四番隊隊舎の奥深き一室。
そこには、恐ろしいほどの威圧感と満面の「完璧な笑み」を浮かべた四番隊隊長・卯ノ花烈と、蛇のように冷や汗を流す市丸ギンの姿があった。
「市丸隊長……? 噂で聞きましたよ。山本総隊長や藍染様、果ては貴方まで現世の……『とあるお花屋さん』に足繁く通っておられるそうですね?」
「や、やだなぁ卯ノ花隊長。ボクがそんな現世で油売ってるわけ……」
「……市丸隊長?」
スッ……
卯ノ花の手が、己の胸元に並ぶ医療器具(あるいは肉雫唲の特殊な麻酔針)へと静かに伸びる。その瞳から光が完全に消え去り、絶対の屠殺者を思わせる圧倒的な圧が部屋を満たした。
「……私は、死神たちの命を救う四番隊隊長ですよ? 嘘をつく『お悪い患者さん』には、少し痛む治療が必要になりますが……よろしいですか?」
「……! あ、あの、空座町の『百花園』ちゅうお店です……! 天理はんが店主やってはります……っ!」
「ふふ、最初からそう言えばよろしいのに。ありがとうございます♪」
極上の「殺しの笑顔」で情報を絞り出された市丸は、その場にへたり込んだのだった。
数日後。現世・空座町の『百花園』。
カランカラン——♪
「いらっしゃいませー!」
エプロン姿の天理が笑顔で振り返り、店に入ってきた上品な着物姿の女性——卯ノ花烈を出迎えた。
「……!?」
その瞬間。天理の身体がゾクッ!!と激しく身震いした。
理屈ではない、魂の奥深くに刻まれた「本能的な生命の危機」を感じ取ったかのように、一瞬だけ固まってしまう。
「……あら? どうかしましたか?」
卯ノ花が首をかしげ、優しく問いかける。
「あ……すみません! お客様に失礼を……!」
天理は慌てて深く頭を下げ、苦笑いを浮かべた。
「いえ、なんて言ったらいいのか……何故か分からないんですけど、お客様のその……『とっても温かいのに、どこか底知れず怖い笑顔』を、昔どこかで見たことがあるような気がして……あはは、変なこと言ってすみません!」
「……っ!!」
店の奥でそれを聞いていた百花(百花繚乱)は、ついに耐えきれず「ブフォッ……!!」と盛大に吹き出した。
(記憶を失ってもなお、初代剣八の威圧感と、四番隊隊長の『笑顔の恐怖』だけは魂に染み付いているのね……っ!)
「こ、こら! 天理さん、お客様になんて失礼なことを言うの!」
「あ、ごめんなさい百花(ももか)さん! でも本当にデジャヴというか……」
天理は恐縮しながら奥へお茶を淹れに下がっていった。
天理が下がった後、百花は笑顔を崩さない卯ノ花の前にお茶を差し出した。
「お久しぶりです、卯ノ花隊長」
「ええ……『百花繚乱』。……本当に、あの子はただの人間として過ごしているのですね」
卯ノ花はお茶を一口啜ると、ふぅと小さく溜息をつき、いつもの静かな微笑みの裏に溜め込んでいた「愚痴」をぽろぽろとこぼし始めた。
「まったく……総隊長殿も藍染様も、男という生き物はなぜあのように形から入るのでしょう? 一大決心をして現世へ赴き、花を買い占めたりマウントを取り合ったりして……」
「あら、総隊長様たちのあの騒ぎをご存知なのですか?」
「ええ。四番隊は瀞霊廷の情報の吹き溜まりですから。……男たちが『自分こそが天理にとって一番の存在だ』と張り合っている姿は、失笑を禁じ得ませんわ。……私など、かつて天理の怪我の手当てを幾度となく行い、彼の命を物理的に支えてきたというのに」
「ふふ、卯ノ花隊長も十分張り合っていらっしゃいますよ」
「……何のことでしょう?」
卯ノ花は淑やかに微笑みながら、天理が包んでくれた小さな可憐な花束を愛おしそうに抱え直した。
「——ブハハハハハハッ!! 腹痛い! 腹痛すぎるわ!!」
後日。瀞霊廷の裏路地。
百花繚乱からこの一連の話(天理の身震い&卯ノ花隊長の愚痴)を聞き出した市丸ギンは、お腹を抱えて地面に転がりそうな勢いで大爆笑していた。
「あははは! あの天理はんが卯ノ花隊長の笑顔見て身震いしたって!? しかも『怖い笑顔』って直接言われたん!? ギャハハ、傑作や! 天理はん、記憶失っても勘だけは最高やな!!」
「……ほう? 何がそんなに面白いのですか、市丸隊長?」
ひゅっ……
背後から漂う、氷点下の霊圧。
ギンの笑い声がピタリと止まり、首がギギギと不自然な音を立てて後ろを振り返る。
そこには、満面の笑顔で立つ卯ノ花烈の姿があった。
「う……卯ノ花隊長……?」
「お元気そうで何よりです、市丸隊長。……ですが、先ほどのお笑いになり方、少し呼吸器系および精神面に異常が見られるようです」
「い、いや! ボクはいたって健康で——」
「いいえ。患者の自己判断は危険です。……さあ、四番隊の地下特設治療室へまいりましょう。『定期検診』の時間です」
「嫌やぁぁぁぁぁぁぁっっ!! 助けて天理はぁぁぁん!!」
瀞霊廷の空に、市丸ギンの惨叫が響き渡る。
その後、四番隊の奥深くから聞こえてくるギンの悲鳴を聞きながら、護廷十三隊の死神たちは「市丸隊長がまた卯ノ花隊長の逆鱗に触れたのだな」と合掌し、静かにその場を立ち去るのだった。