「……フッ」
断界の闇の中、二人と別れて一人足を進めていた市丸ギンは、闇の奥で静かに口端を吊り上げた。
「……あいつら、ほんまに素直やなぁ」
そう、市丸ギンは——二人を100%は信用などしていなかったのである!
さすがは千の嘘を重ね、藍染惣右介のすぐ隣でその薫陶(と裏切り)を受け続けた男。
「いやぁ、授けた策自体は本気やで? 戦友として100%本当の心理戦術と脱出ルートを教えてあげたわ。……けどな?」
ギンは暗闇の中でトコトコと歩きながら、一人クスクスと鼻で笑った。
「万が一……万が一あいつらが浦原の裏をかけずに捕まった瞬間……あるいは山じいの前に引きずり出された瞬間、100%ワイのこと売るからな。『全部市丸ギンの発案です!』『市丸ギンは無間に隠れています!』って、自分の減刑のために真っ先に吐く決まっとるやん。特にルキアちゃんあたり、テンパって大声で叫びそうやわ」
だからこそ、ギンは抜かりなく「最後の仕掛け」を施していたのだ。
「誰がわざわざ自分から無間(あんな暗くて退屈な場所)に行くか脱泡(笑)! ワイは現世の知らん街のおいしい和菓子屋の裏にでも潜伏して、のんびり抹茶でも飲ませてもらうわ」
二人に教えた「無間潜伏説」は、万が一彼らが寝返った時に山じいや隠密機動の捜索網を無間に釘付けにするための、完璧なデコイ(囮)ブラフ!
「教えた策を成功させて逃げ切ってくれたらそれで良し。捕まってワイを売っても、山じい達が無間をガサ入れしとる間にワイは高飛び。……完璧やな」
己の深謀遠慮に自画自賛しながら、市丸ギンは完全に気配を消し、静かに断界の闇の奥へと溶けて消えていったのだった。
【その頃——浦原商店前】
「よし……行くよルキアちゃん。市丸くんの言っていた通り、浦原くんの誘導に引っかかっちゃダメだ」
「うむ! 浦原が『地下へ』と言った瞬間、速攻で一護の家へ転進ですぞ!」
市丸ギンという「最強の軍師」を得たと信じて疑わない京楽春水と朽木ルキアは、ガチガチに緊張しながら浦原商店のガラガラ扉に手をかけていた。
自分たちの「潜伏先情報(無間)」が、すでにギンの掌の上で巨大な罠として機能しているとも知らずに——。
市丸ギンが暗闇でほくそ笑んでいたちょうどその頃——。
現世の『浦原商店』では、ギンの予想を遥かに超える「最速の包囲網」が敷かれようとしていた。
プルルルル……ガチャ。
「はいはい、毎度おなじみ便利屋・浦原商店でございますが——」
「浦原喜助」
受話器から聞こえてきたのは、地獄の底から響くような山本元柳斎重國の重々しい声と、その横から割り込む隠密機動総司令・砕蜂の冷徹な声であった。
「!……これはこれは、総隊長殿に砕蜂隊長。一番隊と二番隊のトップが揃って当店に何のご用で?」
帽子を目深にかぶり直し、瞬時に警戒レベルを跳ね上げる浦原。その横で、駄菓子をかじっていた四楓院夜一が「なんじゃなんじゃ?」と面白そうに顔を覗き込んできた。
『浦原! 余計な挨拶は不要だ!』
砕蜂が苛立ちを隠さずに捲し立てる。
『現在、一番隊特別特訓室より脱走した重罪人・京楽春水、朽木ルキア、市丸ギンの三名が断界を越えて現世へ向かっている! あやつらは必ずお前の店を頼るはずだ!』
「……はあ。あの面々が……また何かおやりに?」
『事情は追って話す! 浦原、お前に命じる!』
山本元柳斎重國の声が受話器を震わせる。
『奴らが現れたら、あらゆる手を使って時間稼ぎをし、我らが到着するまでその場に足止めせよ! 逃がせば……お前も同罪とみなすッ!』
ツータッ、ツータッ……(通信終了)
「……やれやれ。えらい大ごとになっておるようじゃな、喜助」
夜一がニヤニヤとニシシ笑いを浮かべる。
「ええ、困りましたねぇ……。山じい隊長の本気モードです。断れば当店が『残火の太刀』で灰にされますよ」
浦原は扇子でパタパタと顔をあおぎながら、帽子からチラリと覗く瞳を怪しく光らせた。
「ですがねぇ夜一さん……あの三人も伊達に地獄をくぐり抜けてきていません。特に市丸さんあたりが知恵を絞っているとなると……普通に『地下室でお待ちを』なんて言っても、100%怪しまれて逃げられます」
「ふむ、ならどうするんじゃ?」
「ククッ……決まっているでしょう。向こうがこちらの裏をかいてくるなら、こちらはその『裏の裏の裏』をかいてあげるまでですよ」
浦原は扇子をパチンと閉じると、怪しげな笑みを深めた。
「夜一さん、ちょっと一仕事手伝ってください。——最高に化かし甲斐のある『キツネとタヌキの化かし合い』の始まりです」
ガラガラガラ……
「あ、あの〜〜〜……夜分遅くにすみませ〜ん、浦原さ〜ん……?」
浦原商店の引き戸が、そろ〜っと開いた。
入ってきたのは、帽子を目深にかぶり、周囲を警戒しまくっている京楽春水と、その背後で刀に手をかけたまま鋭い目つきで見張る朽木ルキア!
市丸ギンの「浦原喜助・完全攻略レクチャー」を完璧に叩き込んだ二人が、ついに敵の本拠地(浦原商店)へと足を踏み入れたのだった——!