「……ふむ。長次郎、前回の茶の葉はどこで仕入れたものだ? なかなか良い香りがしておったが」
「は、あれは流魂街の老舗で手に入れたものにございます。総隊長殿のお口に合いましたなら幸いです」
卯ノ花隊長が極上デラックスケーキを受け取りに向かったことで、一番隊特別特訓室の激しい炎圧は一時的に収まり、束の間の「休憩時間」が訪れていた。
部屋の中央では、山本元柳斎重國と雀部長次郎が穏やかに世間話に花を咲かせている。さきほどまで地獄の業火を撒き散らしていた男とは思えぬ長閑(のどか)な光景であった。
——だが、その隙を逃す男ではなかった。
(……このまま大人しく卯ノ花隊長を待っていたら、戻ってきたあの人が『笑顔の回道』で僕らを逃がさないよう縛り上げ、山じいが万全の火力で僕らを灰にする……! 詰みだ。完全に詰みだよ……!!)
焦げた羽織の裾を引っ張りながら、未来の総隊長・京楽春水の頭脳が猛烈な回転を始めた。
(……待てよ? 逆に言えば、卯ノ花隊長はもうケーキを手に入れたってことだよね……?)
その瞬間、京楽の脳裏に「必勝の閃き」が走った。
「おい、二人とも……ちょっとこっちへおいで」
京楽は特訓室の隅へと身を潜め、消し炭一歩手前で重なり合っていた市丸ギンと朽木ルキアをひそひそ声で呼び寄せた。
「き……京楽隊長……。もうダメです……逃げたら卯ノ花隊長に何をされるか……っ!」
「そうや……あの笑顔、夢に出てくるレベルでおっかないわ……」
絶望に打ちひしがれる二人に、京楽はニヤリと不敵な笑みを向けて囁いた。
「落ち着きなよ。よく考えてごらん? 卯ノ花隊長が『逃げたらどうなるか分かってますね?』って言ったのは、“自分がケーキを貰えなくなるから”だ。でもさ、彼女は今、もうケーキを手にしているんだよ。ということは……僕らが今ここで逃げ出したところで、彼女がケーキを失うわけじゃない。僕らを追い詰める『動機』はもう無いに等しいのさ!」
「「……あっ!!!!」」
目から鱗が落ちたように、ギンとルキアの顔に光が戻る!
「さすが京楽隊長や……! 屁理屈の組み立て方が天才的やで……!」
「う、む! 確かにケーキさえ手に入れば、卯ノ花隊長が我らを追い詰める理由は薄れる……!!」
「だろ? だから、勝負は卯ノ花隊長が戻ってくるまでの今この瞬間だ。山じいを一瞬だけ力づくで足止めして、全員でこの特訓室から脱出する!」
京楽は指を3本立て、あまりにも完璧(?)な三段構えの計略を打ち明けた。
■ 京楽春水が編み出した『対・山じい必勝の策』
第一手:京楽春水の『赤火砲(しゃっかほう)』による目くらまし
まずは京楽が至近距離から赤火を放ち、爆風と炎幕で山じいの視界を遮る!
第二手:市丸ギンの『神槍(しんそう)』による神速攻撃
目くらましに乗じ、間髪入れずにギンの『神槍』を最速で叩き込み、山じいの姿勢を崩す!
第三手:朽木ルキアの『袖白雪(そでのしらゆき)』による氷結
間髪入れずにルキアが『袖白雪』の氷結術を叩きつけ、山じいの足元と身体を瞬時に凍りつかせる!
「山じいが氷を叩き割るまでの数秒間……それが僕らの命の扉だ! その隙に全員で全力の瞬歩で特訓室を脱出、そのまま現世の浦原商店の地下まで逃げ込む!! どうだい!?」
「素晴らしい……完璧すぎる作戦です京楽隊長!!」
「いける……! これなら山じいの怒りの業火すら一瞬は止められる……っ!」
絶望のどん底にいた3人の瞳に、最後にして最大の【希望の炎】がメラメラと燃え上がった。
「いいかい……合図は僕の『赤火』だ。息を合わせるよ……!」
「「了解(御意)!!」」
長次郎とお茶の話をしながら背を向けている山本元柳斎重國。
その背中に向け、3人は息を殺し、全身の霊力を限界まで高めて構えをとった。
絶望の中の希望にすがる3人の、命を懸けた「大脱出作戦」が、今まさに火蓋を切ろうとしていた——!