地獄の説教部屋パート4 —— 漆黒の微笑と四番隊地下診療所
白哉、海燕、乱菊という三大説教バズーカの猛攻を奇跡的に生き延び、命からがら朽木邸を脱出した市丸ギンと朽木ルキア。
二人は瀞霊廷の薄暗い路地裏へとなだれ込み、壁に背をもたれかけて荒い息を吐いていた。
「……はぁ……はぁ……死ぬかと思ったわ……。魂が口から抜けかけてたで、ルキアちゃん……」
「うむ……。足の痺れが通り越して、もはや感覚が存在せぬ……。千年の拷問を受けた気分だ……」
壁を背にずるずると座り込む二人。だが、極限状態を生き延びた連帯感からか、二人の口からは自然と今回の災難に対する「愚痴」がこぼれ始めた。
「……だが市丸隊長。考えてもみろ。そもそも元を正せば、全部卯ノ花隊長のせいではないか?」
「……あ。言われてみれば、ホンマにそうやな?」
すっかり焦点のずれた犯人探しに、二人の熱が入る。
「だろ!? 山本総隊長殿だけであれば、事情を説明すれば『フン……天理に迷惑をかけぬなら、静観もまた一興』と、あの太平洋のごとき大きな器で包み込んでくださったはずだ!」
「せやせや! 山じいは案外そういう粋なところあるからなぁ!」
ルキアはぐっと拳を握り締め、熱弁を振るう。
「それに比べて卯ノ花隊長はどうだ! あの絶望的な威圧感で我らを脅し上げ、力づくで吐かせた挙げ句、自分だけ知らん顔! 正直に申し上げて……あまりにも器が小さすぎる!! 治癒の心得以前に、器の大きさを治療していただきたいものだ!!」
「ルキアちゃん、冴えとるなぁ! ほんまその通りや! 卯ノ花隊長の『お仕置き』なんてただの精神攻撃やからね! は〜、言うたらスッキリしたわ! たまには言わんとやってられへんよね〜!」
ハハハ! と路地裏で爆笑し、日頃のストレスを全力で発散する二人。
——その時だった。
スッ……。
背後の空間の温度が、一瞬で絶対零度まで氷結した。
ふたりが凍りついたように声を失う。背後から漂うのは、もはや霊圧などという生ぬるいものではない。純粋なる「死と殺意の概念」そのものだった。
「……あらあら。お二人さん」
鈴を転がすような、あまりにも美しく、そしてこの世で最も恐ろしい声が耳元で響いた。
「私の名前が聞こえたような気がいたしましたので……つい、足が止まってしまいました」
ゆっくりと振り返る二人。
そこには、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる、「満面の殺しの笑顔」を浮かべた卯ノ花烈が立っていた。
「ひ……っ!???」
「う……うの……っ!???」
ギンの目が点になり、ルキアの顔面は蒼白を通り越して土気色へと変色する。
卯ノ花は首を小さく傾げ、どこまでも優しく、慈悲深い笑みをたたえたまま言った。
「『器が小さい』……『精神攻撃』……ふふ、何のことでしょう? どうやらお二人とも、長時間の説教でお疲れのようですね。……顔色が大変よろしくありません」
「い、いやぁ! 卯ノ花隊長! 今のはただの冗談と言いますか、ルキアちゃんの独り言でして——」
「市丸隊長?」
卯ノ花がほんの少しだけ目を細めた。その瞬間、ギンの背筋に冷たい刃が突き立てられたような錯覚が奔る。
「患者の健康を守るのも、四番隊隊長の務めです。ちょうど良い機会です……四番隊の『地下特別診療室』にて、じっくりと健康診断(お説教)をいたしましょうか」
「「チ、地下特別診療室ぅぅぅ!!???」」
逃げようと瞬歩の体勢をとった二人だったが、卯ノ花から放たれる圧倒的な蛇の威圧に金縛りに遭い、指一本動かすことができない。
そのまま、笑顔の卯ノ花によってズルズルと暗闇の奥——四番隊地下深くへと連行されていくのだった。
■ 四番隊地下救護室:地獄の説教部屋パート4
カツン……カツン……。
暗く冷たい地下室に、卯ノ花のエプロンの足音が響く。
パイプ椅子にガタガタと震えながら並んで座らされた市丸ギンと朽木ルキア。
「さて……」
卯ノ花は二人の前に優雅に腰掛けると、ニコリと微笑んだ。
「私の器がどれほど小さいか、そして四番隊の『治療』がどれほど素晴らしいか……今から朝までじっくりと、お二人にお教えいたしますね」
「「ひぃぃぃぃぃぃぃっ……!!!!」」
白哉の正論、海燕の熱血、乱菊の怒り……それら全てを過去のものとする、「静寂なる絶望の説教」が幕を開けた。
笑顔で諭され、笑顔で詰め寄られ、逃げ場も言い訳も一切許されない精神の極限状態。
意識が遠のき、魂が肉体から脱離しそうになる中で、正座(二回目)の二人は固く目を閉じ、涙を流しながら本日最高潮の絶叫を心の中で上げたのだった。
(……助けて……くだされぇぇぇ天理殿ぉぉぉっっ!! 兄様や海燕殿どころの騒ぎではありません……!! 卯ノ花隊長の笑顔が……笑顔が怖すぎて私の魂が消滅してしまいますぅぅぅっ!!)
(……あかん……ほんまに助けてやぁぁあ天理はんッ!! 僕が悪かった! 愚痴なんて言うんじゃなかった!! 今すぐ花屋の百合の花束持って助けに来てぇぇぇええっ!!)
二人の必死すぎるSOSが虚しく四番隊の地下にこだまする中——。
現世の『百花園』では。
「クシュンッ!! クシュンッ!! クシュンッ!!」
天理が連続で盛大なくしゃみをしていた。
「あらあら天理さん、今日は三回も? 本格的に風邪かしら」
百花が心配そうに温かいお茶を差し出すと、天理はズルズルと鼻をすすりながら苦笑いした。
「いえ……どこからか、過去最高に必死で、命の危機に瀕した二人の叫び声が聞こえた気がしまして……」
「ふふ、気のせいですよ。そんな恐ろしいことが起きるはずがありませんもの」
「そうですね。……よし、明日も綺麗なお花をたくさん仕入れないと!」
天理は穏やかな笑顔を取り戻し、湯気の立つお茶を一口すするのだった。