穏やかに生きたいTS村娘。今日もヤンデレ女勇者様が結婚を迫ってきます。 作:汝とせがらを愛せよ
「あっはっはっ! 実に愉快じゃあないか!」
「こっちはちっとも面白くない!」
村の広場。
私はとんでもない光景を目の当たりにしている。
ソロルさんと勇者様が、喧嘩を始めてしまった。
それも結構本気っぽいの。
ソロルさんは宙を飛び、地上の勇者様へ魔法弾を撃ち込んでいる。
背には多くの魔法陣が浮かんでおり、村人たちが何事かと空を見上げている。
数え切れないほど多くの魔法弾を、勇者様は一つ一つ確実に切り捨てる。
勇者様の剣は退魔の剣らしいので、魔法に対してめっぽう強い。
切り捨てればそれはもはや魔法ではなくなり、霧散していく。
「ティアちゃんは私の、私のなの!」
「あっはっはっ! ムキになるなんてらしくないじゃあないか! ええ? 勇者様!」
地上からでは空を飛んでいるソロルさんに有効打がないと思いきや、空中の魔法弾も切れてるのを見るに、勇者様の斬撃は飛ぶらしい。
わあ、ファンタジーだぁ。
「お願いだから家や井戸は壊さないでくださいね!」
「わかってるさ!」
「わかってるよ!」
私に止められるわけがないので、せめて被害を減らす方向へ誘導する。
私の声に反応してくれるだけの余裕はあるみたい。
じゃあ、思ったより本気ではないのかな?
「あの、兵士さん達、あのお二人ってあんな感じなのですか?」
他にできることは何一つとしてないので、撤収の準備をしている兵士さん達に聞いてみた。
兵士さん方の中でのリーダーっぽい、これまで勇者様とお話してた人が答えてくれる。
「はっ。我々には詳しくは分かりかねますが……大変仲がよろしいとお聞きしております」
「喧嘩は仲良しの証だったりします?」
「それも明言しかねますが……そのようなことはあまりなさらなかったと聞き及んでおります」
じゃあ、ソロルさんが仰ってる通り勇者様がムキになるのは珍しいのかな。
私がソロルさんに口説かれたから?
……勇者様。
「大人げないですね」
思わず、くすりと笑ってしまう。
「では、我々はこれで」
撤収の準備を終えた兵士さん達は、どこか苦笑いを浮かべながら、挨拶してくれる。
「ええ。お勤めお疲れ様です」
「そちらこそ、良き日をお過ごしください」
私みたいな村娘にも丁寧な対応をしてくれた兵士さん方は、揃って村の入り口から出て行った。
この後王都へ戻って、起こったことを報告するのだろう。
王様にどやされたりしなければいいけれど……。
勇者様が我儘言ってごめんなさい。
と、考えて。
なんだかすっかり勇者様に身内意識が芽生えていると気が付いた。
一週間告白され続けただけなのに。だけなのに?
だけではないか。ふふっ、なんだか面白い。
「――で、いつまでやってるんですか! いい加減にしてください!」
兵士さん方が帰ってもまだやってる二人に怒鳴りつける。
本当に周囲への被害はゼロだからか、見物人が集まっているし。
見てる側は気が気じゃないんですからね! 危なっかしくて仕方がない!
私が怒鳴りつけると、宙を舞っていた魔法弾はパッと掻き消え。
剣を振り回していた勇者様の動きもぴたりと止まった。
え、私の一言で止めてくれるの? ちょっとびっくり。
「お二人ともはしゃぎすぎです」
「……ごめんなさい」
「ちょっとやり過ぎたかねぇ」
私が怒ると、するすると空からソロルさんが側に降りてくる。
申し訳なさそうな顔をして、勇者様も近くに寄ってきた。
うっ。そんな顔されるとまるで私が悪いみたいな気持ちになるんだけれど。
でも、この村のためにも私が言わないと。
お父さんは逃げたし。
「せっかく平和な世界になったんですから、二人とももっと穏やかになりましょう?」
「そうだねぇ」
「でもティアちゃんは僕のだから」
「違います!」
勇者様のものになったつもりはない!
そんな衝撃を受けました! みたいな表情をしても駄目!
私はただの村娘で、勇者様は勇者様。
そもそものつり合いが取れないでしょうに。
「というか、そもそもどうしてソロルさんはあんなことを言ったんですか?」
「あんなこと?」
「私の女になれ、だなんて。そりゃ驚きますよ」
ああ、と相槌を打たれて。
ソロルさんは少しばかり考える素振りを見せた。
「――話してもいいけれど、人前で話すようなものでもないね」
「あ? 今ティアちゃんと二人っきりになりたいって言った?」
勇者様。怖いですよ。
一々殺気立てるの止めてもらっていいですか。
「遠回しだけど、言ったねぇ」
ソロルさんも笑いながら煽るような言い方しないで!
「僕だってまだなったことないのに!」
地団太踏んでますけれど、そりゃ、徹底してますからね。
勇者様、時々目が血走るんですから。
怖いんですよ。
みんなを守ってくれるはずの勇者様がそんなことするとは思わないけれど、自衛ぐらいは自由ですよね? ね?
「ま、聞いて楽しい話でもないさ。ただ、私からすれば興味深い側面があるなって思っただけだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。それに、久しぶりだからね。勇者様をからかいたくなったのさ」
屈託なく笑う様からは、嘘の香りは毛ほどもしない。
きっと、本心なのだろう。
あの喧嘩? が彼女たちにとっては懐かしいじゃれ合いなのだ。
大きなため息を吐く。
これだから凄い人たちは困る。
私みたいな平凡な村娘には、とても理解できない。
「もう。驚くので、じゃれ合いなら分かるようにやってくださいね」
「……」
「……」
「お二人とも?」
じゃれ合い、だったんですよね?
村に被害がないことからも、手加減してやってたんですよね?
お二人とも?
「ま、まあソロルにその気がないならいいよ。寛大に僕は許してあげる」
あっ、逃げた。
「そりゃありがたい。ただねぇ……」
ソロルさんも便乗するかと思いきや、少しばかり思うところがありそうな様子。
一体何だろう?
「聖女——アナスタシアが見たら冗談じゃなくなるかもしれないよ」
「うっ」
聖女様?
聖女様がどうしたんだろう。
「あの子は間違いなく私と同じものをこの子に見るよ。そしたらどんな反応するか……」
「……でも、ティアは私と結婚するんだからっ!」
「しませんよ!?」
というか、なんかすごい気になってくるようなこと言わないで!
教えてくれないなら気にならせないで!
「実際のところ、女性同士の結婚ってのは前例があるのかい?」
「ない、と思う」
「じゃあ国王へ法律変えさせるところからだねぇ。いや、宰相に投げつけた方が早いか」
とんでもない会話が繰り広げられている。
魔塔という国一つに匹敵する組織の長が、一国の長に働きかけようとしている。
すさまじく下らない理由で。
「と、というか! ソロルさんは勇者様が私と結婚することに賛成なんですか!?」
「逆に聞くけど、反対する理由がどこかにあるのかい?」
「女同士ですし、私はただの村娘ですよ!?」
一拍置いて、ソロルさんはキセルを吸い、煙を吐き出した。
「――それがなんだっていうんだい?」
「え?」
ソロルさんは勇者様の隣まで移動したかと思うと、その頭をむんずと掴んだ。
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるように乱暴に撫でる。
「わあっ! 何さ!」
「この子はね、女神さまの加護を持ってるとはいえ、ただの小娘だったころから冒険してきたんだよ」
それは、知ってるけれど。
ニヤリと、彼女は笑う。
「常識なんかに囚われてたら、とっくの昔に死んでたさ。魔王討伐の旅ってのは、そういう旅だったんだ」
「ソロル! 崩れるから止めて!」
「おバカ、セットなんてしてないストレートの癖に」
まるで母親とその娘のようにも見える。
ソロルさんが勇者様を見る視線は、とても温かい。
「ともかく、常識って下らないもんを理由に断るってんのなら、悪いけど私はこの子の味方だよ」
「……じゃあ、受けるべきっていうんですか?」
「それも違う。それはティアの心の問題だよ」
愛し合っていない結婚なんざ、下らない貴族共の権力ゲームだけで十分さ。
そう言い切って、もう一回キセルをふかす。
何というか、ソロルさんの一言一言には重みがある。
実際に、様々なものを見てきたかのような。
「……失礼ですが、ソロルさんってお幾つかお聞きしても?」
「乙女の若さの秘密が知りたいのかい?」
はぐらかされた。
と思ったら、ソロルさんの手から脱出した勇者様が、私のすぐ横までやってきて、耳打ちしてくる。
「百は超えてるって話だよ」
「ひゃっ……」
「そんなことを吹き込む悪い口はどこかなー?」
ワキワキと手を動かして、ソロルさんが怖い笑顔を浮かべている。
「ひっ! にっげろー!」
「待てやこの悪ガキ娘」
嵐のように、今度は追いかけっこが始まってしまった。
……ともかく。
今後は、毎日こんな感じになるんだろうなという予感だけがあった。
騒がしくて、大変で。平穏じゃない、日常が。
多分、あの二人の管理、私の役目だよね。
ただの村娘……のはずなんだけどなぁ。
私は困ってしまったと、一息長く息を吐いた。
聖女様は流石にこないよね?
これ以上は私の身が持たない予感がする。
はやく半年過ぎて、式典に出かけてくれないかな。なんて。
考えて、終わったら戻ってきそうだと気が付いてしまうと。
どうしても、溜息がとまらないのでした。