい娘だった。

そして奥から「よっと……」と重そうな観葉植物の鉢を抱えて出てきた男の顔を見た時、ギンは己の目を疑った。

「百花(ももか)、そのガーベラは表に出しておいてくれ。日当たりが良い方が持ちが良いからな」

「わかりました、天理さん!」

(……な……っ!??)

あの『市丸ギン』が、生まれて初めて口を半開きにして絶句した。

そこにいたのは、間違いなく七瀬天理だった。

霊圧はない。死神としての気配も、斬魄刀も持っていない。ただの、どこにでもいる穏やかな「人間の男」として、そこに立っていた。

そして傍らで親しげに笑う娘……その魂の奥底に揺らめく気配は、かつて霊王宮すら拒絶したあの最強の斬魄刀『百花繚乱』そのものだった。

「……て、天理……はん……? 一体……なんで……っ!?」

冷や汗を流し、狐の目を見開いて後ずさりするギンの姿を見て、娘——百花は「ふふっ」と悪戯っぽく笑うと、天理に声をかけた。

「天理さん、奥でお茶のお湯が沸いてますよ。先に行って淹れておいてくださいな」

「ん? ああ、そうか。すまないな、百花さん。お客さん、すぐ戻りますのでごゆっくり見ていってくださいね」

天理はギンの顔を見ても、ただの「一人の客」として優しく微笑むと、何も気づかない様子で店の奥へと消えていった。

■ 百花が明かす転生の真実

天理が奥へ引いたのを見届けると、桃香の瞳から人間の少女のような柔らかさが消え、かつて世界を先制粉砕した神剣としての凛とした威厳が宿った。

「……たしなめなさいな、市丸ギン。今のあの人は、ただの『人間』として生を全うしているのですから」

「……百花……繚乱……なんか? あんた……」

ギンはまだ動悸が収まらない胸を押さえ、絞り出すように声を上げた。

「なんでや……! あんたも天理はんも、あのユーハバッハとの決戦で、全霊力を使い果たして消滅したんとちゃうんか!? 護廷の奴らも、二枚屋のオジサンも、みんなあんたらは逝ってしもたと思うとるんやぞ!?」

桃香は店頭の百合の花に優しく触れながら、静かに首を振った。

「ええ。死神としての『七瀬天理』と、斬魄刀としての『百花繚乱』は、あの瞬間に完全に終わりを告げました。……ですがね、市丸ギン」

桃香は愛おしそうに奥の部屋を見つめた。

「あの人は……千年もの間、護廷の陰で誰にも知られず、ただ仲間と世界を守るためだけに傷つき、戦い続けてきたのです。己の幸せなどただの一度も願わず……ただ『誰かの日常』を守るためだけに」

「……」

「そんなあの人が最期に消え去る時、私(百花繚乱)の意思と、世界の因果がわずかに交差したのです。……『もう十分でしょう』と。この優しすぎる男に、戦いも責任もない、ただの人間としての『穏やかな一瞬の人生』を捧げても、罰は当たらないはずだと」

百花はクスッと微笑んだ。

「霊王は私の心の思いを汲み、彼の魂を『人間』としてこの現世に転生させました。そして私自身も、刀としての役割を捨て、彼を陰から支える一人の人間『百花』として、こうして隣にいるのです」

■ 男の粋と、粋な選択

ギンはしばらく茫然と桃香を見つめていたが、やがて——くっ、と肩を揺らし、いつもの狐の笑みを浮かべた。

「……ハハッ! なんや……そういうことかいな。ほんま、破格の男には破格のご褒美が用意されとるわけや」

ギンの心に、熱いものがこみ上げる。

護廷の皆が悲しみ、一護たちが誓いを立て、愛染すらもその存在に敬意を表した男は……今、陽の当たる現世の片隅で、静かに幸せな時間を生きていたのだ。

「……誰にも言わんといてあげてくださいね」と百花が言う。

「言うかいな、そんな野暮なこと」

ギンはフッと息を吐き出し、財布から札を取り出してカウンターに置いた。

「乱菊に渡す花束、一番きれいやつ頼むわ。あいつ、黄色い花が好きなんや」

「ふふ、かしこまりました。とびきり素敵なのを作らせていただきますね」

桃香が手際よく花を束ねていく。

奥から天理の声が聞こえた。

「百花さんー、お茶入ったよー! お客さんの分も淹れようかー?」

「あ、大丈夫ですよ天理さん! もうすぐお帰りになりますから!」

桃香から受け取った出来立ての花束を抱え、ギンは店の出口へと向かう。

去り際、ギンは一度だけ振り向き、奥で笑っている天理の背中に、誰にも聞こえない声で呟いた。

(……おおきにな、天理はん。アンタが命懸けで守ったこの世界で……今度はアンタ自身が、目いっぱい幸せになりな)

からんと鈴の音を鳴らして、市丸ギンは花屋をあとにした。

夕暮れの街を歩くギンの足取りは、いつになく軽やかで、抱えた花束からは甘く温かな香りが漂っていた。

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