男子校の悪友どもが俺にだけ美少女に見えるんだが?   作:深紫Sιn姉

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三百八十四円(全財産)の祈り

 結論から言おう。

 俺の男友達が、美少女になった。

 

 ――なお、中身は一ミリも変わっていない。

 

 ……うん、意味がわからないと思う。俺にもわからない。

 だから、順を追って話そう。

 すべての始まりは、とある水曜日の夕方。

 俺が、海に全財産をぶん投げたことだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「江ノ島の女神よおおおっ! どうか俺に、最高の青春をおおおおっ‼︎」

 

 夕暮れの海に向かって、魂の叫びが響き渡る。

 場所は逗子の浜辺。

 潮風のしょっぱい匂いが鼻を刺し、寄せては返す波が、スニーカーのつま先をかすめていく。

 視線の先、海の向こうに浮かんでいるのは、湘南の象徴――江ノ島だ。

 西日を背負った島影のさらに奥には、富士山がうっすらと顔をのぞかせている。

 絵葉書みたいな絶景だ。

 そして、その絶景に向かって絶叫しているのが俺だ。

 控えめに言って、不審者である。

 

 だが、構うものか。

 俺はポケットから財布を引っぱり出し、逆さにして勢いよく振った。

 じゃらじゃらと手のひらに落ちてくる、なけなしの小銭たち。

 

 百円玉が三枚。五十円玉が一枚。十円玉が三枚。一円玉が四枚。

 しめて三百八十四円。

 それが、今週の俺に残された全財産である。

 

「……頼んだぞ、女神様」

 

 小銭をぎゅっと握りしめ、大きく振りかぶり――。

 

「うおおおおおおおおっ‼︎」

 

 全力で、海へと投げた。

 

 硬貨たちがオレンジ色の空に散らばり、なだらかな放物線を描いていく。

 ぽちゃん。ぽちゃん、ぽちゃちゃん。

 まばらな音を立てて、俺のお小遣いが次々と海に吸い込まれていった。

 賽銭箱? 知らん。

 目の前の海がまるごと賽銭箱だ。スケールがでかい分、ご利益もでかいに違いない。

 

 俺はパンッ、パンッと二回手を叩き、深々と頭を下げた。

 

「どうか、どうかお願いします……! この際、贅沢は言いません……! 俺の人生に、ヒロインを……ヒロインをください……!」

 

 ぎゅっと目を瞑り、祈る。

 ひたすら祈る。

 打ち寄せる波の音だけが、耳に心地よく響いて――。

 

「兄ちゃん、海にモノ投げちゃいかんよ」

 

 ――背後から、しわがれた声がした。

 振り返ると、柴犬を連れたおじいさんが、じとーっとした目で俺を見ていた。

 

「ち、違います! ゴミじゃないです、お賽銭です!」

「海にかい」

「海にです!」

「……そうかい」

 

 おじいさんは、しばらく俺と海とを交互に眺めてから、ふっと目尻にしわを寄せた。

 

「青春だねえ……」

「青春がないから投げてるんです!」

 

 俺の悲痛なツッコミを、おじいさんは「ほっほっほ」と笑って受け流し、柴犬に引っぱられて去っていった。

 柴犬が一度だけこちらを振り返り、「ふっ」と鼻を鳴らした気がする。

 犬にまで笑われた。

 

「……クソ」

 

 ギリィッ、と奥歯を噛みしめる。

 わかってる。わかってるんだ、自分でも。

 こんなことをしたって、何かが変わるわけがないってことくらい。

 

 それでも、俺には祈るしかなかった。

 なぜなら――。

 

 俺の通う学校には、青春というものが存在しないからである。

 

 私立・海風学院。

 逗子の海を目の前にした、創立百年を超える伝統校である。

 同時に、百年以上にわたって女子禁制を貫き通してきた、筋金入りの男子校。

 

 しかも中高一貫。

 中一で入学したが最後、高三で卒業するまでの六年、右を見ても左を見ても野郎。

 前を見ても後ろを見ても、ついでに教壇を見ても野郎。

 購買のおばちゃんを除けば、校内の女性率は限りなくゼロに近い。

 

 小説でも、漫画でも、アニメでも。

 青春ってのは普通、ヒロインがいて初めて成立するものだろう?

 曲がり角でぶつかる転校生とか。

 世話焼きの幼馴染とか。

 ツンツンした生徒会長とか。

 だが、うちの学校にはそのどれもいない。いるのは汗くさい野郎だけだ。

 

 青い春と書いて、アオハル。

 なのにうちの学校にあるのは、むさ苦しい男どもの青さだけ。

 あえて名付けるなら――『アオアオ』。

 青一色だ。

 

「……俺の名前は、鈴宮マコト」

 

 誰に聞かせるでもなく、俺は夕日に向かって呟いた。

 

「海風学院高等部一年……彼女いない歴イコール年齢……男子校在籍、四年目……」

 

 自分で言っておいて、心に致命傷が入った。

 俺はがっくりと膝をつく。

 寄せてきた波が、そんな俺のスニーカーを容赦なく濡らしていった。冷たい。

 

「どうか頼みます、女神様……男しかいない学校でも、アオハルを……!」

 

 ――クスッ。

 

 海の方から、誰かが小さく笑ったような気がした。

 顔を上げる。

 だが、そこにあるのは、夕焼けに染まった江ノ島と、穏やかな波だけだった。

 

「…………」

 

 俺は濡れたスニーカーを引きずって、とぼとぼと家路についた。

 帰りの電車は定期券があるから問題ない。

 問題なのは、明日のジュース代がゼロ円だということだ。

 

 

■ ■ ■

 

 

 翌朝。

 

 ピピピピピピピピ――。

 

「あと五分……いや、あと五時間……」

 

 枕元でわめき散らす目覚まし時計を、布団から精一杯のばした手で黙らせる。

 半目で文字盤をにらむと、針は無慈悲にもタイムリミットを指していた。

 

「……行きたくねえ」

 

 泣き言をこぼしつつ、体は半ば自動操縦で制服に着替えていく。

 朝飯よりも一秒でも長い睡眠を尊ぶ俺にとって、毎朝は遅刻との綱渡りだ。

 食パンを一枚くわえて家を飛び出す――なんてのはラブコメの定番だが、あいにく俺の通学路の曲がり角には電柱しか立っていない。ぶつかっても痛いだけだ。

 

「行ってきまーす」

 

 何も考えずに早歩きをして、気づけば駅。

 物理カードの定期券を改札にピッとかざし、ホームに滑り込めばギリギリセーフ。

 

 入線してきたのは、水色の帯をまとった電車だ。

 いつもの号車のいつもの扉から乗り込むと、ロングシートの端には、すでに見慣れた三人組が陣取っていた。

 

「おう」

「ふっ」

「おはようございます」

 

 三者三様の挨拶を受けながら、俺はその隣にどっかりと腰を下ろす。

 

 せっかくだから紹介しておこう。

 こいつらが、俺の腐れ縁の悪友たちだ。

 

 まず、丸メガネをかけたちんちくりん――星乃。

 背は低い。声も高い。なのに一人称は『ワシ』で、語尾は『〜じゃ』。

 なぜか口調がジジイ。

 

 次に、右目に黒い眼帯を巻いた男――糸谷。

 一人称は『我』で、二人称は『汝』。

 見ての通り、重度の厨二病患者である。

 

 そして、四角いメガネをかけた真面目そうな男――東条。

 同い年の俺たちにも謎の敬語を使い、全員を『兄さん』と呼ぶ。

 そして身長が高い。素直に、羨ましい。

 

 ……うん。改めて並べると、なかなかに濃い。

 それはともかく、

 

「なあ、今日提出の課題、やった?」

 

 俺が尋ねると、三人は顔を見合わせた。

 

「ワシ? いやあ、まさかのう」

「ふん。我にとって課題など、取るに足らぬ些事よ……」

「私は一応終わらせました。兄さんは?」

「えっ、俺? まあ……今日中には出すよ。たぶん」

「その『たぶん』が一番信用ならんのじゃ」

 

 星乃のツッコミを聞き流しているうちに、電車は乗り換え駅――大船に到着した。

 

 ホームは今日も、有象無象の人の群れでごった返している。

 電車の本数を増やすとか、各学校が始業時間をずらすとか、誰かなんとかしてくれないものか。

 そんな投げやりなことを考えながら、俺たちは隣の番線へとぞろぞろ移っていく。

 

「おはよ、みんな」

 

 そこで、爽やかな声とともに最後の一人が合流した。

 

 四人目、結城。

 人当たりがよくて、誰に対しても爽やか。王子様スマイルを標準装備。

 ただし、その笑顔の奥で何を考えているのかは、付き合い長くもよくわからない。

 底知れぬマイペース。それが結城だ。

 

「おう結城。課題やった?」

「僕? まあ、なんとかギリギリってところかな」

「ほーう。それはそれは、偉いことだなあ」

 

 全員に同じ質問をして、全員から似たような答えが返ってくる。

 これが俺たちの、朝の儀式みたいなものだ。

 

 十五両編成の電車に人の波ごと飲み込まれ、ガタンゴトンと揺られること十数分。

 鎌倉を過ぎたあたりで車内が空きはじめ、やがて『次は逗子』のアナウンスが流れる。

 

「もう着くのかよ……今からでも引き返せないか?」

「ワシはもう諦めとる」

 

 星乃が、やれやれと肩をすくめた。

 うーん、無念。

 

 逗子駅の改札を出ると、すでに同じ制服の群れが信号待ちをしていた。

 むさ苦しい。朝からひたすらにむさ苦しい。

 

「なあ。実はこの駅から学校まで、秘密の地下トンネルが通ってたりしないかな」

「うむ。我もそれには同意しよう」

 

 俺のぼやきに、糸谷が重々しく頷く。

 

「このあたりは、かつての旧海軍とゆかりのある地。極秘の地下通路の一本や二本、眠っていても不思議ではあるまい」

「だよな。見つけたら毎朝それ使おうぜ」

「兄さんたち、それを探す労力で普通に歩いたほうが早いですよ」

 

 東条の正論を背に、信号が青に変わった。

 魚の群れがうねるように、制服の集団が一斉に動き出す。

 商店街を抜け、小さな川にかかった橋を渡り、歩くこと十分ほど。

 海も間近な校舎に、俺たちはなんとか遅刻することなく滑り込んだ。

 

「なあ、ふと思ったんだけどさ」

 

 校門をくぐりながら、俺は言った。

 

「学校って、どこからが学校だと思う? この門をくぐった瞬間からか、それとも家を出た瞬間からか」

「それなら後者ですね。厳密には、私の場合はバスに乗った瞬間からですが」

「あ、僕もそれかな。最寄り駅まではバスだし」

 

 東条と結城が、ほぼ同じ答えを返してくる。

 

「つまり……移動に金をかけた瞬間から、学校は始まっている……?」

「深い。深淵のごとく深いな、盟友よ」

「浅いわ。道路の水たまりくらい浅いわ」

 

 くだらない話をしながら本館に入り、階段を上り、それぞれの教室の前で足を止める。

 俺たち五人は、見事なまでにクラスがバラバラなのだ。

 

「じゃ、また昼休みにな」

 

 ロッカーから上履きを取り出しながら、ひらひらと手を振る。

 

「うむ、またのう」

「ふっ、達者でな」

「ええ、また後で」

「うん、ばいばい」

 

 いつもの風景。いつもの毎日。

 昨日の夕方、海に三百八十四円を投げたところで、何かが変わるわけもない。

 青一色の世界は、今日も淡々と始まっていく。

 このままだらだらと、俺の高校生活は終わっていくのだろう。

 きっと、そうに違いない。

 

「はあ……何も変わんねえなあ……」

 

 

 ——ただしそれは、江ノ島の女神に祈った場合を除く。

 

 

■ ■ ■

 

 

 ――異変は、昼休みに起きた。

 

 四限終了のチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一変する。

 弁当を広げる者、財布を握りしめて走り出す者。

 俺はリュックから弁当を取り出すと、本館から海側校舎へと向かった。

 目的地は、食堂だ。

 

 階段を下りていくと、背後からドドドドドッと地響きのような足音が迫ってくる。

 食券を求めて階段を爆走する野郎どもの群れ。この学校の昼の風物詩だ。

 俺はひょいと壁際に避けて、猛牛の群れのようなそいつらをやり過ごした。

 

 食堂の前には、すでに長蛇の列ができていた。

 昼休みが始まって、まだ五分と経っていないのに、だ。

 

「今日はからあげ定食だな」

「いや、日替わりの生姜焼き定食だろ」

 

 腹を空かせた男たちが、口々に今日の献立について議論を戦わせている。

 ちなみに、この食堂で一番うまいのは『お楽しみ重』という、肉から魚まで何でも詰め込んだスーパー欲張り弁当なのだが……数量限定なので、中々手に入らない。

 

 俺は自販機で水を買おうとポケットを探り――そこで、手が止まった。

 

「……そうだった。ゼロ円だった」

 

 昨日、全財産を海に捧げたことを思い出す。

 仕方ない、今日は給水機の水で我慢しよう。

 弁当を片手に、並んでいる列を尻目に、俺は食堂の中へと入っていった。

 

 見渡すかぎりの、男、男、男。

 湯気と、揚げ物の油の匂いと、野郎どもの笑い声。

 

「はあ……」

 

 思わずため息がこぼれた。

 そして、いつもの悪い癖で、頭に浮かんだことがそのまま口から漏れる。

 

「……ラブコメなら。『あ、あのっ、この席、空いてますか?』って、転校してきた美少女が声をかけてくるんだけどなあ……」

 

 すぐ横を通り過ぎた上級生が、ギョッとした顔で俺を見た。

 ……しまった、声に出ていたか。

 

 俺は咳払いでごまかし、目的の二人――星乃と糸谷を探して食堂を見渡した。

 あいつらは弁当組じゃないから、いつもここで食べているはずだ。

 

 手前から奥へ。

 男たちの群れを、視線でなぞっていく。

 男、男、男、男、男――。

 

 そして、ある一点で。

 俺の脳は、強烈なエラーを吐いた。

 

 理由は簡単だった。

 そこに、『ありえないもの』が混ざっていたからだ。

 

 ――肩にかかる、艶やかな蜂蜜色の髪。

 ――透き通るような白い肌と、小柄で華奢な体つき。

 ――パチクリと瞬く、琥珀色の大きな瞳。

 

 控えめに言って、とんでもない美少女が、そこにいた。




お読みいただきありがとうございます!
本日は3話分公開、明日以降は12時〜21時の間に1日2〜3話更新し、9/23に完結します。
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※本作は、以前書いた作品を『死者蘇生(Claude)』で召喚したものです。物語・キャラ・構成は作者の自前です。

それでは、よきシルバーウィークを!
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