「……総隊長殿」
凄惨を極める特訓室の中、極大の回道を両手に展開し続けていた卯ノ花烈が、静かに、しかし冷ややかに言葉を投げかけた。
「申し訳ございませんが、このままでは私の霊力が枯渇してしまいます。京楽隊長まで加わったとなれば、私の身が持ちません」
「「「(勝った……!!)」」」
消し炭一歩手前で転がっていた市丸ギンと朽木ルキア、そして羽織を焦がしながら逃げ回っていた京楽春水の顔に、隠しきれない【喜色】がパッと浮かび上がった。
(助かった……! 卯ノ花隊長の霊力切れ=特訓終了や!!)
(うむ……! 命拾いしたぞ……!!)
(やれやれ、さすがの山じいも四番隊隊長を倒れさせるわけにはいかないからねぇ……)
3人が心の中で盛大な勝利のガッツポーズを決めた、その瞬間。
「……ぬ? 霊力の枯渇か。長次郎! 霊力回復薬の特級品を、蔵から持って来るがよい!」
山本元柳斎重國の容赦のない一声が響き渡った。
これには流石の卯ノ花も、すっと眉をひそめ、冷たい視線を総隊長へと向ける。
「……総隊長殿。流石に私もこれ以上はお付き合いしきれませんよ。私には四番隊の業務もございますので」
「「「(よっしゃぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!)」」」
声には出さないものの、3人の顔から溢れ出る圧倒的な歓喜!
「四番隊の業務」という最強の正論を盾に突っぱねてくれた卯ノ花隊長に対し、3人は心の中で最大級の感謝を捧げていた。
……総隊長が、懐から“それ”を取り出すまでは。
「……卯ノ花よ。これを見るがよい」
「……何でしょうか?」
元柳斎が厳かに差し出したのは、金箔が施された極上の木箱。
その蓋が開けられた瞬間、特訓室の焦げ臭い空気が、一瞬で芳醇で甘美な香りに塗り替えられた。
それは——平子の持っていた1個3万円のケーキすら遥かに凌駕する、【超幻の究極デラックスケーキ】。
3年に一度しか実をつけない伝説の『幻幻苺(げんげんいちご)』をふんだんに使い、三界最高峰のパティシエが魂を削って織りなす、奇跡と絶妙のハーモニー。現世でも貴族ですら一口しか味わえないと言われる、まさに神の領域のスイーツであった。
「……ッ!?」
そのケーキを目にした瞬間、卯ノ花烈の目の色が一変した。
「……おや? 総隊長殿、何かおっしゃいましたか? 四番隊の業務など、勇音にすべて任せれば済む話です」
「「「(掌返し早ァァァァァァァッッッ!!??)」」」
先ほどまでの拒絶が嘘のように、何喰わぬ顔で即座に前言撤回する卯ノ花!
しかし、元柳斎はニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、さらに恐ろしい条件を付け加えた。
「うむ。ただし卯ノ花よ……『お主が帰ってきた時、その3人がまだ五体満足でここにいれば』の話じゃがな」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
元柳斎の言葉の意味を、卯ノ花は一瞬で理解した。
自分がケーキを取りに行き、戻ってくるまでの間にこの3人が逃げ出せば、あるいは死んでしまえば……この究極デラックスケーキはお預けになってしまうのだ!
スッ……と、卯ノ花が3人の方へ振り返る。
その顔に浮かんでいたのは、かつて「初代剣八」として数多の悪党を恐怖の底に突き落とした、究極に美しく、そしてこの世で最も恐ろしい【極上の笑顔】であった。
「……みなさん。私がケーキを受け取って戻ってくるまで……もし逃げたら、どうなるか分かっていますね?」
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっ!!!!!!!!(絶叫)」」」
逃げたら総隊長以上の地獄が待っていることを悟った3人は、ガクガクと抱き合いながら恐怖で震え上がるしかなかった。
「では総隊長殿、すぐに行って参りますね」
ルンルンとした足取りで(しかし放つ威圧は過去最高レベルで)特訓室を後にする卯ノ花隊長。
残されたのは、怒りの炎をさらに燃え上がらせる山本元柳斎重國と、逃げることすら許されず、絶望に涙を流しながらお互いを庇い合う市丸ギン、朽木ルキア、京楽春水の3人であった。