近年、義妹である朽木ルキアの行動に、兄・白哉は密かに不審感を抱いていた。
任務でもないのに、たびたび単身で現世へ赴くルキア。
「……何をしているのだ」
気になった白哉は、持ち前の隠密歩法『瞬歩』を活かし、気配を完全に消して現世のルキアを尾行した。
辿り着いたのは、空座町の片隅にある小さな生花店『百花園』。
身を隠し、店内を覗き込んだ白哉の目に飛び込んできたのは——エプロン姿でルキアと楽しそうに言葉を交わす、七瀬天理の姿だった。
(……なっ……!?)
沈着冷静を地で行く貴族の首魁・朽木白哉とて、この時ばかりは瞳孔が大きく見開かれた。
かつて瀞霊廷を陰から支え、姿を消したあの絶対の存在が、なぜ現世で花屋を営んでいるのか。ルキアはなぜそれを自分に報告していなかったのか。
脳裏に渦巻く激動の衝動。だが、白哉は一国の将たる冷静さを保ち、その場は静かに撤退した。
数日後。
白哉は隊長羽織を脱ぎ、現世の高級着物風の私服に身を包み、たった一人で『百花園』の扉を開けた。
カランカラン——♪
「いらっしゃいませー」
奥から出てきたのは、店の切り盛りを任されている女性——(百花繚乱)だった。
百花は白哉の顔を見るなり、すべてを察したようにくすりと微笑んだ。
「あら……朽木隊長。ようこそいらっしゃいました」
「……『百花繚乱』か。彼(天理)の容体は……」
「ええ。命の限界と引き換えに世界を護り、今は記憶と能力を失って……ただの優しい花屋の店主として過ごしていますわ。あの子にとっては、これが何よりの幸せなのです」
百花繚乱の言葉に、白哉は静かに目を伏せ、深く頷いた。
「……そうか。それならば、死神としての介入は無用。……余計な混乱を生むつもりはない」
そこへ、店の奥から鉢植えを持った天理が顔を出した。
「百花さーん、この桔梗なんですけど……あ、いらっしゃいませ!」
天理は白哉の姿を見ると、その威風堂々とした立ち姿に一瞬気押されつつも、爽やかな笑顔を向けた。
「あの……何かお花をお探しですか?」
「……うむ。屋敷に飾る花を、いくつか見繕ってほしい」
白哉は極めて平然を装い、天理の手際鮮やかな手つきを静かに見つめた。
かつてユーハバッハすら先制して消滅滅殺させたその手が、今は慈しむように可憐な花を束ねている。
「どうぞ。桔梗と龍胆(りんどう)の控えめなアレンジです。お客様の雰囲気にぴったりだと思います!」
「……感謝する」
代金を払い、花束を受け取った白哉。
だが、白哉はそのまま立ち去ろうとはせず、懐から“何か”を取り出し、無言でカウンターの端にスッと置いた。
「……? お客様、これは……?」
天理が首を傾げた。
そこに置かれていたのは、白哉がデザインした朽木家伝統(?)の珍妙なるキャラクター——『ワカメ大使』の手彫りの木造フィギュアであった。
「……受け取るといい。この店の『守り神』だ」
「えっ!? いや、でもこんな立派なものを……求めてもいませんし……!」
「……よい」
白哉は天理の制止を聞く風もなく、バッと羽織(私服)を翻し、堂々とした足取りで店を後にしたのだった。
天理は残された木造の『ワカメ大使』を見つめ、
「う、うん……なんか個性的で独特な造形だなぁ……どこに飾ろう……」
と苦笑いを浮かべ、百花は「ふふ、相変わらずのセンスね」と笑いを噛み殺していた。
その夜。朽木隊執務室。
白哉は執務机に向かいながら、ルキアを呼び出していた。
「……ルキア」
「はっ、兄様! お呼びでしょうか!」
直立不動で応えるルキア。白哉はゆっくりと書類から目を上げ、氷のように冷ややかな、だがどこか酷く湿り気のある眼光をルキアに向けた。
「……お前は最近、たびたび現世へ赴いているな」
「っ……! そ、それは……その……」
動揺するルキア。白哉は静かに溜息を吐くと、そこから説教という名の怒涛の「愚痴」をこぼし始めた。
「……なぜ報告しなかったのだ。天理殿が現世で健やかに過ごしておられるという極めて重要な事実に、なぜこの私を蚊帳の外に置いた? 私は朽木家の当主だぞ。天理殿の存在を知りながら黙っているなど、兄に対する不信のあらわれか? それとも私には天理殿に会いに行く資格すら無いとでも言いたいのか……?」
「あ、兄様……!? いえ、そのような滅相もない意図は……っ!」
「……私は先日、自ら現世へ向き、天理殿と手ずから言葉を交わしてきた。天理殿は健やかであった。私の選んだワカメ大使も受け取ってくださった。……だが、ルキア。お前が事前に一言私に報告していれば、私はもっと早く、もっと正当な形で天理殿の無事を祝えたはずだ。お前のその報告漏れがどれほど私の心を乱したか……」
淡々と、しかし延々と続く白哉のネチネチとしたお小言。
(に、兄様が……あの兄様がこんなにみれんがましく愚痴を……っ!?)
普段の威厳はどこへやら、自分だけが天理の件を教えられていなかったことに酷くショックを受け、ルキアに延々と恨み節を並べ立てる白哉。
何時間も延々と続く「ワカメ大使と報告漏れに関するお説教(愚痴)」を聞かされ続けたルキアは、次第に膝がガクガクと震え、意識が遠のいていくほどの凄まじい精神的疲弊を味わっていた。
(あ、圧倒的な威圧感と説教の長さ……! た、耐えられん……っ!!)
白哉の果てしない重圧と粘着質な愚痴の嵐に押し潰されそうになりながら、ルキアは心の中で必死に叫んでいた。
(助けてくだされ……っ! 助けてくだされ、天理殿ぉぉぉぉぉっっっ!!!!)
現世の『百花園』のカウンターに飾られたワカメ大使が、どこか哀愁を帯びた表情で静かに佇んでいることなど、ルキアは知る由もなかったのである。