長次郎のその言葉が発せられた瞬間——。
爆炎が吹き荒れていた特別特訓室の全ての火柱が、ピタリと止まった。
「……総隊長殿」
長次郎は、ゆっくりと山本元柳斎重國の正面へと歩み出た。
いつも総隊長の数歩後ろで静かに佇んでいた男の背中が、いま、かつてないほど巨大で重厚に見えた。
「それは……天理殿を侮辱する行為であると、あえて諫言いたします」
「……何……?」
元柳斎の片目が大きく見開かれた。
長次郎は、その威圧に一歩も引くことなく、静かに、しかし鋼のごとき意志を込めて言葉を紡ぐ。
「私は本日、現世にて天理殿にお会いいたしました。そして、何の憂いもなく、誠に幸せに暮らしておられるお姿を拝見してまいりました……」
特訓室の誰もが、息をすることすら忘れ、長次郎の言葉に聞き入っていた。
「天理殿は、私のことを覚えておられませんでした。申し訳なさそうに、必死で私との記憶を思い出そうとしてくださいました……。……ですが、私はそれを拒絶いたしました」
「拒絶……だと……?」
「左様! 『思い出す必要などどこにもない』と! 今が健やかで平穏であるなら、それだけで良いのだと! ……世の中には『思い出さないことこそが幸せ』ということもございます!」
長次郎の目から、一本の静かな光が放たれる。
「あの神のスイーツは、世界の過酷な運命をその身一つで背負い、勝ち取った天理殿の『平穏』に対する、正当なる対価にございます! それを……このような身内の罰ゲームの出汁として使うなど……ッ!」
長次郎は膝をつき、元柳斎の目を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「いくら長年お仕えした総隊長殿であっても、天理殿の功績と平穏を侮辱することだけは、絶対に許しませぬぞ!!」
「……………………ッ!!!!」
ズウゥゥゥゥン………………ッ!!!!
静寂。
圧倒的な、言葉を失うほどの静寂が部屋を支配した。
床に転がっていた市丸ギン、朽木ルキア、平子真子、そして京楽春水までもが、目を見開いたまま完全に言葉を失っていた。
(((((((((チ、チョウジロウさん……!!!!)))))))))
あの山本元柳斎重國に対して、正面から、命を賭して『侮辱』とまで言い切り、真っ直ぐに叩きつけられた諫言。
己の誇りでも、護廷の法でもない。ただ「かつて世界を救った少年(天理)の今の平穏」を守るためだけに、千年の忠義をも越えて主君に牙を剥いたのだ。
その魂の高潔さ、無償の愛の深さに、そこにいる全員——あの初代剣八である卯ノ花烈すらも——背筋が凍りつくほどの戦慄を覚えていた。
「……長次郎……お主……」
元柳斎の拳が、微かに震える。
三界最強の死神として君臨してきた老将の眼奥に、長次郎の「高潔すぎる意志」が、あまりにも深く、重く突き刺さっていた——。